第8話 不可解な話
しかし、多くのギリシア人が知識を学ぶために訪れたエジプトには、いったいどのような知識が保管されていたのだろうか。あのプラトンのアトランティス伝説も、プラトンの先祖のソロンがエジプトのサイスの神官から伝え聞いた話がもとになっている。
また、ヘロドトスが語るところでは、「ギリシアの神々の多くはエジプトに由来し、その祭儀もエジプトから来たものだ」という(ただし、海神ポイセイドンなど、例外もあるといっているが)。いわば、エジプトは古代ギリシア文明の母という面がある。
ところが、書かれた記録である古代エジプトのパピルスには、特に進んだ知識を思わせるものは残念ながら残されていないのだ。上でみたリンド・パピルスの例のように、これまでに見つかったパピルスからは、とりたてて数学や天文学、科学などの高い知識は見出されていない。何かおかしいのである。どうも、今日の我々が考えるような科学的な知識とは何かが違うようだ。
むしろ、密かに伝えられてきた神秘的な知識があったのではないだろうか。秘儀のようなかたちで、わずかの神官だけが伝えてきた秘密の知識や情報がエジプトには存在したのではないだろうか。
ギリシア人の多くは、エジプトで秘儀に参加し、そこから宗教的な体験とともに何かの知識を得ている。
ギリシアの古典作品などは、キリスト教の普及とともに、ヨーロッパからは次第に消えてしまう。むしろ、アラブ世界でアラビア語に翻訳されて保存されていた。ルネッサンス期にそれらがアラブからヨーロッパに逆輸入され、ふたたびヨーロッパで読まれるようになったことが知られている。
スウィフトの時代には、バチカンなどに保管されていたギリシア語の写本が、出版物になって出まわり始めた頃である。
まさにそんな時代なのである。そのなかに、火星の衛星について述べた文献が何かあったのかもしれない。今では行方不明になっているか、失われてしまっているような古代文献があったかもしれない。
じつは、もっと不可解な話があって、正直のところ、私としても何ともいえないのだが・・・。それは古代の秘儀を継承しているといわれる謎の秘密結社フリーメーソンと、スウィフトの関係についてなのである。
上で述べたような古代の秘儀は、ローマ時代になっても続いていたが、キリスト教の普及とともに、異教徒の儀礼として排斥され、社会の表舞台からは姿を消していったらしい。
だが、いつの時代にも、秘密の儀式や秘密結社のようなものは存在し続けるものだ。この現代でも、世界各地に無数のカルト集団が存在しているように、こういったものは人間の精神の不可解な裏面史を形成しているのである。
中世のヨーロッパでは、錬金術や占星術、魔術などが流行していた。真実かどうかはともかく、これらは古代エジプトにルーツがあると考えられていたようだ。また、ユダヤ教の秘密教義であるカバラや、グノーシス主義、幻想的なキリスト教の分派など、いろいろな教義が信奉されていたようだ。妖術もあったし、タロットも流入してくる。まさに「オカルト全盛」といったムード、というか、オカルトが科学のようなものだったのだろう。
中世には秘密結社のようなものも多くはびこっていて、秘伝的な騎士団や、秘教的な礼拝をおこなう集団も多くあったようだ。なかでも、十字軍の派遣によってテンプル騎士団という謎めいた結社が、12世紀のフランスに誕生している。この騎士団は、エルサレムのソロモン神殿の跡地を発掘し、重大な秘密を持ち帰ったともいわれている。彼らは強大な富と勢力をもち、教皇庁と対立するまでになるのである。
このようなヨーロッパの秘伝的な集団は、ガリア(フランス)やブリテン(イギリス)に古くから伝わる、古代ケルトのドルイド僧の秘儀の影響も受けていたようだ(アーサー王の円卓騎士団の伝説などには、それが伺える)。
ルネッサンスをへて17世紀になると、ドイツで薔薇十字団というこれまた謎めいた秘密結社が登場してくる。こちらはオリエントの影響を多く受けているといわれ、科学と神秘主義を融合する教義をもっていたようだ。
こうした秘伝的な活動と脈を通じるかたちで、17世紀から18世紀にかけて、イギリスでフリーメーソンが誕生する。現在まで続いている謎の「博愛主義者」の団体である。スウィフトが生きていた時代は、まさにフリーメーソンがイギリスで誕生した時期なのである。
こうしてみると、スウィフトの行動範囲と、フリーメーソン設立の動きはクロスしている。
スウィフト自身がフリーメーソンの会員だったかどうかを私は知らないのだが、『ガリバー旅行記』を書くほどの知的好奇心があり、古典や歴史にも関心の深いスウィフトが、メーソンに無関心だったとは思えない。権力の中枢近くを出入りしていた彼なら、少なくとも何かの接点はあったはずだ。
当時は、多くの貴族や市民がメーソンに加入したという。これには特定の宗教にこだわらないメーソンの宗教的な寛容さも与っていた。
フリーメーソン関連サイトの「世界の有名なメーソン会員」みたいなページには、必ずといってよいほどジョナサン・スウィフトの名前が出ている。日本の関連サイトでも、「スウィフトはメーソン会員だった」と事実として述べているものもある。
これらをみると、彼がメーソンであったのはおそらく間違いない、といってよいのだろう。すでに既成事実化している印象さえ受けるほどだ。
フリーメーソンは基本的に、古代の宗教的・哲学的原理と秘儀を継承しているといわれている。
古代ギリシアやケルト、あるいはペルシャ、さらにはピュタゴラス教団も含め、古代世界の各地で行われていた秘儀は、基本的にどれもよく似ており、「死と再生」を経験する儀式だった。知られているかぎり最も古いものは、古代エジプトのオシリスの秘儀だが、これはまさにオシリスの死と再生復活の神話をもとにしている。多くの秘儀参入儀礼のルーツは、ここにあるともいわれるのである。
現代のフリーメーソンの儀式が、どこまで古代の秘儀の伝統を受け継いでいるかは、よくわからないのだが、彼らの組織の祖形といわれる石工職人のギルドには、見込みのある若者を選んで、科学や地理、歴史、哲学などの聖なる知識を授ける制度があったといわれる。何かの知識の伝達がそこでは行われていたわけである。
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