2015年6月5日金曜日
波と凪 2
イザナギ
その後、イザナギが黄泉国の穢れを落とすために「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原)」で禊を行なうと様々な神が生まれ、最後にアマテラス(天照大神)・ツクヨミ(月夜見尊月読命)・スサノオ(建素戔嗚尊速)の三貴子が生まれた。
スサノオって一応出雲代表みたいになってますけど
イザナギから生まれてますし
詳細に追っていくと
どう見ても出雲オリジナルじゃないんですよね
そしてイザナギから生まれた三貴子は
イザナギとイザナミの決別から
西日本を治めていた
古代の二大強国のバランスが崩れ
各地の豪族が群雄割拠する
三つ巴の本格的な古代戦国時代に突入したという
メッセージなのではないかと想います
だからイザナギが落とした黄泉の国の穢れから
三貴子が生れたという
変な表現になっている
これは神話的視点で語られていて
二大勢力が均衡して統治していた時代から
三つ巴の戦国時代へ変化していったことが
「イザナギの汚れから後の豪族たちが生まれた」
という神話的表現になったんだと想う
たとえば小泉チルドレンとか小沢チルドレンとか
言われたじゃないですか
でも実際に子供なわけないじゃないですか
あれと似たようなもので
同じ思想を持つフォロワーを
政治や歴史においてその子供のように表しますよね
神話的視点とはそういった本来の意味よりも
もっと大きな概念によって語られるもので
政治や歴史上の背景などによって
別の意味を持つ視点ということです
イザナギの黄泉の国の汚れから生まれた三貴子は
イザナギが黄泉の国から退散したことによって
二大勢力の時代から
三つ巴の時代に移行したことを示していて
神話的視点から見ると
それはまるで両親が統治していた領土を
子供たちが争い始めるように見えたんだと想う
そして子供たちの代に移ったということは
もう二度とその時代には戻れないということ
神話が事実をそのまま写さないのは
そういう物語のような感傷も込められているから
「竺紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」は阿波にあった!
「竺紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」は阿波にあった!(解答編)
阿波国の岐までは分かりました。
でも、あくまで「阿波国の岐」の「原」ですので、平野部を指しています。
また、「橘の小戸の阿波岐原」ですから、
橘の付く地名で、狭い場所(小戸)でなければいけません。
そのように考えて、出てくるのは、、、
下記の阿南市橘町およびそこに面する橘湾です。
物部だったり 橘だったり
普通に考えて
イザナギは黄泉の国から
自分のホームに帰って来たということでしょうね
神武東征の始まりが日向だったり
イザナギが帰る場所も日向と記されていたり
日向は阿波の目くらましになっている気がする
妻を失った悲しみから
イザナギはカグツチを切り殺して
そこから建御雷男神他神々が生まれる
雷の一族が大陸からの渡来人の総称だとしたら
場所的に出雲側が真っ先にやられると想うのですよ
だから当初はイザナギ側も援軍したかもしれない
抵抗したかもしれないけど
結局敵わなかったとも読めますね
だから黄泉比良坂から
転がり落ちるように逃げ帰った
そして石で封じて二度と出れないようにした
イザナミ(出雲)は雷の渡来人に襲われたけど
石で封印したのは
イザナギの一族だったかもしれませんね
それはもしかしたら
出雲の領土や財産を
山分けしたようなものかもしれない
巨大な敵がやって来たとき
ジャイアンの前では
スネオ的な処世術しかないでしょうね
渡来人が雷で表されるのは
大陸からの襲撃は雷のように電撃的で
恐ろしいものだったのかもしれない
雷のように大地に火を放つものだったかもしれない
何せ秦の始皇帝が生まれる三国志の時代
日本はのんびりとした弥生時代ですからね
圧倒的な技術力が大陸からやって来たのでしょう
出雲の祟りってなんでしょうか
イザナミは怒ってますよね
怒って投げつけながらイザナギを追いましたよね
出雲の祟りにしても イザナミの怒りにしても
もの凄く何かに対して怒っていますよね
何かに裏切られたのかもしれませんね
消された地震:M8.1の地震が日本で起きた30分後にオーストラリアで発生したM4.0の地震データが翌日インターネット上からすべて消滅
日本を雛型として
阿波岐原に対応する場所で起きている
波と凪 1
日本の島々を生んだイザナギとイザナミの
国産みの物語
イザナミのうぃきを読んでいたら
イザナミは死後
出雲と伯耆の国(鳥取)の県境にある
比婆山に葬られたという
ところが地図を見ると
比婆山は広島にもあって
ちょうど島根との県境の中国山脈にある
島根の鳥取と広島との県境
東と南に同じ比婆山があるのはなぜ?
イザナミが葬られたのは
鳥取方面の比婆山という説が
有力らしいけれども
こんな近距離に同じ名前の山があるとは
随分奇怪な・・・
地図を見ると広島方面の比婆山が
圧倒的に大きくて標高も高い
国はこちらを国定公園としていて
知名度もこちらの方が大きい
国が囲っているということは
こちらの方が怪しい気がするんですが、、、
出雲という地名は日本国母神であるイザナミの美称、稜威母(イズモ)からきたという説もあり、
ということは
イザナミって出雲のことだったとも言えるよね
そしてこれを想い出した
番外編:出雲と物部 5
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2015/04/1134.html
物部が出雲の内部に入り込んでから
国譲りが始まった気がします
深く深く入ってから
国を奪われることになった
深く深く入っていたから
出雲の伝承や秘儀についても知っていた
その力も
私はもともと出雲族は吉備の民族だと
なぜか勘違いしていて
それは出雲族が製鉄民族だった記憶と
吉備の産鉄民族が
当時一番の製鉄民族だったと聞いたとき
ごっちゃになったようです
出雲と吉備を混同してしまったのは
その間にある中国山地が
豊富な産鉄地帯だからというのもあると想う
産鉄を通して
出雲と吉備は提携していたり
また競合していたりしていたのかもしれない
気が混じり合ったように見える
だから混同したような気がする
そしてイザナミが出雲に葬られたということ
その地が比婆山で出雲にあること
比婆山が産鉄地帯のど真ん中にあることなど
私にはイザナミは
当時の出雲に対する豪族同士の
呼び名のように想えてくる
だって名前からしても
イザナミの「ナミ(波)」は
日本海の荒々しい波のことで
イザナギの「ナギ(凪)」は
瀬戸内海の穏やかな凪のことだと想うのね
凪
凪は、四方を山に囲まれ、風の弱い瀬戸内海のような内海では継続時間が長く、夏はこれがはっきりと現れる。
イザナギは恐らく吉備や阿波など
瀬戸内海沿岸を縄張りにしていた豪族たちの総称で
(阿波は現在の淡路島香川県徳島県のこと)
イザナミはそれに対して
日本海側を縄張りにしていた
古代出雲エリアを指していたんだと想う
イザ! ナミ(波)
イザ! ナギ(凪)
日本海側の出雲に行くか
瀬戸内海沿岸の吉備に出るか
製鉄を通した部族同士の交流が
そこには見えるのです
古代出雲の銅鐸も
これらの地域から出土してますしね
イザナギとイザナミ
国産みをしたカップル――古代の二大豪族は
当初仲良くやっていたと想うのですよ
多分出雲は女酋長が率いる国だったから
イザナミ(女)
瀬戸内海側の豪族は男酋長だったから
イザナギ(男)
産鉄を通して交流し 提携関係を結び
国産み神話で
淡路島や四国 隠岐の島 九州
壱岐の島 対馬 佐渡島
最後に本州を産んだ
これは開拓された島々の順序だと想うんです
当時の西日本は常緑樹の原生林が覆う
もののけ姫のような真っ暗な森が列島を覆っていた
人がとても簡単に踏み込めない場所だったと想うのです
暗黒列島
だから地理がわかりやすい島々から
入って行ったと想うのです
淡路島と四国から始まる日本の神話
その次が隠岐島
そしてイザナミがカグツチの出産で
火にまみれて死んでしまうんですが
これを火山の噴火だと解釈する人もいる
私もそれはアリだと想います
ただですね
比婆山が中国山脈のど真ん中にあって
イザナミとイザナギが
産鉄地帯である中国山地の
北と南の民族の呼び名だとすると
火山噴火よりもローカルな物語も
考えられると想うのですね
イザナミの焼死は
戦火の炎や 製鉄の炎による大火事
とかね
カグツチの炎に焼かれた後に
神々が生まれたのも
イザナミの出雲の壊滅後に
いくつかの部族が派生したとも読めるし
死んで腐敗したイザナミは
八雷神(やくさのいかづちがみ)に囲まれた
とあるのですが
これって出雲を滅ぼした
建御雷男神とも被りますよね?
雷の印
ちなみに建御雷男神はカグツチから生まれてます
イザナミを死に至らしめたカグツチ
その子が建御雷男神・・・
そして国譲りでまた出雲を攻める
イザナミの死や出雲の滅亡に関わる
雷の証
国産みにしても国譲りにしても
記紀って何度も同じエピソードを
使いまわしているような印象があります
木ノ花咲くや姫も出産時に焼かれるし
つまり同じことが何度も起きて
同じことを伝えようとしているのかもしれない
同じことというは
同じ部族の対立が何度も起きていたとかね
死んで腐敗したイザナミと
その死体から生まれた神々は
戦火に焼かれて荒廃した出雲の
その生き残りから 別の一族が誕生したとか
荒廃した出雲は黄泉の国となった
黄泉の国というのは死者の国なわけで
多分たくさんの人が殺され 遺体が散乱し
草の根一つ生えないほど
徹底的に焼かれてたのかもしれないですよ?
実際出雲からはたくさんの傷ついた人骨の
遺跡が見つかってますからね。。。
大空襲後の東京のように
炎に焼かれて真っ黒になって
大量の犠牲を生んだから
まるで黄泉のように暗い死者の国と
描写したのかもしれないですよ?
それは大陸から来た八雷神の
雷の炎によって
着火したのかもしれないですよ?
イザナギはイザナミに会いに出雲に行くのだけど
すでに出雲は八雷神に支配されていて
イザナミは怨霊となって囲われていた
イザナミが黄泉比良坂を下って
イザナギを追っかけたのは
案外助けを求めていたのかもしれない?
でも追ってくるイザナミたちに
イザナギは桃や葡萄を投げながら退散する
帰りに黄泉比良坂があるなら
行きもここを通って行ったと想うのですね
坂があるような場所を超えて行ったのは
私には吉備の側から出雲方面へ
中国山地を超えて行ったようなイメージが浮かびます
桃や葡萄や筍や
黄泉比良坂で山の幸が登場するのも
実りが多い豊かな森の中という感じ
黄泉比良坂の 比良坂と
イザナミが葬られた 比婆山
最後イザナギは
黄泉の国の地上側の出口を大岩で塞いで
イザナミと完全に離縁するのですが
広島との県境にある比婆山の南に
神石というエリアがあるんですよね
広島県神石郡というのがあって
ここに神石高原町という町がある
この神石がイザナミたちの追従を封じた
大岩っぽいなと想うし
神石高原町の高原が
高天原に見えて来たりするんですよ
ここら辺で一波乱あったのかなあとか
イザナミの墓地は鳥取川の比婆山が有力ですが
私の勘だと多分広島との県境の比婆山に
出雲(イザナミ)の犠牲者が
大量に埋まっているかもしれないと想うのです
それが国がここを国定公園にして
国の管轄下に置いている理由でもあるのかなあと
産鉄地帯ですから
鉱山労働者かもしれないですが
鉱山労働は重労働ですから
死者もたくさん出たと想う
八雷神に支配された荒廃した出雲
海から上陸した渡来軍に対し
山を越えて脱出を図ろうとする出雲の人々
イザナミが鬼の形相で
黄泉比良坂を下るエピソードは
出雲族が命からがら
侵略者たちから脱出を図る光景のように想えてくる
藁をもすがる想いでイザナギに
助けを請うたのかもしれない
でもイザナギは変わり果てたイザナミを見て
石で封じて 逃げて行った
イザナミは死後「道敷大神(ちしきのおおかみ)」
とも呼ばれますが
道敷と書いてチシキと読ませるのは強引で
私は当時の出雲に
たくさんの知識があったんだろうなと想います
そしてまた道敷とは
東征の始まりの道がここから敷かれたのかなと
東征の道はここから始まった
だからイザナミとイザナギは離縁した
縄文時代に仲良く製鉄して交流して
日本列島をそれぞれ開拓していた民族
日本列島の二大勢力だった
古代出雲と
瀬戸内海の豪族――吉備や阿波は
ここで完全に決別した
吉備は『八つ墓村』の舞台にもなった
怨念渦巻く地域ですが
なんとなくその理由もわかるような
縄文時代
始めは仲良く協力関係だった部族が
大陸からの雷の一族の襲来――雷事変で
敵対するようになったのかもしれない
2015年5月3日日曜日
番外編:出雲と忌部 5
> (剣山に関する噂でよく囁かれているユダヤとかキリストとかの話はちょっと私にはよく分からないですが、
> よく言われる剣山に隠されているという聖書の「失われたアーク(聖櫃)」と、http://blog.goo.ne.jp/guapo007/e/84aacd7d9d6cc4be3ba743092874c273
> 密教の梵語の「アーク(=大日如来 密教における最高神)」が同じ「アーク」でかぶっているのは面白いなあと思います。http://heitate.blog37.fc2.com/?m&no=1496
>
> このページに「胎蔵曼荼羅の大日如来の真言はナウマク・サマンダ・ボダナン・アビラウンケンで、種子はアークです。
> アビラウンケンの5文字自体が、五大を表し、ア=地、ビ=水、ラ=火、ウン=風、ケン=空です。
> また種子のアークには 発心(ア)、修行(アー)、菩提(アン)、涅槃(アク)という4つの文字が隠れています。
> ≪種子(しゅじ)とは密教において、仏尊を象徴する一音節の呪文(真言)。≫
> と書かれていますが、遍路道は、発心(ア)=徳島県(1~23番)、修行(アー)=高知県(24~39番)、菩提(アン)=愛媛県(40~65番)、涅槃(アク)=香川県(66~88番)と県ごとに意味が割り振られており、
> 四国全体が胎蔵界曼荼羅になぞらえてあります。となると金剛界曼荼羅は他のどこか、本州か、高野山か、もしくはもっと小さい島になぞらえて何かごそごそやっているかもしれません。
アークはarc
弓ですよね
弓といえば弓削氏
物部の一派でもあるとか
『日本書紀』では物部弓削守屋という
吉備弓削氏もいるのだとか
岡山県久米郡久米南町にあった旧弓削町
町は戦後に無くなりましたが弓削駅があります
ここから津山事件や
『八つ墓村』の舞台となった津山市が
美咲町を挟んで北にあるのですが
この美咲町にも弓削氏が寺を開いたとあるので
津山の方まで弓削の可能性もある・・・
だから岡山が阿波のような土地かもしれないって
想ったんだ・・・
弓は曲げますからね
弓が曲がった形が弓形=arc
密教はいわば仏教の中の呪術
教えを曲げる裏の教え
だから密教
弓は曲げないと矢を射れない
失われたアークのアークも
多分そんなことかもしれないですね。。。
ちなみに弓削で調べていたら
大山祇神神社のある愛媛の大三島
そのすぐ近くに弓削島というのがあって
びっくり
物部連の中でも古代ユダヤ系
モノホンの血筋が弓削氏なのでしょうか
そして出雲にピッタリと張り付いている
弓削は「ゆげ」と読む
ゆげは湯気
大国主に湯治を教わった
忌部の祖のスクナヒコナを想いだします
弓削氏には
物部弓削守屋以外にも別の系統があって
天日鷲翔矢命を祖とする
これは忌部の祖である天日鷲神のことで
弓削氏の中に物部と忌部の系統があるのね
悪の相玉みたいな感じw
大和がヤマト 矢的ですよね
そして弓削が 弓
弓 矢 的
三種の神器みたいに揃ってる
これがピラミッドみたいな
三角点の結界
基底の結界なのかもしれないですよ
的を射る 弓の矢
大和は弓が引いた矢によって生まれた
矢的
的のような日本の国旗
弓は古代の武具
銃の原型なんですね
銃が発明される前の飛び道具
狩猟にも使われていたと想いますが
戦争屋の雛型みたいなものかもしれない
物部が出てくるに従って
戦の気配が濃くなるのも当然
獣を祭壇に供える物部神道
血を欲する
種子(しゅうじ)というものを
私は映画『ジュピター』の批評でつい最近知りました
ジュピター~唯識+聖書的宇宙生物観
そ こには記憶や知識と物質が相互作用して一体化されている趣がある。そもそもジュピターという名前に反応して木星(ジュピター)の中が舞台になるのは名前と それを指す物とが一体化していて「クラウド アトラス」で描かれていた輪廻転生と類似性がある。輪廻転生は唯識論と類縁があり、現世が幻である以上、物質も幻で識の現れとすれば、識と物が相互作用してもいいという世界観。そこに唯識論の種子(しゅうじ)を遺伝子に置き換えた趣がある。痣が転生の印だったことも本作で引き継がれている。若返らせる薬も肉体の細胞を転生させているのか。ワープのシーンも、「インターステラー」のようにいかにも宇宙物理学的なものではなく、簡単なデジタル映像処理なのは物質の相対化された軽さを現わしているかのよう。
種子 (唯識)
植物の種子のように、いろいろの現象を起こさせる可能性であり、可能力のことをいう。
密教では種子が一音節の呪文(真言)で
それがすべての種子(要因)になるというのは
音で世界が作られると
以前In Deepさんが書いていたのを想いだします
一音節の呪文というのは アーとかウーとか
いうなれば振動のことですから
振動=周波数が世界を作る
音が世界を作るのは
波動や言霊とかそういうのでしょうかね
この世の存在は「音そのもの」であるかもしれないことに確信を持てそうな春の夜
「この世にある「形は音そのもの」なのではないか」と言っていると考えてよいのだと思います。
もっといえば、現実の世界の中では「私たちは形があるものを『モノ』として認識する」と思います。もちろん「形 = 存在」ではないのですが、現実的な問題として、「モノは音そのものだ」と言っていると考えていいのではないかと思います。
「存在というものの根源が、音、あるいはその周波数そのものである可能性がある」のではないかなどと思えてきてしまったわけです。
そして、「創造」だけではなく、今現在も、この世は音によって創り続けられている、あるいは保持され続けているのかもしれないということです。
●カタカムナ文明と未来の人類
「私は小学校3年生の頃から、カタカムナ文字のことを少しずつ教えてくれた祖母に、「形というものは振動数と音で成り立っており、私たちの発する言葉も、たとえ見えなくとも、時間差で必ず形になって現れる」と言われていました。
ある周波数が対象物の波長と相互に合ったときに、共振をしていろいろな形になっていく。」
「縄文時代より以前の日本人は世界(形)の成り立ちが音であることを知っていたかもしれない」
ちょうどこれを書いている時に
『インターステラー』を観たのです
『2001年宇宙の旅』へのオマージュみたいな感じで
宇宙のシーンで一切の音が消えて無音になる
それが『2001年~』を想いださせる
宇宙には音がない
その感覚は『2001年宇宙の旅』から
来ているんですよね
実際本当に宇宙に音はないのか
よくわからないですけど
音のない宇宙の表現が
この世界とは全く異質の空間であることを
実感させてくれるわけで
いかに私たちのいる世界が
音に満ち溢れているかがわかるのです
だから音が振動が周波数が
世界を作るっていうのもわかるし
耳に聞こえないような音
振動や波動とか言われるものに
私たちの想像以上に動かされているんだと想う
耳で聞こえる音は感知しているから
まだいいのよね
意識上にあればコントロールできる
でも私たちを動かすのは耳で感知できない
だけど確かにこの世界に流れている音
それが無意識の領域で受信していて
意識下にあるからコントロールできない
それに魂が動かされる
そんな音で世界は作られていて
そんな音で私たちは動いているんだと想う
バナナの大木は草?咲くやこの花館に熱帯フルーツ集合
咲くやこの花って木花咲耶姫
大山祇神の娘です
ニニギの妻になったけど
国つ神の子を妊娠したと疑われて
産屋に火を放ったニニギはマジキチだと想う
燃えあがる産屋で火照命など
三神を出産した咲くや姫もすごいけど
ホントむちゃくちゃなエピソード
でもこの話どこかで聞いたことありませんか?
そう
イザナミが陰を焼かれてカグツチを出産する話
女神が炎に包まれて
火の中から子供が産まれる話
出雲はもともと
イザナミの美称、稜威母(イズモ)から来た
という説もあり
イザナミ=出雲とも取れるのですよ
だから咲くや姫の出産もイザナミの出産も
古代出雲で起きた戦争で
新たな勢力が生れたり
あるいは製鉄民による製鉄の火で
新たな部族が台頭した
そんな事件を伝えているように想います
そしてその事件は母が炎に包まれる
母を焼いて子供が出てきた
出雲の女性原理の焼失と
男性原理の出現の象徴でもあると想う
木の花咲くや姫館の熱帯フルーツ大集合は
出雲が再び狙われている
供え物にしようとしている
見えない世界で襲われている
そんな感じがしてしまいます
そういえば安倍首相の演説で
キャロル・キングが出て来たらしいですが
前回はメタリカでこれもオカルトだったから
オカルト住人がキャロル・キングのオカネタも
発見したようですw
私はキャロル・キングの『タペストリー』が好きで
超名作なんですが
このブログの夢記事だけをまとめたブログのタイトルも
「タペストリー」
アルバム『タペストリー』の中に
"I feel the Earth move"という
アップテンポな名曲があるのですが
この歌詞がまさに天災を綴った歌詞でw
311の後に聞くと 空恐ろしい歌なのです
その中で
Mellow as the month of May
というフレーズがあって
なんだろと想って調べてみたら
mellowは果実の実りとか成熟という意味で
まさに「機が熟した5月」なんですよね・・・
フルーツを食せという集合意識の指示も案外
「機が熟している」という
サインなのかもしれないですね
2015年5月1日金曜日
番外編:出雲と忌部 4
> 石鎚山が石の蛇なら縄文時代にミシャグジという蛇神を信仰していた諏訪の地や関東地方、九州地方と石鎚山が中央構造線とでつながっていきます。縄文時代に一対の男女のシンボルを祀って平和に暮らしていた所を、
> 敵国に征服される恐れや、大地の勢いを鎮めて自然災害を抑えるために、役小角や空海など修験の者達が、中央構造線や鉱脈に流れる強烈な大地のエネルギーを、金気(鉄器・戦闘・男性原理)が優位になるように細工をしたのではないかと思います。
> うろ覚えなのですが、龍や蛇は金気を嫌うと聞いたような気がするのですが、槌の字の木偏を→金偏の鎚という字に変えるだけでも充分封印になっているような??
> 愛媛という県名は、石鎚山麓の上黒岩の女神信仰の痕跡、隣の砥部町、大山積信仰などを鑑みるに、女性の霊力を活用していた部族を制圧した後に、崇めて祭り上げて封じる意味合いが込められているように感じます。
愛媛に砥部町というのがあるのですね
名草戸畔のトベですね
伊予灘には姫島もありますし
ここら辺にも古代女酋長文化があったのかもですね
でもどうも・・・
連れて来られて囲われたイメージもありますね・・・
私の偏見ですけど
もともとここに居たというよりは
もしかしたら櫛名田姫を八重垣で囲ったように
トベを伊予に連れてきて囲ったような。。。
だからトベ町。。。
上黒岩岩陰遺跡
注目される遺物としては、(1) 投槍の刺さった腰骨や、(2) 女神像線刻礫がある。(1) は、1969年に発見され、当時は縄文時代早期の男性の骨とされていたが、のちの報告書によれば、経産婦の腰骨で、生前かまたは死後まもなく刺突されたものであろうという。同様の傷が他にもあり、死後儀礼の可能性もあるという。(2) の「ヴィーナス像」とも称される女神像線刻礫は、鋭利な剥片石器を用いて女性像を礫に描いたもので、信仰の対象だった可能性が指摘されている。この種の像が出土したのは日本では上黒岩岩陰遺跡が初めてであった。同じ地層からはおよそ1万2千年前の、発見当時としては世界最古級の土器も出土した。
女神像線刻礫の絵を見たら
私にはエロ本の類の落書きで
崇拝や信仰の対象というのは
大げさなような気もするんですけどね
むしろ経産婦の腰骨に槍が刺さっていたという
そちらの方が衝撃的で
しかも他にもあるという
生前にしても死後にしても
腰に槍を刺すって
とても崇拝や信仰対象にする行為には
想えないのですよ
いくら死後儀礼といってもね。。。
腰ですからね
それが一万二千年前の縄文時代早期に
すでに四国の愛媛であったことだなんて (゜o゜)
どこだか忘れてしまったけれど
縄文時代の屈葬は
子宮の中の胎児のように 死という暗闇
母の胎内に還るという意味を込めて
屈葬していたというほど
死者を大事に扱っていたのに対して
生前か死後かわからないですけど
死後儀礼で腰に槍を刺すって
随分と猟奇的な気もしませんか?
一万年と二千年前から愛してる~♪
もしかしたらですよ
まあオカルト妄想ですけど
この遺跡の女性の腰に刺さった槍が
姫の封印の印を
土地に付けているのかもしれないですね?
槍といえば
エヴァでロンギヌスの槍を
月に刺すプロジェクトがありましたけれど
月は女性のメタファーだから
月に槍を刺すプロジェクトと
この遺跡の腰に槍を刺された女性は
同じ事象なのかもしれないです
プロジェクトは資金が集まらず終了しましたが
あれは血筋に「想いだせ」ってことなのかもしれない
女神の封印から始まった
この世界の始まりを想いだして
今蘇ろうとしている女神たちを封印しろと
もしくはそこに印を付けろと
バタフライエフェクトじゃないですけど
案外世界って基点の始まりに付けられた
小さな印が支点となって
その後大きな事象や因果を生むことになったり
縄文時代に愛媛の女性の腰に刺さった投槍が
一万年と二千年前に
日本が世界の雛型になって行く
日本列島が形成されていくときに
この世界の悲劇の源になっていたり・・・
そういえば愛媛でリンチ事件がありましたよね
調べてみると去年の8月15日に
伊予市の集合住宅で松山市の17歳の女の子が
集団暴行を受けて亡くなっています
松山といえば松江・・・
8/15といえば終戦の日
その前日に死亡して翌日に発見されているので
まるで終戦記念日に捧げるように殺されている
第二のコンクリ事件?とも言われていますが
縄文時代にすでに
腰に槍を刺された女性がいたように
この地は女神の封印というか
女性の受難が古代から印づけられているような
そんな気がしてしまいます
最近千葉の船橋市でも
「女性を埋めた」というニュースがありました
しかも埋められたのが成田市
現場の芝山町って成田空港の滑走路の
目の前なんですね
よくもまあこんなピンポイントに
捧げ物のように土に埋めるなんて
不良って本当に呪術に長けている
私はこれも若い女性がコンクリに埋められた
綾瀬のコンクリ事件を想いだしてしまうのですが
元号が変わろうとしている時期に
こういうことが起きるのかなと想うけど
封印された女神たちが蘇ろうとしている
まるでそれを抑えつけるかのように
若い女性が犠牲になっているような
そんな気がしないでもない・・・
世の中明るみになっていない殺人事件は
かなりあると想うんですが
発覚する事件って
まるで見つけてくださいといわんばかりの
ずさんさがあって
見つけてもらうためにやっているような
そんな気さえしてしまうのですが
なぜ見つけてほしいかというと
それが集合意識の願望の代行をしていて
生贄や犠牲を欲する集合意識があるからで
実行した者はそれに突き動かされてやっている
だから動機が曖昧だったり
殺すほどの動機もなかったり
集合意識の要望に応えるためにやっていて
だから呪術的になるのかも
そして集合意識の要望に応えると
お手柄になるんじゃないでしょうかね
現実でも運がついたり
現実はよくなくても見えない世界で
実行犯の一族にマージンがあったり
なにかご褒美がないと
見せしめのような犯行にしないと想うんですよね
船橋といえばふなっしーですが
熊本といえばくまもん
その熊本でもくまもん人気の時に
女子高生が静岡から来た男に
山中で殺されて遺棄されるという
むごい事件がありました
なんかああいうゆるキャラが流行るときって
ここに獲物があるよ~って
指し示しているような感じがしてしまいますね
梨は果物だし 熊は獣肉
熊は山の主で
熊本で女性が山中に遺棄されたのは
山の主って女性なのかもしれない
船橋の女性が成田空港前で
地中に生き埋めにされたのは
梨が地中から生えているから?
犯人たちはほとんど指令通りに動いている
潜在意識にある記号通りに動くのは
ある意味当たり前でもあるんですが
船橋の女性の事件の前に
同じ船橋で5匹の子猫を学校の敷地に埋めた
高校教師がいて
この教師が4月20日に逮捕されているんですが
先の成田空港前に埋められた女性の事件でも
犯人の二人は20歳で
どうも20の数字がチラつくのと
5匹の猫が埋められたというのは
成田空港が5月20日開港なのと
無関係とは想えなくて
つまりこの船橋の事件は二つとも
成田空港に対して起きているような
飛行機の神様といえばニギハヤヒですから
物部と縁のある者が
成田空港や飛行場と縁があっても
不思議じゃないんですよね
想念の世界で今
梨や獣肉のような供え物 生贄を欲していて
フルーツや肉を食べろって指令が流れてますね
私も急にフルータリアン(フルーツ食主義者)
っていいなーなんて想いましたからね
なぜか肉の差し入れを貰ったり
犠牲にされている若い女性や
果物を食せの指示は
多分今天皇陛下の調子が低調なのと
関係あると想う
ネットスラングで若い女性を
スィーツって言うでしょ?
梨や獣
物部神道は獣も捧げますから
極上のお供えなんですよね
今上の調子が悪くなるにつれて
犠牲も増えると想いますよ
そこへ捧げている
そこへ流しているはずですから
綾瀬って神奈川の綾瀬市と
東京の足立区の綾瀬があって
すんごい紛らわしいんですけど
コンクリ事件は足立区の方
綾瀬といえば綾瀬という女優がいますが
この女性のおっとりした雰囲気や人気
足立区綾瀬で女子高生が
昭和から平成にかけて犠牲になった事件
綾瀬市がなぜか海老名市大和市座間市に
三方を囲まれていることを考えると
(残りは藤沢市)
「綾瀬」には古代の女性の暗示があります
恐らく犠牲になった女性の
その骨が埋められているような気がします
綾って女性の名前ですよね
男にはつけない
足立区はヤマトタケルが氷川神社に参った所
負傷した足が立てるようになったので
「足立」という名前がついたという所縁があって
その足立区の綾瀬で天皇が交代する時に
悲惨なコンクリ事件が起きたのは
なんだか古代のヤマトタケルの所業を
連想してしまうのよね。。。
東征の凄まじさのようなものを
同じ場所で同じような女性の犠牲が
足立で東征の時にあったかもしれない
古代出雲と『関東 氷川神社』の謎
さらに、足立区、荒川、新井、綾瀬、などの「アラ、アヤ、アダ」といった地名があるのも、出雲と朝鮮系渡来人の影響だといいます。出雲では、現在では姓に「アラ、アヤ、アダ」を用いて、「安達、足立、荒田、荒川、荒木・・・」といった苗字が多いのが特徴です。
アラハバギって語感のイメージで
アラをバラバラにしたって感じがする
渡来系朝鮮人なんですかね?
でもそういえば新井という子で
家がパチンコ経営しているお金持ちの子がいましたね
ちなみにマッカーサーが降り立った厚木飛行場
現在の自衛隊の厚木基地は
てっきり厚木市にあるのかと想ったら
厚木といいながら綾瀬市にあるんですね
だいぶ脱線してしまいましたが
愛媛の伊予市の集団リンチ事件も
船橋の生き埋め事件も
指示したのは女なんですよね
そして綾瀬のコンクリ事件も
主犯の彼女だった
亡くなった某女性タレントの被害者への嫉妬が
事件の動機でもあったという
本当か嘘かわからない噂もあるのですが
この人じゃなかったかもしれないけど
結果的にこのタレントが海千山千の芸能界で
大きな成功を収めたのは事実
この人に運が乗ったと考えた方が自然
なんか・・・
手口が物部くさいんですよね。。。
女王蜂のように
男の集団の中に一人の女性がいて
性行為で繋がるのと
男の集団にリンチにあって
一人の女性が死に至らしめられるのと
潜在意識のレベルでは
同じ記号になると想うのです
それが性か死かの違いで
快楽を通して強く深く
無意識のレベルで繋がってしまう
性で繋がるとその女にすべて呑み込まれる
サークルクラッシャー
死で繋がるとそれをさせた女に呑み込まれる
この場合は付け替え
どちらにしても大勢の男の運を
一人の女にまとめる方法
あーやだやだ (-_-;)
番外編:出雲と忌部 3
シャーマニズムの力は植物だけでなく
古代出雲と砂鉄
古代出雲にたどり着いた渡来人は、容易に採取できる海岸の砂鉄を見て驚喜したのではないでしょうか。ちなみに、朝鮮半島では、採掘、選鉱といった労力のかかる鉄鉱山から鉄を採っていたのですから。
渡来人が製鉄技術を輸入したと言われていますが
確かにそうでしょうけど
出雲が製鉄民族として有名だったのは
優れた製鉄技術を持っていたからで
出雲でも独自に製鉄技術が
発展したのではないかと想うのですよ
というのは製鉄だって
錬金術と同じようなものですから
鉱物とコンタクトできる霊感がないと
技術の発展は生まれないですよ
そして出雲の黒い砂鉄は
労せずして鉄を手に入れられた
この土地の霊力でもあるような気がするのです
それは土地の方から人に恵みを与えている
資源を与えている
この土地の人にそれだけ自然と通じる力が
あったからかもと想えてくる
四国の剣山の古代ユダヤ民は
支配ツール的なもの
タルムードみたいな伝承があったり
秘宝や秘法もあるかもしれませんが
それは「私たち」にとって価値のあるものでは
ないと想うのですよね・・・
みんなが夢や霊感を取り戻して
記憶やデータを取り戻して
復活させたいと想っている
本当の富を得たいと想っている
それは多分剣山にも四国にもなくて
出雲のような古代の被征服地に
大昔にあったんじゃないかと想うのです
ほら
価値のないものを崇めさせられたり
追っかけさせたりすることで
本当に価値のあるものを
見えなくさせる わからなくさせるのが
彼らのやり方だから
価値のあるものがよそからやって来て
それを隠していると想わせておけば
古代日本がかつて持っていた本当の価値は
いつまでも知らないまま
気づかずにいられる
私たちは眠ったまま
彼らだけがそれをずっと手にしている
本当は私たちのものだったのに
・・・とかね
四国の八十八の結界で守っているものは
盗人たちが盗んだ財宝を隠しているようなもので
その財宝はもともと日本にあったものじゃないのー
出雲にあったヤツでしょー
盗人が盗んだ財宝を自分たちがやったように
渡来人に盗られたくなくて
渡来人が続々とやって来る気配を感じて
阿波に集合したのかもですねー
そして結界を張ったのかな
海賊のワンピース想いだした
海賊たちもお宝を発見したら
今度は自分たちもそれを隠さなきゃいけないのです
逆にいえば
自分たちも同じことをやったからこそ
同じことをされる危険がよくわかっている
だから四国に隠したの
出雲の富はいずれ渡来人に
奪われる運命だったのかもしれない
私たちが知らないだけで
古代日本の富を巡って壮絶な戦いが
西日本で繰り広げられていて
それが日向の天照だったり
記紀神話なのね
でも封印された方にそんな理屈が通じるかしら
出雲が祟る本当の理由を
阿波は知っているはず
剣に巫女の姿が見えたり
剣山と石鎚山 お遍路の八十八か所に
草薙の剣とヤマタノオロチ 出雲の八重垣を
連想してしまうのは
四国が隠しているものが
記号として浮かび上がっているから
そして集合意識に記号が浮かび始めたなら
出雲の祟りはそこに向かうかもね
だって大和の根幹はそこにあるわけだし
取られた側の気持ちになってみればわかる
どこに取り返しが向かうか
それに・・・
『八つ墓村』や諏訪に現れる
出雲族の裏切りの暗示
それは恐らく物部のような気がする
結局最初の直感通り
物部は出雲族と呼ばれるほど
出雲に深く入り込んでいた
どこかで裏切ったから
出雲の富が 阿波に行ったの
阿波の古代史研究家たちは
大和朝廷まで全部阿波で起きていると
言っている
邪馬台国も豊葦原も高天原も
出雲でさえも全部阿波にあったと
それは多分ね
阿波に全部富を持って行ったからだと想うよ
各地の富を全部阿波に集めたから
阿波だけ見ていると
大和朝廷までの歴史の大部分が
まるでジオラマのように阿波にあって
全部阿波で起きたように見えるんじゃないかと想う
盗賊たちの宝の山
だから今でも阿波は富豪が多い
集合意識に現れたシンボルや記号
みんな少しずつ気づき始めて
みんながそれを見ている
現実でどんな行動を取っていても
みんな見ていて みんなわかっている
皇室には櫛名田姫の顔をした姫が現れている
大和が出雲の力を基にして作られたなら
時が来て 時限爆弾のタイマーが切れれば
出雲の姫の想念が中枢に現れるのも当然
櫛名田姫の想念が皇室に現れたということは
皇室が出雲に呑み込まれている
皇室の終りがもう始まっていた
2015年4月30日木曜日
番外編:出雲と忌部 2
> 私は征服者側(大和政権)が今度は更なる外敵に国を乗っ取られそうになる事態になった為、言霊の力で四国に結界を張ったのではないかと思いました。
> 四国遍路道はどこを通っても剣山が見えないように設定されているそうですが、剣山自体に天皇由来の色々隠しているものがあるのも理由だと思いますが
> 四国にかけた呪術を他所に悟られてはいけなかったのだと思います。山陰のように開発ものらりくらりなスピードですし・・・
失われたアークとか
剣山にはいろんな秘宝?がありそうな噂がありますが
出雲をいろいろ調べていると
本当は何にもないんじゃないか・・・
という気もしてくるんですよね。。。
幽魂安鎮も出雲のだし
宮中の鎮魂祭の儀式も出雲のだし
三種の神器も鏡以外は出雲のだし・・・
むしろ剣山にやって来た一族は
何かを隠しているというより
日本でお宝を見つけたんじゃないですかね。。。
それが出雲に表される
女たちのシャーマニズムだったり
豊富な鉱山資源だったり
その製鉄技術だったり
その他諸々とにかくたくさん
出雲は医療や薬学の知識も豊富で
『「出雲国風土記」と出雲の医薬』
以上のことから、『出雲国風土記』が、多くの薬草を載せながら、その効能や、薬草の発見や、薬草栽培について語らなかったのは、「実は、出雲には、大和以上に深い医薬の歴史や、医薬の神話が現実に存在し、医薬の先進地だった」ということに対して、大和政権に遠慮したからだと思われるのです。よく見れば、大和の神々が医薬を使って人や動物を治療したという神話はないのです。
出雲には大国主が赤剥けになった白兎を
薬を付けて治してあげるエピソードがある
薬草のような植物の知恵を得るには
植物とコンタクトできる霊感が必要で
巫女を主体とするシャーマニズムな出雲に
豊富な薬草の知識があったのは当たり前
島根県雲南市大東町に『出雲国風土記』にも記載されている「加多神社」があり、そこはスクナヒコナが主祭神と なっています。神社の案内板の「由緒書」には、 『神社の起源:記録がないため明らかでないが、少彦名命はこの地を根拠地として農耕医療等を教導された。その神徳を敬慕し古代より斎祀せられたものであ る』とされています。大原郡の「加多社」あたりが、出雲の医薬の本拠地だったというのです。今の、大東高校の裏手です。
この、加多神社の「加多」とは、・・・『「医術」と「加多」という組み合わせから、中国三国時代(2世紀)の医者・華陀(かだ)を連想する。日本では卑弥呼の時代だろうか。大麻から作った麻酔薬を用いて外科手術を行った中国の名医だ。』とされる見解があります。
つまり、「加多」とは、中国の医者である「華陀」という人の名前からきたものであり、スクナヒコナは、「華陀」の化身、あるいは、「華陀」から中国で医薬の術を学んだ渡来系の神だったのではないかとされるのです。
大国主は出雲国造りの時に
天孫から遣わされたスクナヒコナと一緒に国を造る
『出雲国風土紀』には
「忌部の神戸」という章があって
松江市玉湯町にある玉造温泉の
湯治のことが書いてある
忌部町や忌部神社が松江市にあるのです
このスクナヒコナは
国造り途中で去ってしまい
その後どうなったかわからない
粟島(淡路島)に行ったという説がある
そしてこのスクナヒコナと後に忌部氏を生んだ
忌部の祖である天日鷲命は同一神といわれていて
私は出雲にある湯治場の忌部の地名
スクナヒコナが医学の神であること
国造り途中で消えて消息不明
淡路島に行ったという話や阿波との繋がり
などから
スクナヒコナは忌部の祖であり
出雲から途中で消えたのは
そこで得た伝承や知識を持ち去ったのかなと想う
少名彦命と天日鷲命との関係
3 記紀神話にある所伝をよく検討すると、両神が粟・粟島(淡島)を通じてつながることも推測されます。阿波国はもと粟とかかれた地域で、古来、繊維の麻の産地であり、当地の開拓者たる忌部がその製作にあたっていました。そのことは、阿波忌部の祖とされる天日鷲神が木綿の製作者として記紀神話に見えることと符合します。古代の衣服・繊維氏族の倭文連・長幡部も忌部の同族でした。
そして、また衣服・繊維氏族であった服部連も、これらの同族であり、その出自が伊豆国造一族であって、同国造一族が古来、同国賀茂郡で三島大社(伊豆三島神社)を奉斎してきました。同郡の式内社阿波神社が、いま神津島に鎮座して三島大神とその后神阿波比咩神を祀ります。伊予で多くの三島神社(その中心が大山祇神社)を奉斎した越智国造は、物部連一族ですが、これも少彦名神の同族でした。摂津国島下郡の三島県主(のち三島宿祢)は先にあげた氏族のなかにありますが、その奉斎した神社が三島鴨神社でした。
衣服や繊維を職能とする忌部の一族の内
服部連が伊豆国造一族で
三島大社を奉っている
また伊予の三島神社(大山祇神社)を奉る
越智族も物部連でスクナヒコナと同族だという
物部も忌部も阿波を支える氏族だけど
そのどちらも古代出雲において
出雲族と婚姻を結んだり
三島神社を奉ったりしている
出雲に深く喰い込んで
出雲崩壊前にそこから出て行っているような
スクナヒコナは大国主にサヨラナを言う時
この国はまだ未完成だよとか言い残して
いなくなるんだけど
お前何か盗んで行ったんじゃねーの
って想うのよね
まあ盗んだというより
暖簾分けという感じもするけど
スクナヒコナは大陸から医学や薬学の知識を
出雲国造りにもたらしたとされる
でも大国主がスクナヒコナを別府や道後温泉で
傷を治してあげた話があって
湯治に関しては出雲由来だとわかっている
玉造温泉がある忌部の神部
忌部氏はスクナヒコナから来ていて
その名も出雲にあったもの
出雲の忌部氏から
阿波の忌部氏が生まれたのでは?
出雲にあった湯治のような優れた医術を
スクナヒコナは会得した後
国造りからトンズラして
阿波に渡ったような気がする
つまり祝詞や伝承 儀式や秘法だけじゃなく
ありとあらゆる自然の恩恵で得られる知恵が
出雲から物部や忌部の系譜に移っている
いつの間にかごっそり阿波のものになっていて
私の直感だと恐らくそのタイミングで
出雲の国譲りが起きている
それらの知識や技術と
物部や忌部が大陸や中東から持って来たものが
阿波で一緒になって体系化されたとき
呪術化したような気がする
鉱脈を探し鉱脈を抑えるような
この島の情報を持っていた
出雲や各地の土着民の知恵が
この島の征服のために必要だったというのもあるだろうし
惜しげもなく分け与えたものを利用して
列島征服に至ったのかな
まあ世界中どこでも
原住民の征服っていつもそんな感じ
みんなものだよと親切に分け与えたものを
いつの間にが独占するんだよね
ニギハヤヒとか出雲族のハーフかもしれないけど
出雲を守ったという話も聞かないし
神武の前でナガスネヒコを殺しちゃうし
最悪って私は想うんだよね
物部は英雄扱いしたがるけど
そしてスサノオやニニギのような
出雲を征服して血を混ぜて
それで生まれたニギハヤヒのようなハーフが
出雲の宝――伝承や技術を
外部へ流出したんじゃないかと想うのね
物部の祖であるニギハヤヒが出雲とのハーフって
すごい象徴的で
出雲の富が物部に渡った歴史そのものって感じ
だから崇められるんでねーのって想う
同じく物部の祖とされるウマシマジ
ニギハヤヒと被るんだけど
東征後に石見に帰って没したのも
もうその時は出雲王朝はとっくに崩壊してて
故郷に帰っただけなのかな
大体神武の嫁の母が三島ナントカという名前だし
出雲の人っぽいしね
この娘を娶ったエピソードも
いかにも養分見つけたって感じだし
征服民は懐柔するために原住民の女を娶るもの
出雲の祟りが尋常じゃないのも
わかる気がする
平家のことを書くと呪いが来るけど
阿波のことをどんなに書いても平気なのに
出雲のことを書くといろんな所でファビョり出したり
すんごいざわつくんだよね
そわそわしているのがわかる
まるで煙に炙り出されたみたいに
本音が出る
だから出雲がきっとビンゴなんだと想う
アイヌとか他の土着民よりも
玉造湯神社・忌部の神戸・月と勾玉
「出雲の忌部氏は、出雲国造家の祭器の調達や神事のことにしたがうのを世襲的な職能とした人々である。とくに出雲国造家においてのみ、そうした特殊な人々 が隷属したのは、出雲国造補任式などという臨時祭式としての特別な儀式が課せられていたことに、大きな原因の一つがかぞえられるであろう。即ちこのような 重大な特殊儀式をおこなうための経費の財源として、とくに忌部神戸が意宇郡内に設定されていたのであり、この地が選ばれたのは、花仙山の瑪瑙と、神の湯と いわれる温泉の湧出との、二つの条件をもっていたことに関係がある。」
朝廷の品部としての「忌部」は出雲・紀伊・阿波・讃岐が代表的なものとして明らかになっている。
出雲の忌部は朝廷に玉を貢納することになっていた。阿波は木綿(ゆふ)・麻布、紀伊は宮殿・社殿の用材、讃岐は楯を朝廷に貢納することになっていた。また筑紫と伊勢に刀・斧・鉄鐸・鏡などを貢納する忌部があったらしい。このうち紀伊忌部は直接中央の忌部氏に隷属していたが、他の忌部は国造の管轄かにあり、国造を介して物品を上納し、忌部氏が祭祀儀礼に使用することになっていたのである。
国造りって
天下統一後に中央から派遣された
天孫系の氏族のことですよね
番外編:出雲と忌部 1
読者さんから
長くなるからね~と何度も念を押されていて
本当に長い文が来たので笑ってしまいましたw
どうもありがとうございます
> >剣は男性の象徴だと錯覚していたが、実は女性・巫女のことかも。
>
> と言う所を読んで、徳島の剣山が名前とは裏腹の女性的ななだらかな山容なのがずっと疑問だったのを思い出し、そう考えるとつじつまが合うなぁと考えた所で
> あれ?じゃあ何で女性的な県名「愛媛」の石鎚山があんなに天を突き刺すような険しい形なの?逆じゃないの?大体石鎚って石のハンマーのこと?何それ?
> と思った所で、これまでの水晶さんのヤマタノオロチの話題でやっと繋がったのですが、本当は石鎚山は「石鎚」ではなく「石槌」
> (槌=ツチ=蛇 ツチノコって言いますよね(^o^)未確認動物ですが) つまり石の蛇の山なのではないかと。私には石鎚山が蛇がとぐろを巻いて鎌首をもたげているように見えるのですが・・・
>
> そう考えると、剣山と石槌山、剣と蛇→スサノオとヤマタノオロチ それを四国八十八箇所 88=八重で囲む(八重垣)という暗号にもなるのではないかと推測しました。
石鎚山
近畿以西の西日本最高峰である。愛媛県西条市と久万高原町の境界に位置する。
愛媛は愛や姫の字が県名につく
必要以上に?女性性を強調していますよね
石鎚山もとても尖っているのに
愛媛という場所には似つかわしくないですね
四国ってどう見ても男性的な土地なのに
四国は男の気なんですよね
女も男みたいに働くし性格もたくましくて男っぽいです
土地も気質も男性的です
なのに昔伊予と呼ばれた土地に
愛媛という女らしい地名をつけたのは
どこかわざとらしい感じ
もしかしたらお姫様を囲っている
暗号かもしれないですね
女っぽいのは山陰です
「陰」というくらいですからね
島根の女性は「江」が付く女性芸能人と
かサバサバ系の男っぽいイメージですけど
その裏で暗さを隠しているように見えます
だから妙な警戒心の強さというか
「陰」を感じるんですね
三島信仰の大山祇神神社はなぜか愛媛に勧請されて
愛媛のものになってますが
愛媛の神社だけ大山祇神は大山積神と言われ
「氏を示す」という字が書き換えられている
氏を示されたらまずいのでしょうか?
私には出雲の三島信仰を四国に持って来たのは
剣と蛇がスサノオとヤマタノオロチに表されるように
その山が四国にあるように
出雲の巫女シャーマニズムを
四国の88八重垣で囲ったように想います
つまり四国は出雲を囲っている
だから高閲山で阿波の封印が解けたとき
出雲が蘇るんですね
剣は本来男性の象徴だと想うんですが
こと出雲に関して
剣は女性や巫女のイメージが被っている
ヤマタノオロチの伝説は『出雲風土紀』にはなくて
スサノオ用の創作くさいんですが
ヤマタノオロチという悪者を作り出して
スサノオの英雄神話に書き換えているような
『姫神の来歴』では
ヤマタノオロチは大国主のような
出雲にいた王のことで
櫛名田姫の旦那ではないかと
それを悪者に見立てて
寝込みを襲って倒したエピソード
それでスサノオは姫を娶り王位を手にした
出雲は製鉄が盛んですから
優れた剣を生産することができた
ヤマタノオロチを殺して出てきた草薙の剣は
それが出雲族の剣であり
草薙の剣=櫛名田の剣であるのは
ヤマタノオロチが櫛名田姫の夫君だから
という意味かなと
出雲が巫女を中心とする神権社会
女性上位社会だったと考えると
剣=男(夫) 草薙=櫛名田で
「草薙の剣」は「櫛名田の男(夫)」を
指すのではないかなと想う
つまりヤマタノオロチ(蛇)も剣も
櫛名田姫の夫を指していて
それが殺されたことによって
スサノオの王位継承が始まり
出雲の女性優位社会
巫女シャーマニズムによる神権政治の終焉や
母系社会の終了を意味した
古事記にはカグツチという火の神が産まれる時
イザナミの「陰」が焼かれて産まれた
という神話がありますが
この陰って山陰のことじゃないかと想ったり
なぜイザナミを焼かなければいけなかったのか
なぜイザナミはカグツチの出産で
死ななければならなかったのか
それは古代の女性信仰(陰)の主であった山陰が
火の神カグツチをシンボルとする製鉄民
渡来系民族に征服され焼かれたことを
意味するのではないかと
このカグツチの血から生まれた神の中に
国譲りを迫って出雲を滅ぼした
建御雷もいますしね
出雲の松江と愛媛の松山
なんか似てますね
松江を松山に移植したのかな?
ににぎのみこと からのくに
からのくには韓の国かと想ってたけど
唐揚げの唐でもあるような
出雲の「神奈備山」
また、これらの山にはある共通の特徴があるとされています。
①円錐形で蛇がトグロを巻いたような山容、②磐座や巨岩があり、それを人々が崇拝していた、③四方から見晴らせる特長的な山、④山頂からは四方が見渡せ、国見、国誉めのようなことができた、⑤ふもとに人々の生活集落があり「集合的無意識」を生んでいた、といったことです。
石鎚山の麓には久万高原町があって
縄文遺跡の上黒岩岩陰遺跡があります
2015年4月28日火曜日
江と三島 4
三島は古くは
「御島」と言われていたのかもしれない
国譲り神話の舞台となった稲佐の浜には
弁天島がある
古くは「沖御前」といい、遥か沖にあったといわれています。昭和60年前後までは、島の前まで波が打ち寄せていましたが、近年急に砂浜が広がり、現在では島の前まで歩いていけるようになりました。
この島が遥か沖にあった頃
沖御島と呼ばれていたという記事を
観光した人が書いている
ただね
沖御前と間違って書いている感じなのね
他に沖御島というのは検索しても出てこないから
「御島」という名前は島根の鹿島町の
御津という所の御島(男島・小島)にあって
名勝として知られているらしい
御島にしても御津にしても
島や津に御をつけただけで
名前というほどのものでもないよね
そしてこのシンプルさが私には
大和言葉を使っていなかった出雲のこの地で
ただ自分たちの場所を「島」「津」と表現している
だけのような気がするんだけども
関係ないですが香椎宮にも
「御島」というのがあるみたいで
香椎宮の御島神社
厳島神社みたいに
沖合の小島に鳥居を立てて
「御島神社」としている
神道以前の自然信仰は
海や島がご神体だったから
形式化されてこんな形になったのかな
三島はもともと御島から来ていて
三島姓は島の人たちという意味で
島根っぽい
検索しても「御島」という名字は出てこない
御島は三島になっているのかな
島の根っこという島根の今の県名に
案外古代出雲の本当の名が
隠されていたりして
出雲が来る前の名前
「御島」の他に私が気になっているのは
「をき」
幽魂安鎮秘事は
“天の息、地の息” から始まるんだけども
古くは息を「をき」と発音していて
“天の息(をき) 土の息(をき)“と読む
そして隠岐の島の 「おき」
出雲が来る前のこの地のシャーマニズムが
海や島自体を賛美するものだとしたら
隠岐は 「をき」であり
この地は 天の息(をき) 土の息(をき)
なんじゃないかと想うのね
今は出雲と呼ばれる地はもしかしたら
阿波(あわ)や伊勢(いせ)のように
「をき」だったのかなあと
それに漢字を当てはめて「隠岐」
だいたい「隠」を「お」なんて普通読まないしね
隠岐の島は「因幡の白兎」では
「淤岐嶋」と書かれているんだけど
「淤」の字は場所を表す「於」の字と
ほぼ一緒で
「於」が「を」とも読みまた
「を」が場所を表す助詞なのを考えると
「おきのしま」は「をきのしま」
でもあるのかなあと想う
息といえば息長(おきなが)族というのが
琵琶湖周辺の滋賀県にいたのですが
『銀金』の主人公たちがいる部族
歴史書の息長氏
古代豪族の中でも息長氏ほど謎の多い氏族は珍しいのではないでしょうか。先ず出自が不明で 史家の間でも諸説があり未だ定説はないようです、・・・中央政界に於いて頭角を現すこともなく、皇親氏族として特別優遇された実績もなく、史書に見る限り 実に影の薄い氏族なのですが、息長氏を除外しては古代史を語れません。「古事記」には息長氏についての記述についてかなりのペ-ジを割いて比較的詳細に述 べていて、記事を追って行くと息長系図が作成出来ますが「日本書記」のほうは簡潔な記事になっています。
私は難しいことはわからないので
イメージだけで読み解くと
この豪族に謎が多いのは
出雲の息(をき)の系譜だからとか
出雲が征服されたとき
大国出雲は解体されて
出雲族は転でバラバラになったと想うのね
その中から別の豪族が生れたりとか
長はナーガ
阿波の那賀とも繋がり
この豪族はもしかしたら
出雲と阿波のミックス
出雲と物部から生まれたのかもー
なんて想ったり
息長族は滋賀の醒ヶ井
米原周辺を本拠地とした部族で
すぐ東には伊吹山&揖斐川が見える
その先には尾張
もしかしたら
捕えられた出雲族と物部から誕生した
そんな一族だったり・・・
と想像してしまう
また那賀は和歌山にもあって
今は紀ノ川市になっているから
建南方の領域なわけで
そうなると息長族は出雲連合の生き残り
という妄想も働く・・・
読者さん情報によると
別の女性小説家の古代ファンタジーノベルでも
天孫と地孫のミックスの美濃から生まれた豪族が
橘ということになっているとかで
美濃は息長族の米原とも近い
この辺りに何かあったはず
「をき」かもしれない
「御島」かもしれない
そのどれでもないかもしれないけど
出雲が「出雲」でなかったことだけは確か
そして「出雲」という名前自体が
出雲を封じていることも
大河ドラマになった「江」
あれは織田信長の家系の話
私はなんとなく「江」は
後の武士の系譜
源氏を生んだ流れのような気がするんですよね
物部連の中の「江」の系譜
ヤマトタケルの軍勢にもいたといわれる
江南の刺青の系譜は
後の戦士を生んだ闘争的な民族かも・・・
元はポリネシア人もいたり
中東の方からやって来た民族もいたり
大陸を経て物部連に合従しながら
半島を経由していく内に
その中の好戦的な部族が
「江」の部族になったかもしれない。。。?
まあファンタジーですけど
尾張にも「江南」があって やがて源氏を生む
出雲にも「江南」がある
ソウルにも「江南」
戦の激戦地に「江南」があるような気がするし
ソウル~出雲~尾張
江の民族がやって来て
追いかけているような
石見銀山で山肌の岩が崩れる 81歳男性が下敷きになり死亡 島根
砂の中からクジラ島を掘り出す
金色の生物を展示
スサノオマジック最終戦勝利
宍道断層の現地調査の見学会
関係ないですが
ネパールの地震
午後3時11分に起きたので
嫌な感じがしましたが
これ 15時11分でもあるんですよね
511・・・
これ本当に自然地震なのかな。。。?
あまりにも出来過ぎ
2015年4月27日月曜日
江と三島 3
摂津三島の社伝に
「大山祇神は百済から来た」とあるのは
出自を誤魔化しているような気がする
17 ::2013/10/17(木) 09:33:23.89 ID:2j8cYxym0
>>16
>それって時代的にはいつ頃の話なんだろ。
>北方系渡来人政権というのはスサノオが入る以前、大山祇神系の出雲のことを言ってるんだろうか?
スサノオが出雲に入る以前までの時代だと思います。
ところで、スサノオが入る前の出雲は
>大山祇神系
だったのですか?
なんとなく出雲は大山祇神系だとは思っていたのですがイマイチ確証がとれなくて。
大山祇神は元々は播磨の土着系の神です。
上で「日本在地人政権」と書きましたが、その際大変重要な役割を果たしたのが播磨の諸豪族です。例えば鴨(賀茂、加茂、迦毛)氏の故地は播磨です。「鴨族」は播磨から大和や山城に進出しました。
やはり、出雲に進出していたのも播磨鴨氏だったのですね。予想通りです。
その鴨氏が祭祀していた神が大山祇神なのですが、後には自ら従えた百済人などによって大山祇神は百済系の神である、などと流布されることになり、残念なことにそれが定着してしまいました。
後のことになりますが、神功皇后(実は即位して神功天皇)の母系先祖が新羅人であるなどという「嘘」が定着してしまったのもこれと全く同じ事情によります。
神功天皇を慕って日本に渡ってきた新羅人たちによって、神功天皇は新羅系であると流布されてしまったのです。
ちなみに神功天皇は久米氏の出です。
久米氏も播磨鴨氏と並んで「日本在地人政権」の樹立に大変大きな役割を果たした氏族です。
<播磨にいた出雲の大神>
大己貴命は現出雲(「丹波出雲」の対語として言うのだが)にいるので、さぞかし出雲国風土記では活躍するかと思いきや、実はあまり登場していない。かの有 名な「因幡の白兎」の伝説も書かれていない。風 土記を書いた出雲臣(いずものおみ)廣嶋(ひろしま)という人物が、神話や伝承など歴史部分を少なくして、 むしろ客観的な地理や物産の情報を多く盛り込もうとしているからである。「国引き」の説話など、貴重な伝承もあって、価値は高いのだが、歴史資料として古 代の出雲を知ろうとしても、肩透かしを食わされる。
ところが、「播磨国風土記」には、出雲 の大神がよく登場する。た とえば「昔出雲の大神が神尾山に住んでいて、出雲の人が通りかかると、その半数を取り殺した」という伝承が伝えられている。男神 だけが一人で来て、姫神は遅れて来たので、男神の方は待ちきれずに一人で行ってしまった。遅れてやってきた姫神は、一人でその山にいるという。そのため、 いつも不機嫌なのだそうだ。残念ながら、その姫神の名は分からない。
この話が出雲の大神の遷幸途上のことであったとすれば、出雲大神宮が伝えるところと、かなり符合している。元出雲では妻の三穂津姫と一緒にいたのに、夫の大己貴神だけが現出雲に遷されたという。これに対し、播磨では姫神は遅れてやってきたと伝えている。
「出雲の大神の遷幸」というのは
現出雲が出雲になった時代
播磨にいた出雲族が島根の出雲に行った時代
のことを言うのかな
大国主(大己貴)が三穂津姫を貰い
「出雲」を譲り受けて帰された時代
三島(島根)が出雲になった時代
出雲が三島(伊予)とシャッフルされた時代
ああわかりにくい・・・ (-_-;)
気になるのは三島溝杙姫(玉櫛媛)の父が
賀茂氏の祖である賀茂建角身命(三島溝咋)
であるということ
しかも後の八咫烏とか
ニギハヤヒも大国主の子だとか
別名、櫛玉命(くしたまのみこと)。とか
櫛といえば櫛名田姫
まるで正当性を主張しているかのような名
他にも
神武天皇の祖先、秀真伝と記紀、饒速日
饒速日も出雲系の血を引く。火明命の子なので、父母が邇邇芸命とコノハナサクヤ姫なので、天照大神と大山祗の血を引いている。
ににぎのみこと からのくに
ニニギは半島から来た渡来人だと想うし
天照は天孫系の代表みたいになってるけど
本当は国津神のはずだから
ニギハヤヒは征服者と被征服者の間に生まれた子
列島の征服の象徴のような気もする
日本の侵略が起きた時
そういう子がいっぱい生まれたと想うのね
米軍が占領軍だった時代に
日本であいの子がたくさん産まれたように
まあ物部が古代出雲王朝の中枢に
早くから深く入り込んでいたともいえるのかな・・・
だから伝承も秘儀も全部物部に行ったし
物部は出雲族と考える人もたくさんいるのね
出雲も伊勢も祭神は国津神
元伊勢から伊勢神宮が生まれたように
元出雲から出雲大社が出来たのね
国家の一大事業として
伊勢と出雲が作られた
侵略を肯定するために・・・
播磨陰陽師が物部の系譜で
出雲の幽魂安鎮秘事の秘伝を伝承している
播磨にいた出雲の大神=賀茂氏が
出雲で出雲を作った?
大山祇神は播磨の土着の神ってことになってるけど
そうかもしれないけど
それが後に出雲が出雲になるのに
とても都合がいい筋書の気もするし
元出雲の出雲大神宮に近い
摂津の三島
ここの三島の人たちが
出雲が元出雲から勧請したときに
一緒に移住した人たちのようにも聞こえるけど
それならなぜ伊予や伊豆の三島や
摂津には三島姓の集団がいないのかーとか
そして島根に多い三島姓
とくに出雲市や松江のような沿岸部の集団が
岐阜の郡上市にも多いのは
出雲を離れて岐阜の山奥に
避難せざるをえない何かがあったからで
それが稲佐浜から入られた
国譲りの時の内戦によって起きただろうことが
考えられるわけで
国譲りによって
三島姓が逃げなければいけないのなら
もともとそこにいたのは
三島の人たちだったということになる
大山祇神社の謎7
まだまだ、沢山、謎はありますが、 最後に、 注連縄です。
・・・
そこで、 これらがどんな神社に祀られているといいますと、
右が太い所は、 その多くが、 「天津神」
左側がふとい場合は、 「国津神」 となります。
そこで、大山祇神社はというと、 「左側が太くした形です」 大山祇神社以外に、これと同じ場所に、あの出雲大社があります。
女を巧みに使って想念を集めて
集合体の軸になる
物部の巫女が遊女なのと
一夫一妻制を厳格に守り
婚姻相手は初体験の相手と決まっていて
掟破りは絶対に許さなかったサンカ
サンカが出雲族の末裔だとしたら
物部の性質と大分違いますね~(笑
そしてサンカがそれほど男女関係に厳しかったのは
女性優位な文化だったというのもあるけど
(性行為は女性がしたいときにするものらしい)
因幡の白兎の伝説を想い浮かべると
白兎の後に国譲りが起きたわけで
よっぽど女で嫌なことがあったのかなーなんて想ったり
大国主はかなり異性関係が派手だった
もしその派手な女性関係が亡国の一因だとしたら
国の滅亡を招いていたとしたら
亡国の民の掟に異常なまでの?こだわりが生まる
原因になってたりして
物部が内側に巣食って女を使ったら
内部崩壊していくよね・・・
それが因幡の白兎かもしれないし
でもそれもおかしいかな・・・
大国主があんなに多情だったのに
出雲族の末裔のサンカが
生涯一人の相手だけという原則を
掟にしていたなんて
そんなルール一朝一夕にはできないと想うしね
となると
土着の出雲の文化と
大国主のような上層部の文化には
別の物がある
大きな違いがあるということ?
歴史に現れる大国主の系譜も
後から入って来たもの
土着のものと開きがある
出雲の地を治めるために
やって来た人なのかもしれない?
そうね・・・
出雲がサンカのように
女性主体のシャーマニズムだったならば
大国主が前に出ているのはおかしな感じ
櫛名田姫が本当は卑弥呼のように
メインだったのではという説からすると
あちこち女がいた大国主って一体なんだったの
・・・っていう
大国主が元出雲から「出雲」を譲り受けたというのは
大国主も出雲から女主体のシャーマニズムが
消えるきっかけだったのかもしれない?
出雲のシャーマニズムが消えて行ったのは
出雲が「出雲」になってからかもしれない
ならばそれは大国主が葦原中津国平定で
高皇産霊尊に服従し
三穂津姫をあてがわれ
元伊勢で出雲を勧請させられた
その時から始まっている・・・
もしくは大国主の時代には
大国となった古代出雲は
古代ローマ帝国のように
堕落したり衰退していたりして
国力が弱まり「出雲」になった
それが後にまつろわぬ民になった
出雲のサンカが
掟を作り厳格にそれを実行した
理由なのかもしれない?
サンカのルールが古代出雲
大国主以前の出雲の姿だったならば
櫛名田姫のような巫女を中心とする
出雲シャーマニズムと
サンカの女性崇拝ともいえる
女性優位の文化は見事に一致する
そして因幡の白兎の伝説
それが物部の巫女遊女ならば
古代出雲の終わりは
遊女のような女によってもたらされたのかもしれない
それまで一夫一妻制で
初体験の相手以外とは交渉を持ってはいけない
そんなルールの下で平和に暮らしていた土着民に
半島から物部の遊女がやって来たなら・・・
確か白兎に出会った後からですよね?
大国主がいろんな女神と関係を持つようになるのって
それまでは一人の姫を争っていた
白兎を助けたおかげで
八上姫を手に入れることができた
なんで海の向こうからやって来た白兎に
そんな力があるのでしょうか?
白兎の伝説
和邇を騙して皮を剥がれた
和邇は水中生物だけど陸にも上がる
海の民出雲の土着民
漁師のような出雲族の暗喩だとしたら
和邇たちが白兎に騙された=裏切られたのは
サークルクラッシャー的な?
その時代の出雲の男女関係が
厳格なものだったならば
和邇たちが怒るのも無理はない?
白兎の力は
和邇の男たちの力を付け替えて
大国主に乗せたのかも?
白兎の力で大国主は持ち上げられて
そして滅ぼされた
出雲が滅ぼされたのも
自分の皮を剥いだ和邇たちへの
白兎の復讐だとしたら・・・?
スサノオが八重垣で櫛名田姫を囲ったり
大国主のラブアフェアが全国展開されたり
女神を中心とする体制が
遊女という存在が現れてから
崩れて行ったのかな・・・
国を終わらせ国を作らせるのも
男を繋ぐ遊女なのね
出雲の終わりは因幡の白兎から始まった
最初の直感に戻ってしまう
白兎が物部の巫女遊女なら
やっぱりその通りなのかもしれない
国津神の嫁を娶っている限り信用ならん
と言われて無理矢理三穂津姫を押し付けられた
大国主
この姫を置いて出雲に帰って
後から姫が追いかけて来たりするんだけど
白兎にしても三穂津姫にしても
どうも大国主に女難の相があるような・・・?
この神話にしても白兎伝説にしても
外から来た女によって大国主が堕ちていく
誰かが大国主を磊落しようとしていた
そんな意図が見えてしまう
天孫に押し付けられた嫁によって
後後出雲が墜ちていったとしても不思議じゃないし
江と三島 2
三島には 三島信仰というのがある
日本三三島というのがあって
三島鴨神社 (摂津)
大山祇神社(伊予)
三嶋大社(伊豆)
この三社なんだけどその中でも
三島鴨神社
社伝では、伊予の大山祇神社、伊豆の三嶋大社とともに「三三島」と呼ばれたという。また、日本で最初の三島神社(山祇神社)とされる。
大山祇神社 (愛媛県今治市)は
祭神の名があって一番大きくて
三島鴨神社 (大阪府高槻市)は
三島信仰の始まりの神社で
三嶋大社 (静岡県三島市)は
三島市にあって一番目立つってことかも
三大ナントカっていうのは
それが連携プレーしている証で
三大三島に三島信仰の秘密のヒントがある
『戦国の覇者 3 秀吉大返し』という小説には
三島についての行がある
「これはいかんな、藤吉郎どの。大山祇神くらい知っておらねば、世間で笑われますぞ。この島は大三島と呼ばれて久しいのですが、古くは『御島』と、こう書いておったのですな」
「官兵衛とのはご存知ですな」
「もちろん。北の出雲、南の大山祇、というくらいゆえ」
「そんなに有名なのか、官兵衛」
秀吉も出雲大社の名前は聞いたことがある。それに比肩する大山祇神というのは知らなかった。
大山祇神神社は日本総鎮守、すなわち全国の神社の頂点に位置付けられている総本社とも言うべき神社である。
日本総鎮守・大山祇神社と激安海鮮丼
今回は「大三島」観光スポットの1つ 「大山祇神社」(おおやまづみじんじゃ)を訪ねます。
由緒は次の通り。
「日本総鎮守 大三島宮 大山祇神社由緒
御祭神 大山積大神
御祭神大山積大神は天照大神の兄神で山の神々の親神に当り(古事記・日本書紀)天孫瓊々杵命の皇妃となられた
木花開耶姫命の父神にあたる日本民族の祖神として、和多志大神(伊豫国風土記)と申し上げる、海上安全の守護神である。
地神・海神兼備の大霊神として日本の国土全体を守護し給う神であるところから古代より日本総鎮守と尊称され
朝廷を初め国民の崇敬は各時代を通して篤く中世は四社詣、五社詣の中心となり、平安時代既に市が立ち現在に続いている。・・・」
※案内板より引用
日本民族の祖神
日本の国土全体を守護し給う神
日本総鎮守
随分大きな神様ですよね
山と海 地神・海神を兼ね備えた大霊神
となれば 日本全土の自然の神様に等しい
いつの間にかこんなに大きな神様がいたのねと
想ったものですが
イザナギのカグチから生まれた大山祇神が
こんなにも偉くなっているのは
実は私はこの神は
出雲の神じゃないかと想っているのですよ
日本民族や日本国の祖神にしているのは
出雲(島根)の神だからじゃないかと
だいたい島根という名前も
島の根っこですしね
それに大山祇神の孫が櫛名田姫ですし
そして出雲という名が敵に付けられた直感と共に
もしかして「三島」あるいは「御島」が
出雲の本当の名前の一つではないかと
睨んでいるのです
北の出雲、南の大山祇
というのが大きなヒント
本当は逆だったのでは?と
四国と島根
神様を取り替えた気がするのですよ
瀬戸内海はちょうど物部の侵攻エリアかなと想うし
取り替えることによってその力を付け替えたのかなと
出雲の大神の悲劇
<元出雲>
ところで京都府亀岡市には「出雲大神宮」という神社がある。丹波一宮で社格も高く、もとは広大な神域を持つ大神宮だったが、現在では小ぢんまりした神社になっている。
出雲大神宮の御神体は背後にある山(御蔭山)で、国常立尊のことだというが、元は拝殿もなかったらしい。原始的な信仰を伝える神社なのだ。主祭神は大己貴 神とその妻である三穂津姫命であり、社伝では和銅二年(709年)に大己貴神だけを現在の出雲の杵築神社に遷した。そのため現在の主神は独り取り残された 三穂津姫命であるが、あくまで本来の出雲はこの地であったという。そのため神社では「元出雲」と称している。
この「元出雲」の伝承はあまり注目されず、信じられてもいないらしい。たいていの人は「出雲大社から勧請したらしい」と書いている(ただし近くには別に出雲大社の分社もある)。
出 雲大神宮の最初の拝殿ができたのは、大神の遷座と同じ和銅二年(709年:2009年には創建千三百年祭)という。非常に古い由来を持っているのであ る。実際に行ってみると磐座がいくつもあって、なるほど原始信仰らしい様相を伝えている。だが他に崇神天皇を併せ祭っており、かなり重んじているように見 える。別の項でも述べたが、崇神天皇は大物主神を天皇家の信仰の中心に据えた天皇である。出雲の大神を崇拝していたわけではない。なぜこんなところに崇神 天皇が?と疑問に思った。
ところで、現在の出雲大社は元来「杵築大社」という名称であり、 古くは単に「出雲神社」といえばこの丹波の出雲神社を指したのだそうだ。丹 波の古伝にも、昔丹波が湖だった頃、大己貴神が大山祇神(おおやまつみのかみ) と協力して、湖の端を切って保津川に水を落とし、現在の丹波盆地を作ったという伝説がある。正に国土造営の神にふさわしい活躍ぶりだ。地質学的にも古代に は丹波盆地の大部分が湖だった証拠があるというから、必ずしも荒唐無稽な話ではない。
しかしながら、鎌倉時代にはもう現在の出雲大社が本来 の出雲神社で、丹波の出雲はそこから勧請したという説明が一般に受け入れられていた。「徒然草」にも「出雲の社に摸して立派に作られている」と書いてあ る。当の出雲大神宮に所蔵されている古文書(徒然草より新しいようだが)にも、そう説明されているほどだ。
和銅以前の出雲が丹波にあったとすると、日本神話や崇神天皇の四道将軍、誉津別命の伝承は、全く違った意味合いを帯びてくるのではないか?
素人の異説好みで、この「丹波出雲」の仮説をしばらく追求してみたい。なおこの丹波出雲は丹波全体を指したわけではなく、現在の京都府亀岡市のあたりを指 したのだろう。山城国から丹波国に入るあたりで、口丹波などと呼ばれる地域である。かつての丹波国は丹後、但馬を含んでいたので、たとえば兵庫県にも丹波市がある。
三穂津姫命というのは
大国主に無理やりあてがわれた
天孫の姫
出雲大神宮がある京都の亀岡市と
摂津三島がある大阪の高槻市は近い
その間にポンポン山という山を挟んでいる
「出雲」という名前はもともと
京都の亀岡にあった
だから元出雲
そして出雲のシンボルが「亀」なのも
案外亀岡から来てたりしてw
亀自体が六角形の結界みたいだしね・・・
三島と出雲の接点が亀岡高槻エリア
丹波の国にあって
ここでシャッフルされたのではないかと
想うのね
まあ出雲族もどこかからかやって来ていて
それが播磨(現兵庫県)あたりの民族だったという
可能性もあると想いますが
三島鴨神社 高槻市三島江
社伝によれば仁徳天皇の時代に百済より大山祇神を迎えて摂津御島に淀川鎮守の社を造ったのを創祀としている。 これは『伊予国風土記逸文』に「乎知の郡。御嶋。坐す神の御名は大山積の神、一名は和多志の大神なり。是の神は、難波の高津の宮に御宇しめしし天皇の御世に顕れましき。此神、百済の国より渡り来まして、 津の国の御嶋に坐しき。御嶋と謂うは、津の国の御島の名なり。」とあることを根拠にしている。
さらに社伝によると、三島江の東の淀川沿いにいた物部の韓国連が祭祀に協力したとしている。 素直に、物部の韓国連が百済から奉斎して来た神は渡しの神である、この神を大山祇神と習合させたのかもしれない。と考えて見る。
伊予の大三島島の大山祇神社の元社はすぐその北側の上浦町に鎮座する横殿神社とされている。この伊予は物部氏の小市國造、風速國造の支配する地であり、ここでも大山祇神の祭祀にかかわったものと思われる。
日本三三島の一である伊豆の三島神社もまた物部系の伊豆國造の国である。伊豆國造は物部連の祖天藐[藐の兒は生]桙命八世の孫・若建命。とされている。深く物部にかかわる神社であると言える。
祭神については現在は大山祇神、事代主神の二柱となっている。 この神社の名前の三島に重点をおけば渡しの神の大山祇神、鴨に重きを見れば事代主神となるのだろう。 この近くに溝咋神社が鎮座、『日本書紀』によると事代主神が三島溝杙姫(玉櫛姫)に生ました姫が姫鞴五十鈴姫で、神武天皇の妃となった また三島溝杙姫の父神が三島溝咋耳命、その父神が大山祇神となっており、姫鞴五十鈴姫の両方の祖先神が祭神となっている。 大和王権の成立とこの地方の豪族とは無関係ではないことを物語っているようだ。
ああバカだ~
神武の嫁の母に三島と名のつく人がいたのねっ!
気が付かなかった~知らなかった~!
そしてこの三島溝杙姫は「玉櫛媛」とも言われ
大山祇神の孫であるのは櫛名田姫と同じだし
二人とも「櫛」がつくのは
同じ人かもしくは姉妹であることを
表しているのでは
スサノオ――櫛名田姫
神武――嫁の母・玉櫛媛(三島溝杙姫)
まるで東征が出雲の征服であるかのような
そうじゃないかと想ってるんですけどね
2015年4月26日日曜日
江と三島 1
島根の有名人はそんなに多くないのに
その中でも「江」の苗字の女性が二人いて
「江」の地名が結構ある
そういえば数年前の大河ドラマが「江」だった
江は川を表す漢字だし
川は人の生活に欠かせないから
江の地名や人名があっても不思議ではないけれど
血筋に「川」姓が多いという話もあるし
もともと地名はそこに住む集団から取られたことが多い
「江」は大陸からの流れを感じる
埼玉の熊谷は今では内陸だけれど
昔は古東京湾が迫っていて
そこに江南という地名が残っている
「江」の地名は相当古い
「江」は川というよりも「河口」を意味する
古い地名ということは
古くから住んでいる人たちがいたということで
早くから渡来人が住みついた場所でもある
河口といえば
私は河口の夢を見ている
それに岡山出身の次長課長の河本が出ていました
河本も川(江)
だから夢に出て来たのかな
逆さのピースマーク
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2013/01/358.html
伊勢湾の話のようだった
その土地の人たちが出てきて その中に じちょーかちょーの河本もいた
楽しそうに騒いでいて 祭りのような感じがした
川の河口 海の岸辺に
丸い石を積んでできた護岸に
水死体が 引き上げられた
顔や体には 布が巻かれていて
十字架に磔にされたキリストのように
Yの字に手を上げて
木の棒に 体をくくりつけられていた
河本は おじいおじいと 叫んでいた
私は 河本がなぜ叩かれたのか 理解した
河本は 川の本
川を本にして 新しい集合意識を作ろうとしている者たちの
生贄になったのだ
実はそんなことを考えていたら
オダギリジョー、香椎由宇の次男が死去 絞扼性イレウスで
こんなニュースが入って
すごいびっくりした
オダギリは河本の同級生だし
香椎といえば香椎宮
福岡にある大きな宮様
熊襲征伐の途中橿日宮(かしひのみや、古事記では訶志比宮)で仲哀天皇が急逝したため、神功皇后がその地に祠を建て天皇の神霊を祀ったのが起源とされる。
熊襲征伐記念の神宮なわけで
桃太郎伝説のある岡山といい
熊襲征伐の香椎といい・・・
そんな中でのご不幸なので
なんともいたたまれない気持ちになった。。。(-_-;)
岡山が舞台の『八つ墓村』の話とか
ずっとしてたしね・・・
そして4/20に亡くなった息子さんは
1歳9日だったそうで
誕生日を迎えたばかり
4/11が誕生日だった
そして4/20は 320からちょうど一ヶ月後
いろんなデータが符号して
息子さんに降りかかってしまったのかもしれない
・・・
原因は腸閉塞なんだけど
腸が何らかの原因により首絞め状態となり
・・・ (-_-;)アアー
そしてちょっと想ったことはね。。。
岡山ってもしかしたら桃太郎な土地
封印の土地なのかもしれないって
出雲と吉備の間には
豊富な産鉄地帯である中国山地があって
その鉱山労働や製鉄作業に従事した
たくさんの蝦夷の捕囚がたくさん埋まっているのかも
・・・
放射能とか地震とかで
東日本からも移住する人が多いでしょ・・・?
大都会岡山
本当は阿波のような土地なのかもって
だから『八つ墓村』の舞台に岡山が選ばれて
桃太郎が鬼を成敗したように
津山事件が起きて
あの場所で出雲の落人惨殺のネタが生まれて
そして怨霊の復讐劇が生まれたのかなって
私が産鉄民の出雲族は岡山だと勘違いしたのも
出雲と吉備は鉱山や産鉄を通して
古代に何かあったような気がする
ふと自分の家系はどこから来たのだろうと
電話帳の登録件数を元に
全国各県各市の同姓の人数がわかるサイトで
調べてみたら
やっぱり自分の先祖がいる地域が
一番人数が多かった
現代の電話帳登録もなかなか侮れない
都市に移動する人が増えてその分を差し引いても
まるで戸籍のように特定地域に母集団がある
知人友人いろんな名字を入力して遊んでいたら
ある名前で気がついた
それは「三島」だった
三島は全国で5,701人いる
その内島根と岐阜で
母集団があるのがわかった
島根県 809
岐阜県 608
北海道 374
大阪府 287
兵庫県 230(姫路42)
福岡県 252(糸島52/福岡市西区49)
島根と岐阜が突出している
北海道と大阪は平均して分布しているので
対象外
兵庫は姫路に
福岡は糸島エリア(福岡市西区は隣接)に
三島姓の集団が生まれていた
そして島根と岐阜の
それぞれの県内分布を見てみると
島根県809人の内
松江市 322
出雲市 225
安来市 53
東出雲町 42
松江と出雲の二市に集中している
他の町もこの二市に隣接している
穴道湖を囲うエリアで
古代出雲の所縁が多い地域
一方岐阜の方では
岐阜県 608人中
郡上市 206
岐阜市 114
関市 63
高山市 59
県庁所在地のような市街地には
人口が集中するので同姓人口も増える
それを考慮しても郡上市の「三島」姓の集団は
異様に多いのがわかる
島なんかないのに・・・
島根と岐阜といえば
斐伊川/揖斐川
美濃郡/美濃
なぜか遠い島根と岐阜に
同じ地名が現れる
そして今気がついたんだけど
島根には「加茂」という地名があり
岐阜にも「美濃加茂」市がある
加茂といえば賀茂・鴨氏
謎なのは「三島」で有名な静岡県三島市に
三島姓はほとんどいないということ
そして三島市は伊豆の隣にあって
出雲の島根に三島姓がたくさんいる
島根の三島姓の多さは
島根県のランキングで三島姓が32位になるほど
人口が多いとはいえない島根で
三島の母集団があるというのは
「三島」がこの地で深い繋がりがあるような気がする
島根には島があるし
何より「島根」だから
岐阜の岐は 隠岐や壱岐の岐
島がない岐阜に三島姓がたくさんあって
隠岐や壱岐の「岐」が県名に付くのは
日本海を渡っていた民が
岐阜の地にもやって来ていたからでは・・・・?
私の直感では
古代に出雲の地で何かがあって
三島の人たちが山陰沿岸部を東に流れて
若狭湾辺りから岐阜の郡上市に隠れたのかなとか
国譲りの時に
出雲族が尾張で滅亡したということは
尾張まで逃げて来て郡上に隠れたのかなとか
また福岡の糸島に三島姓の集団があるのは
ここが昔古代出雲ネットワークの
入り口でもあったからかな
壱岐島も糸島の目の前にあるしね
糸島ではないけれど
香椎宮は博多湾の東にあって
西にある糸島の対岸になる
三島姓はかなり古い姓だと想う
三島といえば三島由紀夫
この人に能力が降りてきたのも
このペンネームの効果がかなりあると想うのね
静岡の三島でこの名にしたらしいけど
三島で売れて
三島で逝った
そんな気がする
そういえば若狭湾といえば
官邸にドローンを落とした犯人が
ナント原発銀座の小浜市の人で
山本太郎と同い年 鬼門の寅年の
同じ山本姓だったのね
そして迷彩服で出頭と同時に
北海道の鬼門に当たる羅臼町で
海岸隆起の報道
境界の鬼門からエネルギーが入った印
アイヌの宇梶さんが夢に出てきたり
出雲とアイヌ
鬼門の北方領土は反応していて
ロシアは二島返還をチラつかせているけど
私はそれは餌だと想っている
(国後島が入ってない)
扉をノックしているだけ
いずれここから日本国内の結界が内から破られ
鬼門から国体を崩すエネルギーが
流入してくるのは時間の問題
それはもちろん北の原住民
アイヌの意識も働いているだろうし
扉の鍵を開けようとしている
だから宇梶さんは祟り神の力を借りに
太宰府天満宮に行ったのかもしれないし
そこにオカルト的な理由があるから
私の夢に現れたかもしれなく
アメリカ相手の戦争によって
この国の国体が崩れたように
今度はそれがロシアになる
いつだってそういうやり方
封印された集合意識は
蓋の下からフタを破壊するものを引き寄せる
日本国内で封印された集合意識が
日本を破壊する者を日本の外から呼び寄せる
寅年の犯人
山本太郎が園遊会で
結界をやすやすと突破したように
寅が鬼門の鍵を開くのは当然
小泉の時代に自己責任教で不況の煽りを
全部この世代に押し付けた時
いつかこの世代に復讐されるだろうって
識者が警告していたんだよね
この世代はパイが大きいからね
専門家はそのリスクをよくわかっていた
まさかこんな形で実現していくとは
そういえばエコノミストに怒れる亀がいたけども
その亀の下の地盤が割れていたけども
出雲は亀だったね
羅臼の海岸隆起
よく見ると地滑りだった
知床の海底隆起、陸側の地すべりが原因か
そしてこの映像で想い出したんだけど
崖が崩れるイメージをそういえば見ていたなと
でもそれは東京だったのよね
だからこれは私の中で
前兆なのかもしれないと。。。
ネパールの大地震
あそこは伊豆半島の付け根に対応する
しかも3:11という発生時刻
同時期に伊豆半島の北
山中湖で道路陥没
しかも一カ所だけじゃない
「地震の巣」とは ネパール大地震は以前から懸念されていた
伊豆も地震の巣だしね
半島がドッキングして出来た歴史や
地質まで似ているなんて
こんなはずじゃないさ
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2015/04/1124.html
考え事していて…ブレーキ遅れ、次の駅まで走行
25日午前9時過ぎ、福岡県糸島市荻ノ浦のJR筑肥線・美咲が丘駅で、筑前前原発西唐津行き普通列車(3両編成)がホームを約80メートル通過していったん停車し、そのまま次の加布里駅まで走行した。
「おいなりさん」キツネ石像4体破壊 福岡・警固神社
2015年4月25日土曜日
番外編:出雲と物部 7
> 偶然サンカ研究の方の八重垣の歌解釈というものが出てきました。
> http://www.interq.or.jp/www-user/fuushi/5-anc/5h-genngo/5h-genngo-a7.htm
彼らは、生活場所を転々と移動するため、浮浪者と間違われることが多いが、
明確な違いが幾つかある。
1つは、誇り高い古部族であると云うこと。
2つには、天の群雲の剣を写したという、ウメガイという両刃の山刀を持つこと。
3つには、グミ材で作られたテンジン(天人)と呼ぶ自在鉤を用いること。
4つには、ヤエガキという厳しい掟に従って暮らしていること。
などである。
掟の中に部族のことを他に漏らしてはならないと云うことがあり、長く世に知られることがなかった。
掟破りは、暗殺刑に処せられた。
サンカ文字は一葉の写真が残されただけで、「ア」等が欠けている。
(これを残す契機となったサンカの女性は直後に変死)
これまで、豊国文字、サンカ文字、天津文字などと便宜上記してきたが、
本来は、いずれも「神代文字」と呼ばれており、「母字」と当て字されることもある。
なんかまるで八咫烏のようなスパイ集団みたいですね
掟破りは処刑って
こっ怖い・・・ (-_-;)
でもそうまでしないと脅かされるような
危険があったのかな
そして強固な一夫一妻制に
秘密の言葉
この集団も血が濃くなりそうですね~
和歌の意味をまとめると、
ヤクモタチ………多くの蜘蛛族がこれまで穴居を止めてきた
イズモヤエガキ…穴から出るに際して掟を定めて守ってきた
ツマゴメニ………妻を得て独立するに際して
ヤエガキツクル…夫婦の掟を作り
コノヤエガキヲ…古来の掟と共に守れ
と云う意味であると考えられるのである。
サンカの結婚式でスサノオの八重垣の歌が
唄われるとか
でも解釈は全く違う
かつて別稿で出雲の「八重垣神社」は古社ではないと記したことがある。
いかにも取って付けたような伝承、稲田比賣を隠した「佐久の森」とか「8種類の竹垣」等に他所との矛盾、胡散臭さを感じていた。今回、サンカ伝承からこの古歌の解釈を得、スッキリしつつ、かの神社縁起の胡散臭さを更に強めた次第である。
私も感じてました(笑
佐久といえば木花咲耶姫(木花之佐久夜毘売)
大山祇神の娘なのですが
同じくこの大山祇神の子である
足名椎命・手名椎命は
櫛名田姫のご両親です
コノハナサクヤヒメの中にある「サク=柵」
この名前は「柵の中の木の花」という
櫛名田姫の囲われるエピソードを想いだしますね
まあ普通は「夜に咲く木の花」と読むんでしょうけど
血縁関係もともに大山祇神の子孫なので
もしかしたら同じ人物か
同じイメージを投影されている女性・・・?
スサノオの子供に「青幡佐久佐日古命」というのがいて
八重垣神社は昔佐久佐神社と呼ばれていた
佐久は柵であり八重垣の垣でもあると想われ
八重垣神社の鎮座地
そして佐久といえば
長野県佐久市
浅間山の麓にあるのですが
ビルゲイツの別荘?があって
全寮制のインターを作ったのも
この浅間山山麓
佐久のお隣の軽井沢・・・
サンカが移動するに際し、袋を背負ってあるく姿をナムチと呼ぶ。
無論、大国主命(大己貴命)の袋を背負う姿を映したものである。
サンカというのは、かくまで出雲との関連が深いのである。
これまで国主・国栖(クス)・蜘蛛・土蜘蛛、等いずれも出雲族と記してきた。
今回サンカに言及するに際して、その認識は更に確たるものになっている。
サンカ(山家or三家)は東北、北海道はエドと呼び転場しない。エドは穢土の意味であろうか。
江戸も同意かも知れない。前者は気候が厳しく、後者は元来湿地帯で、野営に向かなかったのであろう。
とすれば、東北マタギは、別系の山の民と云うことになる。
氷室冴子が『銀金』で
サンカのモデルを出雲族にしたのも納得
氷川神社が出雲の神を祭っているように
出雲から埼玉に移住した人がたくさんいたようです
国造りのために連れて行かれたんでしょうが
サンカは過去記事でも何度か書いてます
本人がもう忘れてますけどw
最近見つけた資料では
サンカの人々の暮らし 1
こちらのブログで8まであります
長いです(笑
なので全部読んでませんが
とても貴重な資料です
タダで読めるのは本当ありがたいです
途中「出雲の砂鉄で作った・・・」とかありましたね
なぜか藤原という名前みたいですが
独自の言語があって
厳しい掟まで作って何百年も守って来たのに
近代化が進み徴兵制度・戸籍制度が始まって
昭和に入って差別が厳しくなってから
あっという間に「溶け込み」が始まって
解体されてしまったようです
サンカの人々の暮らし 8
その後、彼らがどうなったのか、いつどこへ消えていったのか。それは知りませんが、その時の話の中に、今はその日その日の生活に、大分困っている話。いまに日本が戦争にでも突入すれば、その時はまっさきに志願して、軍人にしてもらい、天晴れ日本人になってしまいたいが、どこにいっても一般人、一般の子供迄が、冷たい仕打ちをして、自分たちを悲しませている。先生なら、その先生になる人々に私らだって人間だということをよく解るように話して聞かせ置いてほしいと言っていました。そして今、何とかして「溶け込み」をしたいと思い、この地に「居つきたい」と、それぞれ苦心している。と言っていました。
生活苦もあるけど
一番大きいのは
差別されるようになったからじゃないかと想う
ナチスがユダヤ人よりもまず先に
ジプシーを収容所送りにしたように
軍国主義はまず流浪の民が狙われるんですよね
国という概念が薄いから
ジプシー民族になったサンカに魅かれるって
この国のアウトローの最たるものだし
ヤクザと違って善良な人々みたいだけど
掟破りは処刑ってヤクザに近いし
実際ヤクザ化した者もいるだろうし
・・・ヤバいな私と想うんだけど
この集団が文明化の波を受けずに
掟を守って山中で生きて来てくれたおかげで
古代の生きた情報がそのまま伝達されて
ずっと伝承されている
私はそこに魅かれているような気がする
サンカの人々の暮らし 3
出雲国の「火の川」という川の上流でとれるとかいう砂鉄を打って作ったものだと私共に威張ってみせて直径二寸位の枝を「タン」と音をたてる程に振り下ろすと一遍に截れてしまう。確かによう切れる奴に違いなかった。「やっ」といって投げると必ずその太い先の方が先になって「さされる」ということだ。「ににぎのみことさま、からのならわし」とも言って威張ってみた小父さんは本当に太い松の幹に投げて見せたりしたことがある。
ににぎのみこと からのくに
こんなわらべ歌のフレーズが降りてきたんだけど
聞いたことない?
2015年4月24日金曜日
番外編:出雲と物部 6
参考情報を頂きました
> 以前、クシナダヒメについて
> 「出雲を支配する女酋的存在ではなかったかとする」推察の記事を見かけました。
> チャネリングなので、受け取り方は千差万別化と思いますが。
>
> http://plaza.rakuten.co.jp/michaeltan2/diary/201309100000/
八俣大蛇の尻尾のなかから出てきた「草那芸之大刀(くさなぎのたち)」とは、
いったいなにを物語っているのでしょうか…。
ウィキで調べると、ひじょうに興味深い情報がみつかりました。引用します。
クサは臭、ナギは蛇の意(ウナギ#名称などを参照)で、原義は「蛇の剣」であるという説。
神話の記述でも、この剣は蛇の姿をしたヤマタノオロチの尾から出て来ており、
本来の伝承では蛇の剣であったとも考えられる。
高崎正秀は『神剣考』「草薙剣考」において、クサ=串=奇、で霊威ある意とし、
ナギ=ナダ=蛇であるとして、この剣の名義を霊妙なる蛇の剣であると説いている。
また、その名はヤマタノヲロチに生贄にされかけた
奇稲田姫に通じるものであり、本来奇稲田姫はヤマタノヲロチに対する祭祀者でありながら
同時に出雲を支配する女酋的存在ではなかったかとする。
なお、蛇の形状をした剣として蛇行剣がある。
はい、そうです…「草那芸之大刀(くさなぎのたち)」は蛇の剣であり、
同時に奇稲田姫(クシナダヒメ)の持つ剣であった、というのです。
姫の剣…しかも大蛇…否、龍神を鎮め、使役するための剣…。
つまり、エレメント、自然霊を自在に動かす<邪馬台国の女王の血統を受け継いだ
巫女のリーダーが持つ魔法剣だったのです。
まるで…アーサー王のエクスカリバーのような魔剣。
それは古代日本では女王が持つことを許された魔法の剣。
その自然霊を自在に操る剣…つまり錬金術的剣を男性神の象徴である素戔嗚が奪ったのです。
つまり素戔嗚が奇稲田姫(クシナダヒメ)の持つ剣であった
八百万の神々を自在に動かした魔法の剣を奪い取ることで
日本の自然霊の世界は、男性のエネルギーが支配する時代へ移行したのだと推理できるのです。
このブロガーさんの出雲に関するリーディングは
『姫神の来歴』に書かれていることと
ほとんど同じなので(クシナダヒメ=卑弥呼説)
どうもこの本を読んだ臭いんですが
(発刊後話題になってた頃だし)
出雲の悲劇の原点が奪われた女性性という見方は
一つの意見としては参考になるかもしれない
ただまあ・・・
スピ系の方ってホント商売上手ですね(笑
スサノオが何重もの八重垣の中に囲う歌は
夫婦の愛の深さのように言われているし
出雲でもストーカーかいっていうくらい
ベタベタなエピソードが多くて
出雲は縁結びの神様として有名ですが
裏を返せば
何重もの囲いで覆わないといけないほど
櫛名田姫には強い影響力があったのかもしれないし
囲われて喜ぶなんて女性側にはないわ~
カリオストロのクラリスみたいなもんだと想うのです
幽閉して離さない
無理矢理姫を娶って立場を正当化する
国を乗っ取るときに使う手段
> また、出雲阿国はもともと出雲大社の巫女だったと言われています。
>
> 25年も前のころ、歌舞伎の始祖阿国が脚光を浴びて、
> 毎年、名だたる歌舞伎役者たちがやって来て
> 出雲大社の前の大通りを人力車で練り歩いていました(お練り)。
> 第一回は、平成元年でした。
> http://www.dandan.gr.jp/~hidekazu/okuni/kako.html
> 歌舞伎も男にとってかわられ、女人禁、世継ぎ芸能になりましたね。
最近歌舞伎の世界で不幸が多いのは出雲の祟り?
「歌舞伎の大物が亡くなって一週間後にナントカ」
っていう震災予言は
出雲の祟りが起こるという暗号だったんですね
盆踊や阿波踊り 岩戸開きのアメノウズメとか
形式的な踊りは基本怨霊召喚&鎮魂なので
歌舞伎自体が出雲の封印の舞なんでしょうね
元号変わるときってこっちはボーっとしてますけど
結界側にとっては結界事始めみたいな
元旦のように気合入れて
いろいろ張り直す時期なんでしょうね
出雲はクシナダヒメのような
巫女のような女性を中心とする
シャーマニズムな国だったのかもしれないですね
幽魂安鎮とか
効果があるから伝わっているんだろうし
歌舞伎が出雲の阿国から生まれたように
物部の伝承や宮中の祭祀が
出雲から来ているように
出雲が霊源であるのは知る人ぞ知る
芸能関係に人気があるのはわかる気がする
私はてっきり阿波にあると想ってたんですよね
でも阿波って調べると息が詰まるばかりで
インスピレーションみたいな霊感の源泉みたいなものは
全然感じられなかったんですよね
あそこは人を犠牲にしてそれで力を得ている
人の苦しみとか血とか 遊女とか
空海のお寺の技
物部を調べていてもあんまり・・・で
でも出雲に辿り着いてからはどんどん湧き出てくる
まるで湧き出る泉を見つけた感じ
物部はそれを独占していたんですよね
フタをして自分の泉にしていた
だから祭祀を司る一族になった
まあだから出雲の猫を半日かけて貰いに行ったのも
よくわかりますよね(笑
気づく人はすぐ気づいたんでしょう
どこに霊源があるか
でも阿波のような体制側の血筋は
直接入れないんですよ
取りに行けない
祟られますからね
だからくくれる人が必要だった
私のブログとのシンクロが
読者さんの家族に現れる人がいたりして
実は家族の方が・・・って
よくある話なんですよ
集めているのは誰かっていうね
クサナギはクシナダの変形
草薙の剣は奇稲田の剣
クシナダヒメのものという
巫女の剣
46 :テルヨフ:2015/04/15(水) 20:37:57
CLAMPのXってマンガ,アニメで
巫女が剣を体から取り出して戦っていたのを想い出した。
幻の桜で男女逆転してるとかの話から
剣は男性の象徴だと錯覚していたが、実は女性・巫女のことかも。
物部布都姫→布都御霊(建御雷の剣)
建御名方の剣の名は知らないけど、剣が物部守屋の巫女。
実は殺されたのではなく、隠され幽閉され飼い殺しされてたのかも。
とまあ、わたしの単なる妄想です。
出雲の物語が物部の物語になってますよね
神話の混同が起きている
物部が出雲の伝承や秘法秘宝
霊源をすべて奪っているので
出雲の神話が物部のストーリーに成り代わるのです
ちなみに物部氏の聖書でもある『先代旧事本紀』
これ江戸時代に偽書とされたんですが
物部氏についての記述がやたら多いので
資料価値があるとかで評価されている
でもこの本のせいで
結構攪乱情報が流れていると想うんですよね私
だから江戸時代の国学者たちが偽書と断定したのも
わかる気がするんですよ
ちょっと調べていたらリンク先で
サンカは元は産鉄民族で天火明命を祖神としている
天火明命は言わずと知れたニギハヤヒのこと
というのが出て来て仰天したんですが
これだとサンカの祖が
ニギハヤヒになってしまうのですよ
サンカというのは山に押しやられた民族で
縄文の末裔が多いと私は想っているのですが
『銀の海 金の大地』では出雲族の末裔としていて
蝦夷とか出雲族のように
ヤマトによって表を歩けなくなった一族
ヤマトの立国者である
ニギハヤヒの末裔にするのはいかがなものかと
物部が後に大和朝廷で政争に負けて
部落に落ちたとしても
サンカの祖や産鉄の神様を
ニギハヤヒにしてほしくないですねー
でも『先代旧事本紀』がそう言っちゃってて
しかも『先代旧事本紀』だけがそう言ってるんですよ
『播磨国風土記』では
天火明命はオホナムチ(大国主)の子
と言ってるのに
天火明命
また『先代旧事本紀』では、穂積臣、物部連の祖である饒速日命(ニギハヤヒノミコト)と同一神としている。
一方、『播磨国風土記』ではオホナムチの子とする。
番外編:出雲と物部 5
播磨陰陽師講座 / ~幽魂安鎮秘事 ~
「今日は 幽魂安鎮秘事の祝詞のお話をさせていただきますが、その前に我々、播磨陰陽師について少しご説明させてください 」
「陰陽師とは、物部一族の儀式等を受け継ぐ者達のことをいいますが、そもそも物部の一族とは古代縄文人のことを指しております。ですから私たちは、縄文時代から伝わる祭祀、霊術、武術といった系統を伝え残している一族であるのです」
「陰陽道は、大別すると神道系と仏教系にわかれます。私ども播磨陰陽師は神道系に属しますが、その中でも特に “武家に属する陰陽師” に分類され、その特徴として、神道系祭祀、古武術、神仙道系霊術を三種の神器になぞらえて伝えている点が挙げられます」
「我々播磨陰陽師は、古くは菅原道真公配下の陰陽師集団で あったことから “菅原衆(すがわらしゅう)” と呼ばれていました。やがて “菅原衆(かんばらしゅう)” と呼ばれるようになり、その後 “神祓衆 (かんばらしゅう)” と字を変え、織田信長公が 「カバラ衆」 と呼びました。そのカバラ衆の頭領が、岐阜の浅野の土地をもらったことから浅野を名乗る ようになり、赤穂浪士で有名な浅野家の先祖となったことから、播磨陰陽師となったのです。
我々播磨陰陽師には、先祖より伝わる古い形式の武術や赤穂浪士が使った武術や霊術などが今日に至るまで伝えられておりますが、 今回お話させていただく 幽魂安鎮秘事は、これら古くから伝わる霊術のひとつであります 」
「次に、 幽魂安鎮秘事の読み方と意味の解説を致します。 始めの “天の息、地の息” は “あめのいき つちのおき” と読む枕詞(まくらことば)であり、 “息” の字は、古くは “をき” と発音していました。意味は 『天津神の息と国津神の息』 という意味です 。続く “天の比礼、地の比礼” は “あまのひれ、つちのひれ” と読み、『 天津神の息と国津神の息が、天と地に動きを齎(せい)して、この世界を構築して行く様子 』 を現しています 」
大秘伝【神界司籍総府大司命官玄台御出傳 幽魂安鎮神法真伝】
【正神界司籍総府大司命官玄台 御出傳 幽魂安鎮神法】、なんという幽玄な法の名称だろう。本当の「幽魂安鎮神法」は全四章、三段からなっている法式である。どういう法なのかというと、統べての「帰幽した魂」「幽魂」を冥福向上させる神法なのである。
幽魂安鎮の為の真の神法は、古代出雲大社の御出傳であり、すでに出雲大社でも失伝しているものなのである。古代の秘詞なのである。
出雲大社分詞の巫女さんという
竹内まりやに似た方が
シャーマニズムを謳ってシャーマンとして
活動しているらしいのですが
もしかしたら出雲ってシャーマニズムがあったのかな?
と想って調べてみたら
物部の伝承とされる
「幽魂安鎮の祝詞」というのが
物部一族の陰陽師に伝わっているのですが
妙な予感がして検索してみると
もともとは古代出雲にあって
出雲大社から失われたとあるではありませんか
出雲大社にあったものが失われて
物部が持っている不思議
物部の儀式とされる宮中の鎮魂祭も
島根の物部神社の鎮魂法に最も近いというのも
結局全部物部の伝承って
祝詞から儀式まで
出雲からかっぱらってきたものなんじゃないの?
十種神宝とかもさ・・・
石上神宮の布都御魂剣とかさ・・・
物部の播磨陰陽師は
菅原道真公の陰陽師集団
菅原衆→カンバラ→カバラ
なるほどね。。。
そういえば私はアイヌの末裔の某俳優に
連れ回される夢を見たのですが
記事を上げた日に読者さんが某俳優を
太宰府天満宮で目撃していて
どうも太宰府天満宮に連れて行かれたっぽいのですが
物部の陰陽師集団にケンカ売りに行くのに
付き合わされたんでしょうか (-_-;)
黒い犬 2
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2015/03/1089.html
ちなみにこの夢に出てくる
梅子BBAがいた職場で
菅原姓の人がいたんですよね
梅子BBAがアタックしていた
もしかしたら宇梶さんと菅原の人が被っているかも
少し似てるし
となるとなんだ
私は菅原衆に拉致されたの?
それで太宰府に連れてかれたの?
妄想ですけど
アイヌは物部氏と
裏で繋がっているんじゃないでしょうか
物部とアイヌは親和性があるというか
意外と縁が深いんじゃないですか
アイヌが滅ぼされずに
少数民族として生き残れたのも
どこかで政治的な動きをしていたり
裏取引もあったんじゃないかって
それは生き残るための知恵
彼らにとって仕方のないことで
庇うわけじゃないですが
アイヌの人たちにとっても屈辱的なこと
だから物部と裏で動いていたりするけれど
本心からじゃないから
助けるようにみせかけて裏切ったりもするとかね
日本に少数民族はたくさんいただろうに
なぜアイヌだけ純粋培養されて
保存されているのかという謎
サンカとかわけわからなくなってるのに
夢の中では 仲良しの設定になっていて
ぴったりと肩を寄せ合っていたけど
本当は脅えて 小さくなっているだけだった
私は宇梶の目線で 拉致されたことに気がついた
どうやら私を人質にしておけば
生き延びられる
それで私を 連れ回しているらしかった
連れ回されるのは またまたカミソンっぽいけど
いじめられっ子の女の子が どこかにいるような気がする
夢の感じだと
私の立場はカミソン=大国主っぽかったので
私の想像だと
アイヌはもしかしたら出雲族の末裔を
物部に差し出していたりしたか。。。
それとも逆に一族に組み入れたか・・・?
まあ想像ですよ
ファンタジーですよ
物部は出雲に霊源があるのをよく知ってますから
出雲はシャーマンの国
女の国だったかもしれないので
出雲の女を欲しがったとか
スサノオが八重垣で囲ったぐらいですからね
古代出雲とアイヌは
ズーズー弁エリアで繋がっているんですよね
でもまあ言葉が違い過ぎるから
ないか・・・ (^^ゞ
ただ居るだけで疲れる(憑かれる?)って有名な
女の子たちがみんな止めていく
異様な職場だったんですが
何度想い返してみても吸血鬼だらけでしたね
しかもトップは金があるだけで
それほどでもないんですよ
藤原の成れの果てみたいな
東北の倭人
だけど社員の方に濃い~のがいて
それを見抜く眼力が
気の薄いトップにあったんでしょうね
その眼力は多分東北で濃い~血を束ねていたから
培われたのかもね
ちなみに三種の神器の内
草薙の剣→ヤマタノオロチを倒した出雲のもの
八尺瓊勾玉→勾玉は出雲で盛んに作られていた
八咫鏡だけ出雲由来じゃない
大和王朝のものだとか
だから逆に言うと
八咫鏡は対出雲のような
封じ込めている神々
怨霊に対して使用されるのかなっていう
私の直感が当たっているような気がするのね
草薙の剣は熱田神宮にあって
皇居にないんだけれども
そりゃあそうだよなって想う
だって出雲のものですからねぇ
最初は持っていたとしても
封印している出雲の剣を持ってるって
恐ろしくて側には置いてけないですよねえ
しかも名古屋の熱田神宮に
出雲の剣があるというのも
尾張は出雲族の終りかもしれないという
私の推測と関係がありそうな
三種の神器って
天皇が歴代継承してきたとあるから
天皇家の王権の象徴なのだろうけど
それを天皇家が持っていられない
見ることもできないって
どういうことかしら?
まあ三種の神器のうち
勾玉も剣も出雲のものなら
その理由もなんとなくわかりますが・・・
だから三種の神器が出雲由来という時点で
大和朝廷や天皇家の霊験がどこから来ているかという
それだけでわかりそうな話だったのね
物部以前にね
私が知らなかっただけかもだけど
誰も大きな声で言わないから?
知らなかったけど
物部の霊力をバックにした天皇の支配力も
全部出雲から来ているわけ
封印している勢力から来てる
だから敵が敵を奉ったり
敵が敵の儀式を斎行したり
敵が敵の伝承や神宝を継承したりしている
敵が敵の名を名乗ったりとかね
そしてその出雲王朝はどうやら
スサノオが来るまで女性を中心とした
シャーマニズムな古代社会だったのかもしれません
三種の神器の草薙の剣は
出雲の櫛名田姫の霊剣だったというし
古代出雲
出雲の語源は、「八雲立つ出雲」から連想される雲の源泉という意味、あるいは諸神の母神イザナミの神陵地があることから、「母から生み出された」地の「出母」あるいは稜威藻という竜神信仰の藻草の神威凛然たることを示した語を、その源流とするという説がある。ただし歴史的仮名遣いでは「いづも」であり、出鉄(いづもの)からきたという説もある。
雲の源泉・・・
雲=想念=霊感の源泉。。。
母から生み出された地
伊豆は出雲から来ているのかな?
それにしても私は出雲が「出雲」であることに
違和感があって
本来の名前じゃない気がするのよね。。。
いづもって濁音が入るでしょ?
これが違う感じがするの・・・
それに語感や字面があの地の雰囲気に合わない
よそから名づけられた気がしてしまうのね。。。
だから敵の名かも?と想ったりしたんだけど
物部も濁音があるしね・・・
阿波(あわ)とか伊勢(いせ)とか
シンプルできれいじゃない?
大和(やまと)にしても
対する出雲(いづも)はあんまり美しくない
幽魂安鎮のような祝詞を作る民族が
自らを「いずも」と本当に呼んでいたのかな・・・
どういうわけか私はつい最近まで
出雲族は岡山あたりの瀬戸内海沿岸の
産鉄民だと勘違いしていたのよ
多分雲のイメージに天孫族があって
瀬戸内海を渡ってやって来た渡来人のイメージと
重なったんだと想う
出雲族の末裔とおぼしきサンカは
神代文字を使っていたから
もしかしたら違う呼び名で
違う字があるのかも・・・?
その後、ヤマト・吉備連合政権の物部氏の侵攻に よってヤマト政権に従属したとの説や、それでは記紀に記された膨大な出雲の活躍が説明できないとして、ヤマト政権樹立のため協力し大和へ一部が移住した (これが物部氏、蘇我氏に相当する)との説もある。また、魏志倭人伝にある邪馬台国七万戸に次ぐ大国である投馬国五万戸を出雲に比定する説がある(前田晴 人など)。
百済と関係が深かった大和に対し、古代出雲は新羅と関係が深かったと言われる。
邪馬台国より先んじて神政国家連合体を形成した痕跡があり、北陸、関東、九州宗像などに四隅突出墳墓や出雲神話への影響が認められる。また、早期から製鉄技術も発達しており、朝鮮半島の加耶(任那)とも関係が深いという指摘もある。記紀の3分の1の記述は出雲のものであり、全国にある8割の神社は出雲系の神が祭られており、早期の日本神道の形成に重要な働きを及ぼし日本文明の骨格を作り上げた一大古代勢力であったことが伺える。
8割って
全国にある神社のほとんどに
出雲系が合祀されているってこと
・・・つまり
出雲には神社というものはなかったのかもしれない
全国各地の神社に
出雲の神様が奉られてるということは
その時代に神社という形式があったとは想えない
神社の代わりになる祭祀場みたいなのは
当然あったと想うけど
出雲の神様を奉るために
神社という形式や
神道というものが生まれたのでは・・・?
鳥居は中東ユダヤ方面から来ているしね
西日本における祭祀形態の違い
出雲の銅鐸ネットワークというのがあって
それだとこの全エリアから発見されている
前方後円墳は、出自の異なる古代部族の和合・合体の証し?
赤いエリアが物部の支配地域
侵攻ルートかな?
古代出雲『伽耶と日本古代史』の謎(その5)
物部が出雲の内部に入り込んでから
国譲りが始まった気がします
深く深く入ってから
国を奪われることになった
深く深く入っていたから
出雲の伝承や秘儀についても知っていた
その力も
2015年4月23日木曜日
お姉さんの歌 3
ちなみに櫛名田姫
愛子様にそっくりでのけぞった
大和撫子七変化
余談ながら、大和撫子はクシナダヒメ(クシイナダヒメ)のことでもある。『古事記』では櫛名田比売、『日本書紀』では奇稲田姫と記す。クシナダはアシナヅチ(足摩椎)とテナヅチ(手摩椎)の娘。父が足を撫でさすって慈しみ、母が手を撫でさすって育んだ子だったことからのナデシコ(撫子)だった。
クシナダはスサノオとの間にオオクニヌシを生んだ。さいたま市緑区宮本に武蔵一宮氷川女體神社があり、八重垣の宮のあった島根県松江市に八重垣神社、佐賀県神埼市に櫛田宮がある。そのほか全国の氷川神社や八坂神社に祀られている。
ああ なんと
櫛名田姫は氷川女体神社の
主祭神だった・・・
そして氷川神社の御祭神でもある
しかも氷川神社の主祭神って
須佐之男命
奇稲田姫命(櫛名田姫)
大己貴命(大国主)
全部出雲の神様
氷川神社は出雲オールスターズだった
どうりで斐伊川~揖斐川~氷川ラインが
繋がっている直感がしたわけね
ってか祭神をチェックするっていう基本的な所が
抜けている私・・・
だって面倒くさいんだもん。。。
同じ神様でも名前や字も違うしさ
調べてみるといくつか説があるけれど
出雲を征服した後に出雲大社を作った
出雲国造が物部氏と一緒に武蔵にやって来て
(武蔵国造)
ここに氷川神社を奉ったのではないかという説が
一番信憑性があるような
先住にはアラハバギ神がいた
出雲国造(後の千家かな)が物部氏と一緒に
武蔵にやって来たのは
武蔵の開拓に出雲族を奴隷として使えたのかも・・・
と想ったり
出雲を支配して石見にするために
大量の出雲族を関東に移住させたとかね
ついでに国造り
ちょっとここら辺はよくわからない
物部の一族が書いたとされる『先代旧事本紀』には
武蔵国造一族は出雲国造一族と同族で
武蔵は出雲族が開拓したということになってるけど
信用できないしねー
しかもこの本の序文に
推古天皇の命によって聖徳太子と蘇我馬子が著した
とあるから
推古天皇って物部の息がかかっていると想われ
というか物部から出ているんじゃないの
でも何を今頃って感じだけど
まさか埼玉のど真ん中で
出雲の神様を奉っていたとはねぇ~
荒川や利根川
埼玉の水場を抑える神社として
氷川神社は機能しているのだけど
祭神が全部出雲だったとは。。。 (-_-;)
しかも氷川女体神社
私ここ去年の3月に行ってるし
見沼解き 2
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2014/03/744.html
櫛名田姫に会ってたのね。。。 (゜o゜)
出雲の神様を乗せにいってのか?
氷川神社って初詣でで全国ベスト10に入るくらい
何気に参拝客数がすごい神社なのですが
埼玉県人はずっと
出雲の神様を拝んでいたのねー
拝まされていたのねー
佐賀県の櫛田宮では
スサノオとヤマトタケルと一緒に祭られているのよね
祭られているというよりも見張られているのかも
なんかかわいそう。。。
この櫛田宮は神崎市にあるのだけど
目の前に吉野ヶ里遺跡があって
ここからも古代出雲の銅鐸が見つかっている
佐賀に櫛名田姫の宮があるのは
ここも古代出雲のネットワークがあって
支配下にあったのかな
佐賀県神埼市
2006年3月20日に、神埼郡神埼町・千代田町・脊振村とが合併して、佐賀県で10番目の市として誕生した。この結果、佐賀県から村が消滅した。なお、「神崎市」と間違われることがあるが、「神崎」ではなく「神埼」である。
なかなかオカルトですよここ
合併したのが3月20日ですしね
吸収されたのも千代田とか脊振とか
脊振(セブリ)というのは
山の民サンカ用語なんです
「瀬振り」というサンカの住処のことですが
セブリ自体がサンカを指します
脊振山というのが脊振町にありますしね
市町村で分けられてますけど
吉野ヶ里はその隣だし
セブリという地名は私は他に知らないので
サンカといえば脊振山なんですよね
ってか神埼市の「埼」が「埼玉」の「埼」なんですけどっ!
これは・・・
こんな面倒なことをされる神埼市民かわいそう
って話じゃなくて
「埼」には出雲に関わる何か
もしかしたら出雲族を表すような
縄文の何か
印というか記号なのかもしれないですよ?
だから埼玉の「埼」が「崎」ではないのかもしれない
それに「神埼」と「埼玉」って
ほとんど同じ意味のような気もします
玉は魂のことだし
御魂を神様とするなら
埼玉も神埼も
縄文や出雲の神々が眠る場所ということかも
佐賀県の神埼市の名前の由来について教えてください。
<神崎と神埼の違いについて>
☆櫛田神社・仁比山(にいやま)神社の古文書には「神崎」と書かれているようですが、江戸時代に書かれた例えば[葉隠]の中には
「佐嘉・神埼の文字相違い候事、・・・・・」と[崎]と[埼]の違いに触れ、その中に「・・・今後は埼を字を用申候よし・・」とありますので、江戸時代になってからは、神崎では神埼が使われるようになったようですね。
ただ、その理由ははっきりしないようですけど。
江戸時代の古文書に
「崎」と「埼」を間違えるなよ!って
釘刺されてますね
埼玉の「埼」の字であることが重要なんでしょうか
姉妹都市ではないですが
島根県雲南市と友好関係にあるみたいですね
脊振山の南にはヅーベット山という
アイヌ語っぽい山があって
ヅーベット山 ……一度は登ってみたい山……
登山口に下り、車で白木集落に行ってみた。
新羅が白木になったのではないかという説もある白木集落。
近くには、ヅーベットの他に、カンサコ、ウウフケ、フウシケン、イヨン平など、朝鮮語とみられる地名が残っているそうだ。
そういうことから朝鮮からの帰化人とゆかりのある地ではないとの説があるが、定かではない。
この他にも、昭和11年にフランスの飛行家アンドレー・ジャピー氏が乱気流に巻き込まれて背振山に墜落したことに関係しているのではないかというフランス語説もある。
フランス語で、ヅーベットは「乱気流」という意味があるらしいのだ。
アイヌ語でもヅーベットは「きれいな川」という意味があるそうで、どれが山名の由来になっているのか未だに解明されていない。
アイヌ語源という説はかなり怪しいんだけども
カタカナ地名が残っているのは
伊豆大島と同じく評価したい
九州にアイヌってちょっと遠いし
脊振山は九州で有名な山岳信仰地帯で
自衛隊の駐屯地もあり
フランス人の飛行機が脊振山山頂で
乱気流に巻き込まれたり
気流を乱すほど大きな渦の想念があるのね
しかもこれからここに国際リニアコライダー
つまりCERNと同じ施設を建設しようって
岩手の北上山地と誘致合戦が始まっているのです
岐阜のカミオカンデといい
縄文の形跡がある土地に
量子系の実験施設を
まるで原発みたいに建てるのよねー
島根県といい佐賀県といい
その存在感の薄さや知名度の低さとか
立ち位置がよく似ているんですが
パッとしないというか
地味~~~な感じが(関東では埼玉っぽい)
古代出雲と繋がりが深い土地って
メインストリームからどこか外されている
追いやられているような印象がありますね
東北が中央から冷たくされているのと同じ
スルーされているというか
エネルギーが分配されていない
実際社殿も天津神系の神社の方が
豪華だって聞きますしね
国津神系は質素というか地味だって
古代出雲ネットワークのある国って
歴史的に中央や権力機構から
無意識に外されている
阿波・大和連合とずっと敵対しているんでしょうね
何百年何千年も
出雲の神は祟りますからって
歴史家が言ってたから
ずっと封印しておかないといけないんでしょうね
出雲神話の世界・日本国家の起源
大国主命は各地の女性と結婚し、国を拡大している。翡翠の産地である糸魚川地域の沼河比売を娶っているが、糸魚川産の翡翠が、出雲や北部九州から出土している。出雲は翡翠流通の中継点となっている。
大国主命の幸魂、奇魂は大和の三輪山(大神神社)に祀られている。大国主命は大和とも関係していた。
出雲から奈良県方面まで大国主命の支配地域になっていたようである。(高天原が)出雲に天菩比命を遣わしたように、近畿には饒芸速日命(物部氏の祖先)を遣わした。
饒芸速日命は東大阪の哮峰(いかるがのみね)天下ったとされ、饒速日命の墓は生駒市の鳥見にある。
近くの東大阪市や八尾市付近は物部氏の本貫地で、物部守屋の墓がある。この地域は、庄内式土器が集中して出土する場所で、また、最末期の銅鐸である近畿式銅鐸も出土する。
庄内式土器や、近畿式銅鐸は、物部氏と関係するもののようである。
庄内といえば山形ですよね
ここでいう高天原って阿波だと想うんですが
阿波の人が高天原は阿波だって言ってますしね
ちなみに
古代出雲ネットワークの富山県
射水市に櫛名田姫の櫛田神社があります
古代出雲のことを調べていたら
出雲地域をはじめ北陸地方、東北地方に分布する「ズーズー弁」(裏日本方言)と古代出雲の関連性はしばしば指摘される。「ズーズー弁」が飛び地状に分布する理由として、古代出雲の住民が東北地方に移住したとする説や、かつて日本海側で広く話されていた基層言語の特徴だとする説もある。
射水市はズーズー弁の飛び地にあるんですね
ズーズー弁が分布するのは、青森県から福島県北部・新潟県阿賀野川までの東北地方(三陸沿岸地域を除く)および北海道沿岸部と、富山県中東部、山陰地方中部(鳥取県西伯耆と島根県出雲)である。
松本清張の『砂の器』は
このズーズー弁の飛び地のトリックがネタになっている
サスペンスなのですが
この小説もネックが出雲だし
天才的な才能を持つ孤児の話なんですよね
「東北訛りのカメダ」
亀嵩という出雲の駅が舞台でもあるのですが
亀といえば出雲 鶴といえば伊勢らしく
この小説も『八つ墓村』みたいに
古代出雲の因縁と関係ありそうな気がしてしまいます