世界が探している48人の女
キリストの秘密を描いた ダヴィンチコード
その焦点は もう一人のマリアの存在
マグダラのマリア 娼婦と言われる彼女が
キリストの妻で 子供を宿していたということ
一度映画を観ただけだから 私はこの映画の本当の目的を
見逃していたのかもしれない
ミステリーの部分が この映画の焦点だと想っていた
マグダラのマリアが キリストの子を身ごもっていて
その末裔が ソフィーであるという
それがこの事件の謎 物語の核心だったのに
フィクションとしてスルーしてしまったのは 私だけじゃないはず
この映画によって伝達された 次代の女神の存在は
キリストの血を引く ソフィーなのに
娼婦だったマグダラのマリアの子であるために
次代の世界を築く女神が 現代でも娼婦の中にいると
世界の血筋たちは みな想っている
でも 貞子 百合子 芽衣 ソフィー
48のコードを持つ 彼女たちはみんな 娼婦じゃない
現代に生きる彼女たち 次代の女神たちは
もはや遊女をしていない
性行為で繋いで世界を作ったのは
それは電気がなかった時代の 接続方法
電気がない時代の世界の 結界の作り方は
遊女を使って アダプターのように
体でコードを繋いで 自分自身がアダプターになって
エネルギーを溜めるしかなかった
そんなアナログな方法しか 存在しなかった
けれど 電気が生まれてから
人が体で繋いで得られるエネルギー量 情報量より
電気によって生まれた媒体
つまりネットのような まるで潜在意識のようなシステムによって
人がわざわざ体を繋ながなくても
人の意識 エネルギーが 接続可能なわけで
かつて世界を築いた血筋たちは まだその方法を忘れられなくて
ネット世界で 性行為を晒している女たちを
次代の女神だと 想っているけれど
ネット自体が 潜在意識と同じシステムなのだから
エネルギーを集める方法は 性行為だけとは限らない
デジタル化された世界で アナログな方法にこだわるのは
クリアな音源を再現する CDプレイヤーで
生歌しか入っていないCDを 聞くようなもの
確かに人の心を強く揺さぶるのは 生歌の方だけど
それがデジタルな世界の 基準とはなりえない
R&Bやラテンミュージックばかり聞いていた私は 311以降
音楽そのものを ほとんど聞かなくなった
そんな私でも 反応してしまうのは
海外でも高い評価を得ている パフューム
彼女たちや ぱみゅぱみゅの歌は デジタル処理されていて
なぜか最近 デジタル加工された声の方が
耳ざわりがいいのは 聞きやすいのは
なぜだろうと想っていたけど
それは彼女たちのボーカルに 電気が走っているからだと想う
ガガのような 倍音を伴う お寺のお経のような
発声方法は 古代から 人の脳裏に響かせる
周波数を持っていて
デジタル加工された パフュームやぱみゅぱみゅのボーカルは
電気によって 倍音のような効果をもたらしている
ガガと ぱみゅぱみゅの共通点は
奇抜な衣装だけじゃない
最近ドラッグ疑惑が浮上した ASKA
小室哲哉によれば、ASKAの声質はとんでもない倍音であり国宝物であると言わしめた。
小室哲哉は、ASKAの話し声を聞いたら声そのものがコードに聞こえるとも発言している。
倍音を出すのは 普通の人には至難の技
お坊さんがお経をせっせと読んで修行するのも
お経の内容ではなく あの発声
倍音をマスターするため
なぜなら人の潜在意識に おとを響かせるのは
倍音のような周波数だから
法要に行ったとき 親戚や両親が話していたのは
お坊さんの声のことだった
あの坊さんは なかなかいい声をしている
あれはまだ 声が出ていない
お経の内容など 庶民にはわからないから
壇家にとって 坊さんの評価は
漫談のような 説法の面白さと
坊主のボーカルだったw
いちいち高いお金を取る うさんくさい坊主でも
境内に鳴り響くような お経がしっかりしていれば
納得するみたいだった
大きなお寺に 厄年のお祓いに行った
音楽をやる友達は たくさんのお坊さんが
いっせいに読経を読み上げる
坊さんのライブに感動したと言っていたっけ
ネットを通して 性行為を晒すことを
仕事にしている遊女たちは
想いを受け止めているというより 吸血鬼のように
吸っている人もいる
芸能人が アイドルが ファンの想いを受け止めるよりも
ファンの想いを 利用するようになったのと
AV嬢たちが ファンやホームレスから
吸血鬼のように吸い出したのは 同じ時期で
芸能界を支えているのは 遊女たちのエネルギー
彼女たちは 下部組織のようなものだから
彼女たちのやっていることが そのまま
芸能界のアイドルや女優 歌手やモデル
表舞台にいる女たちに 反映されている
現在のように 爆発的に アイドルが増える
ちょっと前に AV嬢ブームがあって
昔なら絶対ならなかったような 美しい女の子たちが
こぞってAV業界で 見目麗しい裸体を
さらけ出すから 単価が随分落ちている
アイドルブームが到来したのは そのすぐ後だった
A○B48の 元メンバーが AV業界でデビューしたときには
すでに飽和状態で
あとはもう 現役アイドルぐらいしか
話題性が残っていなかった
大きなリスクがあるのに AV業界に
たくさん女性たちが流れ込んだのは
電球に群がる 蛾のようなもので
そこにエネルギーがあるから
アイドルブームが生まれたのは
オタクがたくさん生まれていたからで
AVブームも同じ
パソコンの普及と ネットの発達によって
たくさんのエネルギーが そこに流れ込んでいることを
女性たちが 感づいたから
AV嬢たちは すべてを晒しているようで
化粧とはわからない化粧をして 整えられた体を 着ている
サイボーグ
汚い部分は 一切見せない
実はファンさえも 彼女たちのことを ほとんど知らない
スッピンはどんな顔をして どんな風に生活しているのか
まるで女優のように 演出された姿しか
撮影場所にやってきて 商売道具の
化粧をした顔と 美しくメンテされた体と
さまざまなテクニックを披露して
帰って行く
受け入れているのと 吸われているのは
ほとんど同じ姿をしている
でも 受け入れているのは 母性で
すっているのは 魔性w かな?
よくわからないけど 似ているようで
本当は全く 違うものなんじゃないかな
本当はこの世界の仕組みを作った 当初から
遊女たちに流れてくるエネルギー
遊女たちが集めているエネルギー 情報は
口コミや引用に溢れる ネットのような
二次情報でしかない
遊女の所に来る 男たちの持つエネルギーが
遊女に情報与えるけれど
その男たちが持っている情報は 一体どこから来るのか
その存在が 情報源で
その存在が 世界を作る 原動力
トトロのメイのような 野性味の強い少女だったり
貞子のような 伊豆大島の土着のコードを持っていたり
ソフィのように マグダラのマリア
娼婦というより 性に開放的な 原住民の女性の末裔
そんな土着の 土のコードを持っている女性
トトロのシーンで メイのことを想い出すとき
あの子が屈んで 地面をじっと睨んで
見えないモノを見ようとするシーン
あの場面から 物語りは始まる
だから メイといえば
あのシーンが 強く記憶に残っていて
大地に屈む少女が
私には メイという子を その意味を
象徴的に表しているように想える
そういえば ダンス・ウィズ・ウルブズという映画では
ヒロインとして登場する インディアンの女性が
拳を握って立つ女 と インディアンの中で呼ばれていて
そのあだ名を主人公に説明するとき
土の上を 両方の拳で打ってみせた
私はずっと そのシーンのせいで
拳で立つ女w だと勘違いしてて
どうやって立つんだろうって これまで想ってたから
ちゃんと両足で立つ人だってことを 今知りましたw
(当たり前だよね)
でもこんな勘違いをしてたのは
インディアンのような原住民 古代の原住民の女性には
大地との強い繋がりがある そんなイメージ 記憶が
あるせいのよう気がする
ちなみに マグダラのマリアが
娼婦だったという記述は 聖書には一切なくて
一神教ではない 古代の 多神教の
原始宗教の女性で 若くて美しかったから
性を謳歌していたのが 娼婦扱いされたよう
ダビンチ・コード (7)杯と子宮
「聖杯とは」ラングドンは言った。「忘れ去られた女神の象徴だ。キリスト教が栄えつづけたといっても、古代の異教がやすたすと滅びたわけじゃないんだ。失われた聖杯を探す騎士たちの伝説は、実のところ、失われた聖なる女性を追い求める、禁じられた探索の物語なんだよ。騎士が”杯を探す”と語るのは、隠語を用いることで教会の弾圧から身を守るためだ。教会は女性を隷属させ、女神を追放し、屈しない者を火刑に処し、聖なる女性を崇める異教を弾圧してきたんだから」
ずっとずっと 西洋では
その女性は 探されてきた
弾圧をしながら 騎士が探していたのは
そこに力の源泉があることを 知っていたからなのか
「聖杯とは聖なる女性や女神の象徴なんだよ。もちろん、それは教会によってほぼ完全に抹殺されてしまった。女性の力と、命を生み出すその能力は、古くはきわめて神聖なものとされたけれど、男性の支配する教会が勢力を伸ばすにあたっては脅威だったから、聖なる女性は逆に邪悪で不浄なものと見なされるようになった。エバがりんごを食べたのがきっかけで人類の堕落がもたらされたとする”原罪”の概念は、神ではなく男が考え出したものだ。」
「女性が生命をもたらすという考えは、古代の宗教の礎となっていた。出産は謎と力に満ちている。悲しいかな、キリストの思想は生物学上の真理を無視して男性を創造者と定め、それによって女性の持つ創造の力を蹂躙した。創世記(旧約聖書)では、エバはアダムの肋骨(ろっこつ)から造られたことになっている。女は男の副産物とされた。しかも、罪深い副産物だ。創世記は女神の没落のはじまりだった」
「マグダラのマリア」 ―娼婦であり聖女でもあった女性像
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