阿波に流れ着いた 中東のユダヤ系の民族
四国を基点に 近畿を勢力下に入れ
海から来た民族が この小さな島でじっとしているわけもなく
四国から 東へ向かう黒潮の流れに乗って
伊豆諸島 三浦半島 房総 筑波まで向かったのは
想像に難くない
大月市のトンネルで起きた事故と
阿波の分祀である諏訪大社
四国の山々の爆発の夢
富士山と阿波富士
富士山と安房のせんが切れた
阿波と安房
幾つかの符合が 無意識に結びついたとき
突然
ヤマトタケルノミコトは
四国の 祭祀を司る勢力によって
房総半島を 襲うように仕向けられた
そんな直観が下りてきた
安房は阿波
阿波の古代豪族 阿久瑠王の 阿は
阿波の阿
でもなぜそんなことをするのか
意味がわからない
一夜明けて 布団の中でぼーっとしているときに
そういえば 太秦の火事だったり 秦氏にまつわる災難が続いた時期に
ユダヤ人についての お告げがあったな
そして今 大月市での大事故
秦氏=大月氏なら 同じ中東系・・・
うつらうつら考えていたら
ああ ユダヤ人だからか
ユダヤ人のやり方は 寄生して栄えるやり方
表に立つよりも裏から支配することを好む
ホロコーストが起きたのも
ユダヤ人が 堕落した同胞を 戒めるために起こした
そんな話を聞いたことがある
犠牲になったのは ユダヤ人資本家以外の ユダヤ人
実際に 彼らは 自らの国を得るという
ホロコーストの裏で 大きな財産を手に入れている
国を得るというのは 収奪略奪を意味し
殺されたパレスチナ人の数は ゆうにユダヤ人の数を上回っている
なのにそれが 表だって糾弾されることもなく
ホロコーストばかりが 語られ教えられ宣伝され
それによって ユダヤ人に対する一切の批判を封じるという
圧倒的な権力を手に入れた
未だかつて 他人の力で国を得た国家など
聞いたことがない
それほどまでに 狡猾で 恥ずべきこと
腰抜けなのに そんな感性は彼らにはない
それが彼らのやり方
そしてそれは 古代日本でも起きたことだから
世界史に反映されている
縄文の時代に フィリピンを通って 四国の南端 大月から上陸し
四国に辿り着いた中東の系譜があり
四国近畿一帯を治め 関東まで辿り着いた
阿久瑠王も その系譜だろう
伊豆諸島の神津島には 阿波神が祭られ
伊勢神宮には 阿波の神様 大宜都比売神が祭られている
彼らは神社の起源を作った
大和の国づくりの一連の神話に
阿波が出てくることは ほとんどない
なぜ目の前の 大きな勢力を倒さずに
統一できるのか
格好のネタになりそうなものなのに
なんとなく 出雲神話の国譲りのエピソードは
阿波の中東勢力が 後の大和となる系譜に対して行ったことを
指しているような気がする
出雲も阿波の勢力下だったともいわれているから
それはありえると想うし
もしかしたら ユダヤのやり方だと
出雲族と戦わせておきながら 国譲りの約束をした
そんな二枚舌外交を していたとしても
不思議じゃあない
国譲りという 私たちにとっては 一見理解しがたい行いも
他民族に寄生することで いや 他民族に寄生してでも
自らの意志を通すことを よしとする民族なら
そこに何の矛盾も ないのかもしれない
出雲の国譲りと パレスチナへの
イスラエルの入植が 立場は違えど 重なりあう
パレスチナ問題を生んだ イギリスが
シオニストの組織に対して行った 二枚舌外交は
本当は そうさせられたのではないだろうか
第一次大戦中 ユダヤから戦争資金を引き出すために行われた
ユダヤにとっては 自ら血を流さずに
国を手に入れることができた
出雲の国譲りは 阿波勢力が 大和勢力に対して約束した?
古事記では スサノオが高天原を追放されたとき
阿波を意味する 大宜都比売神は
スサノオに殺されている
ここで阿波の勢力は 敗れたので
後の出雲の国譲りに至ったのでは
そんな ファンタジーを 想像してみる
東北の 縄文人たちにも とうてい敵わなかったんだろう
ヤマトタケルの東征後
阿波忌部の一族たちが 次々と各地に進出して行った
ヤマトタケルが倒したのは
縄文時代に広がった 古代阿波の勢力も 多いはず
大月のラインが切れた数日後
歌舞伎の立役者が 早逝した
伝統芸能を司る 歌舞伎役者の顔は
歌舞伎顔 和顔と言われているけど
実は 中東系の顔に近い
モンゴロイド系ではない
面長の 瓜実顔 掘りが深く
鼻も長く 目が中央に寄っているのは
中東系の特徴
歌舞伎役者が 目を寄り目にして
歌舞伎顔を披露するのは
中東系の顔が 目が中央に寄っているように見えたのかも
映画「 シンドラーのリスト 」を観ると
連行されるたくさんのユダヤ人として
集められたエキストラたちを見ていると その特徴がよくわかる
いろんな国で 混じっていてわからないけど
ユダヤ人として集められた顔は
その特徴を教えてくれる
アラブ人とほとんど区別がつかない
それは彼らの出自が 近いからかもしれない
太秦の火災だったり 大月市でのトンネル事故だったり
源平藤橘 というけれど
目立った事故 災難は
もっと古い血筋に対して 向かっている
地の怒りは 地に施した者たちに対して行われ
人の怨念は その魂に 降りかかっていく
その血筋の名がつく場所で起きた大きなトラブルや
その血筋の有名人が亡くなれば
それは その血筋の 集合意識に対して
向けられたもの
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