2011年10月27日木曜日

ヌシの正体

日本に残る縄文の血は、一体どのくらいあるのだろうか。
渡来人の征服で、ほとんどの日本人は渡来人との混血であるというのは本当だろうか。


現代までも受け継がれている縄文の血は、アイヌの人々が知られているけれど、日本人の男性の4割はY染色体D系統を持っていて、縄文ルーツであることがわかっている。

第二次大戦で、アイヌの人やまつろわぬ民には、集中的に赤紙が配られ、激戦地に送られ、原住民の抹殺が図られた。
戦後縄文の血は著しく減ってしまったと思われるが、それにもかかわらず4割の男性が縄文の血を引いているのは驚きだ。
本来持っている生命力や繁殖力が強いのか、この国の大地は先住民にエネルギーを流している証でもあると思う。

実は日本には最近まで、サンカ(山窩)と呼ばれる森の民が暮らしていた。
明治時代に入って軍国主義の下に戸籍制度が始まり、戦争のために無理やり集められるまで、ずっと山で暮らしてきた民族がいるのである。
彼らのルーツには諸説あるけれども、日本のジプシーであった彼らは、森と共に生きていた縄文人の末裔と考えてもいいと思う。そして、山の民とも呼ばれる彼らは、渡来系との混血もなくずっと森の生活を維持しているので、恐らくアイヌの人よりも縄文の名残を強く残している。


 
「サンカは絶対に秘密厳守で、他人とは口もきかぬから、警察の調べも終戦までは放
っておかれたので、彼らの行方や生死も想像するしかないのである。なにしろ大宝律
令が発布され、律令国家となってからというもの、「良」と「賎」に二分され、日本
列島の原住民は悉く賎にされ、後には契丹より渡来の大陸人さえも、唐を滅ぼした敵
性人として賎に落された。
 比例は全人口の九割から九割五分が奴隷か、それになるのを拒んだサンカのような
反体制集団。そして、討伐され捕虜となって奴とされたのは庭子制をとられ、男女別
にされて、男は酷使され女は色んな当て字を使われるが、カイトといって、良の男に
対しては否応なく女の扉を開いて迎えねばならぬようになっていた。
 しかし、サンカだけは男女つれだってゲットーへ収容されるのを拒んで逃走して生
活しているから、セン(先住民のセン)ズリすることもなく通常な営みができた。
 だから純粋な日本人の血脈は混血しない彼らだけに終戦までは続いてきたのである。
が、そのかわりツレミとよぶ一夫一婦制が厳守されていて、いくら夫に稼ぎがあって
も、他の女に浮気などしようものならハタムラという掟でセブリから追放されてしま
うのである。
 木曽街道に「妻篭」とよぶ宿場が残っているが、これはサンカの娘や女が拐されて
きて収容された土地の名残りで、男はウメガイをもって夜襲し連れ戻さねばならぬの
が掟だった。
 どんな事があっても妻をいたわって、危険があれば己れが身命を賭しても助け守る
のが掟。こういう男を夫にもてば浮気もせず、女性にとっては最高だろうが、今のサ
ンカは白バケ居附して都会の中に埋ってしまっているから、まこと残念ながら見分け
のつけようなどはない。」サンカ生活体験記5



ホームレスの人達のほとんどが、精神的にも肉体的にも追い詰められていて、早く亡くなる人が多いのに、彼らにはパワーがあるというのは、サンカのことではないのか。何せつい最近まで森の中に住んでいた、純度100%の縄文の血である。森の精の護りもついているから、アイヌの人よりも自然の応援が強いだろう。ヌシとは、彼らのことなのだ。

奴隷となることを拒み山々を放浪する流浪の民サンカ。その末裔は、街へ降りて来ても社会のシステムに迎合する生き方を選択したりはしないのだろう。彼らの生を育んだ川べりに住み、ホームレスになっている人も多いのかもしれない。

100年前に山を降りて、森を出て、都会に暮らしていても、彼らには何千年もの間、原住民として、この国のヌシとして、森と暮らしていた血が流れている。記憶が残っている。


サンカというのは、女性上位の社会のようだ。
一度関係を持った相手とは結婚しなければならず、妻以外の女性に浮気することは許されない。
掟を破れば彼らの共同体(セブリ)から追放されてしまう。そして何より凄いのは夫婦の営み。
縄文の血が脈々と途絶えずに続くのもわかる気がする・・・。
女性が自分の性を惜しげもなく表現することが許される文化。そしてそれを受け入れ献身的に尽くす夫たち。先住民の文化は、女性原理であることが多い。女性原理の世界なのに、男性は潔くとても逞しい。


セブリの掟のせいかもしれないが、もしかしたら、これが付け替えではなく自然の縁によって結ばれた夫婦の姿なのかもしれない。セブリには、無駄な争いがない。


縄文の血を引くサンカの営みを知ると、遊女を持ちあげて皆と繋がるとか、コードを繋ぐというやり方にはとても違和感がある。



八切止夫作品集

「最後のサンカ」の孤独死

サンカ(山窩)を考える

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