2015年2月13日金曜日
星の封印と後ろの鬼
209 2014/09/12(金) 14:18:15.17 6T6SG+IMO
倭人の物部が半島まで進出していたんですよ。
だから前方後円墳も半島南部を中心に多くあり、北限は半島中部に至るまで達しているんです。
210 2014/09/12(金) 15:27:50.88 EvRXFcBT0
>>209
物部氏の中に倭人が混じるのは物部というものが始まって随分経ってからの話
あくまで始まりは大陸からやってきた渡来将兵集団を物部と呼んだのが始まり。
211 2014/09/12(金) 15:37:06.64 lAAewJB30
ごめん、書き方わるかった。
厳密には畿内付近の物部(内物部)と関東以北とかに分布の物部(外物部)でおなじ大陸伝来でも似て非なる部族だよね?
中国江南地方にいた文身鯨面(顔も身体も入れ墨)して、製鉄してて、海洋民族で星辰信仰の部族が台湾ルートで日本入ってきてるんだってさ。縄文後期から末期くらいに。
ゲリラ戦で敵の首狩って飾る習慣があって、この辺は武士に似てる。あと入れ墨は蛇が多くて、のちの蛇神信仰とか縄文土器にも通じる。
で天皇家とか陰陽道とはべつくちの星神信仰。日本書記作るときにほぼ形跡を消されてる。
うちの先祖が海から来たつう伝承残ってて、蛇神だからそれかな、って。
まぁ取り込まれる前はまつろわぬ神と人々だから西日本だったら妖怪あつかいだったろうけど、今基準の美男美女はおおかったw
212 2014/09/12(金) 15:44:42.70 lAAewJB30
<<211
ごめん、最後の行は妄想w
あとは伝承と考古学と神話、習俗等からの仮説。
213 2014/09/12(金) 17:36:53.08 KGPSVFoL0
入れ墨ってポリネシアルートじゃないの
武士にそんな風習あるんか?<首飾る
知らんけど
214 2014/09/12(金) 20:15:03.82 /oHxAgox0
>>213
そう、そのポリネシアルート。
入墨の風習は卑弥呼の時代までは風習としてあったことが「ぎ志倭人伝(スマホが馬鹿でぎが変換でけん)」に記されている。
伝説のヤマトタケルの軍にも鯨面の将がいたらしい。その人が恐らくニギハヤヒ系の物部一族の人。
入れ墨の風習は時代とともに廃れてったけど物部の民が地下に潜った時にヤクザ文化の大元として残ったはず。だから仁侠道と武士道は根底で相通づるものがある。
首かざる>武士が戦で首を取った事が手柄の証で、敵将の首を四条河原に晒すでしょ?あれを同じポリネシアンルートの台湾原住民はつい最近までやってた。
227 2014/09/13(土) 01:17:43.96 Vpp7MOrXO
困ったなあ…
物部は歴とした日本人の氏族で構成されている合従連衡氏族なんだよ。
合従連衡氏族だから「物部連」という。
それが半島にまで進出していた。
秦氏(総勢二万)を日本に連れて来たのも、この物部連なんだよ。
確かに渡来人(この場合は江南人)も日本に来てはいたし、実は物部連の構成氏族の中にもその血が入ってはいます。でも極少数であっという間に日本に融合されている。それも極平和裏に。
それから日本の刺青は、その時に江南人が持ち込んだ風習。
まあ本当はこの限りではないんだが(渡来人の下りなど)、ざっくり言うと今述べたようなところです。
231 2014/09/13(土) 10:32:03.03 yXaRteoj0
まぁ、ネタバレしちゃうと司馬遼太郎が存在をほのめかしていた「利根川以北の独立王国」について個人的な趣味で色々調べまくってたんです。ちょうど224で書いた氏神神社とも関連あったもので。。
神社や遺跡、伝承、祭事などを組み合わせて色々調べた結果、どうも上古代まで少なくとも茨城、千葉、栃木にまたがって記紀で悪神とされる星神アマツカガセオを祖神とした部族(外物部orネイティブジャパニーズ)がどうも独立王国を形成していたようです。
つうか、東国のうちらにしてみれば本当はカガセオが悪神てのは恐らく藤原不比等あたりに被せられた汚名なんですが...
天皇家、藤原氏の成立、北極星、北斗七星信仰や、家康か天海あたりが仕掛けた江戸の将門信仰も絡んでます。
すみません、ついさっき古代人が残した北斗七星形のオーパーツを地図上で発見してちょっと興奮してますw
232 2014/09/13(土) 10:51:50.13 yXaRteoj0
カガセオ=天津香香背男=星神=北斗七星(=のちの平将門信仰、妙見信仰)
もう一面でカガ=蛇=蛇神=龍神=地下の大ナマズ=竜脈という側面も
233 2014/09/13(土) 11:47:09.75 Vpp7MOrXO
>利根川以北
っていったら毛野氏のこと?
藤原不比等は東国物部の総領の血筋だよ。
母は車持氏でその毛野氏の一族。
父・鎌足は常陸鹿島の生まれ。
昔は母系社会で、母系氏族の財産をバックボーンにして活動するので、藤原氏はその始まりからして東国豪族の力を元手に台頭してきたんです。
234 2014/09/13(土) 21:59:22.97 9A8q/D210
専門の方でしょうか? お詳しいようなのでスレチでしょうが、色々お聞きしたいのですが。。
藤原氏が祖神としているのは、星神系ではなく、諸説あるにせよ軍神タケミカヅチの神ですよね?
記紀を重視すると「タケミカヅチとフツヌシの二柱は「草木に到るまで」出雲や尾張などを平定した後、
東国の別天孫系のアマツカガセオ一族の平定にあたり、
より強力な鉄の武器を持つ敵の戦闘力に苦戦し、朝廷に対して懐柔すべし、という要請を出した」
という文脈で私は読んでいます。 なぜ懐柔かと申しますと、その要請に応え、来たのは他の軍神系ではなく、
本来織物を司る神である倭神(しとりがみ)タケハヅチ命だからです。
自然な文脈で読めば、いったん懐柔する策を選んだと読めます。
記紀ではその後の詳細の記載がありませんが、藤原宇合編纂とされる常陸風土記では
「術で岩となり巨大化するカガセオをタケハヅチ命が金の靴で蹴ってバラバラにした」とあります。
これはこの描写通りではなく、恐らくカガセオを何らかの手段で誅殺した後、怨霊を恐れ、
遺体をバラバラにして呪的封じ込めをしたと言う意味合いに読めます。
これは後程ふれます。いずれにせよ、後にタケミカヅチ命を祖神とする事になる中臣氏が東国の総領になるのは、
現在の茨城、千葉、栃木にまたがる武力の強い物部氏の総領カガセオ一族を排除してからだと思われます。
でなければ、なぜ世界的に見て不自然な程、この国の民間に星神信仰が残されていないのか?
なぜ関東一体にある星神神社の多くが宗旨がえ、もしくはカガセオの怨霊をそのまま祭るのではなく、わざわざ石の下に封じているのか?
今 一、見えてきません。
記紀の編纂を命じたのは天の王(北極星)を初めて名乗った天武天皇、指揮を取ったのは藤原不比等ですから、
別天孫系の関東の長で北極星の象徴だったカガセオを記紀で悪神とし、
宗教弾圧を行ったのではないでしょうか?
私の仮説ではカガセオ一族の討伐前までの中臣氏の版図はせいぜい鹿島の城柵までだと考えています。
239 2014/09/13(土) 23:22:40.93 DII5sIcX0
>>214
で、晒し首のメインは東海道五十三次の終点で京都の玄関口の三条河原や。
四条河原は歌舞伎などの遊興地。
244 2014/09/13(土) 23:50:29.88 Vpp7MOrXO
兄弟かどうかは私も分からないですね。
それと私は「専門家」じゃありません。
神道を宗旨にしているけどね。
でも確かに日本神話には星の神様が少ないなとは思ってる。
でも住吉さんが実は星神なんですよ。
アマツミカボシ(カガセオ)は本当に謎だよね。
京都の久我(クガ)が本拠地で、秦氏に関係しているのではないか、との考察を読んでなるほどと思ったことはあるけどね。
245 2014/09/13(土) 23:57:36.63 Vpp7MOrXO
ニギハヤヒは「先遣隊」なんだろうなと思ってる。
元の出自は一緒だよ。ニニギ系というか「神武」と。
ただニギハヤヒとその周りはものすごい霊的呪術施されてるから考えてると頭が痛くなってくる。
246 2014/09/14(日) 00:06:45.16 ZWJWUoT1O
>>245
ニギハヤヒと並んで大和というか紀伊半島全体で重要なのが、弟磯城黒速の系統でね。
磯城とか大和(おおやまと)とか名草戸売とか丹敷戸売とか丹生とかがみんな絡んでくる。
247 2014/09/14(日) 00:10:08.10 oUnxFgth0
>>244
おおっ、どことなく文章に気品感じさせるな、と思えばやはり本職!
そうなんです。調べた限りでは民間信仰は仏教の妙見信仰もしくは将門信仰に集約されちゃってて見えなくなってるんです。
天皇が祝詞を北極星に奏上していて、平安期の陰陽師がやはり天文博士をやっている。
一方、逆賊ですが「新(天)皇」を称した平将門もやはり北斗七星を信仰し、啓示を受けている。啓示は「八幡神」からという説もあるが、「封じられた星神」から、という方が文脈の一貫性は感じる。
また揶揄されそうですが、東京の将門塚は「首」「胴」など、わざわざ9つに分断され、うち7つは北斗七星型に配置されてている。
カガセオもどうも同様に祀られている。
そこに何かの歴史の符号を感じます。
252 2014/09/14(日) 09:20:40.28 ZWJWUoT1O
一介の神道信仰者にすぎません。
住吉さんは数少ない日本固有の星辰信仰です。
カラスキといって、冬の星座であるオリオン座のまん中にある三ツ星を神格化したものです。
古代(神代以来)の九州勢力が信仰していました。
のちの天津神族になる人達ね。
彼らは航海氏族。
航海氏族はその職掌上、星の信仰が発達するんです。
255 2014/09/14(日) 13:48:43.03 S48pvOCG0
>>234
>記紀の編纂を命じたのは天の王(北極星)を初めて名乗った天武天皇、指揮を取ったのは藤原不比等ですから、
>別天孫系の関東の長で北極星の象徴だったカガセオを記紀で悪神とし、
>宗教弾圧を行ったのではないでしょうか?
記紀の編纂は天武が命じたけれど、
それを引き継いだのは、蘇我氏を母親とする持統天皇とその系列。
不比等が官僚として朝廷に出仕するのも持統天皇になってからだし
記紀は持統天皇(系列)の意向を強く反映したものになったと考えられる。
蘇我氏といえば仏教だし、古代信仰を消したかったのは
その辺の勢力かもしれない。
あのおばちゃん、ちょっとどころではなく、かなり胡散臭いんだよねぇ。
・日本で最初に皇族の葬儀に火葬を取り入れる
・五行説(道教)を意識した祭祀
・伊勢神宮の斎宮制度の確立
等々……。
そして、天武系から天智系に皇統が戻ったのは、
ある意味、このスレっぽい因果応報にも思える。
256 2014/09/14(日) 17:16:49.31 kkJJZFec0
>>252
なるほど、たしかに北九州と四国の高知あたり、それと関東一体が航海氏族の名残り残ってるみたいですね。
でも星神信仰って線だけで同族って結びつけるのは、やや強引なのかな。。国内のDNA解析もけっこう進んでるみたいなんで、そっちに期待ですかね。。
>>253
星神信仰はありふれてないですよ。世界的には日、月、星の三位一体での信仰が大半なのに、この国は珍しいほどに少ないんです。それが自然現象なのか、作為的なのか?
星神天香香背男(=天津甕星)の記述が古事記には一切なく、日本書紀は数行だけ申し訳程度に書かれている。
でも軍神武甕鎚命や経津主命でも倒せなかったという。そこに自分は星神を消したかった、でも無視出来る存在じゃなかった、という作為を感じてるわけです。
神社も後の時代で別の神様上書きしたり、宗旨変えしたりして元々の実相が見えなくなってるパターン多いです。
ちなみに妙見さんが入ったのは後の時代なんで、場所的にも元々の星神信仰が妙見さんに上書きされたパターンの可能性けっこう高いです。
257 2014/09/14(日) 17:30:51.93 ZWJWUoT1O
妙見神自体が元々、新羅人が奉じていた神で、北斗七星を神格化したもの。それが日本に入ってきて、日本の八幡神の元神である玉依姫命と習合させて北辰妙見神となる。それを関東で布教していったの。
玉依姫(八幡の元神)は日本の神で海の龍神
妙見神は北斗七星で天空の龍神ね。
258 2014/09/14(日) 18:04:26.26 kkJJZFec0
>>257
なるほど、それで当時アンチ新羅(=国内では蘇我氏)だった大和朝廷政権が妙見信仰潰しにかかった線はありそうですね。
比較神話学ってハーバード大学の研究で各国の神話と遺伝子解析を絡めた研究があって、アフリカで発生した神話がアジア圏、ヨーロッパ圏に広がって行ったことはある程度証明されてます。
そうすると、他国は三位一体が多くて、日本だけ星がないのはやはり不自然。
素戔嗚尊も荒神とか、破壊神とか、根の国の王とかよく分からない(というよりどちらかというとダークサイド)神格を与えられてますが、元々は星神だった可能性もありそうですよね。
259 2014/09/14(日) 18:55:06.25 zsqnRicx0
いけね...、せっかく皆さんにお付き合い頂いたので、お礼ではないんですが、皆さんに少しだけ研究成果をば。。
http://imgur.com/QTzsIQM
http://imgur.com/ey73498
260 2014/09/14(日) 19:07:33.78 zsqnRicx0
散逸している常陸風土記のカガセオの頁で
「石に化けたカガセオは術で天に着くまで大きくなって人々を苦しめた。タケハヅチ命が金の靴でそれを蹴るとカガセオはバラバラになって飛び散った」
という記述があります。原文は散逸しちゃってますが、五カ所まではなんとか特定し、
漂着伝承の重要地点、大洗磯前神社、鹿島神宮、香取神宮まで加えると北斗七星に近い形になりました。
最後、千葉の熊野神社だけやや強引なんですが、やはり夫婦石という石の漂着伝承が残っていて、おそらくは伝承が時代の変遷で形を変えたものではないか、と。
鹿島神宮は東北のアテルイの首が近くに埋まっているらしいですが、たぶんアテルイではないのではないか、と個人的には思ってます。
まぁ、妄想中乙ですかね。。
261 2014/09/14(日) 19:59:11.52 wxbcTHu00
>>260
妄想ともいえないだろうな、その手の話は。
日本全国のすべての寺社仏閣は、風水で見ると、必ず龍脈とかいうのに
該当する場所に、建てられているそうだ。それが星神信仰と何らかの
関わりがあると考えても、別におかしくはないだろ。それに、神功皇后
の時代に、確か、海を航海して西の国を征伐に行った、って記録もあっ
たように記憶している。風土記が作られた時期と、その時期ってそれほど
ズレてないから、仮説としては成立するんじゃないかな。
国語史を研究している学者の間では、大化の改新前後と、
平安時代への移行の時期は、民族的に何らかの大きな事変
があったと見ている人が多いそうだ。
大化の改新前後にそれが言われるのは、仏教の導入時期と
重なるから。
平安時代にそれが言われるのは、平仮名、片仮名が生まれ
て、それ以前と文法が思い切り変わってるから。
宗教と言語が入れ替わる時期というのは、民族が入れ替わった
としか考えられない事例だそうだ。大昔に習ったよ。
262 2014/09/14(日) 20:47:35.03 zsqnRicx0
>>261
恐らく自分ちの家系はその駆逐された旧来の日本人側なんですよね。古モンゴロイドというか。それで妙にカガセオ神話に思い入れしちゃうんですよ。
でも将門塚がやはり首、胴など九カ所(昔は北斗七星でなく九星とした)に北斗七星型に分けられて、東京を守護している、って話を聞いてビビっと来て、カガセオ伝承の地を繋いだら、思った以上にカチッとハマって自分でもびっくりした、というか...
それでカガセオ伝承の実在と最初の方で書いた司馬遼太郎が予言した「利根川付近(以北て書きましたが間違いだったので訂正します)に跨がる王国」を確信したんですよ。
284 2014/09/16(火) 03:39:35.32 wcqevhQz0
そんな壮大な話じゃないよ。
籠目→元伊勢の籠神社の裏神紋を指す
籠の中の鳥→そこにおわする神
夜明けの晩→日蝕のある年
鶴→伊勢様、あるいはその暗示する者
亀→出雲大社の神紋
すべる→滑落する、統べるの掛け詞
で、最後が怖い。
後ろにいる鬼に気をつけて
436 2014/10/09(木) 12:55:05.00 IxClh17GO
>>427
倭大國魂大神、天照大御神の御二柱とも最初に天皇(崇神天皇)に祟った神様ですね。
それで、それまでは皇居内に祀っていた両神をそれぞれ皇居外にお遷しして今の地に最終的にご鎮座されました。
「元伊勢」、「元大和」ともに淡路島にご鎮座していたりしますのでこのお二柱の神様は元々繋がりが深いと思います。
私の考えでは倭大國魂大神は珍彦命(うづひこのみこと=椎根津彦命)ととても関係が深い神様です(おそらく同一の可能性)。
…とここまで書いてきてちょっとやばいものを感じてます(気持ちが悪くなってきた…)
たぶん禁忌踏んでます。
なので、おそらく御二柱とも、大和国に来られる以前は同じ「故郷」にいたとだけ。
スミマセン
440 2014/10/10(金) 14:45:10.17 I1Wr9mIMO
>>439
あ、社家の方ではなく氏子さんということなんですね?
大変失礼いたしました。
倭大國魂大神は大和朝廷成立に至る大変象徴的な神なんですよね。
ニギハヤヒ命とか、名草戸畔とか丹敷戸畔とかミカシギヤ姫とかウマシマチとか磯城氏とか紀国造氏とか丹生氏とかがみな絡んで来ますし。
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