2015年4月30日木曜日

番外編:出雲と忌部 2



> 私は征服者側(大和政権)が今度は更なる外敵に国を乗っ取られそうになる事態になった為、言霊の力で四国に結界を張ったのではないかと思いました。
> 四国遍路道はどこを通っても剣山が見えないように設定されているそうですが、剣山自体に天皇由来の色々隠しているものがあるのも理由だと思いますが
> 四国にかけた呪術を他所に悟られてはいけなかったのだと思います。山陰のように開発ものらりくらりなスピードですし・・・




失われたアークとか
剣山にはいろんな秘宝?がありそうな噂がありますが

出雲をいろいろ調べていると
本当は何にもないんじゃないか・・・
という気もしてくるんですよね。。。



幽魂安鎮も出雲のだし
宮中の鎮魂祭の儀式も出雲のだし
三種の神器も鏡以外は出雲のだし・・・


むしろ剣山にやって来た一族は
何かを隠しているというより
日本でお宝を見つけたんじゃないですかね。。。


それが出雲に表される
女たちのシャーマニズムだったり
豊富な鉱山資源だったり
その製鉄技術だったり
その他諸々とにかくたくさん



出雲は医療や薬学の知識も豊富で

『「出雲国風土記」と出雲の医薬』
以上のことから、『出雲国風土記』が、多くの薬草を載せながら、その効能や、薬草の発見や、薬草栽培について語らなかったのは、「実は、出雲には、大和以上に深い医薬の歴史や、医薬の神話が現実に存在し、医薬の先進地だった」ということに対して、大和政権に遠慮したからだと思われるのです。よく見れば、大和の神々が医薬を使って人や動物を治療したという神話はないのです。



出雲には大国主が赤剥けになった白兎を
薬を付けて治してあげるエピソードがある


薬草のような植物の知恵を得るには
植物とコンタクトできる霊感が必要で
巫女を主体とするシャーマニズムな出雲に
豊富な薬草の知識があったのは当たり前



島根県雲南市大東町に『出雲国風土記』にも記載されている「加多神社」があり、そこはスクナヒコナが主祭神と なっています。神社の案内板の「由緒書」には、 『神社の起源:記録がないため明らかでないが、少彦名命はこの地を根拠地として農耕医療等を教導された。その神徳を敬慕し古代より斎祀せられたものであ る』とされています。大原郡の「加多社」あたりが、出雲の医薬の本拠地だったというのです。今の、大東高校の裏手です。

この、加多神社の「加多」とは、・・・『「医術」と「加多」という組み合わせから、中国三国時代(2世紀)の医者・華陀(かだ)を連想する。日本では卑弥呼の時代だろうか。大麻から作った麻酔薬を用いて外科手術を行った中国の名医だ。』とされる見解があります。

つまり、「加多」とは、中国の医者である「華陀」という人の名前からきたものであり、スクナヒコナは、「華陀」の化身、あるいは、「華陀」から中国で医薬の術を学んだ渡来系の神だったのではないかとされるのです。




大国主は出雲国造りの時に
天孫から遣わされたスクナヒコナと一緒に国を造る


『出雲国風土紀』には
「忌部の神戸」という章があって
松江市玉湯町にある玉造温泉の
湯治のことが書いてある
忌部町や忌部神社が松江市にあるのです


このスクナヒコナは
国造り途中で去ってしまい
その後どうなったかわからない
粟島(淡路島)に行ったという説がある


そしてこのスクナヒコナと後に忌部氏を生んだ
忌部の祖である天日鷲命は同一神といわれていて

私は出雲にある湯治場の忌部の地名
スクナヒコナが医学の神であること
国造り途中で消えて消息不明
淡路島に行ったという話や阿波との繋がり
などから

スクナヒコナは忌部の祖であり
出雲から途中で消えたのは
そこで得た伝承や知識を持ち去ったのかなと想う



少名彦命と天日鷲命との関係
3 記紀神話にある所伝をよく検討すると、両神が粟・粟島(淡島)を通じてつながることも推測されます。阿波国はもと粟とかかれた地域で、古来、繊維の麻の産地であり、当地の開拓者たる忌部がその製作にあたっていました。そのことは、阿波忌部の祖とされる天日鷲神が木綿の製作者として記紀神話に見えることと符合します。古代の衣服・繊維氏族の倭文連・長幡部も忌部の同族でした。
  そして、また衣服・繊維氏族であった服部連も、これらの同族であり、その出自が伊豆国造一族であって、同国造一族が古来、同国賀茂郡で三島大社(伊豆三島神社)を奉斎してきました。同郡の式内社阿波神社が、いま神津島に鎮座して三島大神とその后神阿波比咩神を祀ります。伊予で多くの三島神社(その中心が大山祇神社)を奉斎した越智国造は、物部連一族ですが、これも少彦名神の同族でした。摂津国島下郡の三島県主(のち三島宿祢)は先にあげた氏族のなかにありますが、その奉斎した神社が三島鴨神社でした。





衣服や繊維を職能とする忌部の一族の内
服部連が伊豆国造一族で
三島大社を奉っている

また伊予の三島神社(大山祇神社)を奉る
越智族も物部連でスクナヒコナと同族だという


物部も忌部も阿波を支える氏族だけど
そのどちらも古代出雲において
出雲族と婚姻を結んだり
三島神社を奉ったりしている

出雲に深く喰い込んで
出雲崩壊前にそこから出て行っているような



スクナヒコナは大国主にサヨラナを言う時
この国はまだ未完成だよとか言い残して
いなくなるんだけど


お前何か盗んで行ったんじゃねーの


って想うのよね


まあ盗んだというより
暖簾分けという感じもするけど



スクナヒコナは大陸から医学や薬学の知識を
出雲国造りにもたらしたとされる
でも大国主がスクナヒコナを別府や道後温泉で
傷を治してあげた話があって
湯治に関しては出雲由来だとわかっている


玉造温泉がある忌部の神部
忌部氏はスクナヒコナから来ていて
その名も出雲にあったもの
出雲の忌部氏から
阿波の忌部氏が生まれたのでは?


出雲にあった湯治のような優れた医術を
スクナヒコナは会得した後
国造りからトンズラして
阿波に渡ったような気がする



つまり祝詞や伝承  儀式や秘法だけじゃなく
ありとあらゆる自然の恩恵で得られる知恵が
出雲から物部や忌部の系譜に移っている
いつの間にかごっそり阿波のものになっていて


私の直感だと恐らくそのタイミングで
出雲の国譲りが起きている


それらの知識や技術と
物部や忌部が大陸や中東から持って来たものが
阿波で一緒になって体系化されたとき
呪術化したような気がする


鉱脈を探し鉱脈を抑えるような


この島の情報を持っていた
出雲や各地の土着民の知恵が
この島の征服のために必要だったというのもあるだろうし


惜しげもなく分け与えたものを利用して
列島征服に至ったのかな


まあ世界中どこでも
原住民の征服っていつもそんな感じ


みんなものだよと親切に分け与えたものを
いつの間にが独占するんだよね


ニギハヤヒとか出雲族のハーフかもしれないけど
出雲を守ったという話も聞かないし
神武の前でナガスネヒコを殺しちゃうし
最悪って私は想うんだよね
物部は英雄扱いしたがるけど


そしてスサノオやニニギのような
出雲を征服して血を混ぜて
それで生まれたニギハヤヒのようなハーフが
出雲の宝――伝承や技術を
外部へ流出したんじゃないかと想うのね

物部の祖であるニギハヤヒが出雲とのハーフって
すごい象徴的で
出雲の富が物部に渡った歴史そのものって感じ
だから崇められるんでねーのって想う



同じく物部の祖とされるウマシマジ
ニギハヤヒと被るんだけど
東征後に石見に帰って没したのも
もうその時は出雲王朝はとっくに崩壊してて
故郷に帰っただけなのかな


大体神武の嫁の母が三島ナントカという名前だし
出雲の人っぽいしね
この娘を娶ったエピソードも
いかにも養分見つけたって感じだし
征服民は懐柔するために原住民の女を娶るもの



出雲の祟りが尋常じゃないのも
わかる気がする



平家のことを書くと呪いが来るけど
阿波のことをどんなに書いても平気なのに
出雲のことを書くといろんな所でファビョり出したり
すんごいざわつくんだよね
そわそわしているのがわかる


まるで煙に炙り出されたみたいに
本音が出る


だから出雲がきっとビンゴなんだと想う
アイヌとか他の土着民よりも








玉造湯神社・忌部の神戸・月と勾玉
  「出雲の忌部氏は、出雲国造家の祭器の調達や神事のことにしたがうのを世襲的な職能とした人々である。とくに出雲国造家においてのみ、そうした特殊な人々 が隷属したのは、出雲国造補任式などという臨時祭式としての特別な儀式が課せられていたことに、大きな原因の一つがかぞえられるであろう。即ちこのような 重大な特殊儀式をおこなうための経費の財源として、とくに忌部神戸が意宇郡内に設定されていたのであり、この地が選ばれたのは、花仙山の瑪瑙と、神の湯と いわれる温泉の湧出との、二つの条件をもっていたことに関係がある。」

朝廷の品部としての「忌部」は出雲・紀伊・阿波・讃岐が代表的なものとして明らかになっている。

出雲の忌部は朝廷に玉を貢納することになっていた。阿波は木綿(ゆふ)・麻布、紀伊は宮殿・社殿の用材、讃岐は楯を朝廷に貢納することになっていた。また筑紫と伊勢に刀・斧・鉄鐸・鏡などを貢納する忌部があったらしい。このうち紀伊忌部は直接中央の忌部氏に隷属していたが、他の忌部は国造の管轄かにあり、国造を介して物品を上納し、忌部氏が祭祀儀礼に使用することになっていたのである。





国造りって
天下統一後に中央から派遣された
天孫系の氏族のことですよね















番外編:出雲と忌部 1



読者さんから
長くなるからね~と何度も念を押されていて
本当に長い文が来たので笑ってしまいましたw
どうもありがとうございます



> >剣は男性の象徴だと錯覚していたが、実は女性・巫女のことかも。
>
> と言う所を読んで、徳島の剣山が名前とは裏腹の女性的ななだらかな山容なのがずっと疑問だったのを思い出し、そう考えるとつじつまが合うなぁと考えた所で
> あれ?じゃあ何で女性的な県名「愛媛」の石鎚山があんなに天を突き刺すような険しい形なの?逆じゃないの?大体石鎚って石のハンマーのこと?何それ?
> と思った所で、これまでの水晶さんのヤマタノオロチの話題でやっと繋がったのですが、本当は石鎚山は「石鎚」ではなく「石槌」
> (槌=ツチ=蛇 ツチノコって言いますよね(^o^)未確認動物ですが) つまり石の蛇の山なのではないかと。私には石鎚山が蛇がとぐろを巻いて鎌首をもたげているように見えるのですが・・・
>
> そう考えると、剣山と石槌山、剣と蛇→スサノオとヤマタノオロチ それを四国八十八箇所 88=八重で囲む(八重垣)という暗号にもなるのではないかと推測しました。



石鎚山
石鎚山
近畿以西の西日本最高峰である。愛媛県西条市と久万高原町の境界に位置する。




愛媛は愛や姫の字が県名につく
必要以上に?女性性を強調していますよね
石鎚山もとても尖っているのに
愛媛という場所には似つかわしくないですね
四国ってどう見ても男性的な土地なのに


四国は男の気なんですよね
女も男みたいに働くし性格もたくましくて男っぽいです
土地も気質も男性的です

なのに昔伊予と呼ばれた土地に
愛媛という女らしい地名をつけたのは
どこかわざとらしい感じ
もしかしたらお姫様を囲っている
暗号かもしれないですね


女っぽいのは山陰です
「陰」というくらいですからね

島根の女性は「江」が付く女性芸能人と
かサバサバ系の男っぽいイメージですけど
その裏で暗さを隠しているように見えます
だから妙な警戒心の強さというか
「陰」を感じるんですね


三島信仰の大山祇神神社はなぜか愛媛に勧請されて
愛媛のものになってますが
愛媛の神社だけ大山神は大山神と言われ
「氏を示す」という字が書き換えられている
氏を示されたらまずいのでしょうか?


私には出雲の三島信仰を四国に持って来たのは
剣と蛇がスサノオとヤマタノオロチに表されるように
その山が四国にあるように
出雲の巫女シャーマニズムを
四国の88八重垣で囲ったように想います


つまり四国は出雲を囲っている
だから高閲山で阿波の封印が解けたとき
出雲が蘇るんですね


剣は本来男性の象徴だと想うんですが
こと出雲に関して
剣は女性や巫女のイメージが被っている



ヤマタノオロチの伝説は『出雲風土紀』にはなくて
スサノオ用の創作くさいんですが
ヤマタノオロチという悪者を作り出して
スサノオの英雄神話に書き換えているような

『姫神の来歴』では
ヤマタノオロチは大国主のような
出雲にいた王のことで
櫛名田姫の旦那ではないかと

それを悪者に見立てて
寝込みを襲って倒したエピソード
それでスサノオは姫を娶り王位を手にした

出雲は製鉄が盛んですから
優れた剣を生産することができた
ヤマタノオロチを殺して出てきた草薙の剣は
それが出雲族の剣であり
草薙の剣=櫛名田の剣であるのは
ヤマタノオロチが櫛名田姫の夫君だから
という意味かなと


出雲が巫女を中心とする神権社会
女性上位社会だったと考えると
剣=男(夫) 草薙=櫛名田で

「草薙の剣」は「櫛名田の男(夫)」を
指すのではないかなと想う


つまりヤマタノオロチ(蛇)も剣も
櫛名田姫の夫を指していて
それが殺されたことによって
スサノオの王位継承が始まり
出雲の女性優位社会  
巫女シャーマニズムによる神権政治の終焉や
母系社会の終了を意味した





古事記にはカグツチという火の神が産まれる時
イザナミの「陰」が焼かれて産まれた
という神話がありますが

この陰って山陰のことじゃないかと想ったり


なぜイザナミを焼かなければいけなかったのか
なぜイザナミはカグツチの出産で
死ななければならなかったのか


それは古代の女性信仰(陰)の主であった山陰が
火の神カグツチをシンボルとする製鉄民
渡来系民族に征服され焼かれたことを
意味するのではないかと


このカグツチの血から生まれた神の中に
国譲りを迫って出雲を滅ぼした
建御雷もいますしね


出雲の松江と愛媛の松山
なんか似てますね

松江を松山に移植したのかな?



ににぎのみこと   からのくに


からのくには韓の国かと想ってたけど
唐揚げの唐でもあるような





出雲の「神奈備山」
また、これらの山にはある共通の特徴があるとされています。
①円錐形で蛇がトグロを巻いたような山容、②磐座や巨岩があり、それを人々が崇拝していた、③四方から見晴らせる特長的な山、④山頂からは四方が見渡せ、国見、国誉めのようなことができた、⑤ふもとに人々の生活集落があり「集合的無意識」を生んでいた、といったことです。



石鎚山の麓には久万高原町があって
縄文遺跡の上黒岩岩陰遺跡があります















2015年4月28日火曜日

江と三島 4



三島は古くは
「御島」と言われていたのかもしれない



国譲り神話の舞台となった稲佐の浜には
弁天島がある

弁天島


古くは「沖御前」といい、遥か沖にあったといわれています。昭和60年前後までは、島の前まで波が打ち寄せていましたが、近年急に砂浜が広がり、現在では島の前まで歩いていけるようになりました。



この島が遥か沖にあった頃
沖御島と呼ばれていたという記事
観光した人が書いている


ただね
沖御前と間違って書いている感じなのね
他に沖御島というのは検索しても出てこないから


「御島」という名前は島根の鹿島町の
御津という所の御島(男島・小島)にあって
名勝として知られているらしい


御島にしても御津にしても
島や津に御をつけただけで

名前というほどのものでもないよね

そしてこのシンプルさが私には
大和言葉を使っていなかった出雲のこの地で
ただ自分たちの場所を「島」「津」と表現している
だけのような気がするんだけども



関係ないですが香椎宮にも
「御島」というのがあるみたいで

香椎宮の御島神社


厳島神社みたいに
沖合の小島に鳥居を立てて
「御島神社」としている


神道以前の自然信仰は
海や島がご神体だったから
形式化されてこんな形になったのかな



三島はもともと御島から来ていて
三島姓は島の人たちという意味で
島根っぽい


検索しても「御島」という名字は出てこない
御島は三島になっているのかな


島の根っこという島根の今の県名に
案外古代出雲の本当の名が
隠されていたりして






出雲が来る前の名前
「御島」の他に私が気になっているのは


「をき」


幽魂安鎮秘事は


“天の息、地の息” から始まるんだけども
古くは息を「をき」と発音していて

“天の息(をき) 土の息(をき)“と読む


そして隠岐の島の  「おき」


出雲が来る前のこの地のシャーマニズムが
海や島自体を賛美するものだとしたら


隠岐は  「をき」であり  

この地は  天の息(をき)  土の息(をき)


なんじゃないかと想うのね




今は出雲と呼ばれる地はもしかしたら

阿波(あわ)や伊勢(いせ)のように

「をき」だったのかなあと


それに漢字を当てはめて「隠岐」


だいたい「隠」を「お」なんて普通読まないしね




隠岐の島は「因幡の白兎」では
「淤岐嶋」と書かれているんだけど

「淤」の字は場所を表す「」の字と
ほぼ一緒で
「於」が「を」とも読みまた
「を」が場所を表す助詞なのを考えると

「おきのしま」は「をきのしま」
でもあるのかなあと想う




息といえば息長(おきなが)族というのが
琵琶湖周辺の滋賀県にいたのですが
『銀金』の主人公たちがいる部族


歴史書の息長氏
古代豪族の中でも息長氏ほど謎の多い氏族は珍しいのではないでしょうか。先ず出自が不明で 史家の間でも諸説があり未だ定説はないようです、・・・中央政界に於いて頭角を現すこともなく、皇親氏族として特別優遇された実績もなく、史書に見る限り 実に影の薄い氏族なのですが、息長氏を除外しては古代史を語れません。「古事記」には息長氏についての記述についてかなりのペ-ジを割いて比較的詳細に述 べていて、記事を追って行くと息長系図が作成出来ますが「日本書記」のほうは簡潔な記事になっています。


私は難しいことはわからないので
イメージだけで読み解くと

この豪族に謎が多いのは
出雲の息(をき)の系譜だからとか


出雲が征服されたとき
大国出雲は解体されて
出雲族は転でバラバラになったと想うのね

その中から別の豪族が生れたりとか


長はナーガ
阿波の那賀とも繋がり

この豪族はもしかしたら
出雲と阿波のミックス
出雲と物部から生まれたのかもー
なんて想ったり


息長族は滋賀の醒ヶ井
米原周辺を本拠地とした部族で
すぐ東には伊吹山&揖斐川が見える
その先には尾張


もしかしたら
捕えられた出雲族と物部から誕生した
そんな一族だったり・・・
と想像してしまう


また那賀は和歌山にもあって
今は紀ノ川市になっているから

建南方の領域なわけで

そうなると息長族は出雲連合の生き残り
という妄想も働く・・・


読者さん情報によると
別の女性小説家の古代ファンタジーノベルでも
天孫と地孫のミックスの美濃から生まれた豪族が
橘ということになっているとかで
美濃は息長族の米原とも近い


この辺りに何かあったはず






「をき」かもしれない

「御島」かもしれない


そのどれでもないかもしれないけど

出雲が「出雲」でなかったことだけは確か


そして「出雲」という名前自体が

出雲を封じていることも








大河ドラマになった「江」


あれは織田信長の家系の話


私はなんとなく「江」は
後の武士の系譜
源氏を生んだ流れのような気がするんですよね


物部連の中の「江」の系譜


ヤマトタケルの軍勢にもいたといわれる
江南の刺青の系譜は

後の戦士を生んだ闘争的な民族かも・・・


元はポリネシア人もいたり
中東の方からやって来た民族もいたり
大陸を経て物部連に合従しながら
半島を経由していく内に
その中の好戦的な部族が
「江」の部族になったかもしれない。。。?


まあファンタジーですけど



尾張にも「江南」があって  やがて源氏を生む

出雲にも「江南」がある


ソウルにも「江南」



戦の激戦地に「江南」があるような気がするし


ソウル~出雲~尾張


江の民族がやって来て


追いかけているような








石見銀山で山肌の岩が崩れる 81歳男性が下敷きになり死亡 島根

砂の中からクジラ島を掘り出す

金色の生物を展示

スサノオマジック最終戦勝利

宍道断層の現地調査の見学会





関係ないですが
ネパールの地震
午後3時11分に起きたので
嫌な感じがしましたが
これ  15時11分でもあるんですよね


511・・・


これ本当に自然地震なのかな。。。?


あまりにも出来過ぎ
















2015年4月27日月曜日

江と三島 3



摂津三島の社伝に
「大山祇神は百済から来た」とあるのは
出自を誤魔化しているような気がする




17 ::2013/10/17(木) 09:33:23.89 ID:2j8cYxym0
>>16
>それって時代的にはいつ頃の話なんだろ。
>北方系渡来人政権というのはスサノオが入る以前、大山祇神系の出雲のことを言ってるんだろうか?

スサノオが出雲に入る以前までの時代だと思います。
ところで、スサノオが入る前の出雲は
>大山祇神系
だったのですか?
なんとなく出雲は大山祇神系だとは思っていたのですがイマイチ確証がとれなくて。
大山祇神は元々は播磨の土着系の神です。

上で「日本在地人政権」と書きましたが、その際大変重要な役割を果たしたのが播磨の諸豪族です。例えば鴨(賀茂、加茂、迦毛)氏の故地は播磨です。「鴨族」は播磨から大和や山城に進出しました。
やはり、出雲に進出していたのも播磨鴨氏だったのですね。予想通りです。
その鴨氏が祭祀していた神が大山祇神なのですが、後には自ら従えた百済人などによって大山祇神は百済系の神である、などと流布されることになり、残念なことにそれが定着してしまいました。

後のことになりますが、神功皇后(実は即位して神功天皇)の母系先祖が新羅人であるなどという「嘘」が定着してしまったのもこれと全く同じ事情によります。
神功天皇を慕って日本に渡ってきた新羅人たちによって、神功天皇は新羅系であると流布されてしまったのです。
ちなみに神功天皇は久米氏の出です。
久米氏も播磨鴨氏と並んで「日本在地人政権」の樹立に大変大きな役割を果たした氏族です。






<播磨にいた出雲の大神>
大己貴命は現出雲(「丹波出雲」の対語として言うのだが)にいるので、さぞかし出雲国風土記では活躍するかと思いきや、実はあまり登場していない。かの有 名な「因幡の白兎」の伝説も書かれていない。風 土記を書いた出雲臣(いずものおみ)廣嶋(ひろしま)という人物が、神話や伝承など歴史部分を少なくして、 むしろ客観的な地理や物産の情報を多く盛り込もうとしているからである。「国引き」の説話など、貴重な伝承もあって、価値は高いのだが、歴史資料として古 代の出雲を知ろうとしても、肩透かしを食わされる。

 ところが、「播磨国風土記」には、出雲 の大神がよく登場する。た とえば「昔出雲の大神が神尾山に住んでいて、出雲の人が通りかかると、その半数を取り殺した」という伝承が伝えられている。男神 だけが一人で来て、姫神は遅れて来たので、男神の方は待ちきれずに一人で行ってしまった。遅れてやってきた姫神は、一人でその山にいるという。そのため、 いつも不機嫌なのだそうだ。残念ながら、その姫神の名は分からない。
 この話が出雲の大神の遷幸途上のことであったとすれば、出雲大神宮が伝えるところと、かなり符合している。元出雲では妻の三穂津姫と一緒にいたのに、夫の大己貴神だけが現出雲に遷されたという。これに対し、播磨では姫神は遅れてやってきたと伝えている。




「出雲の大神の遷幸」というのは
現出雲が出雲になった時代
播磨にいた出雲族が島根の出雲に行った時代
のことを言うのかな


大国主(大己貴)が三穂津姫を貰い
「出雲」を譲り受けて帰された時代


三島(島根)が出雲になった時代

出雲が三島(伊予)とシャッフルされた時代


ああわかりにくい・・・   (-_-;)




気になるのは三島溝杙姫(玉櫛媛)の父が
賀茂氏の祖である賀茂建角身命(三島溝咋)
であるということ

しかも後の八咫烏とか



ニギハヤヒも大国主の子だとか
別名、櫛玉命(くしたまのみこと)。とか

櫛といえば櫛名田姫
まるで正当性を主張しているかのような名

他にも


神武天皇の祖先、秀真伝と記紀、饒速日
饒速日も出雲系の血を引く。火明命の子なので、父母が邇邇芸命とコノハナサクヤ姫なので、天照大神と大山祗の血を引いている。


ににぎのみこと   からのくに


ニニギは半島から来た渡来人だと想うし
天照は天孫系の代表みたいになってるけど
本当は国津神のはずだから


ニギハヤヒは征服者と被征服者の間に生まれた子
列島の征服の象徴のような気もする


日本の侵略が起きた時
そういう子がいっぱい生まれたと想うのね

米軍が占領軍だった時代に
日本であいの子がたくさん産まれたように


まあ物部が古代出雲王朝の中枢に
早くから深く入り込んでいたともいえるのかな・・・
だから伝承も秘儀も全部物部に行ったし
物部は出雲族と考える人もたくさんいるのね




出雲も伊勢も祭神は国津神


元伊勢から伊勢神宮が生まれたように
元出雲から出雲大社が出来たのね

国家の一大事業として
伊勢と出雲が作られた

侵略を肯定するために・・・



播磨陰陽師が物部の系譜で
出雲の幽魂安鎮秘事の秘伝を伝承している

播磨にいた出雲の大神=賀茂氏が
出雲で出雲を作った?


大山祇神は播磨の土着の神ってことになってるけど
そうかもしれないけど
それが後に出雲が出雲になるのに
とても都合がいい筋書の気もするし


元出雲の出雲大神宮に近い
摂津の三島

ここの三島の人たちが
出雲が元出雲から勧請したときに
一緒に移住した人たちのようにも聞こえるけど

それならなぜ伊予や伊豆の三島や
摂津には三島姓の集団がいないのかーとか

そして島根に多い三島姓
とくに出雲市や松江のような沿岸部の集団が
岐阜の郡上市にも多いのは
出雲を離れて岐阜の山奥に
避難せざるをえない何かがあったからで
それが稲佐浜から入られた
国譲りの時の内戦によって起きただろうことが
考えられるわけで


国譲りによって
三島姓が逃げなければいけないのなら
もともとそこにいたのは
三島の人たちだったということになる




大山祇神社の謎7
まだまだ、沢山、謎はありますが、 最後に、 注連縄です。
・・・
そこで、 これらがどんな神社に祀られているといいますと、
右が太い所は、 その多くが、 「天津神」 
左側がふとい場合は、     「国津神」 となります。

そこで、大山祇神社はというと、 「左側が太くした形です」 大山祇神社以外に、これと同じ場所に、あの出雲大社があります。





女を巧みに使って想念を集めて
集合体の軸になる
物部の巫女が遊女なのと


一夫一妻制を厳格に守り
婚姻相手は初体験の相手と決まっていて
掟破りは絶対に許さなかったサンカ


サンカが出雲族の末裔だとしたら
物部の性質と大分違いますね~(笑



そしてサンカがそれほど男女関係に厳しかったのは
女性優位な文化だったというのもあるけど
(性行為は女性がしたいときにするものらしい)

因幡の白兎の伝説を想い浮かべると
白兎の後に国譲りが起きたわけで
よっぽど女で嫌なことがあったのかなーなんて想ったり


大国主はかなり異性関係が派手だった
もしその派手な女性関係が亡国の一因だとしたら
国の滅亡を招いていたとしたら


亡国の民の掟に異常なまでの?こだわりが生まる
原因になってたりして


物部が内側に巣食って女を使ったら
内部崩壊していくよね・・・

それが因幡の白兎かもしれないし





でもそれもおかしいかな・・・


大国主があんなに多情だったのに
出雲族の末裔のサンカが
生涯一人の相手だけという原則を
掟にしていたなんて


そんなルール一朝一夕にはできないと想うしね


となると
土着の出雲の文化と
大国主のような上層部の文化には
別の物がある  
大きな違いがあるということ?


歴史に現れる大国主の系譜も
後から入って来たもの

土着のものと開きがある

出雲の地を治めるために
やって来た人なのかもしれない?



そうね・・・
出雲がサンカのように
女性主体のシャーマニズムだったならば
大国主が前に出ているのはおかしな感じ

櫛名田姫が本当は卑弥呼のように
メインだったのではという説からすると

あちこち女がいた大国主って一体なんだったの
・・・っていう


大国主が元出雲から「出雲」を譲り受けたというのは
大国主も出雲から女主体のシャーマニズムが
消えるきっかけだったのかもしれない?


出雲のシャーマニズムが消えて行ったのは
出雲が「出雲」になってからかもしれない
ならばそれは大国主が葦原中津国平定で
高皇産霊尊に服従し
三穂津姫をあてがわれ
元伊勢で出雲を勧請させられた
その時から始まっている・・・



もしくは大国主の時代には
大国となった古代出雲は
古代ローマ帝国のように
堕落したり衰退していたりして
国力が弱まり「出雲」になった


それが後にまつろわぬ民になった
出雲のサンカが
掟を作り厳格にそれを実行した
理由なのかもしれない?




サンカのルールが古代出雲
大国主以前の出雲の姿だったならば
櫛名田姫のような巫女を中心とする
出雲シャーマニズムと
サンカの女性崇拝ともいえる
女性優位の文化は見事に一致する



そして因幡の白兎の伝説

それが物部の巫女遊女ならば

古代出雲の終わりは
遊女のような女によってもたらされたのかもしれない


それまで一夫一妻制で
初体験の相手以外とは交渉を持ってはいけない
そんなルールの下で平和に暮らしていた土着民に
半島から物部の遊女がやって来たなら・・・


確か白兎に出会った後からですよね?
大国主がいろんな女神と関係を持つようになるのって
それまでは一人の姫を争っていた


白兎を助けたおかげで
八上姫を手に入れることができた


なんで海の向こうからやって来た白兎に
そんな力があるのでしょうか?



白兎の伝説
和邇を騙して皮を剥がれた

和邇は水中生物だけど陸にも上がる
海の民出雲の土着民
漁師のような出雲族の暗喩だとしたら


和邇たちが白兎に騙された=裏切られたのは
サークルクラッシャー的な?

その時代の出雲の男女関係が
厳格なものだったならば
和邇たちが怒るのも無理はない?



白兎の力は
和邇の男たちの力を付け替えて
大国主に乗せたのかも?


白兎の力で大国主は持ち上げられて
そして滅ぼされた


出雲が滅ぼされたのも
自分の皮を剥いだ和邇たちへの
白兎の復讐だとしたら・・・?




スサノオが八重垣で櫛名田姫を囲ったり
大国主のラブアフェアが全国展開されたり
女神を中心とする体制が
遊女という存在が現れてから
崩れて行ったのかな・・・



国を終わらせ国を作らせるのも
男を繋ぐ遊女なのね



出雲の終わりは因幡の白兎から始まった
最初の直感に戻ってしまう


白兎が物部の巫女遊女なら


やっぱりその通りなのかもしれない


国津神の嫁を娶っている限り信用ならん
と言われて無理矢理三穂津姫を押し付けられた
大国主

この姫を置いて出雲に帰って
後から姫が追いかけて来たりするんだけど


白兎にしても三穂津姫にしても
どうも大国主に女難の相があるような・・・?

この神話にしても白兎伝説にしても
外から来た女によって大国主が堕ちていく
誰かが大国主を磊落しようとしていた
そんな意図が見えてしまう


天孫に押し付けられた嫁によって
後後出雲が墜ちていったとしても不思議じゃないし
















江と三島 2



三島には  三島信仰というのがある



日本三三島というのがあって

三島鴨神社 (摂津)
大山祇神社(伊予)
三嶋大社(伊豆)



この三社なんだけどその中でも

三島鴨神社
社伝では、伊予の大山祇神社、伊豆の三嶋大社とともに「三三島」と呼ばれたという。また、日本で最初の三島神社(山祇神社)とされる。


  
大山祇神社 (愛媛県今治市)
祭神の名があって一番大きくて
  
三島鴨神社 (大阪府高槻市)
三島信仰の始まりの神社で

三嶋大社 (静岡県三島市)
三島市にあって一番目立つってことかも


三大ナントカっていうのは
それが連携プレーしている証で
三大三島に三島信仰の秘密のヒントがある



戦国の覇者 3 秀吉大返し』という小説には
三島についての行がある


「これはいかんな、藤吉郎どの。大山祇神くらい知っておらねば、世間で笑われますぞ。この島は大三島と呼ばれて久しいのですが、古くは『御島』と、こう書いておったのですな」

「官兵衛とのはご存知ですな」
「もちろん。北の出雲、南の大山祇、というくらいゆえ」
「そんなに有名なのか、官兵衛」

秀吉も出雲大社の名前は聞いたことがある。それに比肩する大山祇神というのは知らなかった。

大山祇神神社は日本総鎮守、すなわち全国の神社の頂点に位置付けられている総本社とも言うべき神社である。




日本総鎮守・大山祇神社と激安海鮮丼
今回は「大三島」観光スポットの1つ 「大山祇神社」(おおやまづみじんじゃ)を訪ねます。
由緒は次の通り。

「日本総鎮守 大三島宮 大山祇神社由緒
 御祭神 大山積大神

御祭神大山積大神は天照大神の兄神で山の神々の親神に当り(古事記・日本書紀)天孫瓊々杵命の皇妃となられた
 木花開耶姫命の父神にあたる日本民族の祖神として、和多志大神(伊豫国風土記)と申し上げる、海上安全の守護神である。
 地神・海神兼備の大霊神として日本の国土全体を守護し給う神であるところから古代より日本総鎮守と尊称され
 朝廷を初め国民の崇敬は各時代を通して篤く中世は四社詣、五社詣の中心となり、平安時代既に市が立ち現在に続いている。・・・」
※案内板より引用



日本民族の祖神
日本の国土全体を守護し給う神
日本総鎮守 


随分大きな神様ですよね
山と海  地神・海神を兼ね備えた大霊神
となれば  日本全土の自然の神様に等しい


いつの間にかこんなに大きな神様がいたのねと
想ったものですが
イザナギのカグチから生まれた大山祇神が
こんなにも偉くなっているのは


実は私はこの神は
出雲の神じゃないかと想っているのですよ


日本民族や日本国の祖神にしているのは
出雲(島根)の神だからじゃないかと

だいたい島根という名前も
島の根っこですしね


それに大山祇神の孫が櫛名田姫ですし


そして出雲という名が敵に付けられた直感と共に
もしかして「三島」あるいは「御島」が
出雲の本当の名前の一つではないかと
睨んでいるのです


北の出雲、南の大山祇


というのが大きなヒント
本当は逆だったのでは?と



四国と島根

神様を取り替えた気がするのですよ


瀬戸内海はちょうど物部の侵攻エリアかなと想うし
取り替えることによってその力を付け替えたのかなと



出雲の大神の悲劇
<元出雲>
 ところで京都府亀岡市には「出雲大神宮」という神社がある。丹波一宮で社格も高く、もとは広大な神域を持つ大神宮だったが、現在では小ぢんまりした神社になっている。
  出雲大神宮の御神体は背後にある山(御蔭山)で、国常立尊のことだというが、元は拝殿もなかったらしい。原始的な信仰を伝える神社なのだ。主祭神は大己貴 神とその妻である三穂津姫命であり、社伝では和銅二年(709年)に大己貴神だけを現在の出雲の杵築神社に遷した。そのため現在の主神は独り取り残された 三穂津姫命であるが、あくまで本来の出雲はこの地であったという。そのため神社では「元出雲」と称している。
 この「元出雲」の伝承はあまり注目されず、信じられてもいないらしい。たいていの人は「出雲大社から勧請したらしい」と書いている(ただし近くには別に出雲大社の分社もある)。

出 雲大神宮の最初の拝殿ができたのは、大神の遷座と同じ和銅二年(709年:2009年には創建千三百年祭)という。非常に古い由来を持っているのであ る。実際に行ってみると磐座がいくつもあって、なるほど原始信仰らしい様相を伝えている。だが他に崇神天皇を併せ祭っており、かなり重んじているように見 える。別の項でも述べたが、崇神天皇は大物主神を天皇家の信仰の中心に据えた天皇である。出雲の大神を崇拝していたわけではない。なぜこんなところに崇神 天皇が?と疑問に思った。

ところで、現在の出雲大社は元来「杵築大社」という名称であり、 古くは単に「出雲神社」といえばこの丹波の出雲神社を指したのだそうだ。丹 波の古伝にも、昔丹波が湖だった頃、大己貴神が大山祇神(おおやまつみのかみ) と協力して、湖の端を切って保津川に水を落とし、現在の丹波盆地を作ったという伝説がある。正に国土造営の神にふさわしい活躍ぶりだ。地質学的にも古代に は丹波盆地の大部分が湖だった証拠があるというから、必ずしも荒唐無稽な話ではない。

 しかしながら、鎌倉時代にはもう現在の出雲大社が本来 の出雲神社で、丹波の出雲はそこから勧請したという説明が一般に受け入れられていた。「徒然草」にも「出雲の社に摸して立派に作られている」と書いてあ る。当の出雲大神宮に所蔵されている古文書(徒然草より新しいようだが)にも、そう説明されているほどだ。
 和銅以前の出雲が丹波にあったとすると、日本神話や崇神天皇の四道将軍、誉津別命の伝承は、全く違った意味合いを帯びてくるのではないか?
  素人の異説好みで、この「丹波出雲」の仮説をしばらく追求してみたい。なおこの丹波出雲は丹波全体を指したわけではなく、現在の京都府亀岡市のあたりを指 したのだろう。山城国から丹波国に入るあたりで、口丹波などと呼ばれる地域である。かつての丹波国は丹後、但馬を含んでいたので、たとえば兵庫県にも丹波市がある。




三穂津姫命というのは
大国主に無理やりあてがわれた
天孫の姫


出雲大神宮がある京都の亀岡市と

摂津三島がある大阪の高槻市は近い

その間にポンポン山という山を挟んでいる


「出雲」という名前はもともと
京都の亀岡にあった
だから元出雲

そして出雲のシンボルが「亀」なのも
案外亀岡から来てたりしてw


亀自体が六角形の結界みたいだしね・・・



三島と出雲の接点が亀岡高槻エリア
丹波の国にあって

ここでシャッフルされたのではないかと
想うのね



まあ出雲族もどこかからかやって来ていて
それが播磨(現兵庫県)あたりの民族だったという
可能性もあると想いますが


三島鴨神社 高槻市三島江
社伝によれば仁徳天皇の時代に百済より大山祇神を迎えて摂津御島に淀川鎮守の社を造ったのを創祀としている。 これは『伊予国風土記逸文』に「乎知の郡。御嶋。坐す神の御名は大山積の神、一名は和多志の大神なり。是の神は、難波の高津の宮に御宇しめしし天皇の御世に顕れましき。此神、百済の国より渡り来まして、 津の国の御嶋に坐しき。御嶋と謂うは、津の国の御島の名なり。」とあることを根拠にしている。

さらに社伝によると、三島江の東の淀川沿いにいた物部の韓国連が祭祀に協力したとしている。 素直に、物部の韓国連が百済から奉斎して来た神は渡しの神である、この神を大山祇神と習合させたのかもしれない。と考えて見る。
 伊予の大三島島の大山祇神社の元社はすぐその北側の上浦町に鎮座する横殿神社とされている。この伊予は物部氏の小市國造、風速國造の支配する地であり、ここでも大山祇神の祭祀にかかわったものと思われる。
 日本三三島の一である伊豆の三島神社もまた物部系の伊豆國造の国である。伊豆國造は物部連の祖天藐[藐の兒は生]桙命八世の孫・若建命。とされている。深く物部にかかわる神社であると言える。

祭神については現在は大山祇神、事代主神の二柱となっている。 この神社の名前の三島に重点をおけば渡しの神の大山祇神、鴨に重きを見れば事代主神となるのだろう。 この近くに溝咋神社が鎮座、『日本書紀』によると事代主神が三島溝杙姫(玉櫛姫)に生ました姫が姫鞴五十鈴姫で、神武天皇の妃となった また三島溝杙姫の父神が三島溝咋耳命、その父神が大山祇神となっており、姫鞴五十鈴姫の両方の祖先神が祭神となっている。 大和王権の成立とこの地方の豪族とは無関係ではないことを物語っているようだ。




ああバカだ~


神武の嫁の母に三島と名のつく人がいたのねっ!


気が付かなかった~知らなかった~!


そしてこの三島溝杙姫は「玉櫛媛」とも言われ
大山祇神の孫であるのは櫛名田姫と同じだし
二人とも「櫛」がつくのは
同じ人かもしくは姉妹であることを
表しているのでは


スサノオ――櫛名田姫

神武――嫁の母・玉櫛媛(三島溝杙姫)


まるで東征が出雲の征服であるかのような


そうじゃないかと想ってるんですけどね















2015年4月26日日曜日

江と三島 1



島根の有名人はそんなに多くないのに
その中でも「江」の苗字の女性が二人いて
「江」の地名が結構ある

そういえば数年前の大河ドラマが「江」だった


江は川を表す漢字だし
川は人の生活に欠かせないから
江の地名や人名があっても不思議ではないけれど

血筋に「川」姓が多いという話もあるし
もともと地名はそこに住む集団から取られたことが多い
「江」は大陸からの流れを感じる

埼玉の熊谷は今では内陸だけれど
昔は古東京湾が迫っていて
そこに江南という地名が残っている
「江」の地名は相当古い
「江」は川というよりも「河口」を意味する


古い地名ということは
古くから住んでいる人たちがいたということで
早くから渡来人が住みついた場所でもある



河口といえば
私は河口の夢を見ている
それに岡山出身の次長課長の河本が出ていました
河本も川(江)
だから夢に出て来たのかな



逆さのピースマーク
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2013/01/358.html
伊勢湾の話のようだった
その土地の人たちが出てきて   その中に   じちょーかちょーの河本もいた
楽しそうに騒いでいて   祭りのような感じがした

川の河口   海の岸辺に
丸い石を積んでできた護岸に
水死体が   引き上げられた
顔や体には   布が巻かれていて
十字架に磔にされたキリストのように
Yの字に手を上げて 
木の棒に   体をくくりつけられていた

河本は   おじいおじいと   叫んでいた
私は   河本がなぜ叩かれたのか   理解した
河本は   川の本
川を本にして   新しい集合意識を作ろうとしている者たちの
生贄になったのだ





実はそんなことを考えていたら

オダギリジョー、香椎由宇の次男が死去 絞扼性イレウスで



こんなニュースが入って
すごいびっくりした


オダギリは河本の同級生だし
香椎といえば香椎宮
福岡にある大きな宮様


熊襲征伐の途中橿日宮(かしひのみや、古事記では訶志比宮)で仲哀天皇が急逝したため、神功皇后がその地に祠を建て天皇の神霊を祀ったのが起源とされる。


熊襲征伐記念の神宮なわけで
桃太郎伝説のある岡山といい
熊襲征伐の香椎といい・・・



そんな中でのご不幸なので
なんともいたたまれない気持ちになった。。。(-_-;)


岡山が舞台の『八つ墓村』の話とか
ずっとしてたしね・・・



そして4/20に亡くなった息子さんは
1歳9日だったそうで
誕生日を迎えたばかり

4/11が誕生日だった


そして4/20は  320からちょうど一ヶ月後


いろんなデータが符号して
息子さんに降りかかってしまったのかもしれない
・・・


原因は腸閉塞なんだけど

腸が何らかの原因により首絞め状態となり



・・・   (-_-;)アアー






そしてちょっと想ったことはね。。。


岡山ってもしかしたら桃太郎な土地


封印の土地なのかもしれないって


出雲と吉備の間には
豊富な産鉄地帯である中国山地があって
その鉱山労働や製鉄作業に従事した
たくさんの蝦夷の捕囚がたくさん埋まっているのかも
・・・




放射能とか地震とかで
東日本からも移住する人が多いでしょ・・・?


大都会岡山


本当は阿波のような土地なのかもって



だから『八つ墓村』の舞台に岡山が選ばれて
桃太郎が鬼を成敗したように
津山事件が起きて
あの場所で出雲の落人惨殺のネタが生まれて


そして怨霊の復讐劇が生まれたのかなって




私が産鉄民の出雲族は岡山だと勘違いしたのも
出雲と吉備は鉱山や産鉄を通して
古代に何かあったような気がする






ふと自分の家系はどこから来たのだろうと
電話帳の登録件数を元に
全国各県各市の同姓の人数がわかるサイト
調べてみたら

やっぱり自分の先祖がいる地域が
一番人数が多かった

現代の電話帳登録もなかなか侮れない
都市に移動する人が増えてその分を差し引いても
まるで戸籍のように特定地域に母集団がある


知人友人いろんな名字を入力して遊んでいたら
ある名前で気がついた



それは「三島」だった



三島は全国で5,701人いる


その内島根と岐阜で
母集団があるのがわかった



島根県 809
岐阜県 608


北海道 374
大阪府 287
兵庫県 230(姫路42)
福岡県 252(糸島52/福岡市西区49)



島根と岐阜が突出している

北海道と大阪は平均して分布しているので
対象外


兵庫は姫路に
福岡は糸島エリア(福岡市西区は隣接)に
三島姓の集団が生まれていた



そして島根と岐阜の
それぞれの県内分布を見てみると


島根県809人の内

松江市 322
出雲市 225

安来市 53
東出雲町 42



松江と出雲の二市に集中している
他の町もこの二市に隣接している
穴道湖を囲うエリアで
古代出雲の所縁が多い地域




一方岐阜の方では
岐阜県 608人中

郡上市 206
岐阜市 114
関市 63
高山市 59



県庁所在地のような市街地には
人口が集中するので同姓人口も増える
それを考慮しても郡上市の「三島」姓の集団は
異様に多いのがわかる


島なんかないのに・・・



島根と岐阜といえば

斐伊川/揖斐川
美濃郡/美濃

なぜか遠い島根と岐阜に
同じ地名が現れる


そして今気がついたんだけど
島根には「加茂」という地名があり
岐阜にも「美濃加茂」市がある


加茂といえば賀茂・鴨氏


謎なのは「三島」で有名な静岡県三島市に
三島姓はほとんどいないということ


そして三島市は伊豆の隣にあって
出雲の島根に三島姓がたくさんいる


島根の三島姓の多さは
島根県のランキングで三島姓が32位になるほど


人口が多いとはいえない島根で
三島の母集団があるというのは
「三島」がこの地で深い繋がりがあるような気がする


島根には島があるし
何より「島根」だから


岐阜の岐は  隠岐や壱岐の岐

島がない岐阜に三島姓がたくさんあって


隠岐や壱岐の「岐」が県名に付くのは
日本海を渡っていた民が
岐阜の地にもやって来ていたからでは・・・・?


私の直感では
古代に出雲の地で何かがあって
三島の人たちが山陰沿岸部を東に流れて
若狭湾辺りから岐阜の郡上市に隠れたのかなとか


国譲りの時に
出雲族が尾張で滅亡したということは
尾張まで逃げて来て郡上に隠れたのかなとか




また福岡の糸島に三島姓の集団があるのは
ここが昔古代出雲ネットワークの
入り口でもあったからかな
壱岐島も糸島の目の前にあるしね


糸島ではないけれど
香椎宮は博多湾の東にあって
西にある糸島の対岸になる




三島姓はかなり古い姓だと想う


三島といえば三島由紀夫
この人に能力が降りてきたのも
このペンネームの効果がかなりあると想うのね


静岡の三島でこの名にしたらしいけど
三島で売れて
三島で逝った

そんな気がする






そういえば若狭湾といえば

官邸にドローンを落とした犯人が

ナント原発銀座の小浜市の人で


山本太郎と同い年  鬼門の寅年の
同じ山本姓だったのね


そして迷彩服で出頭と同時に


北海道の鬼門に当たる羅臼町で
海岸隆起の報道



境界の鬼門からエネルギーが入った印



アイヌの宇梶さんが夢に出てきたり

出雲とアイヌ  

鬼門の北方領土は反応していて


ロシアは二島返還をチラつかせているけど
私はそれは餌だと想っている
(国後島が入ってない)


扉をノックしているだけ



いずれここから日本国内の結界が内から破られ
鬼門から国体を崩すエネルギーが
流入してくるのは時間の問題



それはもちろん北の原住民
アイヌの意識も働いているだろうし
扉の鍵を開けようとしている


だから宇梶さんは祟り神の力を借りに
太宰府天満宮に行ったのかもしれないし


そこにオカルト的な理由があるから
私の夢に現れたかもしれなく



アメリカ相手の戦争によって
この国の国体が崩れたように


今度はそれがロシアになる



いつだってそういうやり方


封印された集合意識は
蓋の下からフタを破壊するものを引き寄せる


日本国内で封印された集合意識が
日本を破壊する者を日本の外から呼び寄せる




寅年の犯人
山本太郎が園遊会で
結界をやすやすと突破したように
寅が鬼門の鍵を開くのは当然


小泉の時代に自己責任教で不況の煽りを
全部この世代に押し付けた時
いつかこの世代に復讐されるだろうって
識者が警告していたんだよね


この世代はパイが大きいからね
専門家はそのリスクをよくわかっていた



まさかこんな形で実現していくとは




そういえばエコノミストに怒れる亀がいたけども

その亀の下の地盤が割れていたけども



出雲は亀だったね






羅臼の海岸隆起

よく見ると地滑りだった


知床の海底隆起、陸側の地すべりが原因か



そしてこの映像で想い出したんだけど

崖が崩れるイメージをそういえば見ていたなと


でもそれは東京だったのよね


だからこれは私の中で

前兆なのかもしれないと。。。





ネパールの大地震
あそこは伊豆半島の付け根に対応する
しかも3:11という発生時刻


同時期に伊豆半島の北
山中湖で道路陥没

しかも一カ所だけじゃない




「地震の巣」とは ネパール大地震は以前から懸念されていた


伊豆も地震の巣だしね
半島がドッキングして出来た歴史や
地質まで似ているなんて





こんなはずじゃないさ
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2015/04/1124.html





考え事していて…ブレーキ遅れ、次の駅まで走行
 25日午前9時過ぎ、福岡県糸島市荻ノ浦のJR筑肥線・美咲が丘駅で、筑前前原発西唐津行き普通列車(3両編成)がホームを約80メートル通過していったん停車し、そのまま次の加布里駅まで走行した。


「おいなりさん」キツネ石像4体破壊 福岡・警固神社

















2015年4月25日土曜日

番外編:出雲と物部 7



> 偶然サンカ研究の方の八重垣の歌解釈というものが出てきました。
> http://www.interq.or.jp/www-user/fuushi/5-anc/5h-genngo/5h-genngo-a7.htm



彼らは、生活場所を転々と移動するため、浮浪者と間違われることが多いが、
明確な違いが幾つかある。
1つは、誇り高い古部族であると云うこと。
2つには、天の群雲の剣を写したという、ウメガイという両刃の山刀を持つこと。
3つには、グミ材で作られたテンジン(天人)と呼ぶ自在鉤を用いること。
4つには、ヤエガキという厳しい掟に従って暮らしていること。
などである。



掟の中に部族のことを他に漏らしてはならないと云うことがあり、長く世に知られることがなかった。
掟破りは、暗殺刑に処せられた。

サンカ文字は一葉の写真が残されただけで、「ア」等が欠けている。
(これを残す契機となったサンカの女性は直後に変死)

これまで、豊国文字、サンカ文字、天津文字などと便宜上記してきたが、
本来は、いずれも「神代文字」と呼ばれており、「母字」と当て字されることもある。



なんかまるで八咫烏のようなスパイ集団みたいですね
掟破りは処刑って
こっ怖い・・・   (-_-;)


でもそうまでしないと脅かされるような
危険があったのかな

そして強固な一夫一妻制に
秘密の言葉

この集団も血が濃くなりそうですね~



和歌の意味をまとめると、
 ヤクモタチ………多くの蜘蛛族がこれまで穴居を止めてきた
 イズモヤエガキ…穴から出るに際して掟を定めて守ってきた
 ツマゴメニ………妻を得て独立するに際して
 ヤエガキツクル…夫婦の掟を作り
 コノヤエガキヲ…古来の掟と共に守れ
と云う意味であると考えられるのである。



サンカの結婚式でスサノオの八重垣の歌が
唄われるとか

でも解釈は全く違う


かつて別稿で出雲の「八重垣神社」は古社ではないと記したことがある。
いかにも取って付けたような伝承、稲田比賣を隠した「佐久の森」とか「8種類の竹垣」等に他所との矛盾、胡散臭さを感じていた。今回、サンカ伝承からこの古歌の解釈を得、スッキリしつつ、かの神社縁起の胡散臭さを更に強めた次第である。



私も感じてました(笑


佐久といえば木花咲耶姫(木花之佐久夜毘売)
大山祇神の娘なのですが
同じくこの大山祇神の子である
足名椎命・手名椎命は
櫛名田姫のご両親です



コノハナサクヤヒメの中にある「サク=柵」
この名前は「柵の中の木の花」という
櫛名田姫の囲われるエピソードを想いだしますね

まあ普通は「夜に咲く木の花」と読むんでしょうけど


血縁関係もともに大山祇神の子孫なので
もしかしたら同じ人物か
同じイメージを投影されている女性・・・?


スサノオの子供に「青幡佐久佐日古命」というのがいて
八重垣神社は昔佐久佐神社と呼ばれていた
佐久は柵であり八重垣の垣でもあると想われ

八重垣神社の鎮座地


そして佐久といえば
長野県佐久市
浅間山の麓にあるのですが

ビルゲイツの別荘?があって
全寮制のインターを作ったのも
この浅間山山麓
佐久のお隣の軽井沢・・・




サンカが移動するに際し、袋を背負ってあるく姿をナムチと呼ぶ。
無論、大国主命(大己貴命)の袋を背負う姿を映したものである。
サンカというのは、かくまで出雲との関連が深いのである。

これまで国主・国栖(クス)・蜘蛛・土蜘蛛、等いずれも出雲族と記してきた。
今回サンカに言及するに際して、その認識は更に確たるものになっている。

サンカ(山家or三家)は東北、北海道はエドと呼び転場しない。エドは穢土の意味であろうか。
江戸も同意かも知れない。前者は気候が厳しく、後者は元来湿地帯で、野営に向かなかったのであろう。
とすれば、東北マタギは、別系の山の民と云うことになる。




氷室冴子が『銀金』で
サンカのモデルを出雲族にしたのも納得


氷川神社が出雲の神を祭っているように
出雲から埼玉に移住した人がたくさんいたようです
国造りのために連れて行かれたんでしょうが





サンカは過去記事でも何度か書いてます
本人がもう忘れてますけどw


最近見つけた資料では

サンカの人々の暮らし 1


こちらのブログで8まであります
長いです(笑

なので全部読んでませんが
とても貴重な資料です
タダで読めるのは本当ありがたいです


途中「出雲の砂鉄で作った・・・」とかありましたね

なぜか藤原という名前みたいですが


独自の言語があって
厳しい掟まで作って何百年も守って来たのに
近代化が進み徴兵制度・戸籍制度が始まって
昭和に入って差別が厳しくなってから
あっという間に「溶け込み」が始まって
解体されてしまったようです



サンカの人々の暮らし 8
その後、彼らがどうなったのか、いつどこへ消えていったのか。それは知りませんが、その時の話の中に、今はその日その日の生活に、大分困っている話。いまに日本が戦争にでも突入すれば、その時はまっさきに志願して、軍人にしてもらい、天晴れ日本人になってしまいたいが、どこにいっても一般人、一般の子供迄が、冷たい仕打ちをして、自分たちを悲しませている。先生なら、その先生になる人々に私らだって人間だということをよく解るように話して聞かせ置いてほしいと言っていました。そして今、何とかして「溶け込み」をしたいと思い、この地に「居つきたい」と、それぞれ苦心している。と言っていました。



生活苦もあるけど
一番大きいのは
差別されるようになったからじゃないかと想う


ナチスがユダヤ人よりもまず先に
ジプシーを収容所送りにしたように

軍国主義はまず流浪の民が狙われるんですよね


国という概念が薄いから





ジプシー民族になったサンカに魅かれるって
この国のアウトローの最たるものだし
ヤクザと違って善良な人々みたいだけど
掟破りは処刑ってヤクザに近いし
実際ヤクザ化した者もいるだろうし

・・・ヤバいな私と想うんだけど


この集団が文明化の波を受けずに
掟を守って山中で生きて来てくれたおかげで
古代の生きた情報がそのまま伝達されて
ずっと伝承されている
私はそこに魅かれているような気がする




サンカの人々の暮らし 3
出雲国の「火の川」という川の上流でとれるとかいう砂鉄を打って作ったものだと私共に威張ってみせて直径二寸位の枝を「タン」と音をたてる程に振り下ろすと一遍に截れてしまう。確かによう切れる奴に違いなかった。「やっ」といって投げると必ずその太い先の方が先になって「さされる」ということだ。「ににぎのみことさま、からのならわし」とも言って威張ってみた小父さんは本当に太い松の幹に投げて見せたりしたことがある。



ににぎのみこと  からのくに


こんなわらべ歌のフレーズが降りてきたんだけど

聞いたことない?















2015年4月24日金曜日

番外編:出雲と物部 6



参考情報を頂きました



> 以前、クシナダヒメについて
> 「出雲を支配する女酋的存在ではなかったかとする」推察の記事を見かけました。
> チャネリングなので、受け取り方は千差万別化と思いますが。
>
> http://plaza.rakuten.co.jp/michaeltan2/diary/201309100000/


八俣大蛇の尻尾のなかから出てきた「草那芸之大刀(くさなぎのたち)」とは、
いったいなにを物語っているのでしょうか…。
ウィキで調べると、ひじょうに興味深い情報がみつかりました。引用します。


クサは臭、ナギは蛇の意(ウナギ#名称などを参照)で、原義は「蛇の剣」であるという説。
神話の記述でも、この剣は蛇の姿をしたヤマタノオロチの尾から出て来ており、
本来の伝承では蛇の剣であったとも考えられる。
高崎正秀は『神剣考』「草薙剣考」において、クサ=串=奇、で霊威ある意とし、
ナギ=ナダ=蛇であるとして、この剣の名義を霊妙なる蛇の剣であると説いている。
また、その名はヤマタノヲロチに生贄にされかけた
奇稲田姫に通じるものであり、本来奇稲田姫はヤマタノヲロチに対する祭祀者でありながら
同時に出雲を支配する女酋的存在ではなかったかとする。

なお、蛇の形状をした剣として蛇行剣がある。



はい、そうです…「草那芸之大刀(くさなぎのたち)」は蛇の剣であり、
同時に奇稲田姫(クシナダヒメ)の持つ剣であった、というのです。

姫の剣…しかも大蛇…否、龍神を鎮め、使役するための剣…。

つまり、エレメント、自然霊を自在に動かす<邪馬台国の女王の血統を受け継いだ
巫女のリーダーが持つ魔法剣だったのです。

まるで…アーサー王のエクスカリバーのような魔剣。
それは古代日本では女王が持つことを許された魔法の剣。

その自然霊を自在に操る剣…つまり錬金術的剣を男性神の象徴である素戔嗚が奪ったのです。

つまり素戔嗚が奇稲田姫(クシナダヒメ)の持つ剣であった
八百万の神々を自在に動かした魔法の剣を奪い取ることで
日本の自然霊の世界は、男性のエネルギーが支配する時代へ移行したのだと推理できるのです。




このブロガーさんの出雲に関するリーディングは
『姫神の来歴』に書かれていることと
ほとんど同じなので(クシナダヒメ=卑弥呼説)
どうもこの本を読んだ臭いんですが
(発刊後話題になってた頃だし)
出雲の悲劇の原点が奪われた女性性という見方は
一つの意見としては参考になるかもしれない



ただまあ・・・
スピ系の方ってホント商売上手ですね(笑



スサノオが何重もの八重垣の中に囲う歌は
夫婦の愛の深さのように言われているし
出雲でもストーカーかいっていうくらい
ベタベタなエピソードが多くて
出雲は縁結びの神様として有名ですが

裏を返せば
何重もの囲いで覆わないといけないほど
櫛名田姫には強い影響力があったのかもしれないし
囲われて喜ぶなんて女性側にはないわ~


カリオストロのクラリスみたいなもんだと想うのです
幽閉して離さない
無理矢理姫を娶って立場を正当化する

国を乗っ取るときに使う手段







> また、出雲阿国はもともと出雲大社の巫女だったと言われています。
>
> 25年も前のころ、歌舞伎の始祖阿国が脚光を浴びて、
> 毎年、名だたる歌舞伎役者たちがやって来て
> 出雲大社の前の大通りを人力車で練り歩いていました(お練り)。

> 第一回は、平成元年でした。
> http://www.dandan.gr.jp/~hidekazu/okuni/kako.html

> 歌舞伎も男にとってかわられ、女人禁、世継ぎ芸能になりましたね。



最近歌舞伎の世界で不幸が多いのは出雲の祟り?

「歌舞伎の大物が亡くなって一週間後にナントカ」
っていう震災予言は
出雲の祟りが起こるという暗号だったんですね

盆踊や阿波踊り  岩戸開きのアメノウズメとか
形式的な踊りは基本怨霊召喚&鎮魂なので
歌舞伎自体が出雲の封印の舞なんでしょうね


元号変わるときってこっちはボーっとしてますけど
結界側にとっては結界事始めみたいな
元旦のように気合入れて
いろいろ張り直す時期なんでしょうね



出雲はクシナダヒメのような
巫女のような女性を中心とする
シャーマニズムな国だったのかもしれないですね


幽魂安鎮とか
効果があるから伝わっているんだろうし




歌舞伎が出雲の阿国から生まれたように
物部の伝承や宮中の祭祀が
出雲から来ているように
出雲が霊源であるのは知る人ぞ知る
芸能関係に人気があるのはわかる気がする


私はてっきり阿波にあると想ってたんですよね
でも阿波って調べると息が詰まるばかりで
インスピレーションみたいな霊感の源泉みたいなものは
全然感じられなかったんですよね

あそこは人を犠牲にしてそれで力を得ている
人の苦しみとか血とか  遊女とか
空海のお寺の技


物部を調べていてもあんまり・・・で
でも出雲に辿り着いてからはどんどん湧き出てくる


まるで湧き出る泉を見つけた感じ


物部はそれを独占していたんですよね
フタをして自分の泉にしていた
だから祭祀を司る一族になった



まあだから出雲の猫を半日かけて貰いに行ったのも
よくわかりますよね(笑


気づく人はすぐ気づいたんでしょう


どこに霊源があるか



でも阿波のような体制側の血筋は
直接入れないんですよ
取りに行けない
祟られますからね


だからくくれる人が必要だった






私のブログとのシンクロが
読者さんの家族に現れる人がいたりして
実は家族の方が・・・って
よくある話なんですよ


集めているのは誰かっていうね







クサナギはクシナダの変形
草薙の剣は奇稲田の剣
クシナダヒメのものという
巫女の剣



46 :テルヨフ:2015/04/15(水) 20:37:57
CLAMPのXってマンガ,アニメで
巫女が剣を体から取り出して戦っていたのを想い出した。
幻の桜で男女逆転してるとかの話から
剣は男性の象徴だと錯覚していたが、実は女性・巫女のことかも。

物部布都姫→布都御霊(建御雷の剣)
建御名方の剣の名は知らないけど、剣が物部守屋の巫女。
実は殺されたのではなく、隠され幽閉され飼い殺しされてたのかも。

とまあ、わたしの単なる妄想です。




出雲の物語が物部の物語になってますよね
神話の混同が起きている


物部が出雲の伝承や秘法秘宝 
霊源をすべて奪っているので
出雲の神話が物部のストーリーに成り代わるのです




ちなみに物部氏の聖書でもある『先代旧事本紀
これ江戸時代に偽書とされたんですが
物部氏についての記述がやたら多いので
資料価値があるとかで評価されている


でもこの本のせいで
結構攪乱情報が流れていると想うんですよね私
だから江戸時代の国学者たちが偽書と断定したのも
わかる気がするんですよ


ちょっと調べていたらリンク先
サンカは元は産鉄民族で天火明命を祖神としている
天火明命は言わずと知れたニギハヤヒのこと


というのが出て来て仰天したんですが

これだとサンカの祖が
ニギハヤヒになってしまうのですよ


サンカというのは山に押しやられた民族で
縄文の末裔が多いと私は想っているのですが
『銀の海 金の大地』では出雲族の末裔としていて
蝦夷とか出雲族のように
ヤマトによって表を歩けなくなった一族
ヤマトの立国者である
ニギハヤヒの末裔にするのはいかがなものかと


物部が後に大和朝廷で政争に負けて
部落に落ちたとしても
サンカの祖や産鉄の神様を
ニギハヤヒにしてほしくないですねー


でも『先代旧事本紀』がそう言っちゃってて
しかも『先代旧事本紀』だけがそう言ってるんですよ


『播磨国風土記』では
天火明命はオホナムチ(大国主)の子
と言ってるのに


天火明命
また『先代旧事本紀』では、穂積臣、物部連の祖である饒速日命(ニギハヤヒノミコト)と同一神としている。 

一方、『播磨国風土記』ではオホナムチの子とする。
















番外編:出雲と物部 5



播磨陰陽師講座 / ~幽魂安鎮秘事 ~
「今日は 幽魂安鎮秘事の祝詞のお話をさせていただきますが、その前に我々、播磨陰陽師について少しご説明させてください 」

 「陰陽師とは、物部一族の儀式等を受け継ぐ者達のことをいいますが、そもそも物部の一族とは古代縄文人のことを指しております。ですから私たちは、縄文時代から伝わる祭祀、霊術、武術といった系統を伝え残している一族であるのです

 「陰陽道は、大別すると神道系と仏教系にわかれます。私ども播磨陰陽師は神道系に属しますが、その中でも特に “武家に属する陰陽師” に分類され、その特徴として、神道系祭祀、古武術、神仙道系霊術を三種の神器になぞらえて伝えている点が挙げられます」

 「我々播磨陰陽師は、古くは菅原道真公配下の陰陽師集団で あったことから “菅原衆(すがわらしゅう)” と呼ばれていました。やがて “菅原衆(かんばらしゅう)” と呼ばれるようになり、その後 “神祓衆 (かんばらしゅう)” と字を変え、織田信長公が 「カバラ衆」 と呼びました。そのカバラ衆の頭領が、岐阜の浅野の土地をもらったことから浅野を名乗る ようになり、赤穂浪士で有名な浅野家の先祖となったことから、播磨陰陽師となったのです。
 我々播磨陰陽師には、先祖より伝わる古い形式の武術や赤穂浪士が使った武術や霊術などが今日に至るまで伝えられておりますが、 今回お話させていただく 幽魂安鎮秘事は、これら古くから伝わる霊術のひとつであります 」

  「次に、 幽魂安鎮秘事の読み方と意味の解説を致します。 始めの “天の息、地の息” は “あめのいき つちのおき” と読む枕詞(まくらことば)であり、 “息” の字は、古くは “をき” と発音していました。意味は 『天津神の息と国津神の息』 という意味です 。続く “天の比礼、地の比礼” は “あまのひれ、つちのひれ” と読み、『 天津神の息と国津神の息が、天と地に動きを齎(せい)して、この世界を構築して行く様子 』  を現しています 」




大秘伝【神界司籍総府大司命官玄台御出傳 幽魂安鎮神法真伝】
【正神界司籍総府大司命官玄台 御出傳 幽魂安鎮神法】、なんという幽玄な法の名称だろう。本当の「幽魂安鎮神法」は全四章、三段からなっている法式である。どういう法なのかというと、統べての「帰幽した魂」「幽魂」を冥福向上させる神法なのである。

幽魂安鎮の為の真の神法は、古代出雲大社の御出傳であり、すでに出雲大社でも失伝しているものなのである。古代の秘詞なのである。





出雲大社分詞の巫女さんという
竹内まりやに似た方が
シャーマニズムを謳ってシャーマンとして
活動しているらしいのですが


もしかしたら出雲ってシャーマニズムがあったのかな?
と想って調べてみたら


物部の伝承とされる
「幽魂安鎮の祝詞」というのが
物部一族の陰陽師に伝わっているのですが

妙な予感がして検索してみると
もともとは古代出雲にあって
出雲大社から失われたとあるではありませんか


出雲大社にあったものが失われて
物部が持っている不思議


物部の儀式とされる宮中の鎮魂祭も
島根の物部神社の鎮魂法に最も近いというのも
結局全部物部の伝承って
祝詞から儀式まで
出雲からかっぱらってきたものなんじゃないの?


十種神宝とかもさ・・・

石上神宮の布都御魂剣とかさ・・・



物部の播磨陰陽師は
菅原道真公の陰陽師集団
菅原衆→カンバラ→カバラ
なるほどね。。。



そういえば私はアイヌの末裔の某俳優に
連れ回される夢を見たのですが
記事を上げた日に読者さんが某俳優を
太宰府天満宮で目撃していて

どうも太宰府天満宮に連れて行かれたっぽいのですが

物部の陰陽師集団にケンカ売りに行くのに
付き合わされたんでしょうか   (-_-;)



黒い犬 2
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2015/03/1089.html


ちなみにこの夢に出てくる
梅子BBAがいた職場で
菅原姓の人がいたんですよね
梅子BBAがアタックしていた


もしかしたら宇梶さんと菅原の人が被っているかも
少し似てるし


となるとなんだ
私は菅原衆に拉致されたの?
それで太宰府に連れてかれたの?


妄想ですけど  
アイヌは物部氏と
裏で繋がっているんじゃないでしょうか


物部とアイヌは親和性があるというか
意外と縁が深いんじゃないですか


アイヌが滅ぼされずに
少数民族として生き残れたのも
どこかで政治的な動きをしていたり  
裏取引もあったんじゃないかって


それは生き残るための知恵
彼らにとって仕方のないことで
庇うわけじゃないですが
アイヌの人たちにとっても屈辱的なこと

だから物部と裏で動いていたりするけれど
本心からじゃないから
助けるようにみせかけて裏切ったりもするとかね


日本に少数民族はたくさんいただろうに
なぜアイヌだけ純粋培養されて
保存されているのかという謎


サンカとかわけわからなくなってるのに




夢の中では   仲良しの設定になっていて
ぴったりと肩を寄せ合っていたけど
本当は脅えて   小さくなっているだけだった
私は宇梶の目線で   拉致されたことに気がついた
どうやら私を人質にしておけば
生き延びられる

それで私を   連れ回しているらしかった

連れ回されるのは   またまたカミソンっぽいけど

いじめられっ子の女の子が   どこかにいるような気がする




夢の感じだと
私の立場はカミソン=大国主っぽかったので

私の想像だと
アイヌはもしかしたら出雲族の末裔を
物部に差し出していたりしたか。。。

それとも逆に一族に組み入れたか・・・?


まあ想像ですよ
ファンタジーですよ



物部は出雲に霊源があるのをよく知ってますから
出雲はシャーマンの国
女の国だったかもしれないので


出雲の女を欲しがったとか


スサノオが八重垣で囲ったぐらいですからね



古代出雲とアイヌは
ズーズー弁エリアで繋がっているんですよね


でもまあ言葉が違い過ぎるから
ないか・・・   (^^ゞ







ただ居るだけで疲れる(憑かれる?)って有名な
女の子たちがみんな止めていく
異様な職場だったんですが
何度想い返してみても吸血鬼だらけでしたね


しかもトップは金があるだけで
それほどでもないんですよ
藤原の成れの果てみたいな

東北の倭人

だけど社員の方に濃い~のがいて
それを見抜く眼力が
気の薄いトップにあったんでしょうね


その眼力は多分東北で濃い~血を束ねていたから
培われたのかもね







ちなみに三種の神器の内

草薙の剣→ヤマタノオロチを倒した出雲のもの
八尺瓊勾玉→勾玉は出雲で盛んに作られていた


八咫鏡だけ出雲由来じゃない
大和王朝のものだとか


だから逆に言うと
八咫鏡は対出雲のような
封じ込めている神々  
怨霊に対して使用されるのかなっていう
私の直感が当たっているような気がするのね


草薙の剣は熱田神宮にあって
皇居にないんだけれども
そりゃあそうだよなって想う


だって出雲のものですからねぇ
最初は持っていたとしても
封印している出雲の剣を持ってるって
恐ろしくて側には置いてけないですよねえ


しかも名古屋の熱田神宮に
出雲の剣があるというのも
尾張は出雲族の終りかもしれないという
私の推測と関係がありそうな




三種の神器って
天皇が歴代継承してきたとあるから
天皇家の王権の象徴なのだろうけど
それを天皇家が持っていられない
見ることもできないって
どういうことかしら?


まあ三種の神器のうち
勾玉も剣も出雲のものなら
その理由もなんとなくわかりますが・・・


だから三種の神器が出雲由来という時点で
大和朝廷や天皇家の霊験がどこから来ているかという
それだけでわかりそうな話だったのね
物部以前にね


私が知らなかっただけかもだけど
誰も大きな声で言わないから?
知らなかったけど


物部の霊力をバックにした天皇の支配力も
全部出雲から来ているわけ

封印している勢力から来てる

だから敵が敵を奉ったり
敵が敵の儀式を斎行したり
敵が敵の伝承や神宝を継承したりしている

敵が敵の名を名乗ったりとかね



そしてその出雲王朝はどうやら
スサノオが来るまで女性を中心とした
シャーマニズムな古代社会だったのかもしれません


三種の神器の草薙の剣は
出雲の櫛名田姫の霊剣だったというし






古代出雲
出雲の語源は、「八雲立つ出雲」から連想される雲の源泉という意味、あるいは諸神の母神イザナミの神陵地があることから、「母から生み出された」地の「出母」あるいは稜威藻という竜神信仰の藻草の神威凛然たることを示した語を、その源流とするという説がある。ただし歴史的仮名遣いでは「いづも」であり、出鉄(いづもの)からきたという説もある。


雲の源泉・・・

雲=想念=霊感の源泉。。。


母から生み出された地


伊豆は出雲から来ているのかな?




それにしても私は出雲が「出雲」であることに
違和感があって
本来の名前じゃない気がするのよね。。。


いづもって濁音が入るでしょ?

これが違う感じがするの・・・


それに語感や字面があの地の雰囲気に合わない


よそから名づけられた気がしてしまうのね。。。



だから敵の名かも?と想ったりしたんだけど
物部も濁音があるしね・・・


阿波(あわ)とか伊勢(いせ)とか
シンプルできれいじゃない?
大和(やまと)にしても

対する出雲(いづも)はあんまり美しくない



幽魂安鎮のような祝詞を作る民族が
自らを「いずも」と本当に呼んでいたのかな・・・




どういうわけか私はつい最近まで
出雲族は岡山あたりの瀬戸内海沿岸の
産鉄民だと勘違いしていたのよ


多分雲のイメージに天孫族があって
瀬戸内海を渡ってやって来た渡来人のイメージと
重なったんだと想う



出雲族の末裔とおぼしきサンカは
神代文字を使っていたから

もしかしたら違う呼び名で
違う字があるのかも・・・?



その後、ヤマト・吉備連合政権の物部氏の侵攻に よってヤマト政権に従属したとの説や、それでは記紀に記された膨大な出雲の活躍が説明できないとして、ヤマト政権樹立のため協力し大和へ一部が移住した (これが物部氏、蘇我氏に相当する)との説もある。また、魏志倭人伝にある邪馬台国七万戸に次ぐ大国である投馬国五万戸を出雲に比定する説がある(前田晴 人など)。

百済と関係が深かった大和に対し、古代出雲は新羅と関係が深かったと言われる。 
 


新羅



邪馬台国より先んじて神政国家連合体を形成した痕跡があり、北陸、関東、九州宗像などに四隅突出墳墓や出雲神話への影響が認められる。また、早期から製鉄技術も発達しており、朝鮮半島の加耶(任那)とも関係が深いという指摘もある。記紀の3分の1の記述は出雲のものであり、全国にある8割の神社は出雲系の神が祭られており、早期の日本神道の形成に重要な働きを及ぼし日本文明の骨格を作り上げた一大古代勢力であったことが伺える。



8割って
全国にある神社のほとんどに
出雲系が合祀されているってこと


・・・つまり


出雲には神社というものはなかったのかもしれない
全国各地の神社に
出雲の神様が奉られてるということは
その時代に神社という形式があったとは想えない

神社の代わりになる祭祀場みたいなのは
当然あったと想うけど

出雲の神様を奉るために
神社という形式や
神道というものが生まれたのでは・・・?


鳥居は中東ユダヤ方面から来ているしね




西日本における祭祀形態の違い
祭祀形態


出雲の銅鐸ネットワークというのがあって
それだとこの全エリアから発見されている



前方後円墳は、出自の異なる古代部族の和合・合体の証し?
古墳マップ


赤いエリアが物部の支配地域
侵攻ルートかな?





古代出雲『伽耶と日本古代史』の謎(その5)
産鉄地帯




物部が出雲の内部に入り込んでから
国譲りが始まった気がします


深く深く入ってから
国を奪われることになった


深く深く入っていたから
出雲の伝承や秘儀についても知っていた
その力も
















2015年4月23日木曜日

お姉さんの歌 3



ちなみに櫛名田姫



櫛名田姫



愛子様にそっくりでのけぞった



大和撫子七変化
余談ながら、大和撫子はクシナダヒメ(クシイナダヒメ)のことでもある。『古事記』では櫛名田比売、『日本書紀』では奇稲田姫と記す。クシナダはアシナヅチ(足摩椎)とテナヅチ(手摩椎)の娘。父が足を撫でさすって慈しみ、母が手を撫でさすって育んだ子だったことからのナデシコ(撫子)だった。

クシナダはスサノオとの間にオオクニヌシを生んだ。さいたま市緑区宮本に武蔵一宮氷川女體神社があり、八重垣の宮のあった島根県松江市に八重垣神社、佐賀県神埼市に櫛田宮がある。そのほか全国の氷川神社八坂神社に祀られている。




ああ  なんと


櫛名田姫は氷川女体神社
主祭神だった・・・


そして氷川神社の御祭神でもある


しかも氷川神社の主祭神って

須佐之男命
奇稲田姫命(櫛名田姫)
大己貴命(大国主)


全部出雲の神様
氷川神社は出雲オールスターズだった



どうりで斐伊川~揖斐川~氷川ラインが
繋がっている直感がしたわけね


ってか祭神をチェックするっていう基本的な所が
抜けている私・・・


だって面倒くさいんだもん。。。
同じ神様でも名前や字も違うしさ


調べてみるといくつか説があるけれど
出雲を征服した後に出雲大社を作った
出雲国造が物部氏と一緒に武蔵にやって来て
(武蔵国造)
ここに氷川神社を奉ったのではないかという説が
一番信憑性があるような
先住にはアラハバギ神がいた


出雲国造(後の千家かな)が物部氏と一緒に
武蔵にやって来たのは
武蔵の開拓に出雲族を奴隷として使えたのかも・・・
と想ったり

出雲を支配して石見にするために
大量の出雲族を関東に移住させたとかね
ついでに国造り


ちょっとここら辺はよくわからない
物部の一族が書いたとされる『先代旧事本紀』には
武蔵国造一族は出雲国造一族と同族で
武蔵は出雲族が開拓したということになってるけど
信用できないしねー

しかもこの本の序文に
推古天皇の命によって聖徳太子と蘇我馬子が著した
とあるから
推古天皇って物部の息がかかっていると想われ
というか物部から出ているんじゃないの


でも何を今頃って感じだけど
まさか埼玉のど真ん中で
出雲の神様を奉っていたとはねぇ~

荒川や利根川
埼玉の水場を抑える神社として
氷川神社は機能しているのだけど
祭神が全部出雲だったとは。。。   (-_-;)


しかも氷川女体神社
私ここ去年の3月に行ってるし


見沼解き 2
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2014/03/744.html




櫛名田姫に会ってたのね。。。  (゜o゜)


出雲の神様を乗せにいってのか?
氷川神社って初詣でで全国ベスト10に入るくらい
何気に参拝客数がすごい神社なのですが


埼玉県人はずっと
出雲の神様を拝んでいたのねー
拝まされていたのねー





佐賀県の櫛田宮では
スサノオとヤマトタケルと一緒に祭られているのよね

祭られているというよりも見張られているのかも
なんかかわいそう。。。


この櫛田宮は神崎市にあるのだけど
目の前に吉野ヶ里遺跡があって
ここからも古代出雲の銅鐸が見つかっている


佐賀に櫛名田姫の宮があるのは
ここも古代出雲のネットワークがあって
支配下にあったのかな



佐賀県神埼市
2006年3月20日に、神埼郡神埼町・千代田町・脊振村とが合併して、佐賀県で10番目の市として誕生した。この結果、佐賀県から村が消滅した。なお、「神崎市」と間違われることがあるが、「神崎」ではなく「神」である。


なかなかオカルトですよここ
合併したのが3月20日ですしね


吸収されたのも千代田とか脊振とか


脊振(セブリ)というのは
山の民サンカ用語なんです
「瀬振り」というサンカの住処のことですが
セブリ自体がサンカを指します




脊振山というのが脊振町にありますしね
市町村で分けられてますけど
吉野ヶ里はその隣だし


セブリという地名は私は他に知らないので
サンカといえば脊振山なんですよね


ってか神埼市の「埼」が「埼玉」の「埼」なんですけどっ!


これは・・・
こんな面倒なことをされる神埼市民かわいそう
って話じゃなくて


「埼」には出雲に関わる何か
もしかしたら出雲族を表すような
縄文の何か  
印というか記号なのかもしれないですよ?


だから埼玉の「埼」が「崎」ではないのかもしれない


それに「神埼」と「埼玉」って
ほとんど同じ意味のような気もします

玉は魂のことだし
御魂を神様とするなら


埼玉も神埼も
縄文や出雲の神々が眠る場所ということかも




佐賀県の神埼市の名前の由来について教えてください。
<神崎と神埼の違いについて>
櫛田神社・仁比山(にいやま)神社の古文書には「神崎」と書かれているようですが、江戸時代に書かれた例えば[葉隠]の中には
「佐嘉・神埼の文字相違い候事、・・・・・」と[崎]と[埼]の違いに触れ、その中に「・・・今後は埼を字を用申候よし・・」とありますので、江戸時代になってからは、神崎では神埼が使われるようになったようですね。
ただ、その理由ははっきりしないようですけど。



江戸時代の古文書に
「崎」と「埼」を間違えるなよ!って
釘刺されてますね

埼玉の「埼」の字であることが重要なんでしょうか



姉妹都市ではないですが
島根県雲南市と友好関係にあるみたいですね




脊振山の南にはヅーベット山という
アイヌ語っぽい山があって


ヅーベット山 ……一度は登ってみたい山……
登山口に下り、車で白木集落に行ってみた。
新羅が白木になったのではないかという説もある白木集落。
近くには、ヅーベットの他に、カンサコ、ウウフケ、フウシケン、イヨン平など、朝鮮語とみられる地名が残っているそうだ。
そういうことから朝鮮からの帰化人とゆかりのある地ではないとの説があるが、定かではない。
この他にも、昭和11年にフランスの飛行家アンドレー・ジャピー氏が乱気流に巻き込まれて背振山に墜落したことに関係しているのではないかというフランス語説もある。
フランス語で、ヅーベットは「乱気流」という意味があるらしいのだ。
アイヌ語でもヅーベットは「きれいな川」という意味があるそうで、どれが山名の由来になっているのか未だに解明されていない。



アイヌ語源という説はかなり怪しいんだけども
カタカナ地名が残っているのは
伊豆大島と同じく評価したい

九州にアイヌってちょっと遠いし


脊振山は九州で有名な山岳信仰地帯で
自衛隊の駐屯地もあり
フランス人の飛行機が脊振山山頂で
乱気流に巻き込まれたり

気流を乱すほど大きな渦の想念があるのね



しかもこれからここに国際リニアコライダー
つまりCERNと同じ施設を建設しようって
岩手の北上山地と誘致合戦が始まっているのです


岐阜のカミオカンデといい
縄文の形跡がある土地に
量子系の実験施設を
まるで原発みたいに建てるのよねー



島根県といい佐賀県といい
その存在感の薄さや知名度の低さとか
立ち位置がよく似ているんですが
パッとしないというか
地味~~~な感じが(関東では埼玉っぽい)


古代出雲と繋がりが深い土地って
メインストリームからどこか外されている
追いやられているような印象がありますね


東北が中央から冷たくされているのと同じ
スルーされているというか
エネルギーが分配されていない


実際社殿も天津神系の神社の方が
豪華だって聞きますしね
国津神系は質素というか地味だって


古代出雲ネットワークのある国って
歴史的に中央や権力機構から
無意識に外されている


阿波・大和連合とずっと敵対しているんでしょうね
何百年何千年も


出雲の神は祟りますからって
歴史家が言ってたから
ずっと封印しておかないといけないんでしょうね




出雲神話の世界・日本国家の起源
出雲ネットワーク

大国主命は各地の女性と結婚し、国を拡大している。翡翠の産地である糸魚川地域の沼河比売を娶っているが、糸魚川産の翡翠が、出雲や北部九州から出土している。出雲は翡翠流通の中継点となっている。
大国主命の幸魂、奇魂は大和の三輪山(大神神社)に祀られている。大国主命は大和とも関係していた。

出雲から奈良県方面まで大国主命の支配地域になっていたようである。(高天原が)出雲に天菩比命を遣わしたように、近畿には饒芸速日命(物部氏の祖先)を遣わした。

饒芸速日命は東大阪の哮峰(いかるがのみね)天下ったとされ、饒速日命の墓は生駒市の鳥見にある。

近くの東大阪市や八尾市付近は物部氏の本貫地で、物部守屋の墓がある。この地域は、庄内式土器が集中して出土する場所で、また、最末期の銅鐸である近畿式銅鐸も出土する。

庄内式土器や、近畿式銅鐸は、物部氏と関係するもののようである。




庄内といえば山形ですよね
ここでいう高天原って阿波だと想うんですが
阿波の人が高天原は阿波だって言ってますしね




ちなみに
古代出雲ネットワークの富山県
射水市に櫛名田姫櫛田神社があります


古代出雲のことを調べていたら

出雲地域をはじめ北陸地方、東北地方に分布する「ズーズー弁」(裏日本方言)と古代出雲の関連性はしばしば指摘される。「ズーズー弁」が飛び地状に分布する理由として、古代出雲の住民が東北地方に移住したとする説や、かつて日本海側で広く話されていた基層言語の特徴だとする説もある。


射水市はズーズー弁の飛び地にあるんですね


ズーズー

ズーズー弁が分布するのは、青森県から福島県北部・新潟県阿賀野川までの東北地方(三陸沿岸地域を除く)および北海道沿岸部と、富山県中東部、山陰地方中部(鳥取県西伯耆と島根県出雲)である。




松本清張の『砂の器』は
このズーズー弁の飛び地のトリックがネタになっている
サスペンスなのですが
この小説もネックが出雲だし
天才的な才能を持つ孤児の話なんですよね


「東北訛りのカメダ」

亀嵩という出雲の駅が舞台でもあるのですが
亀といえば出雲  鶴といえば伊勢らしく

この小説も『八つ墓村』みたいに
古代出雲の因縁と関係ありそうな気がしてしまいます
















お姉さんの歌 2



スサノオは  スサの尾 
尾は子孫や末裔の意味

もしくはスサの男  スサの王 
という意味じゃないかなーと想って調べてみたら
スーサという古代都市が中東にありました



スーサ(Susa)
現在のイランの西南部に位置し、エラム王国時代、アケメネス朝ペルシャ時代には、王都として栄えた都市。・・・スーサは、アクロポリス、アバダーナ、王の都市、技師の都市の四つの遺構からなる。1901年には、ルーブル美術館に保管されているハンムラビ法典碑も発見された。・・・スーサの歴史は古く、アクロポリスからは紀元前4000年にまで遡る神殿跡が発掘されている。紀元前30世紀から紀元前7世紀に跨がるエラム王国の首都であった。



ペルシャ湾沿岸の古代王国の都市
チグリス・ユーフラテス川の河口
ウルも近い




半島から渡って来た騎馬民族は
もとは中東の古代王国からやって来たのでは



この時代・・・といっても大雑把ですが
中東からたくさんの渡来人がやって来た時代があって
中華系はその後のような気がします


スサノオは新羅の王子とも言われていますが
その新羅自体が  「新しい羅馬(ローマ)」
という意味で

古代ローマ帝国は最盛期
イランまでの領域を支配していました





CERNの資料(バビロンで行われた米軍の儀式、天からユーフラテス川に降ってきた卵)
卵は、バビロンの人々の 聖なるシンボルだったのです。彼らは天からユーフラテス川に 落ちてきたと思われた びっくりするような巨大な 大きさの卵についての寓話を 信じていました。古代の物語によると、この素晴らしい卵から アスタルテ(イースター)という女神が 生まれたのです。卵は孵りました。そこで卵が女神イースターのシンボルとなったのです。神秘的な卵の考えが世界各地に バビロンから拡がっていったのです。

新羅の卵伝説(新羅の始祖は卵から生まれた)もバビロンが発祥なんだ。。。





関係ないですが
川崎のカミソン君の殺害事件

大国主カミソン君に対して
ハーフの殺害犯はスサノオだと想いました

あの事件
フィリピンハーフの主犯よりも
ナイフを差し出したり  もう終り?って急かした
半島ハーフの方が殺意があったと想うんですよね

まあだから彼らが・・・






大国主は系図ではスサノオの6代後になってますが
『姫神の来歴』ではこれも捏造だろうと

神話によっては大国主は
スサノオと櫛名田姫の子になってたりしますしね




真偽のほどはわかりませんが
当時半島からの襲来を出雲は何度も受けていて
その何度目かがスサノオだったり
唐からやって来た流れ
建雷神だったりするのかなーと



スサノオが櫛名田姫を娶るのは
カリオストロとかラピュタとかで
姫様が征服を狙う男の
嫁にされそうになるのと同じ


王位につくために  姫が必要なんですね



となるとね
ラピュタのパズーみたいな男性が
櫛名田姫の側にいたんじゃないかと

『姫神の来歴』では大胆?にも
それが大国主だとしているのね


ヤマタノオロチは大国主で
スサノオに寝込みを襲われて殺害した


その結果スサノオは櫛名田姫を娶ることに成功
出雲を乗っ取ることにも大成功・・・



大国主は「出雲王朝の王」という意味で
立場を表しているだけなのかもしれませんが






地獄へのスターゲート:あばかれたCERN/SATURN(土星)
米国がイラク進攻したときに
バグダッドに入って真っ先に国立博物館へ向かいました。

真っ先に国立博物館へ向かうなんて普通ならあり得ませんよね。
金の強奪もあるでしょうが、イラクは人類の発祥地だからお宝があるからです。

宇宙人が使ったとされる古代の工芸品を盗んだとも言われています。
その工芸品は戦争兵器だと言われています。

博物館といえばイスラーム国を思い出します。
なんか同じようなことをやっている。

この時点でイスラーム国の使命は此処にあるのかと直感。
イスラーム国を空爆する名目で
人類・文明の発祥につながる地を破壊している。


偽のエジプト革命から始まった破壊づくし。
すべて歴史的に価値のある場所ばかり。
世界を混乱させるためだけではなく
人類・文明の発祥につながる地を破壊している。

いま中東で起きていることすべては「宇宙を破壊し、新しい存在に宇宙を支配させる」ためで、これらはCERNと密接につながっている。







一ノ瀬文香&杉森茜が同性婚挙式 不受理公算大も...次は婚姻届提出



・・・


興味なかったからスルーしてたんだけど
もしかして

櫛名田姫と   天照大神が一つになれば

って


これのこと・・・?



・・・(-_-;)



この人たちが櫛灘姫で天照とは言わないけどさ


ただふと想ったのよね


花嫁が二人並んだ姿って


富気がすごいなって



そしてこの富気は   


いろんなものを   崩していくんじゃないかって



そしてこのお二方は   どちらかというと


お姉さんな感じというか


となると   姫神みたいな感じになるのかな?


でもちょっと違う気もするけど・・・



お姉さん感って   弱い存在や   


はかないものに対する   慈しみだったり


その裏返しである   芯の強さだったり


滲み出る女性ホルモンみたいな


そういう意味で   女同士で


茨の道を歩もうとするこのお二人に


姫神のようなお姉さん感を   見てしまうのか


むしろ   勇敢な闘士のようでもあるけど


それもかつての   名草戸畔だったりする・・・



でもなんか違う気がするのは


バブルの時代の女性像が   


縄文の女神のイメージながら


その中身は全然   違う気がするのと同じ


表面的なイメージだけを   被せているような





うーむ。。。




ああそっか



これは前兆なのかもしれない









それと



出雲の猫の名前が   輝くと書いて


てる?ちゃん   になったらしいんだけど


私には   天照のテルちゃんに聞こえるから


出雲と伊勢が一つになった。。。
















2015年4月22日水曜日

お姉さんの歌 1



夢にまた   名草戸畔っぽい人が現れて


嬉しそうに



櫛名田姫と   天照大神が一つになれば


出雲と伊勢が一つになるの


古代の引き裂かれた女性たちが   一つになるの



そんなようなことを言っていた





そんな簡単に行くか?


出雲と伊勢って   式年遷宮でもう


一つになったよね?


と私は夢の中でも   夢から覚めてからも


ツッコミを入れてたんだけど


夢から覚めて   ブルーのイメージだった


名草戸畔が


ずいぶん生々しい   OLみたいだったことに気づいて


名草戸畔だったのか   自信がなくなってきた


でも相変わらず   やさしいお姉さん風な


穏やかでゆったりとした   大人の女性で


本当に嬉しそうに   ワクワクしていたのが


印象的だった




魂の年齢というのかな


名草戸畔は永遠の   お姉さんのようだった


今想うと   昔は


よきお姉さんが   たくさんいたな


あんなお姉さんになりたいと   小学生の頃


想っていたような気がする


だけど不況が長引いた後   格差が生まれて


いろんな競争が激しくなって


上も下も   誰もがガツガツしている感じ


勝ち組のセレブ女性は   胡散臭いし


それ以外は生活に追われて   余裕がないし   


やさしいお姉さんは   あまり見なくなった気がする


やさしいお姉さんになれなかったら


やさしいママにもなれないんだろうな






意外と名草戸畔のイメージって


あのバブル期頃にいた


太くて濃い眉毛   派手な化粧   


長い黒髪をなびかせて   かきあげて


原色の   色とりどりの服を着た


女性たちだったような気がする


でも中身が全然   違ったんだろうなw


恋人はサンタクロースのような


お姉さんが   いつもいたような気がするのに


猫も杓子もAKBのような   優越感をくすぐる


女の子たちが持て囃されるのは


時代がお姉さんを   求めていないのかな


壇蜜とか   ちょっと違うし






アッシー君とかメッシー君とか


女性に振り回される男性たちがいた


考えてみたら   日本の歴史上


稀に見る   おかしな時代だったけど


そのおかげなのか   あの時代は   


歴史に残る   富に溢れた時代だった


あの時代に少しだけ   古代の縄文の女神たちは


現代の日本に降り立って


日本の経済を   潤したのかもしれない


明治大正とか   日本の経済がよかった時期は


女性が社会に組み込まれずに   


大らかでいられた時代で


だからいつの時代でも


女性が富の源泉であることは   変わりない





それは男女の交わり   受精や出産と同じ構図


男性が注いで   男女が快感を得る


男性が注いで   女性が子供を産む


男性が女性に注いで   女性が富を生む





だから男性が女性に捧げた時代は   


大きな悦びや   富が生まれるの


その逆は   戦国時代   武士の時代


戦争の時代


富の浪費


飢えが広まる








櫛名田姫は   古代出雲でスサノオの妻となった


八重垣の歌の人


この姫の名前を   最初聞いたときから


櫛灘姫でしょうと   私は想っていたんだけど


櫛は長い髪の毛を意味していて   


きっとたくさんの   コードを持っていて


灘は海の沖を意味している


私はこの姫はもともと   縄文の


海洋民族の出身ではないかと


想ったりもするんだけど


櫛のように田植えがされた   美しい水田


農耕の女神としての   櫛名田姫という名も


ありかなと想っている


縄文時代の縄文人は   狩猟採集  農耕


どれもやっていたから   人口が増えて


移動が多かったのよね





八雲立つ  出雲八重垣  妻ごみに


八重垣作る  その八重垣を




スサノオが歌った   日本初の和歌は   


私にはどうも   海の民の女性を   


垣根の中の   その中心に据え置いて   


幽閉した


封印された原初の女性   そのイメージを歌にした


日本初の結界


まるでその記念のような   歌に聞こえる







ヤマタノオロチも   出雲族を襲った


その寝込みを襲った   スサノオという


半島から来た   蛮族の仕業で


櫛灘姫と   天照大神に共通しているのは


ともに半島から来た   スサノオの襲来を受けている


だから名草戸畔が私に   


引き裂かれた古代の女性たち


櫛灘姫と   天照大御神が一つになる


そう嬉しそうに話したのは


この二人の女神がともに   


スサノオによって封じ込められていて


日向の女神と   出雲の女神


この二人の女神の封印が   


この島の   悲劇の始まりなのかもしれない







古代出雲は   母を亡くした孤児のようなもので


孤児院から   能力者が生まれる予言


霊能者が   孤児から出てくる予言は


失われた母系文化の   


縄文の末裔たちを意味していて


彼らに能力が戻って行くことが


孤児や孤児院の話として描かれている?


過去の作品で   集落の大量虐殺や


そこで生き延びた孤児や


一カ所に集められた孤児たちのイメージが


繰り返し現れるのも


多分古代で   そのような


母系社会の征服があったことを   指していて


母を奪われ   集められた孤児たち


それが恐らく   名草戸畔の紀伊半島や   


出雲や   日向


古代の縄文社会に起きた


悲劇の一幕かもしれない






『姫神の来歴』では   


スサノオの集団に襲われた   日向の女王


天照大御神は


豊玉姫だった時代   わが子を玉依姫に預けて


捕えられるか   逃げ落ちたかして


姿を消した




バラバラにされた   名草戸畔や   


泣く泣く我が子を手放した   天照大神


スサノオに囲われた   櫛灘姫





縄文の女神の封印が   


縄文時代の終りを告げていて


その封印が解ければ   女の封印が解ければ


この島の息吹きが   復活するのかもしれない


だから夢の中で名草戸畔が嬉しそうに


他の二神のことを   話していたのかも



それが一体何を意味するのか   よくわからないけど


それは多分   東征で奪われたエネルギーが


戻って来ること


逆のエネルギーが   力学が   働くということ


西日本の   失われた女神たちのエネルギーが


時の長さで   倍加されて   


戻りエネルギーで   揺り戻されて


かつてない大きさで   国が消えるほどの力で


返って来るような気がする















2015年4月21日火曜日

ターミナル



夢の中で   私は大学生で


キャンパスが横須賀にあって


家族と私で   部屋をいくつか持っていた


一つは名古屋の方で   多治見のよう


もう一つは横須賀のキャンパスに通うための


海老名の辺りで


もう一つは自宅   多摩川の近く


川崎っぽかった





起きてから気がついたんだけど


どれも最近私が書いてきたエリアのことで


どれも大昔に   縄文集落があった所で


夢の中では   それぞれの地域に


家族がそれぞれ   一人暮らしをしていた時の


部屋が現れて


だけどその部屋は   ガラクタのような


古い木造アパートの   カラフルなインテリアだった


部屋の数が多すぎるから   どれか処分しようと


まるで現在も持っているかのように


家族で話していた






一番要らないのは   多治見


遠いから


通学に必要な   横須賀の近くの部屋は残しておこう


川崎の部屋はどうする?


そんなことをゴチャゴチャと


家族で話していて


夢の中の地図は   それらの部屋が全部


路線のような線で繋がれていて


なぜか伊豆半島が省略された   簡易地図で


よく見ると   その地図は


横須賀や川崎だけでなく   周辺の


だくさんの縄文遺跡が   点と線で結ばれていて   


地脈のように   何本もの線が   


ネットワークのように   張り巡らされていた


私の部屋は   その線の上にあって


互いに繋がって   結ばれていて


私の意識は   そのネットを伝って


部屋を移動しているようだった






横須賀周辺は   湘南のようにチャラくて


明るくて   煌びやかで


まるで初夏のキャンパスのように


まぶしかった



多分縄文時代は   横須賀


縄文海進のせいで   海老名の辺りまで


縄文人口が多くて   縄文人のメッカ


たくさんの人で   賑わっていたような気がする


人口が多すぎて   まるで真夏のビーチのように


うるさかった




人が集う所って   今も昔も変わらないことが多い



駅が生まれる場所は昔も   そこに人がいたことが多い






夢の中で   伊豆半島や富士山が省略されてて


中部地方と関東が隣にあって


まるで糸のように   細かいネットワークで


いくつもの遺跡が結ばれていたのは


地下では古代の意識が   脈々と


繋がっていて


互いに情報交換しているように想えた


それはインターネットのLANのようなもので


私たちは現代人だけが


互いに無線で繋がりあっていると想っているけど


地下の意識では古代人も   死者となっても


その記憶で   未だに互いに   


繋がりあっているんだなと想った




だから私が   横須賀のことを書きながら


多治見のことを書いたりしていてて


それは全然偶然でもなくて


川崎のカミソン君から   横須賀


多治見


深い意識ではちゃんと   


現在進行形で繋がっているから


意識がそこへ飛ぶんだなと想った




海老名に部屋があったのは


岐阜の人が海老を食べている


そんな夢を見たからで


多分くるんと巻いた   真っ赤な海老には   


縄文人を意味したり


渦の中心   想念の軸   


想念の王のようなシンボルが


あるような気がする



海老名には大きな集落があったかもしれない


そう想って調べてみると


勝坂遺跡という   大集落跡が   お隣の座間の


米軍基地の隣にあった


実際この遺跡は   縄文中期の時代考証の


基準モデルになっていて


この辺りは大昔も   この付近一帯を束ねるような


酋長のような一族が   いたのかもしれない


勝坂という地名は   丘の上で   


何かに勝利したのかもしれない


座間は沖縄の   座間味を想い出す


同じ種族がいたのかもしれない


誰かが渦の近くで   座していたのかもしれない


だから座間


だから   海老名


古代の記憶の中心   ターミナルのような場所







伊勢湾   縄文海進が進んだ伊勢湾も


かなり賑やかな感じがしたけど


土地勘がないので   夢に出てこなかった


この繋がりでは   横須賀が一番


大きなポータルみたいなもので   


縄文人集落の   都市化のような


集団化が進んでいて


集合意識の総量が   一番大きい感じだった




だから東征の際に   ヤマトタケルがここに来たのも


遠征上のルートというのもあるけど


この辺りに大きな   集合意識のコアがあるからで


古代人同士も意識の中で   


いくつものLANのように繋がっている以上  


それぞれのポータルを   押さえる必要があった


だからヤマトタケルは東征で   


横須賀を征服した


だってポータルを押さえなければ


征服したことにはならないから






縄文海進が進んだ伊勢湾は


ちょうど江南市や犬山市   尾張村のある


小牧市辺りが   海岸線になる


灌漑技術が発達する最近まで


この辺りの使える土地は


縄文海進の海岸線と   同じだったのかもしれない





部屋の中の風景と   横須賀のにぎわい


グレーの   地下のネットワーク地図が見えた時


夢から覚めた










動物を飼えば守られると


その土地から   霊感や情報を得られると   


想っている人もいるかもしれないけど


それはちょっと   浅はかかな



動物はたとえば   レコーダーや


盗聴器のようなもので


動物の意識は   人よりも開かれていて   


繋がりも深いから


その家の秘密も   封印も


ほとんどの人間が気づかないだけで


動物同士で   全部解いていて   発信している


動物が人よりも早く   些細な変化に気づくのは


それだけ受信する力が強くて   受信量が多ければ


それだけ発信する力も強くて   発信量も多くなる


家の中で飼いだしたら   LANケーブルを引いたのと同じ


情報も入って来るけど   同じくらい出している


飼っている動物を   本当にかわいがっているのか


ただ利用しているだけなのか


そういうのも全部   動物たちは発信していて


無意識を通じて   バレているのよね








私が多治見の   尾張の


八つ墓村の   落ち武者の秘密に気がついたのは


それが出雲の話だと気がついたのは


多治見や尾張の辺りに   出雲から連れてこられた


落ち武者のような子猫がいたからで


その子猫が   あろうことか


敵対する   阿波の家の猫の名前を付けられ   


封印されたからで


出雲の封印された子猫が   


封印の下で強く発信していたから


私は出雲と尾張の繋がりに   


気が付くことが出来たのかも


出雲の猫に   物部の家猫の名前を貰うなんて


平家の子孫に   頼朝とか義経とか


名づけるようなもの


もしその子猫が   名前という呪いで


封印されなかったら


その声が   地下で大きく響くこともなくて


私の所に情報が来ることも   なかったかもね


でもそうなると   その家は


リアル落ち武者を家に


招きいれたようなものだから


名前の封印を解くことはできない


封印していることに気づかれたから


その家の主人は   奥さんの夢の中で


奥さんを夢殿に置き去りにして   逃げてしまった


奥さんは善意で   


出雲の猫を連れてきたかもしれないけど


結果的に   古代の情報を


リークすることになってしまった


埼玉生まれの奥さんは   結局封印しながら


より大きな封印を解く助けをしていて


一方で   なぜ名古屋や石川   富山


中部地方に   白兎が   くくりがいるのか


なぜ名古屋城の鯱で   夢殿の白兎に気づいたのか


わかった気がした



西日本と東日本を繋ぎ


日本海と太平洋を繋ぎ


弥生と縄文を繋ぐ   


出雲と物部を繋ぐ   くくりは


この地方で   生まれやすい


東からやって来た血   恐らく何かの血は


この土地で   繋ぐ役目をやらさている






まさか連れられた出雲の猫によって


出雲と尾張の因縁が


リークされるとは想わなかったけれど


封印された尾張の   出雲の猫は


フタをされた意識下でずっと   古代出雲の声を


これからもまるで   放送局のように   


流し続けるのかもしれない



出雲の猫が   尾張に来た


めったにないことが起きたのは


尾張の始まりが   始まったのかもしれない







だからね   気づいたの


どんなに現実的にマイナスな行動でも


意識下でそれは   プラスの作用をしていることもある


サモア人の系譜の顔をした


フィリピンで一万二千人の買春をした横浜の校長が


現実では犯罪という形をとりながら


平成を   横浜を   大きく持ち上げ


それを大きく   叩き落す


支柱になっていたように


現実でどんな行動を取っていても


その魂は結果的に   その血と魂の声に


突き動かされているから


集合無意識の   大きな河の流れの


小さなしぶきのようなものだから


起こるべくして   起きているんだって






プラスな作用は   実はマイナスに働いていて


マイナスな作用は   実はプラスに働いている


人生でも往々にして   そういうことってよくあることで


ヤマトタケル首相を支持する人に   


氷河期世代が多いのは   


本当はこの島のために   動いているのかもしれない


ヤマトが崩壊へと走る   導火線になっているのだから




秋篠宮は導火線が短いって


佳子様はおっしゃってたね







地中は海中のように   わかりやすくないし


時間もかかるけど


地脈や水脈   鉱脈や   木々の根で


互いに深く   繋がりあっていて


封印は埋められて   石でフタをされるけど


本当の意味で   封印することなんて   


できないんだよね


地中という意識下に埋められるほど   


潜らされるほど


その下の世界で   広く繋がりあってしまう


だから封印は   たとえその単位が


数百年数千年だろうと 


かならず解けてしまう   期間限定のもので


それはかけた本人たちが   一番よく知っている


古代の遺跡が現代でも   いつまでたっても


発掘されるように


時がくれば   見つける人がいて


なぜなら地下は私たちの   巨大な集合無意識だから


誰かが記憶のパーツにアクセスすれば


誰かがどこかで見つけてくれるの


浅い地層では分断されていても


深い層に行くほど   


地下ではすべて繋がりあっているのだから


時が動き出したら   いずれすべて解けてしまう





だから封印されている人ほど   その封印の下に


潜らされているわけだから


本当は誰よりも情報が   集まっていて


封印というトラウマで   霊能力が発芽するのも


意識下で   見てはいけないものを見て


発してはいけない声を発するから


大きな力が   目を覚ます


その声を   周囲は全部お見通しで


だって潜在意識は繋がっているから   


だからトラウマのある人   封印されている魂に


運を欲しがる人が群がって行く


彼らは   マンホールのフタの上で


フタを抑えつけながら   


そこにやって来る現実をかすめ取るから


本人だけがいつまでたっても


まるで目を塞がれ   耳を塞がれたように   


自分の能力も運も


どこにあるのか   わからないでいる







その存在を   歴史からも消されてしまった   古代出雲


日本史が   記紀の神話が


7世紀に出来上がるのも


それまでの神話が   ぐちゃぐちゃの捏造なのも


すべて古代の大国   出雲について


ありのままに   記すことができないから


多分   古代出雲の時代はとても長かったから


記紀も7世紀以前の歴史を   神話にするしかなかった







孤児院育ちや   孤児で成功した人って


ほとんど聞いたことがない


戦後に少しいたくらいかな


それなのに   数多の作品で


孤児院や   孤児から能力者が出ることが   


何度も描かれている



霊能力と現実が一致しない










縄文時代~岐阜県・多治見市「駅裏のヒミツ」~
多治見駅周辺には縄文時代から人が住んでいたんですね~!
とっても驚きましたが、
ここは同じ場所、
ぼくの住む多治見市なんです・・・
数千年前の生活はどんなふうだったんでしょう???(・・。)ゞ
気になります!
一つ言えることは
駅裏の土地はいつの時代だって「人気」だということです!(`・ω・´)ゞ
縄文時代に中央線は通ってな~い!!(爆)ヽ(゚◇゚ )ノ
たぶんね・・・(/ω\)


あと昔の日本人は水晶を大切にしていたみたいです
水晶が日本の国石なのは、文化遺産に水晶の製品が多かったり遺跡から水晶が出土するからだそうです。
他の文明よりもはるかに水晶と関わってきたのが日本人ということですね~(*゚ー゚)ゞ

















低き水の流れ



平家のことを書くと   必ず誰かがやって来る


以前ほどひどくはないけど


首筋に妙なものを感じたり


近所の動物たちがザワザワする


まあでも気づいて風呂に入ってしまえば


ほとんど消えてしまう


日本人の入浴の習慣   清潔好きなのは


魔除けのため


それほどこの国は   祟られている


湿度が高いから   水気が多いから


簡単に怨霊が目を覚ます


潔癖症が多くて   石鹸やファブリーズ   


洗浄剤や   消臭剤が   異様に溢れるのは


臭いや汚れが   別の物に見えるから?





そういえば   トイレの臭いが臭いと


旦那を刺した主婦の事件が   最近あったね







違和感を覚えたその晩   夢を見た


私はとある美容室を訪れているようだった


美容室というより   青山のブティックのような


誰かの部屋のような


セレブぶった   オシャレな白い一室


暖炉があるような   洋風のインテリア


奥は壁一面が窓になっていて   中庭が見える


私を招き入れたマダムは   小森のおばちゃまのような


マッシュルームな髪形をしていて


濃い金髪をして   黒いケープに


黒いドレスを着ていた


年寄りのような恰好をしていても


本当は若いのがわかる




髪を切る予定でもないのに 


私がそこに招かれたのは


美の気コンテストみたいな   全国で美しさを競うコンテストで


私が上位入賞したとかで   それを祝いたいからとか


それはどうやら   髪の毛の気が


美の気を左右するみたいで


まるで大学入試の全国模試みたいに


勉強量によって成績が変わるような


本当の頭のよさとは別の所で結果が出るような


そんなコンテストの類で


つまり頭のてっぺんの髪の毛が   上半身を覆って


美の気を乗せるから


造形は別として   全体が美しく見える


それを競うコンテスト


もうそんな年じゃないし   うまくおだてられて   


美容室の中に誘われている


そんな疑いを抱きながら


現実の私とは違う   サラサラストレートの髪をなびかせて


女主人は私を   散髪台に   座らせようとした


もしかしたら   うまいこといって


本当はただ   私の髪の毛が欲しいんじゃないの?


そう想った時


一人の坊主頭の   あばれる君みたいな男が   


中庭に向けて   別の席で   


まるでサウナのように素っ裸で


リラクゼイションマシーンの上で


黄色いタオルを置いて   足を広げて座っていた


ニタニタと私に笑いかけて   


どこかで見たことがあるような気がしたから


ふと女主人の顔を見ると


私はこの二人のことを想い出した





男は以前   マグリッドの夢に出てきた


女たらしの   ブルーブラッドの男で


女主人は   そいつの彼女だった


偶然一度だけ会ったことがある




潜在意識の海で泳いでいる内に


昔の記憶に辿り着いてしまい


過去のことが出てきたのかな


立った一度挨拶した   すれ違った程度の   


その彼女が


美容室の女主人として   私の夢に出て来るとは


確か男は後に   坊主になっていた


多分   男を通じて


私のコードを欲しがっているのかな


そしてこんな夢を見たのは


平家の攻撃を受けた後


もしかしたらその女は   そちらの血なのかもしれない


髪の量がすごく多かったのを覚えている


夢の彼女も   マッシュルームヘアができるくらい


髪の毛が多かった





彼女の衣装が黒いのは   


彼女の財運のような気がした





考えてみたら   あの男がおかしくなったのは


彼女と付き合い始めてからかもしれない


学生時代はまともな感じだった


それが後にどん底まで堕ちて   汚れきったのは


あの女のせいだったのかな


私はあの男の正体を知ったあと   


彼女に逆に同情すら覚えたけど


案外あの女のせいなのかもしれない


だって美容室の女主人


しかも小森のおばちゃまのような   


データが豊富な死者と重なるぐらい


彼女にはデータが集まっている


美容室の髪のコードに   大量のデータ


いろんなものをぐいぐい引っ張って


なんでも好きなように動かせるだろう


越の男を一人   吸血鬼にして


コードを集めさせて   自分の所に


データを持って来させていたのね


坊主頭に   素っ裸で


眉毛まで抜けて   ふぬけになった   サウナ姿は


ヤツからコードが全部   抜けきって


真っ白になって


全部女の方に移動していたんだ   


女は膨大な髪の毛と   真っ黒な気を身に付けていて


今度は私の所まで   男を継手にして


やってきたのかな








宇宙の夢などほとんど見ないのに


夢の中で   地球の終りはどうなるんだろう


最終的に地球はどうなるんだろう


そんなことを想ったら


いきなり太陽系のビジョンが見えて


地球が猛スピードで   太陽に突進していく絵が見えた


よく見ると   地球だけじゃない


太陽系の惑星が   太陽に向かって突進して行く


吸い込まれていく


それが太陽系の惑星の終り


地球の終りらしかった


軌道から外れて   猛スピード太陽に向かっていく姿に


私は恐れをなして   目が覚めた





そういえば太陽の映像って   いろんなものが映りこむよね


もしかしたら太陽は   いろんなものを産んでいて


最後はいろんなものが太陽に   


帰って行くのかもしれない?







太陽の裏側からやってくる巨大黒点群…について書くつもりが・・・
地球サイズ
このサイズですからね~











霊感は   低き所に流れる


水が高い所から   低い所に流れるように


自然の摂理では   底辺に眼力がついて   


霊感が生まれるのは   当たり前


それを仕組みを作って   エネルギーの流れを変えて


上に集まるようにしている




霊感や霊能力を   本当は下から集めているのに


それに気づかせないように   下を叩く





下を叩いていても   やがて本質に気づかれたら


上の現実が消えて行く


だって自ら元栓を   源流を


締めているようなものだから






霊感が低きを流れるように   


生命が生き延びるための情報も   


底辺を流れている


潜在意識は   海や陸   水や土


全部低い所にあるから


意識や目線   感覚を低く持って行くほどに   


見えてくるものがある


だから夢殿も   支配構造もこれまで


定期的に   上と下を


何度もひっくり返してきた






だから次の時代もそろそろ   


下から出てくる気がしている


兆候が現れている









蛍石1
— もすふろ (@Mos_Fluorite) 2015, 4月 5



青にはいろんな青がある


私は面倒くさがりだからやらないけど


もし青い石を使って   潜在意識にアクセスしたいなら


その石の色から   海をイメージするといいかもしれない


海はそのまま   大きな集合無意識だから


海に潜るように   潜在意識の海に潜れる   





燐灰石
海の結晶 燐灰石 ブラジル産— floyd (@floyd_fluorite) 2015, 4月 20



冷たく   深い青は


まるで日本海の海のよう




日本海の   青の深さは


きっと情報量が   多いからで


日本海のあの青には   


古代のたくさんの情報が詰まっていて


グラン・ブルーの   あの青い海には


拾われるのを待っている   


欠片になった   記憶がある















2015年4月18日土曜日

番外編:出雲と物部 4



>  妄想ですけど、現代における戦争→講和条約的な流れで、戦いの後に降伏したふりをして酒盛り中に、だまし討ちとか。

> 酒呑童子にしてもヤマタノオロチにしても、相手の酒に泥酔して、寝首をかかれているのが気にかかる。
> 親子説もあるみたいで、しかも絶世の美少年。
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E5%91%91%E7%AB%A5%E5%AD%90
> 酒盛りって手打ち=和解の儀式のイメージ
> そうとう以前に読んだのでうろ覚えですが、八つ墓村でも落ち武者を殺すのに、やはり祭りか何かにかこつけて酒盛りをして、油断させてだまし討ちにした記憶が。
> 落ち武者は常時身を守る武具や農具を身に付けているうえに、武芸に長けていたので。




そうでした!
そういえばそんなシーンがあった記憶が
八墓村では祭りの後に殺害してたはず

宴会みたいな絆を深めた後に殺害されたから
怨みもひとしおなのを覚えています

それに武者あいてに村人がしらふで敵うはずがない
ヤマタノオロチの成敗と同じエピソードですね


ようつべの予告編&メイキング動画で確認したら
祭りの最中にそのシーンがありました~

もともとが恐怖映画なんで
恐怖のためかもしれませんが
あの32人殺しのシーンで
吐き気がするほど気持ち悪くなってしまいました
・・・(><)

気が遠くなるこの感じ・・・
以前出雲のドキュメンタリーを観た時と
同じなんですよね。。。


この大量殺人事件は『八墓村』では
平家の祟りということになってますが
出雲の国が襲われた時と
かなり近いものがあるような気がする・・・

やっぱり岡山・・・なのは
ここが古代出雲の領域だったからでは
侵略はここから始まったのかな。。。


おえ。。。  (><)


鍾乳洞のシーンがたくさん出て来るのですが
鍾乳洞の中ってアナと雪の女王のような
氷の世界なんですね・・・   (゜o゜)


出雲は墓地のように静かだけど
岡山はまだ血生臭さがある
まだ生々しいんですよね


たとえていうなら
出雲はもう骨だけになっているけど
岡山はまだ死体がそこにある感じ


東征以後に蝦夷の俘囚が大量に連れられてきて
それを埋める岡(山)が出来たという・・・



ちなみにこちらの動画に落ち武者のシーンが
映画版では祭りの最中に酒に毒を盛られて
村人も恐怖で集団リンチみたいな


・・・(-_-;)フウ



この落ち武者殺害のシーンで
倒れている大将の手の甲を突き刺すシーンが
なぜか数秒映っているんですが

これって手の甲に釘を打たれて磔にされた
キリストのメタファーっぽくないですか?

惨殺のシーンで致命傷にもならない
手の甲に刃物を突き刺すシーンなんて
なんでわざわざ撮ったのかなーと
原作にあるのかな?

監督や関係者にカソリックの人がいるのかな?
とも想いますが

落ち武者の大将尼子義孝を
キリストに見立てて
カソリックの教義にある
メシアの復活  キリストの復活にかけたのかな


出雲は復活すると




『八墓村』はいろんなバージョンがありますけど
私は渥美清版が一番記憶に残ってる

やっぱ寅さんと被ってしまうのと(笑
最後に落ち武者が夕日をバックに集落を見下ろす
落ち武者たちの黒い影が記憶に焼き付いている


1977年の映画版が一番オカルト色が濃くて
祟りの群集心理を利用した殺人事件なのに
本当に落ち武者の祟りっぽく作っているんですよね






酒呑童子というのがいるのですね
縄文遺伝子はアルコールに強いといいますが
インディアンとかアボリジニとか先住民系は
アルコールに滅法弱いです

インディアンにアル中が多いのは耐性がないからとか
ポリネシア人もめちゃくちゃ弱いという意見がありますねー
曙や武蔵丸は桁外れに強かった気がするけど

酒に弱い先住民をアルコール漬けにして
だまし討ちするってすっごいありそう

薬物だったりアルコールだったりウイルスだったり
基本先住民は毒性に耐性がないから
伝染病や中毒の餌食になる人が多いです


ポリネシア人はアルコールに大変弱いので販売禁止だ。

戦に負けて酒を酌み交わしても
相手がコロッと酒に呑まれる姿を見たら
出来心が起きそう



日本は縄文時代から本当にコスモポリタンなので
縄文弥生の大雑把な分類は
ある程度は仕方ないにしても
それに縛られていると
古代の自由な空気は中々見えてこない





> 戸隠という地名が隠岐とごっちゃになって、楽天ツールバーでカミソン君を検索したら、神孫君と変換されました。
> 岐阜に隠れる・・・



そういえば隠岐も「隠」という字が
ああそっか
隠岐=岐阜に隠れるって読めますね!

どうしてこんなに島根と岐阜は共通点が多いんだろう


因幡の白兎の秘密が
岐阜に隠れているとか?

なんとなく白山信仰する半島由来の民族が
岐阜に隠れたような気もしないでもない



ふと閃いたのですが
岐阜に隠れているのは  隠しているのは
大国主かもしれませんね。。。


つまり
出雲の因縁は岐阜で起こる

伊勢白山に伸びるトーラスの軸
ファルコンが走る空の気流
そのトーラスを壊すのは
出雲かもしれない

名古屋の尾張から金沢の尾張まで



だから『八墓村』が「多治見」家で起こるのかなー


映画の中で犯人は落ち武者の大将
島根の尼子義孝の子孫ということになってました

八墓明神の祟りは出雲の落人の祟り
それが現代になって
「多治見」家を殺害したというのはストーリーは
出雲の祟りが尾張や多治見
愛知や岐阜を襲ってもおかしくない・・・
と想ったり



カミソンは天孫なのか?
出雲の神の孫となれば、大国主っぽいですが。。。





ちなみに島根の石見(いわみ)で想いだしましたが
北海道に岩見沢という場所がありますよね


人口8万人くらいの都市ですが
氷川冴子もIn Deepのブロガーさんも
ここ出身で

著名人が多いんですよねー
m.c.A・Tがここ出身だったとはw


何が言いたいかというと
岩見沢は石見の沢で
物部系譜の移住先かなと





そういえば
尾張の人がわざわざ半日かけて
出雲から子猫を引き取りに行ってたけど
それってすごく私には
出雲の霊力を物部が欲しがった過去を
彷彿とさせるのよね


そしてその子猫に阿波の系譜の家猫と
わざわざ同じ名前を付けるのは
なんかもうまさに歴史そのものって感じ


そうやって出雲の霊力が尾張の地で
阿波に献上されたのかなって


それが落ち武者の悲劇のストーリーに
多治見をキーにして
よく描かれているのかなと


出雲で捨てられて尾張に落ちのびた子猫は
ある意味落ち武者というか落ち猫w

それが尾張に逃げて助けて貰ったと想ったら。。。
なんて展開にならなければいいけれど
ていうか阿波の系譜から名前を貰った時点で
すでにもうなってるかも・・・
封印されている
名は呪いだから



古代の阿波と出雲の関係を考えたら
禁忌踏んでいるかもしれないですね



出雲から子猫を貰ったり
その子猫に阿波の系譜の猫の名を付けたり
そんなことする人まずいないですから




もしかして違う名前にしているかもしれないけど
訂正しない限り
集合意識はそう認識したまま



そして多分・・・
歴史というかドラマが再現されているのかも

出雲の猫を欲しがったのは
この人の家が尼子氏や出雲族を
多治見や尾張で滅ぼしたかもしれない
物部や後の平家の系譜なのかもしれない。。。

じゃなかったら出雲まででかけて猫を貰わないし
よその家の猫の名前を
自分の猫に付けたりしないと想うんだけど・・・


助けるふりしてやさしくして封印する

やさしく封印する


血筋に人質にされて封印されるなら
出雲で転生した方がマシ









食べろ食べろとか飲め飲めとか
想念を喰え飲めと言ってるのと同じですよね
東征っぽいですね





天皇陛下がパラオに東征に行きましたからね


物部が動き出すタイミングですね


上が下に
下が上に



平家も元気になりますね



だから蔵王が激おこなのかもしれませんね



眠気がひどかったり体調悪い人が多いみたいで
私も記事を書いている時に
嫌な感じがあった日があったのですが
翌朝眠気と脱力でぐったりした


夢の世界で想念をバクバク食い荒らして
侵攻が始まっているような。。。


春という時期のせいもありますが
それにしても今年はひどいような気がする
空気も例年より汚れている気がする



現実に多くの人にある現象が起きる前に
夢の世界でその原因となる現象が起きるもの

だからたくさんの人の不調や眠気は
夢の世界で東征が始まっていて
今はわからないけどもやがて現実でも
大勢の人に何かが起きるような気がする


どういう形で現象化するのかわからないけども





クジラ座礁の騒ぎがあって
ちょっと警戒心が高まったけれど
結局何も起こらなかった


だけどその頃から眠気がひどい
体調が悪いという声をたくさん聞くようになっている


それがただの気のせいじゃないだろうなと想うのは
私自身にも失神に近いような眠気が起きたから
あの皆既月食の時と同じ・・・




もし少しずつ侵攻が始まっているなら
私はこういう夢の世界の人の変化が一番怖いと想う


ドミノと同じ
夢の世界で起きているなら  いつか必ず現実化する
一度倒れ始めたらもう引き返せないから



平成の大不況の時
不眠から鬱病になる人や
逆に起きれずに鬱病になる人が多かったから
もしかしたら経済方面の大クラッシュかもしれない
・・・と想ったり






あまり血筋に詳しくないので違うかもしれませんが
東征は物部が望んだような気もする
物部といってもいろんな部族の集合体だけど

江南から来た部族が・・・






都道府県や地域の遺伝子や形質の違い