歯が抜ける夢を見た
しかも3本もw
口の中に 穴が空いたよう
慌てて歯医者に行ったら 壇○さんが
歯科助手さんで
他は覚えていないけど 私の歯はきれいに整った
壇○さんは とてもやさしい助手さんだった
一安心して 病院を出た
私は 大学病院か 公的機関の施設の
敷地内に居て
私服警官のような警備員が ちらほら見えた
壇○さんに
気を付けた方がいいわよ
早くここを 出て行った方がいい
気づかれないように
そう言われて 足早に外へ出ようとすると
警備員たちに 気づかれた
私は走り出した
警官が 逃げる私に銃を向け
撃ったとき
熱くなった銃弾が
私の左耳の中に 入った
私は 熱い 熱い
と叫びながら
でもなぜか痛くなくて
弾は 耳の中で 留まっていた
左耳が 焼けるように熱い
私は倒れ込んで なぜか病院の廊下にいたら
休業している芸人コンビの マッシュルーム頭の相方が
医者として私に 応急措置をしようとした
私は 熱いから 早く早く とお願いしたのに
彼は ヘラヘラしながら 一向に治療しようとしない
私は 腹が立って
彼を想いっきり ボコボコにしてやったらw
壇○さんも 一緒になって ボコボコにしてw
私を助けてくれた
医療ミスのような 扱いになって
医者やスタッフたちと
壇○さんは 四角テーブルを挟んで
立ったまま ミーティングをしていて
なぜか 壇○さんは
私を守るためなら 何でもする
どんなことをしても 戦い続ける
そう言って 必死に訴えてくれたから
医者たちは 折れて
私は 無事 耳の治療したようだった
弾がどうなったかは わからない
朝 目を覚まして
歯が抜ける夢って 確か
ガイドが変わったり エネルギーが変わったりする意味じゃなかったっけ
それによって 価値観や人生観も 変わって行くとか
最近古代史のこと 調べていたせいかな
とくに昨日は 諏訪の巨石文明について 書いていたら
とても面白くて ワクワクしたから
何か共振するものが あったのかもしれない
阿波について書いていたときと 全く違う
実際そこに行かなくても ネット上でその地について 調べていると
画像や文章を通して チャネリングしているように なるんだな
歯が抜けたのは 巨石文明のエネルギーと
響き合って 私の中の何かが 再インストール されたんかな
そんなことを うつらうつらと 寝起きに
ぼーーーーっとして 考えていたら
気が付くと
もの凄くうるさい音が 聞こえる
シャンシャンシャンシャン
ドク ドク ドク ドク
シャンシャンシャンシャン
ドク ドク ドク ドク
工事でもやってんのかな
二つの音が 混ざって聞こえる
まさか 幻聴?
昨日もそう想ったら 外の車の音だったじゃないか
音はずっと鳴り止まない
シャンシャンシャンシャン
ドク ドク ドク ドク
夢を想い出して 考えていると
まるで それを邪魔するように
音はどんどん 大きくなる
一体 何の音だろう
窓を開けて 外を覗いたら
穏やかな 静かな朝だった
そして 聞こえていた音は 消えて
二度と聞こえることはなかった
気が付くと 12月22日になっていた
シャンシャンシャンシャン
鳴り響いたのは
仏教のお祭りとかで 杖や棒の上に 金色の輪を重ねて鳴らす
あの音のような感じ
空海さんが行脚するときに 持っていそうな 長い杖
仏教であの音を鳴らすのは
ある領域の周波数の 音波を表しているんだと想う
その領域は 想念体が聞こえる領域で
想念体に向けて 鳴らしているのかもしれない
ドク ドク ドク ドク
低周波なこの音は
心臓の音のような
銅鑼を叩いている音にも聞こえた
シャンシャンシャンシャンの 高周波と
ドク ドク ドク ドクの 低周波の音は
一緒になって 聞こえていた
夢の中で 熱い銃弾が 耳の中に入っていたのは
耳の 可聴領域が 変わったせいかもしれない
耳の中に 鼓膜を破って 熱い銃弾が入っているような
感覚に襲われたのは
高い音 低い音
聞こえる音の領域が 広がったのかもしれない
そこにチャンネルを 合わせられれば
現実は何も変わっていないけれど
大きな 大きな 音が聞こえた
マヤの暦の終りの日は 今想うと
これまでの世界の音が 変わって
これまでの世界が本当に 滅んだのかもしれない
上空で起きていることは
下界からは なかなか見えない
宗教の終わりの日というけれど
3本の歯が抜けたのは
3大宗教の終わりを 意味していたのかな
歯は骨 縦の線の 三つが抜けた
壇○さんが 夢の中に現れて
私に親身になってくれたのは
遊女さんが 想念の世界で
覚醒の手助けを しているのかな
覚醒というより
確変 って感じだけどw
一瞬そう想った後 なんとなく
気づいてしまった
彼女は 遊女さんは
私の想いや 想いを抱えている 女性の力に
支えられていたんだ
だから 逃げられると 気づかれると
彼女たちは 終わりなんだ
風俗に通う男性 遊女さんと遊ぶ男性の中には
女性と精神的に繋がることができないから
肉体的に繋がりに行く
そういう話を聞いたことがある
彼らの心は 癒されていない
自慰行為の由来は
その昔 征服者に奴隷にされた男たちが
自由も 女たちも 奪われ
自らで慰めるしかなかった
そんな話を聞いたことがある
屈辱の印で 閉ざされた心は
その想いを エネルギーを
現実の世界でも 想念の世界でも
遊女の所へ 流していく
そしてそれは 国や宗教 政財界 芸能界へと流れて行き
仕組みを支える力となる
やさしい男たちと 別れさせられ
征服者によって 囲われた女たちも
相手と繋がることに
恐怖と屈辱の印を 付けられた
自由を奪われた想いは
想念の世界で 叶わぬ夢を見る
華々しくデビューする 遊女たちの中には
そんな女たちの想いを 夢を 収集し 付け替えて
男たちを 虜にする
男たちの魂は 征服された女たちの想念に
強く反応する
意識ではわからない 魂の記憶にさかのぼって 訴えるほど
より深く 取り込み
より多く 集めることが出来る
モテる モテない は
封印の言葉
格差を付け 拒絶させるためのもの
王様に向かって 言わないでしょう?
本当はそんなの 存在しない
容姿端麗の男性でも
生涯 女性と縁がない人もいれば
冷たく 醜悪な男に
女性が縋っているのも
見たことがある
男と女のエネルギーは 磁石のプラスとマイナスのように
何よりも 強く引き寄せあう力を持っている
それは拒絶させなければ 回収されなければ
誰でも自然と相手を
引き寄せてしまうくらい 強い力
男女の引き寄せあう エネルギーが
自然に流れている世界では
遊女も 巫女も 力を持たない
王様も 宗教も 支えられない
芸能界を 宗教を 支えていたのは
遊女の力 そして
遊女の力を 支えていたのは
征服された女たちの 夢だった
それが一番 原住民の魂を
強く虜にしてしまうから
怨霊の塔 スカイツリーの高さは 634m
ムサシは 武蔵 タケルノミコト
そして 634人の 追われてしまった 風俗の女たち
ヤマトを支えた 女たち
それは この国や 宗教の礎である 性のエネルギーが
バラバラになった証拠
バラバラになったエネルギーは 本来の持ち主の所へ
想いがあるところに 帰って行く
収集装置は もういらない
王様へと エネルギーを流す
回収装置が 崩れたら
遠い昔に 付けられた 屈辱の印が
剥がれて行って
想いは 想念の世界で 回収されずに
相手の所に 届くようになる
怨霊さんが 回収装置を 壊してしまったの
この世界が 国が 宗教が
遊女の力を 源泉としていたなら
それに支えられていたなら
まずそこから 崩れ始める
積み木崩しは 上からは崩さない
銃弾で 耳が焼けるような夢は
21日の深夜 真夜中に
マヤ暦の終わり 20時の数時間後に聞いた
列車の警告音のような音が 耳に残っていたせいもある
その時は 通り過ぎると共に
音は消えたので 幻聴ではなく
線路沿いでもないから
何かの車のせいだと想ったけど
今想うと 本当に車のせいだったのかな
部屋の空気が 振動で揺れるほど
風を感じるほど 音に包まれ
ぐわんぐわん
耳の中で 鳴り響き
恐くなるほど 音に包まれた
深夜に そんな音を出して通る車なんて
そんな風に 音を出せる車なんて
あるだろうか
想えば この時も 鳴り響いたのは 左耳だけだった
目が覚めて しばらくして
諏訪に 封印をしている者がいる
なんとなく そう想った
諏訪(シュワ)に行かなきゃ
って ナウシカじゃないんだからwww (ー_ー;)
2012年12月31日月曜日
2012年12月30日日曜日
虫愛づる姫君
ナウシカの原作のあらすじを 読んだ
原作はややこしくて 最初の方しか読んでいなかったから (- - ;)
鉄は争いを呼ぶ
そんな記事を書いてから
あれ?
地球は鉄で出来ていると 書かなかったっけ
だとしたら
この地球自体が 争いを呼んでいるのか?
巨大な磁石であるがために 引き寄せてしまうの?
つまり
悪が地球にやって来たのは 地球が鉄で出来ているから
悪を呼んだのは 地球だったのか
そして 私たちの体に流れている鉄
ならば
私たちは 人類は 動物は
争いから逃れられない 宿命なのか
だから何千年 何万年
私たちは 争いを繰り返してきたのだろうか
縄文時代が 1万年も続いたのは
彼らの文化に 鉄がなかったせいかもしれない
縄文時代に発掘されたものには 武器がないという
彼らには 争う理由がなかったのだ
軽い戦慄が走りながら
ふと 想い出したのは
ナウシカの原作の最後
腐海の秘密
旧文明の人間たちが、人類を含めた全ての生物を汚染された大地に適応できるよう、人工的に作り変えた事に気付くナウシカ
作り変えられた生物は、逆に大地の毒なしでは生きていけない事が判明
腐海が人間の手で作られたものである事が判明
腐海の毒=鉄分
そう考えたら 私たちは 地球と共に
争いつづける生物であるよう セットされている
鉄がないと生きていけない 私たちは
腐海の毒がないと 生きていけない生物と同じ
そして 地球も私たちも 争いを生む
悪を引きつけるように できている
なぜそんなことに?
最近 困ったときは 公園に散歩に行くと
林の中で 答えが見つかる
樹木が 教えてくれる
ああ 腐海が浄化装置として 作られたものなら
鉄で出来た地球も 宇宙の浄化装置として 作られたんだ
そんな答えが 降ってきた
腐海の毒が 鉄だとしたら
私たちは 悪を背負って 生きている
キリスト教の 原罪は このことを言っていたのか
悪が地球にやって来たんじゃない
地球は 悪を受け入れたんだ
それは地球が 宇宙の浄化装置として
宇宙にある悪を 浄化するために 作られたから
地球が 宇宙にある鉄の多くを 宿しているのも
その鉄によって バリアを張り 生命を誕生させ
魂を宿らせ 繰り返し生を 授けるのも
宇宙にある星々から来た魂が 地球上の生において
さまざまな経験や感情を体験して 魂に記憶するために
肉体は魂の入れ物にすぎない
肉体の死は死ではなく 魂の消滅が本当の死
地球は学びの場です
教えの意味は 地球自身が
宇宙の様々なエネルギーを 引き寄せて 浄化するために作られた
腐海のようなシステムだから
でも おかしい
いつの時代の地球でも ほとんどが
悪者ばかりが 蔓延って
やさしい魂たちがたくさん 苦しんでいるのは なぜ?
輪廻転生は いつも同じカテゴリーで
生まれ変わっているのはなぜ?
何も浄化になってない
宇宙で生まれ 地球で生まれた 私たちの意識は
鉄の星 地球の磁石に 引き寄せられ
地球に転生してきて
地球の一部になっている
腐海の毒がないと生きていけない
遺伝子操作された ナウシカたちのように
鉄の星の 鉄分がないと
生きていけない私たち
アセンションを願って 宇宙へ脱出を図る魂たちは
自分の肉体が 地球の一部であることを
忘れている
自分がどこから来たのか 知らないで
どこへ行くのか どうしてわかるのだろうか
知らない車に乗っちゃいけないって
教えてもらわなかったの?
蟲が支配する 腐海が広がり 地球を覆って行く 物語の世界観は
虫によって 結界が張られた この世界を表している
虫の世界は 地球をくまなく覆う
ヤドカリが 王の蟲なのは
この世界の王の座が 何者かに 宿を借りられている
寄生されていることを 示している
腐海の森はやがて朽ち果て 浄化された空気が広がる
新しい世界に 適合した 新人類が 生まれ
旧人類は 腐海と共に 消えていく運命
まるでそれは 結界の崩壊とともに
消えていく者たちを 暗示しているよう
腐海の毒がないと生きていけない 旧人類のナウシカは
世界の秘密を知ったとき 人工生命体によって 腐海の毒がない空気でも
死なないように 再改良された
それはまるで ミトコンドリア・イブ
絶えてしまった新人類の代わりに
新人類を生み出す母に なるのなら
ホモサピエンスが現れると共に
消えてしまった ネアンデルタール人のよう
私たちは 誕生と滅びを ずっと繰り返しているの?
私たちが 未来だと想像している イメージのほとんどは
過去の光景の 記憶かもしれない
地球の始まりには 酸の海があった
ナウシカたちは 地球に移住してきた種族かもしれない
あのストーリーには 火星の記憶が 混ざっているかもしれない
地球は鉄の星 磁石だから
よいものも 悪いものも 引き寄せてしまう
鉄は 生命を生み
富を 争いを 引き寄せる
地球が 悪を引き寄せた
鉄は 元素記号の真ん中にある 最も安定した元素
核爆発と核融合によって あらゆる元素は 鉄に向かう
宇宙のあらゆるエネルギー 情報は
鉄の星地球へと 向かっていく
私たちが 引き寄せるエネルギーは
星を動かす 力となり
私たちが生む 放出する あらゆるエネルギーは
宇宙のどこかで 星を生む 力となっている
巨星墜つ
偉大な人の死を 星に例えるのは
私たちの命の煌めきと 星の煌めきが
同じ輝きに 見えるから
私たちが 宇宙を創っている
そのために 私たちは 存在しているの?
答えの出ない問いは 終わらない
腐海の森が 人間によって作られたことを知った
森の人のように
私は 軽く 地球に絶望したまま
12月22日を迎えた
鉄が守る地球上の生命
地球上に存在する鉄の量は32~40%で、すべての元素の中で最も多いとされています。一方太陽系にある鉄の存在量は0.003%質量といわれていますので、地球上の鉄の多さは際だっています。地球は水の惑星といわれていますが、実は鉄の惑星なのです
鉄―137億年の宇宙誌
それでは鉄の惑星は、どのように形成されたのだろうか?最近の研究から、太陽のような恒星であっても、その周囲に惑星が常に形成されるわけでは無いことがわかってきた。太陽系ではないところに、これまでも数多くの惑星(系外惑星)が見つかっているが、宇宙空間に形成されるためには、沢山の金属が必要とされることがわかってきた。つまり大雑把に言えば、人類が住むことのできる地球のような惑星が形成されるためには、鉄が存在している必要があると考えられるのだ。
・・・鉄は他の元素との相対量を比べると、特異的に多く存在しているのだ。そう、私たちが住むこの宇宙全体において、そもそも鉄は特異な存在なのである。 ・・・これは単に偶然が重なっただけなのか、それとも何らかの必然性があるのか?
鉄理論=地球と生命の奇跡
地球に海が誕生したのは38億年くらい前とされるが,大気中に大量に存在する塩化水素を溶かし込んだ太古の海は強酸性だったと考えられる。当時はまだ酸素は存在しなかったため,鉄は酸化鉄にはなれず,鉄イオンのままで海水中に多量に含まれていた。
ナウシカに出てくる「酸の海」は、地球の原始の姿だった?
ナウシカたち遺伝子改良された人類は、酸素を吸うと血を吐いて死んでしまう。
ネアンデルタール人
私たちと変わらない大きさなのに、私たちよりも大きな脳を持っていた人類が、私たちよりも発達した文明を持っていたとしても、不思議じゃない。
脳の大きさと知能は関係ないが、体の大きさに対する脳の大きさと知能は相関関係があるという。
だとしたら、ネアンデルタール人は私たちより高度な文明を持っていたはず。
大きな後頭部はアフリカ人に多い。エジプト文明でも古代エジプト人が大きな後頭部をしていたことがわかる。ネアンデルタール人とそっくりの頭蓋骨。そして、古代エジプトの王族の肖像とそっくりな画像が火星探索で見つかったことも。
ネアンデルタール人は中東でホモサイエンスと混血したという説は、中央アジアを舞台にしたナウシカの物語を想わせる。オカルトを当たっていくと、ナウシカの監督が神話や古代史から作品を作っているのがよくわかる。
ナウシカ最終巻解説
http://newrottenseascrolls.com/jp/vol_7.htm
世界に残る古代核戦争の痕跡 - 人類はかつて滅びたか
宇宙はひとつの楽器である。
君たちは死なない。
火星上で、アクヘンアテンの像を発見
http://page.freett.com/dateiwao/akhenaten1.htm
ファラオ、アクエンアテンの正体は何者か?(下の方にエイリアンのグロ有り)
http://page.freett.com/dateiwao/whoisakhenaten.htm
謎解けたわ!人類の一部は火星人だったwww
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/galileo/1334888337/
長沼毅 宇宙は鉄をつくる為に存在している?
原作はややこしくて 最初の方しか読んでいなかったから (- - ;)
鉄は争いを呼ぶ
そんな記事を書いてから
あれ?
地球は鉄で出来ていると 書かなかったっけ
だとしたら
この地球自体が 争いを呼んでいるのか?
巨大な磁石であるがために 引き寄せてしまうの?
つまり
悪が地球にやって来たのは 地球が鉄で出来ているから
悪を呼んだのは 地球だったのか
そして 私たちの体に流れている鉄
ならば
私たちは 人類は 動物は
争いから逃れられない 宿命なのか
だから何千年 何万年
私たちは 争いを繰り返してきたのだろうか
縄文時代が 1万年も続いたのは
彼らの文化に 鉄がなかったせいかもしれない
縄文時代に発掘されたものには 武器がないという
彼らには 争う理由がなかったのだ
軽い戦慄が走りながら
ふと 想い出したのは
ナウシカの原作の最後
腐海の秘密
旧文明の人間たちが、人類を含めた全ての生物を汚染された大地に適応できるよう、人工的に作り変えた事に気付くナウシカ
作り変えられた生物は、逆に大地の毒なしでは生きていけない事が判明
腐海が人間の手で作られたものである事が判明
腐海の毒=鉄分
そう考えたら 私たちは 地球と共に
争いつづける生物であるよう セットされている
鉄がないと生きていけない 私たちは
腐海の毒がないと 生きていけない生物と同じ
そして 地球も私たちも 争いを生む
悪を引きつけるように できている
なぜそんなことに?
最近 困ったときは 公園に散歩に行くと
林の中で 答えが見つかる
樹木が 教えてくれる
ああ 腐海が浄化装置として 作られたものなら
鉄で出来た地球も 宇宙の浄化装置として 作られたんだ
そんな答えが 降ってきた
腐海の毒が 鉄だとしたら
私たちは 悪を背負って 生きている
キリスト教の 原罪は このことを言っていたのか
悪が地球にやって来たんじゃない
地球は 悪を受け入れたんだ
それは地球が 宇宙の浄化装置として
宇宙にある悪を 浄化するために 作られたから
地球が 宇宙にある鉄の多くを 宿しているのも
その鉄によって バリアを張り 生命を誕生させ
魂を宿らせ 繰り返し生を 授けるのも
宇宙にある星々から来た魂が 地球上の生において
さまざまな経験や感情を体験して 魂に記憶するために
肉体は魂の入れ物にすぎない
肉体の死は死ではなく 魂の消滅が本当の死
地球は学びの場です
教えの意味は 地球自身が
宇宙の様々なエネルギーを 引き寄せて 浄化するために作られた
腐海のようなシステムだから
でも おかしい
いつの時代の地球でも ほとんどが
悪者ばかりが 蔓延って
やさしい魂たちがたくさん 苦しんでいるのは なぜ?
輪廻転生は いつも同じカテゴリーで
生まれ変わっているのはなぜ?
何も浄化になってない
宇宙で生まれ 地球で生まれた 私たちの意識は
鉄の星 地球の磁石に 引き寄せられ
地球に転生してきて
地球の一部になっている
腐海の毒がないと生きていけない
遺伝子操作された ナウシカたちのように
鉄の星の 鉄分がないと
生きていけない私たち
アセンションを願って 宇宙へ脱出を図る魂たちは
自分の肉体が 地球の一部であることを
忘れている
自分がどこから来たのか 知らないで
どこへ行くのか どうしてわかるのだろうか
知らない車に乗っちゃいけないって
教えてもらわなかったの?
蟲が支配する 腐海が広がり 地球を覆って行く 物語の世界観は
虫によって 結界が張られた この世界を表している
虫の世界は 地球をくまなく覆う
ヤドカリが 王の蟲なのは
この世界の王の座が 何者かに 宿を借りられている
寄生されていることを 示している
腐海の森はやがて朽ち果て 浄化された空気が広がる
新しい世界に 適合した 新人類が 生まれ
旧人類は 腐海と共に 消えていく運命
まるでそれは 結界の崩壊とともに
消えていく者たちを 暗示しているよう
腐海の毒がないと生きていけない 旧人類のナウシカは
世界の秘密を知ったとき 人工生命体によって 腐海の毒がない空気でも
死なないように 再改良された
それはまるで ミトコンドリア・イブ
絶えてしまった新人類の代わりに
新人類を生み出す母に なるのなら
ホモサピエンスが現れると共に
消えてしまった ネアンデルタール人のよう
私たちは 誕生と滅びを ずっと繰り返しているの?
私たちが 未来だと想像している イメージのほとんどは
過去の光景の 記憶かもしれない
地球の始まりには 酸の海があった
ナウシカたちは 地球に移住してきた種族かもしれない
あのストーリーには 火星の記憶が 混ざっているかもしれない
地球は鉄の星 磁石だから
よいものも 悪いものも 引き寄せてしまう
鉄は 生命を生み
富を 争いを 引き寄せる
地球が 悪を引き寄せた
鉄は 元素記号の真ん中にある 最も安定した元素
核爆発と核融合によって あらゆる元素は 鉄に向かう
宇宙のあらゆるエネルギー 情報は
鉄の星地球へと 向かっていく
私たちが 引き寄せるエネルギーは
星を動かす 力となり
私たちが生む 放出する あらゆるエネルギーは
宇宙のどこかで 星を生む 力となっている
巨星墜つ
偉大な人の死を 星に例えるのは
私たちの命の煌めきと 星の煌めきが
同じ輝きに 見えるから
私たちが 宇宙を創っている
そのために 私たちは 存在しているの?
答えの出ない問いは 終わらない
腐海の森が 人間によって作られたことを知った
森の人のように
私は 軽く 地球に絶望したまま
12月22日を迎えた
鉄が守る地球上の生命
地球上に存在する鉄の量は32~40%で、すべての元素の中で最も多いとされています。一方太陽系にある鉄の存在量は0.003%質量といわれていますので、地球上の鉄の多さは際だっています。地球は水の惑星といわれていますが、実は鉄の惑星なのです
鉄―137億年の宇宙誌
それでは鉄の惑星は、どのように形成されたのだろうか?最近の研究から、太陽のような恒星であっても、その周囲に惑星が常に形成されるわけでは無いことがわかってきた。太陽系ではないところに、これまでも数多くの惑星(系外惑星)が見つかっているが、宇宙空間に形成されるためには、沢山の金属が必要とされることがわかってきた。つまり大雑把に言えば、人類が住むことのできる地球のような惑星が形成されるためには、鉄が存在している必要があると考えられるのだ。
・・・鉄は他の元素との相対量を比べると、特異的に多く存在しているのだ。そう、私たちが住むこの宇宙全体において、そもそも鉄は特異な存在なのである。 ・・・これは単に偶然が重なっただけなのか、それとも何らかの必然性があるのか?
鉄理論=地球と生命の奇跡
地球に海が誕生したのは38億年くらい前とされるが,大気中に大量に存在する塩化水素を溶かし込んだ太古の海は強酸性だったと考えられる。当時はまだ酸素は存在しなかったため,鉄は酸化鉄にはなれず,鉄イオンのままで海水中に多量に含まれていた。
ナウシカに出てくる「酸の海」は、地球の原始の姿だった?
ナウシカたち遺伝子改良された人類は、酸素を吸うと血を吐いて死んでしまう。
ネアンデルタール人
私たちと変わらない大きさなのに、私たちよりも大きな脳を持っていた人類が、私たちよりも発達した文明を持っていたとしても、不思議じゃない。
脳の大きさと知能は関係ないが、体の大きさに対する脳の大きさと知能は相関関係があるという。
だとしたら、ネアンデルタール人は私たちより高度な文明を持っていたはず。
大きな後頭部はアフリカ人に多い。エジプト文明でも古代エジプト人が大きな後頭部をしていたことがわかる。ネアンデルタール人とそっくりの頭蓋骨。そして、古代エジプトの王族の肖像とそっくりな画像が火星探索で見つかったことも。
ネアンデルタール人は中東でホモサイエンスと混血したという説は、中央アジアを舞台にしたナウシカの物語を想わせる。オカルトを当たっていくと、ナウシカの監督が神話や古代史から作品を作っているのがよくわかる。
ナウシカ最終巻解説
http://newrottenseascrolls.com/jp/vol_7.htm
世界に残る古代核戦争の痕跡 - 人類はかつて滅びたか
宇宙はひとつの楽器である。
君たちは死なない。
火星上で、アクヘンアテンの像を発見
http://page.freett.com/dateiwao/akhenaten1.htm
ファラオ、アクエンアテンの正体は何者か?(下の方にエイリアンのグロ有り)
http://page.freett.com/dateiwao/whoisakhenaten.htm
謎解けたわ!人類の一部は火星人だったwww
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/galileo/1334888337/
長沼毅 宇宙は鉄をつくる為に存在している?
2012年12月29日土曜日
Hot springと時の車輪
お風呂に入って 閃いたとか
お風呂でイメージして 夢が叶ったとか
お風呂タイムを 読書やケータイ テレビとか
いろんなアイテムで 楽しむ人もいる
洗い物をしたり トイレで手を洗ったり
湯船につかるまえ
蛇口に手を当てるとき
湿気のある 洗面所にいるときに
小さな覚醒のような 気づきが生まれるのに
湯船につかると ぼーーーーっとして
何にも生まれない 何にも考えられない 何にも閃かない
ずっと わからなかった
何が違うんだろう
それが 数か月くらいまえから 9月ぐらいからだろうか
湯船につかっていると 考えがまとまるようになる
これまでのように ぼーっとして 何かが抜けていくような
頭の中の 脱力感が なくなって
逆に 気づきが降りてくる 入ってくるようになった
9月といえば 海のコードが 還って来た頃
お風呂を通して 抜けていたのは
海のコードだった
お風呂に入ったあと 疲れる人も多い
お風呂は 疲れさせて 安眠させるということらしい
現実的には 身体的には
そういう理屈になるのだろうけど
私はなんとなく
お風呂に入って パワーを得て
元気になって よく眠る人と
エネルギーが 流れて
ぐったりして 眠りにつく人の
二つのタイプが あると想う
お風呂に入って きもちいい~
血行がよくなって 血巡りがよくなって
エネルギーが入って 循環している人と
脱力感が襲う人
その後に どっと疲れがやって来るのは
エネルギーが抜かれている証拠
そして 眠りに入ってしまえば
夢を見る 気力も残っていない
ユダヤが 湯 に こだわったのは
そこが 厄を落とすだけでなく
海のコードが 得られる場所だったからかも
そういえば 千と千尋は
湯屋に来た 神様が 垢を 厄を
流して帰るけれども
なぜか後半 不自然?に
湯屋の外の 海のシーンに 移って
大海原を 電車が走って行く
電車は線 海へと繋ぐコード
映画は 湯屋が 夢殿と いっているだけでなく
それが 海のコードと 繋がる場所
そう言っているのかもしれない
電車は 湯屋から出ている
潜在意識=海 だから
当たり前かもしれないけれど
本当なら 海の種族に流れてくる
海の 地球のコードが
ある種の 種族に
湯を通して 水を通して
流れて行っていた
血筋は 温泉で 想念体を作って
持って帰る
それは 一見 自然のエネルギーが
想念化したように みえるけど
本当に それだけだろうか
そこには 温泉に入った人間の
エネルギーも 入っているんじゃないの?
まるで 神社で想念体を連れて帰ってくるように
温泉で 人から 海のコードも
持って帰っているんじゃないの
神社では 海のコードは 奪えない
水を通して 流れていくの?
千と千尋の舞台は 日本で一番古い温泉を
モデルにして作られた
それは 九州でもなく 信州でもなく 関西でもない
四国 愛媛県にある 道後温泉
漱石が 坊ちゃんを書いた場所
近代文学の 幕開け
四国に行ってから 漱石は 作家になった
海のコードを 欲しがったのは
陸の種族 陸の人
彼らは 自分たちが持っていない
自分たちに入って来ない 海の情報を 欲しがった
城を築いた者たちは
城を維持するために 城の外を 知りたがる
陸の人間に 現実化する力があったのも
彼らに 海のコードが 流れていたから
夢を現実化する力は
潜在意識にあるのに
陸の人間に その力があるのは
本当はおかしな話
海のコードが 狙われたのは
夢を現実化する 力があるから
そして多分 それは 女性にしかないコード
人類がミトコンドリア・イブから 始まったなら
地球のコードは 女性が持っている
遺伝子の分析によれば いずれ男性がいなくなるという仮説
女性だけで 命を生むことが できるようになるという説は
本当に 男性がいなくなるというより
現実に 女性だけで
命を生むことができるようになるというより
女性の遺伝子は もともと地球由来ということを 示していて
男性の遺伝子には もしかしたら別の何かが あるのかもしれない
そんなことを 暗示していて
人間が 科学と呼ばれるもので予測する 遠い未来のことや
SFの世界で展開される 世界観は
実は 遠い過去の出来事だった
そんな風に 最近想う
宇宙から地球にやってきた 何かがあるのは
もう否定できなくて
もしそれらがやって来て 地球に住む私たちの祖先に
何かをするとしたら
生命が生む 女の生き物に
注入したり 細工をしたと考えるのが
自然なわけで
その逆となると ちょっと面倒くさいような
宇宙のエネルギーが 循環しているなら
時のエネルギーも また循環しているわけで
私たちが 未来と呼ぶものは
実は過去と繋がっていて
それは 尾を飲み込む 蛇のウロボロスのように
未来が 過去に至ることで
転がる車輪のように 時のエネルギーを生み出している
そんなことを 妄想してみた
私たちは 世界の 宇宙の始まりを知りたがるけど
もちろん 私だって 知りたいけれど
車輪やタイヤの 継ぎ目がどこにあるかなんて
転がるタイヤから 探せないように
廻る時のエネルギーの 始まりと終わりをみつけるのは
到底不可能なように
私たちのいる世界の 宇宙のエネルギーは
始まりがどこか わからないほどに
それだけ見事に エネルギーを生み出している
パンクしないで 走っている
そう想うしかないような
もし宇宙の この世界の始まりを知りたいなら
それは タイヤを止めるしかなくて
それがどういうことになるのか
想像できない
311以前は 火星の話題が真剣に 語られることも少なくて
ましてや人類が そこから来たとか
愛好家だけの 世界で
自分も含め 興味を示す人は ほとんどいなかったのに
今ではそれが ネットでもテレビでも
陰謀論や都市伝説と一緒に 流れていて
もしかして 本当かも?!
と想う人が増えたのは
もうそろそろ 私たちの未来が
過去と繋がり始めている 兆しなのかな
血は水よりも・・・
夢の中で 選挙に当選した 加○紘一という人が出てきた
顔と名前が一致しない
でも確かに その名前が 夢で聞こえた
その人の娘が現れ
娘も政治家だと想ったけど
後で調べてみると 本当かどうかわからないが
マスコミ関係の人らしい
夢の中では 父親も政治家で 娘も政治家で
娘がとても大きな力を持っている
何かを動かしている
そんな夢だった
カーチスと日本政治
「加藤紘一の娘、加藤あゆこや、中曽根康弘の孫で中曽根弘文の息子、中曽根康隆も、カーティス教授とのコネで、国際関係(SIPA)に入学しております。小泉 進次郎だけではありません。実力でコロンビア大学に留学した人はカーチスの動きに不快感持った」
米国工作;昔、日本有力者子弟を米国に留学させ、カーチス等がその工作。
今米国は周近平等中国の有力者の子弟を米国に。
中共指導者と同じパターン。米国のこういうところは見上げるものあり。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/df96702cd7822e090fad4ab5b5fe7a65
テレビ局が毎年、新卒を入れるときに○政とか○芸とか○文とか言う符丁で
呼ぶ人々がいます
これは、その父親が政治家、芸能プロか芸能人、文部省の役人と言う意味ですが
この連中は局内で集まり派閥を作る傾向があります
この派閥の特徴は、とにかく金回りが良いこと
●石原慎太郎都知事の息子(伸晃)→元日本テレビの記者
●(故)小渕恵三元首相の娘(優子)→元TBS
●加藤紘一の娘→TBS
●加藤紘一の娘ムコ→フジの記者
衆院選挙があった。出てくる顔はオッサンばかりで、でもその人たちだって若かりし頃があったはず。
私の世代が政治家を排出する年代になったとき、一体どんな人がどんな顔をして政治家を気取るのだろうか・・・。
そんなことを考えた後に見た夢。
政治家を目指している人たちは、それまでに政治の周辺で情報を集め人脈を築いているだろう。
マスコミに入った政治家の子息は、時が来たらやがて政治家になることも視野に含めているんだろう。
ふと想った。政治家の子供の心を掴むことで、政治家を動かしていないか。
工作や洗脳の入った子供たちによって、その親である政治家が、政治が動かされてはいないだろうか。
夢の中で私には、娘は父親よりも大きな力を持っているように感じたから。
コイズミの息子が内容よりも演説で人を魅了するのも、彼の言動がすでに党内で大きな影響力を持つのも、米国工作が入った子供たちにはみょ~な力を感じる。
都知事という重職にありながら、辞して国政に参加した元知事の本当の思惑は、息子を総理にするためという話もある。
新党を結成して、その得票を与党への手土産とすれば、双方にとって美味しい話。
80にもなって本気で本人が総理になろうなんて想っているわけがない。
しかしそれが息子のためだとすると、突然知事を辞めたのも大阪の知事にすり寄って行ったのも筋が通る・・・。
子供の潜在意識が親によって動かされるように、子供も親を動かす力を持っている。
子供可愛さ。
あんまり面白くない話だけどとりあえずメモ代わりにup
山形でいじめをもみ消した大きな力
顔と名前が一致しない
でも確かに その名前が 夢で聞こえた
その人の娘が現れ
娘も政治家だと想ったけど
後で調べてみると 本当かどうかわからないが
マスコミ関係の人らしい
夢の中では 父親も政治家で 娘も政治家で
娘がとても大きな力を持っている
何かを動かしている
そんな夢だった
カーチスと日本政治
「加藤紘一の娘、加藤あゆこや、中曽根康弘の孫で中曽根弘文の息子、中曽根康隆も、カーティス教授とのコネで、国際関係(SIPA)に入学しております。小泉 進次郎だけではありません。実力でコロンビア大学に留学した人はカーチスの動きに不快感持った」
米国工作;昔、日本有力者子弟を米国に留学させ、カーチス等がその工作。
今米国は周近平等中国の有力者の子弟を米国に。
中共指導者と同じパターン。米国のこういうところは見上げるものあり。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/df96702cd7822e090fad4ab5b5fe7a65
テレビ局が毎年、新卒を入れるときに○政とか○芸とか○文とか言う符丁で
呼ぶ人々がいます
これは、その父親が政治家、芸能プロか芸能人、文部省の役人と言う意味ですが
この連中は局内で集まり派閥を作る傾向があります
この派閥の特徴は、とにかく金回りが良いこと
●石原慎太郎都知事の息子(伸晃)→元日本テレビの記者
●(故)小渕恵三元首相の娘(優子)→元TBS
●加藤紘一の娘→TBS
●加藤紘一の娘ムコ→フジの記者
衆院選挙があった。出てくる顔はオッサンばかりで、でもその人たちだって若かりし頃があったはず。
私の世代が政治家を排出する年代になったとき、一体どんな人がどんな顔をして政治家を気取るのだろうか・・・。
そんなことを考えた後に見た夢。
政治家を目指している人たちは、それまでに政治の周辺で情報を集め人脈を築いているだろう。
マスコミに入った政治家の子息は、時が来たらやがて政治家になることも視野に含めているんだろう。
ふと想った。政治家の子供の心を掴むことで、政治家を動かしていないか。
工作や洗脳の入った子供たちによって、その親である政治家が、政治が動かされてはいないだろうか。
夢の中で私には、娘は父親よりも大きな力を持っているように感じたから。
コイズミの息子が内容よりも演説で人を魅了するのも、彼の言動がすでに党内で大きな影響力を持つのも、米国工作が入った子供たちにはみょ~な力を感じる。
都知事という重職にありながら、辞して国政に参加した元知事の本当の思惑は、息子を総理にするためという話もある。
新党を結成して、その得票を与党への手土産とすれば、双方にとって美味しい話。
80にもなって本気で本人が総理になろうなんて想っているわけがない。
しかしそれが息子のためだとすると、突然知事を辞めたのも大阪の知事にすり寄って行ったのも筋が通る・・・。
子供の潜在意識が親によって動かされるように、子供も親を動かす力を持っている。
子供可愛さ。
あんまり面白くない話だけどとりあえずメモ代わりにup
山形でいじめをもみ消した大きな力
土の記憶
エジプト 中東で生まれた
呪術は
動物使い 蟲使いの術
樹の力を封じ 石で抑えて 結界を張り
生き物や 動物を使って
操った
あらゆる力を抑え込んで 駆使している彼らが
なぜこの島の 原住民たちの力を
恐れる必要があったのだろうか?
しめ縄を施して 樹の力を封じても
石を置いて 塞いでも
結界が張れない 領域がある
植物や樹木は 地中深くに根を張る
結界は 水の中と 土の中には
施せない
地中には 植物や樹木が張る根の
網のようなネットワークがあって
それは 地中でたくさんの鉱物と
雨が染み込んだ土の水分と 響き合って
地球の力を 伝えているから
土に杭を打っても 土の中のエネルギーまで
操れたわけじゃない
土の中に深く染み込んだ雨は 水脈となる
土は水を宿していて 土の水が おとを
情報を伝える
水中よりも 空気中よりも 土の中は
伝わるのが遅い分
おとは濃く 刻まれていく
重なる地層は 太古の記憶の 倉庫となり
土に刻まれた記憶 土に埋もれた記憶は
決して消えることはない
結界のために 植えられた樹木も
何十年何百年 時がたつと
樹木の高さと同じだけ
地中深くに 根を張って行き
地中の水を通して 古いおとが伝わる
そうして 古い記憶に根を伸ばしたとき
樹木は 呪いの術から 解き放たれる
封印のために使った樹木も 時が立つと
やがて気づかれる
操れたのは 地と水に棲まない
生き物だけ
そして 地と水の生物 植物 木々は
ずっと それとなく
土着民に 力を注いでいた
だから大地の上に座る者
森の中に 山の中に棲む者
水の中に潜る者 海辺に棲む者には
力が離れなかった
その繋がりがあるから
彼らは完全に征服されず 秘めた力を保ち続けた
しめ縄が張られた 樹が倒れるとき
結界のほころびと その編み直しは
同時に行われ
鎌倉の 鶴岡八幡宮の 御神木が倒れたのは
2010年3月10日
奇しくも ちょうどその1年後に
震災が起こったのは
春分節の直前の季節
盗電OL事件が起きた季節
結界が張られる季節の前に
花が咲き始める季節に
供えられる魂たち
土葬されたゾンビが 甦るのは
土の中に埋められた彼らが
記憶を忘れていないから
塚に埋められた魂は
時が経てば経つほど
大地の力を宿し 自然の怨霊となって
より大きな力を 響かせるようになる
そして 結界に利用されていることを 知った樹木は
やがて 自ら倒れていく
まるで血管のように 土の中に根を張った森の木々は
根の層を作り上げ 一番表面の 地層となる
土砂崩れで 雪崩のように 森が滑り落ちるとき
樹木の氾濫が 反乱のように見えるのは
私だけだろうか
水晶や 天然石の浄化は
水や月の光だけじゃなく
土に埋めても 浄化される
土には 水分と石の粒子が 含まれている
そして 記憶を宿してくれる レコーダーだから
紙に書いて埋めて 呪いをかけたり
タイムカプセルを作って 埋めたりするのは
土の中は 時間が遅いから
私たちには 止まって見える
忘れたくないことがあったら
土の中に埋めるといいよ
お骨も本当は お墓の中の骨壺ではなくて
土の中に還りたがってる
今年のラー様感謝祭(冬至)は12/21だよ!
ラーの神話ってアマテラスの岩戸隠れにそっくりな話があるんだね。
日本はエジプト好きだと想ってた。発掘のためにかなり資金援助もしているみたいだし、テレビでもよくやっている。
ツタンカーメン展とか毎回大盛況。
多分、古い血を持つ人ほど反応するのかもしれないね。古い血と入力したら、古市と変換されたw
四国の旧家の名らしい。諏訪のことを調べていたら、この名前の人のサイトを見つけた。スピ系の活動でその筋では結構有名のようだ。いろんな意味で。
井口先生にしても、In Deepさんにしても、四国に強い縁のある人がオカルトや古代史ついて発信していて、ネットの世界で大きな影響力を持ち始めているような気がする。
土着信仰 「さむしい。さみしい。さびしー。さむしい。」
死んだら灰になって土に還るんじゃないんだよね今の埋葬法は。骨壺に入って墓の中。
ものすごく間違っていると想う。
千の風にが大ヒットしたけど、昔の人は亡くなった先祖との繋がりをもっと身近に感じられたんじゃないかな。あの歌のように自然の中に還っていけば、いつも身近に存在する。
見えない世界との繋がりがあれば、死が終わりじゃないことを受け入れられる。
呪術は
動物使い 蟲使いの術
樹の力を封じ 石で抑えて 結界を張り
生き物や 動物を使って
操った
あらゆる力を抑え込んで 駆使している彼らが
なぜこの島の 原住民たちの力を
恐れる必要があったのだろうか?
しめ縄を施して 樹の力を封じても
石を置いて 塞いでも
結界が張れない 領域がある
植物や樹木は 地中深くに根を張る
結界は 水の中と 土の中には
施せない
地中には 植物や樹木が張る根の
網のようなネットワークがあって
それは 地中でたくさんの鉱物と
雨が染み込んだ土の水分と 響き合って
地球の力を 伝えているから
土に杭を打っても 土の中のエネルギーまで
操れたわけじゃない
土の中に深く染み込んだ雨は 水脈となる
土は水を宿していて 土の水が おとを
情報を伝える
水中よりも 空気中よりも 土の中は
伝わるのが遅い分
おとは濃く 刻まれていく
重なる地層は 太古の記憶の 倉庫となり
土に刻まれた記憶 土に埋もれた記憶は
決して消えることはない
結界のために 植えられた樹木も
何十年何百年 時がたつと
樹木の高さと同じだけ
地中深くに 根を張って行き
地中の水を通して 古いおとが伝わる
そうして 古い記憶に根を伸ばしたとき
樹木は 呪いの術から 解き放たれる
封印のために使った樹木も 時が立つと
やがて気づかれる
操れたのは 地と水に棲まない
生き物だけ
そして 地と水の生物 植物 木々は
ずっと それとなく
土着民に 力を注いでいた
だから大地の上に座る者
森の中に 山の中に棲む者
水の中に潜る者 海辺に棲む者には
力が離れなかった
その繋がりがあるから
彼らは完全に征服されず 秘めた力を保ち続けた
しめ縄が張られた 樹が倒れるとき
結界のほころびと その編み直しは
同時に行われ
鎌倉の 鶴岡八幡宮の 御神木が倒れたのは
2010年3月10日
奇しくも ちょうどその1年後に
震災が起こったのは
春分節の直前の季節
盗電OL事件が起きた季節
結界が張られる季節の前に
花が咲き始める季節に
供えられる魂たち
土葬されたゾンビが 甦るのは
土の中に埋められた彼らが
記憶を忘れていないから
塚に埋められた魂は
時が経てば経つほど
大地の力を宿し 自然の怨霊となって
より大きな力を 響かせるようになる
そして 結界に利用されていることを 知った樹木は
やがて 自ら倒れていく
まるで血管のように 土の中に根を張った森の木々は
根の層を作り上げ 一番表面の 地層となる
土砂崩れで 雪崩のように 森が滑り落ちるとき
樹木の氾濫が 反乱のように見えるのは
私だけだろうか
水晶や 天然石の浄化は
水や月の光だけじゃなく
土に埋めても 浄化される
土には 水分と石の粒子が 含まれている
そして 記憶を宿してくれる レコーダーだから
紙に書いて埋めて 呪いをかけたり
タイムカプセルを作って 埋めたりするのは
土の中は 時間が遅いから
私たちには 止まって見える
忘れたくないことがあったら
土の中に埋めるといいよ
お骨も本当は お墓の中の骨壺ではなくて
土の中に還りたがってる
今年のラー様感謝祭(冬至)は12/21だよ!
ラーの神話ってアマテラスの岩戸隠れにそっくりな話があるんだね。
日本はエジプト好きだと想ってた。発掘のためにかなり資金援助もしているみたいだし、テレビでもよくやっている。
ツタンカーメン展とか毎回大盛況。
多分、古い血を持つ人ほど反応するのかもしれないね。古い血と入力したら、古市と変換されたw
四国の旧家の名らしい。諏訪のことを調べていたら、この名前の人のサイトを見つけた。スピ系の活動でその筋では結構有名のようだ。いろんな意味で。
井口先生にしても、In Deepさんにしても、四国に強い縁のある人がオカルトや古代史ついて発信していて、ネットの世界で大きな影響力を持ち始めているような気がする。
土着信仰 「さむしい。さみしい。さびしー。さむしい。」
死んだら灰になって土に還るんじゃないんだよね今の埋葬法は。骨壺に入って墓の中。
ものすごく間違っていると想う。
千の風にが大ヒットしたけど、昔の人は亡くなった先祖との繋がりをもっと身近に感じられたんじゃないかな。あの歌のように自然の中に還っていけば、いつも身近に存在する。
見えない世界との繋がりがあれば、死が終わりじゃないことを受け入れられる。
2012年12月27日木曜日
クリスタルライン
蛇神 竜蛇信仰
蛇が崇められたのは
蛇の生命力や 蛇の頭が 男性器を連想させるとか
縄文土器などに見られる 土着の信仰とされている
いくら蛇が最強だからといったって
あんな怖いもの 人の命を脅かすものを
好きになれるだろうか
恐ろしいからこそ 崇めているのかもしれないけど
人に害しかもたらさない生き物を 利益にならないものを
人は心から 崇めたりするだろうか
別に蛇じゃなくてもいいと想うんだけど・・・ (^_^.;)
竜蛇信仰は 各地で見られる 原始的な信仰
長の国の 長(ナガ)は 蛇が長いから
蛇=長 になったんだろうなと想うけど
いくら原始的だからって もっと別の世界観も
あったんじゃないかと想う
蛇や竜は エネルギー 気の流れを表していて
縄文土器を見れば
縄文人が それを感じていたのがわかる
各地にある竜蛇信仰は 本当は
龍脈のことを 意味していて
つまりそれは 中央構造線などの 断層のことで
そこからは 温かい温泉が湧き
エネルギースポットとして 古代人に健康をもたらし
渡来人にとっては 鉱物が発見され
動物使いのツールとして
土着の蛇信仰に 渡来系の信仰は 抵抗なく重ね合わされたのかもしれない
断層が うねうねと 大地に刻み込まれたように 走っている様は
地を這う蛇の姿に 重ね合わされ
強いエネルギーという意味では
男性器の信仰にも 繋がって行く
大地のエネルギーを土器に表していた縄文人が 住んでいた所
集落を形成していた場所は
きっと 例外なく エネルギースポットで
黒曜石だけでなく その他の天然資源にも
恵まれた場所だったに違いない
縄文人が追われたのは その悲劇が起こったのは
彼らが 高いエネルギースポットに居たからであり
彼らが居た場所こそ 結界を張る民族が
欲しがる場所だった
土着の神を追い出し 諏訪に神社を置いたのは
西日本の中央構造線の終点である 諏訪でなければダメだったし
そしてそこには 感度の高い原住民が すでに集まっていて
やがて彼らは 縄文人がいる場所には
高エネルギースポットや
エネルギー資源が見つかることに 気づいたのではないかと想う
潜在的に渡来人が 縄文人を恐れたのは
後から続く 大陸からの渡来人ではなく
「 縄文人を抑えるために 」 国造りを進めたのは
彼らの 土地の気を感じる能力
自然や動物たちと 感応する力
この島との 繋がりの強さを
真似できなかったからじゃないかと想う
諏訪大社縁起
・甲賀三郎譚所縁の由来(南北朝時代の説話集「神道集」より)
中世に語り継がれた諏訪大社の由来。諏訪大明神が竜蛇神とされる理由のひとつ。
―甲賀三郎は大和の国主となり春日姫と結婚した。三郎が兄たちと伊吹山で狩りをしている時、春日姫がさらわれた。
全国を探し求め信州蓼科岳の人穴のなかで春日姫を発見。救い出したが、春日姫に恋する兄によって三郎は穴から出られなくなる。三郎は穴の中を進み、維縵国に至り国王の娘と結婚する。13年間暮らすが春日姫恋しさから再び地底探索開始。国王は鹿の肝で作った餅を与え、道中の難所の克服法を教えた。
千日かけ三郎は信州浅間岳に到着。しかし自身の体が蛇になっていた事に気づく。老僧の言うとおり、池の水を飲み、呪文を唱えると元に戻った。
兵主神に導かれ、三笠山で春日姫と再会。平城国で神道の法を授かり、帰国。三郎は諏訪大明神として上社に、春日姫は下社に出現した。
穴の中で地底探索をして、浅間山まで到着したら蛇になっていた。これは鉱脈を探して発見した?
諏訪から浅間にかけて、鉱山があることを示唆している?この辺りはもろフォッサマグナ。
諏訪は漢読みをするとシュホウと読む。諏をシュと読むなら、諏訪は「シュワ」とも読めないかな?
そう、ナウシカのシュワの墓所!諏訪がシュワの墓所だったら、ラスボスはここに・・・。
やっぱり中央構造線&フォッサマグナ、ということかな。
蓼科―浅間山間は、木花之佐久夜毘売の佐久市がある。富士山の神様。
富士山は古来浅間山と呼ばれていたらしい。
日本の自然放射線量のmapを見ると、ピンポイントに放射線量が高いところがわかる。
諏訪大社のご神体である守屋山の放射線量はmaxで赤くなっている。また、阿波忌部が辿り着いた麻植郡は、ちょうど赤くなっている二つのエリアのど真ん中に村がある。古代阿波人は鉱山に恵まれている地域がわかっていた。まあ、縄文人が居たんだろうけど。
甲賀三郎の伝承に出てくる地域は、フォッサマグナの縦の層に対して、横に点在している。
伊吹山、三笠山(御嶽山)、諏訪、信州蓼科、浅間岳は、私の勝手な直感だけど、鉱山資源があったり、住みやすい磁場だったり、何かしらの利点があったことを暗示しているような。
伊吹山諏訪は自然放射線量が高く、御嶽山浅間山は活火山で温泉が。
蓼科は古代巨石文明エリア。
八雲エンライト さんより。御嶽山・蓼科・浅間山・諏訪(守屋山)が入っている。
伝承は、諏訪を中心とした結界の話だった!
この図のように張られていると考えていいと想う。
南アルプスは中央構造線のラインにあり、北アルプスは立山があって、富士諏訪湖ラインを形成している(リンク先参照)。中央アルプスには諏訪湖を水源とする天竜川が。去年川の氾濫で転覆事故があった。
ちなみに、中央アルプスの南には放射線量が高いとっても大きなエリアがある。
調べてみると豊田市だった・・・。
パワースポット フォッサマグナ
八島ヶ原湿原の元御射山遺跡だ。ここに巨石文明が存在し、ドルメン等の自然結界的な物を配していた。
その名残を諏訪神族は利用して祭儀場として使ったに過ぎないのだ。
そしてこの地がパワースポットであるもう一つの理由。それは地磁気逆転にある。
あまり知られていないが、八島ヶ原湿原には方位磁石を持っていくと、北と南がぴたりと逆転するエリアが存在するのだ。
・・・実は諏訪湖形成の折りに、糸魚川静岡構造線がズレた事によって中央構造線が湖を隔てて分断されている。つまり、中央構造線の裂け目の中に諏訪湖が誕生した事になる訳だ。
まさに世界のへその中のへそ!なのだ。
それによって、構造線の接点は諏訪湖を跨いで2つ存在する事になった。
驚くべき事に、この2つの接点のどちらにも諏訪大社が建っている。
北側が諏訪大社下社、南側が諏訪大社上社である。
諏訪大社に上社と下社についていろんな伝承が存在しているけど、要は中央構造線が途切れている地点の両方に神社を置いて封印したってことなのよね。
古代人はここまでわかっていたのがすごい。。。というか、それは多分縄文人の力だったような気がする。共感覚を持つ人は現代でもいるように、古代の縄文人には当たり前の感覚だったとしたら、その場所に何かを感じ、特別な所として巨石を置いたりして目印にしたんじゃないかな。
後からやって来た渡来人は、そこに(その近くに)なんかいいもんだと想って神社を置いた。共感覚を持っていなければ探し出せないから、本当にパワーがある所とちょっとずれた場所に神社があったりするのも単に彼らがわからなかっただけかもね。
まあ、火山噴火によって山の上ほど巨石がごろごろ転がっているわけで、噴火によって吹っ飛んだ巨石にパワーを感じるのも当然だし、巨石がある場所というのは、火山活動が活発に行われた所で鉱物の地層も豊富だとすると、果たして縄文人が巨石を運んだのか、それとも巨石がある場所にエネルギーを感じてそこに集ったのかはわからない。
日本ほど一つの島にプレートが押し寄せている所はないから、中東から来た征服民はびっくりしたんじゃないかなw?そしてその力を身に付け、駆使している原住民に恐れを抱いたとしても不思議じゃないわね、
八島ヶ原湿原の元御射山遺跡は、諏訪大社下社の奥宮でもある。
巨石文明の跡地で源氏は関ヶ原の合戦の練習?みたいな競技会を開いて盛大な祭りをやっていたらしい。
蛇が崇められたのは
蛇の生命力や 蛇の頭が 男性器を連想させるとか
縄文土器などに見られる 土着の信仰とされている
いくら蛇が最強だからといったって
あんな怖いもの 人の命を脅かすものを
好きになれるだろうか
恐ろしいからこそ 崇めているのかもしれないけど
人に害しかもたらさない生き物を 利益にならないものを
人は心から 崇めたりするだろうか
別に蛇じゃなくてもいいと想うんだけど・・・ (^_^.;)
竜蛇信仰は 各地で見られる 原始的な信仰
長の国の 長(ナガ)は 蛇が長いから
蛇=長 になったんだろうなと想うけど
いくら原始的だからって もっと別の世界観も
あったんじゃないかと想う
蛇や竜は エネルギー 気の流れを表していて
縄文土器を見れば
縄文人が それを感じていたのがわかる
各地にある竜蛇信仰は 本当は
龍脈のことを 意味していて
つまりそれは 中央構造線などの 断層のことで
そこからは 温かい温泉が湧き
エネルギースポットとして 古代人に健康をもたらし
渡来人にとっては 鉱物が発見され
動物使いのツールとして
土着の蛇信仰に 渡来系の信仰は 抵抗なく重ね合わされたのかもしれない
断層が うねうねと 大地に刻み込まれたように 走っている様は
地を這う蛇の姿に 重ね合わされ
強いエネルギーという意味では
男性器の信仰にも 繋がって行く
大地のエネルギーを土器に表していた縄文人が 住んでいた所
集落を形成していた場所は
きっと 例外なく エネルギースポットで
黒曜石だけでなく その他の天然資源にも
恵まれた場所だったに違いない
縄文人が追われたのは その悲劇が起こったのは
彼らが 高いエネルギースポットに居たからであり
彼らが居た場所こそ 結界を張る民族が
欲しがる場所だった
土着の神を追い出し 諏訪に神社を置いたのは
西日本の中央構造線の終点である 諏訪でなければダメだったし
そしてそこには 感度の高い原住民が すでに集まっていて
やがて彼らは 縄文人がいる場所には
高エネルギースポットや
エネルギー資源が見つかることに 気づいたのではないかと想う
潜在的に渡来人が 縄文人を恐れたのは
後から続く 大陸からの渡来人ではなく
「 縄文人を抑えるために 」 国造りを進めたのは
彼らの 土地の気を感じる能力
自然や動物たちと 感応する力
この島との 繋がりの強さを
真似できなかったからじゃないかと想う
諏訪大社縁起
・甲賀三郎譚所縁の由来(南北朝時代の説話集「神道集」より)
中世に語り継がれた諏訪大社の由来。諏訪大明神が竜蛇神とされる理由のひとつ。
―甲賀三郎は大和の国主となり春日姫と結婚した。三郎が兄たちと伊吹山で狩りをしている時、春日姫がさらわれた。
全国を探し求め信州蓼科岳の人穴のなかで春日姫を発見。救い出したが、春日姫に恋する兄によって三郎は穴から出られなくなる。三郎は穴の中を進み、維縵国に至り国王の娘と結婚する。13年間暮らすが春日姫恋しさから再び地底探索開始。国王は鹿の肝で作った餅を与え、道中の難所の克服法を教えた。
千日かけ三郎は信州浅間岳に到着。しかし自身の体が蛇になっていた事に気づく。老僧の言うとおり、池の水を飲み、呪文を唱えると元に戻った。
兵主神に導かれ、三笠山で春日姫と再会。平城国で神道の法を授かり、帰国。三郎は諏訪大明神として上社に、春日姫は下社に出現した。
穴の中で地底探索をして、浅間山まで到着したら蛇になっていた。これは鉱脈を探して発見した?
諏訪から浅間にかけて、鉱山があることを示唆している?この辺りはもろフォッサマグナ。
諏訪は漢読みをするとシュホウと読む。諏をシュと読むなら、諏訪は「シュワ」とも読めないかな?
そう、ナウシカのシュワの墓所!諏訪がシュワの墓所だったら、ラスボスはここに・・・。
やっぱり中央構造線&フォッサマグナ、ということかな。
蓼科―浅間山間は、木花之佐久夜毘売の佐久市がある。富士山の神様。
富士山は古来浅間山と呼ばれていたらしい。
日本の自然放射線量のmapを見ると、ピンポイントに放射線量が高いところがわかる。
諏訪大社のご神体である守屋山の放射線量はmaxで赤くなっている。また、阿波忌部が辿り着いた麻植郡は、ちょうど赤くなっている二つのエリアのど真ん中に村がある。古代阿波人は鉱山に恵まれている地域がわかっていた。まあ、縄文人が居たんだろうけど。
甲賀三郎の伝承に出てくる地域は、フォッサマグナの縦の層に対して、横に点在している。
伊吹山、三笠山(御嶽山)、諏訪、信州蓼科、浅間岳は、私の勝手な直感だけど、鉱山資源があったり、住みやすい磁場だったり、何かしらの利点があったことを暗示しているような。
伊吹山諏訪は自然放射線量が高く、御嶽山浅間山は活火山で温泉が。
蓼科は古代巨石文明エリア。
八雲エンライト さんより。御嶽山・蓼科・浅間山・諏訪(守屋山)が入っている。
伝承は、諏訪を中心とした結界の話だった!
この図のように張られていると考えていいと想う。
南アルプスは中央構造線のラインにあり、北アルプスは立山があって、富士諏訪湖ラインを形成している(リンク先参照)。中央アルプスには諏訪湖を水源とする天竜川が。去年川の氾濫で転覆事故があった。
ちなみに、中央アルプスの南には放射線量が高いとっても大きなエリアがある。
調べてみると豊田市だった・・・。
パワースポット フォッサマグナ
八島ヶ原湿原の元御射山遺跡だ。ここに巨石文明が存在し、ドルメン等の自然結界的な物を配していた。
その名残を諏訪神族は利用して祭儀場として使ったに過ぎないのだ。
そしてこの地がパワースポットであるもう一つの理由。それは地磁気逆転にある。
あまり知られていないが、八島ヶ原湿原には方位磁石を持っていくと、北と南がぴたりと逆転するエリアが存在するのだ。
・・・実は諏訪湖形成の折りに、糸魚川静岡構造線がズレた事によって中央構造線が湖を隔てて分断されている。つまり、中央構造線の裂け目の中に諏訪湖が誕生した事になる訳だ。
まさに世界のへその中のへそ!なのだ。
それによって、構造線の接点は諏訪湖を跨いで2つ存在する事になった。
驚くべき事に、この2つの接点のどちらにも諏訪大社が建っている。
北側が諏訪大社下社、南側が諏訪大社上社である。
諏訪大社に上社と下社についていろんな伝承が存在しているけど、要は中央構造線が途切れている地点の両方に神社を置いて封印したってことなのよね。
古代人はここまでわかっていたのがすごい。。。というか、それは多分縄文人の力だったような気がする。共感覚を持つ人は現代でもいるように、古代の縄文人には当たり前の感覚だったとしたら、その場所に何かを感じ、特別な所として巨石を置いたりして目印にしたんじゃないかな。
後からやって来た渡来人は、そこに(その近くに)なんかいいもんだと想って神社を置いた。共感覚を持っていなければ探し出せないから、本当にパワーがある所とちょっとずれた場所に神社があったりするのも単に彼らがわからなかっただけかもね。
まあ、火山噴火によって山の上ほど巨石がごろごろ転がっているわけで、噴火によって吹っ飛んだ巨石にパワーを感じるのも当然だし、巨石がある場所というのは、火山活動が活発に行われた所で鉱物の地層も豊富だとすると、果たして縄文人が巨石を運んだのか、それとも巨石がある場所にエネルギーを感じてそこに集ったのかはわからない。
日本ほど一つの島にプレートが押し寄せている所はないから、中東から来た征服民はびっくりしたんじゃないかなw?そしてその力を身に付け、駆使している原住民に恐れを抱いたとしても不思議じゃないわね、
八島ヶ原湿原の元御射山遺跡は、諏訪大社下社の奥宮でもある。
巨石文明の跡地で源氏は関ヶ原の合戦の練習?みたいな競技会を開いて盛大な祭りをやっていたらしい。
2012年12月26日水曜日
縄文の海を越えて
四国の吉野川は 中央構造線沿いに流れていて
その河口から 構造線沿いにまっすく行った先には
紀伊半島の 吉野川(紀ノ川)に 繋がる
川の北側には 金剛山地があって
南側には 高野山などの 険しい熊野の山々が連なる
金剛山地の北 大阪湾を望む所には
河内長野市があって ここにも 長(ナーガ)の名がある地名が
長の国・阿波に近いこのエリアには
長髄邑だけでなく この地域一帯に
長の国の勢力が すでに有ったことを 示している
大阪の 縄文海進を考えて
三輪王朝や ヤマト朝廷が
奈良南部に座したとしても 海から離れ過ぎているのが
不思議だった
調べてみると 縄文海進は 60mまで遡るという
縄文海進について調べていたころ 関東では
貝塚などの跡地から 10~20mとされていた
ところが 神武天皇にまつわる場所は
全て海抜60mの所にあるという
そして洪水マップで確かめてみると
確かにー60mのところには
神武が即位した 橿原の地も
河内長野も ナガスネコヒが居た 生駒エリアも
海岸沿いにあり
四国にある 神武天皇の橿原神宮の元宮
樫原神社も 海水の侵入から 免れている
-60mの縄文時代には 大阪湾は生駒山まで広がり
奈良盆地は 巨大な湾 河内湾を形成して
大阪湾と繋がっていた
これなら 海から来て 上陸し
三輪王朝を建てたり ナガスネヒコと戦ったり
橿原の地で大和を開いたりした場所が
海から来た民族によるものであることがわかる
そして 登美の長の邑 河内長野
長の字が付いた地名は いずれも陸地にあり
それ以外の周辺は ものの見事に 水中に沈んでいる
長の国 阿波の古代民族は
どの渡来民族よりも この地に早く 辿りついていた
橿原神宮がある 畝傍山の側には
呪術的に配置された 忌部山があり
天皇の歴史に関わる 三大神社の一つ
桜井市の大和神社が祭っている 倭大国魂神は
倭大国魂神社が 阿波にあって しかものこの神社は
阿波にしかない
神武を天皇にしたのは 倭の国 日本を創ったのは
阿波の古代人なのだろうか
古代阿波の謎を暗示する、大和三山、他
大和盆地の大湖について判明していることは、標高60m以上まで、縄文遺跡の存在があり、それ以下は、当時、湖面・湿地帯であったこと。その後、1800年ほど前の弥生期・古墳期は、標高50m以上までが生活域であり、それ以下は湖面・湿地帯であったこと、などだ。つまり、大和地域の50m線、60m線の周縁部には、多くの遺跡が散在するが、中央の平野部には、縄文・弥生等の遺跡はないということ。それらの時代には、そこは、広く湖底であり、人が住めなかったのだから。
Flood map -60m
忌部山の呪術配置
大和三山が成す二等辺三角形の垂線の延長が、なぜに阿波国、そして剣山を指向するのか。
三輪山~橿原神宮(畝傍山)~忌部山~剣山
全部一直線に繋がっている・・・
忌部山
弥生時代の遺跡としては特異で軍事的・防塞的(ぼうさいてき)集落と考えられていますが、よくわかっていません。
忌部山は100mぐらいの高さしかない。呪術の配置のために作られた山と想われる。
剣山まで伸ばすと奈良の呪術の配置が崩れるので、三輪の大神神社~忌部山の矢の呪術配置は、それで完成しているように想う。一方で、大神神社から剣山までの線を九州まで延長すると、高千穂神社に到達した。
三輪山、大和三山、剣山、高千穂は全部ピラミッドらしい。
日本のピラミッド
うーん。現在の正確な地図でほとんど誤差がないほどの技術があるとしたら、それは高度な天文学の知識がなければ無理だと想う。1㎞ほどの誤差を許すとしたら、上記のピラミッドは全て直線上にある。
エジプトにしてもマヤにしても、天文学の知識が発達した文明には、ピラミッドがある。
エジプト系の民族が阿波に来ていても不思議じゃない。持ってきたのは、天文学の技術と動物使いの呪術か。
この二つは、遠い地からも海を渡ってやって来るのにとても役立っただろう。
河内の長の時代が三輪王朝だとしたら、三輪、橿原が忌部山を指し、それが阿波剣山に伸びているのは、大和を作ったのは阿波の勢力だと示していないだろうか?「長」は、徳島の那賀という地名から来ているが、それは剣山の南。矢印はもしかして剣山というより、「長=那賀」の地を指しているかもしれない。それともこの矢印を指すピラミッドの呪術は、大和の国のエネルギーが那賀へと流れる仕組みなのか?
古代人オソロシヤ~~~
那賀の町に豊後神社というのを見つけた。なぜ九州の豊がここに・・・?
地図を見ると、高千穂の隣町が豊後大野。どういうことだろう?
一説には四国には日本中の神社の名があるという。
また、記紀は全て四国内での話という説も。
神武の九州と四国が敵対していたら、こんな風に橿原→忌部→那賀→高千穂、と繋がったりはしないんじゃないだろうか。神武の神話の始まりから即位まで、阿波長の国が入っている。豊後が阿波にあって、阿波岐原が宮崎にあるし。持ちつ持たれつのような。豊後神社というのは全国でも阿波にしかないようだ。なぜ豊の地になくて阿波にあるのか・・・?
那賀川の先は物部川になっている。なんかもーてんこ盛りでなんでもあるのねここは。
実際にその時代にいろんな勢力が居たのとは別に、記紀は四国の勢力の創作なんじゃないの?
創作というか、自分たちの血筋の話を日本の建国神話にしてしまったとか。
高知県の大月町から上陸したと考えると、高千穂も豊後大野市も豊後水道を挟んですぐ向かいにある。その下には阿波岐原の日向灘があるし、むしろルートからいったらこちらの方に先に上陸していそう。つまり、海を越えて中東エジプトからやってきた船団が、各々別の場所に流れ着いて分かれたのかもしれない。また、船を利用して各地を訪れたんだろう。
より大きな地図で ピラミッドライン を表示
ネコとイルカのエコーロケーション
海中音波
海水中で光・電波・磁力波は長距離で伝わらず、音波や超音波が伝わりやすい。
現在は海流の温度や成分により、音波の伝わり方が異なっている所まで調査されている。同じ海流内では音波がそのまま伝わり、異なる海流で遅くなったり(低音)、速くなったり(高音)、乱流で歪んだり(変音)するため、正確な音波の伝わり方は海溝や深海、同じ海流内という事になる。
逆に通常の伝わり方との違いから、前方の潮流の距離や速度を知る事ができる。海生生物は聴覚と嗅覚、海水温度や成分の変化に敏感で、磁力波や生体電流を感知できる海生生物や器官に関しては明確ではない。
イルカ・クジラの超音波交信
ヒトに聴こえない周波数の音を超音波と呼ぶなら、シロナガスクジラの発する17Hzという極低周波音も、超音波の一種だろう。しかし、その性質は、高周波側の超音波とは対照的である。・・・これほどの低周波音は、水中での吸収減衰が極めて小さいため、非常に長い距離の伝搬が可能である。
大洋の非常に離れた2点間で、音波の到達時間を精確に測れば、その音線上の平均的な海水温をはかることができる。なぜなら、水中における音波の伝搬速度は、水温と海流速度に依存するからだ。
1990年に南インド洋のハード島を音源とする超長距離音波伝搬実験が行われた(Munk et al. 1990)。結果は大成功で、南アフリカ沖を経由して米国東海岸へ、また太平洋を経由して、米国東海岸へ、1万km以上の距離を隔てて信号を受信することができた。送信周波数は57Hz、音源音圧レベルは220dBであった。
シロナガスクジラの鳴音は、さらに低い17Hzという周波数である。しかも帯域幅が狭いため、良好な信号雑音比を有しており、遠くまで届く。
超音波を使った呼びかけ
よく、犬や猫を呼ぶ時、舌打ちをしますが、舌打ちの音にはやはりはっきりと超音波領域の音が含まれていました。また、拍手にも超音波領域の音が含まれていました。とすると魚に超音波は聞こえないと記述しましたが、手を打って呼び寄せることの出来る鯉には、もしかしたら超音波が聞こえているのかも知れません。
少し、飛躍した考え方をすれば、神社で柏手を打つのは、人間が発することの出来る幅広い周波数の音で、神様に自分が祈りの場に居ることを知らせようとしているためではなかろうか?八百万の神様の気を引くには何とも旨い方法を考えた物だと思います。
想念体に聞こえる音の領域は私たちと違うのかもしれない。想念体だけに聞こえる領域があるとしたら・・・?集団○トーカーとかは、ここを攻撃しているのかも。さすが宗教系。
あやしいサイトですが
音響免疫療法患者の会
イルカは、水の伝える15万Hzの超音波エネルギーで、海底の海藻や泥の中に隠れている魚に照射し気絶させます。さらに、レントゲン写真のように、骨格を認識していると言われています。イルカはエコーロケーションを応用し、身体に害のない15万Hzの水の伝える超音波エネルギーで、魚を幸せな状態で気絶させ苦しませない状態で食べているのです。
・・・「波」「イルカ・クジラ」「ネコ」の低周波の激しい響きを脊髄に聴かせると、体が温まり、心が安心し深い眠りに入ります。
・・・人間と一緒に暮らす大好きな猫たちはゴロゴロと身体を震わせ、抱いている私たちと一緒に自分の病を治しています。人間と動物が共に生き健康になる、世界でただ一つの音楽免疫療法を猫は私たちに施術し、一緒に暮らす私たちをも癒してくれていたのです。猫は自分で病気を治す名医だったのです。
ネコがエネルギーを与えてくれるのは、イルカやクジラに近い低周波のせいかもしれない。なんでも、ネコのゴロゴロの低周波(20~100Hz)が、自然治癒力を高めたり痛みを緩和させるらしい。
イルカは低周波も高周波も領域が広い。イルカの場合は高周波にヒーリング作用があるようだけど???イルカの鳴き声って猫の鳴き声に似ていたりするよね。
多幸感を味わえる音波域があるみたい。サメに食べられて腕や足を失った人は、痛くなかったと聞いたことがある(腕を失っているのにニコニコしている写真とか)。海の動物たちの食物連鎖は、私たちが想像しているものと全く違う、幸福なサイクルなのかもしれない・・・。ちなみに、同じケガをするにしても、銃はとっても痛いらしい><
銃で捕獲された動物は、とても痛いんだろうな・・・。そして、仮に超古代人、もしかして縄文人は、狩猟のときにこの多幸感を生む音波を駆使していたかもしれない。
魂が死んだときの感情や記憶のままあの世に居続けるなら、死ぬときにどんな感情を味わうかはとても大事なことなんじゃないかと想う。その世界のエネルギーはやがて現実に転写されるのだから。
音波を響かせるには、脊髄に聞かせるとは!やはり、骨は音を反響する。脊髄は、背骨の中にある神経の束のこと。まるで電線のように、音を伝送するのかな。そういや骨伝導の携帯とかあったね。
ネコにヒーリング能力があったのは意外。ヒーリング音波を出す猫は陸のイルカかもしれない??
猫を抱いていると、猫の超音波が脊髄の神経に響いて体全体に伝わって治癒力を高めたり、免疫力をupしてくれるのかな。健康法になりそうだなこりゃ (=^・^=)
色々な動物の可聴域
数値は目安のようです。
シロナガスクジラは5Hzとさらに低い。
犬は人間の2倍以上、猫は犬の2倍以上
イルカの気持ち
超音波は物体も通すらしい。
だから遠く離れた子猫の声が聞こえたりしたのかぁ。
エコーロケーションwiki
人間の第三の目もエコーロケーションでは。だからここが発達すると透視や透聴能力が付いたりするのかも。
透感や透知能力などもあって、地震の時に体に反応が出たり、直観したりするのも第三の目のエコーロケーションのせいかもしれない。ここら辺の能力についてはドリーン博士などの天使系に詳しい。
2012年12月25日火曜日
クジラの波と蝶の羽
地球の動き 潜在意識の世界は バタフライ効果
どこかで小さな異変が起きたとき
それは別のどこかで 大きな現象として 響き合う
小さな願いが 大きな現象を呼んでくる
北極にいるクジラは 南極にいるクジラと
超音波で交信していて
北極のクジラの ひと掻きが
南極のクジラまで 大きな波となって 海流に影響を与える
そんな話を 聞いたことがある
鳥の時代が終わって 蝶の時代に入るなら
それは 鳥の付け替えで 現実が現象化されるのではなく
バタフライ効果で 現実化が起きるということ
どこで何が起こるか 何が引き金になるのか
わからない
何が原因なのか わからない
けれど それは確かに
多くの想いに支えられた
みんなの総意なの
波や風 温度などの気象状況は 水の動きが支配していて
道路の自動車の自然渋滞は 横に動くエネルギーが支配している
どちらも 重力よりも別の エネルギー軸の世界
縦の線が入り始めて
上から来るエネルギーが この世界のエネルギーに
緩衝し出したら
この世界のエネルギーは バタフライ効果が起こりやすい状態に
なるのかもしれない
それはもう 実は起きていて
各地で起きる地震は 誰かの小さな想いが
引き起こしているかもしれない
虫の小さな想いが 大きな呪いを発するように
小さきものの 強い想いに
賛同するエネルギーが 次から次へと 集まれば
邪魔するものがないなら
それは やがてどこかで
大きな事象として 現れる
自然のエネルギー緩衝が 進めば
宇宙からの 縦の線が 増えれば
私たちの 可視領域 可聴領域も
広がって来るだろう
分厚い 帯のような想念の層
霊界という 地球を覆って
閉ざしていた層が 無くなれば
私たちはもっと 見えない領域のエネルギーが見え
聞こえなかった音波が 聞こえるようになって
意思の疎通が 時間と空間に捉われずに
できるようになるかもしれない
イルカやクジラ 猫のように 距離を超えて交信する
超音波の音が 人にも聞こえるようになったら
人間だって同じように 交信することが
できるはず
人間のような 肉体を持たない想念体から
もっと聞こえるようになって もっと見えるようになる
だからピンポイントに 大月で事故や火災が起きたり
因縁の地で 動物たちが 白くなった
今まで見えなかった 届かなかった
小さきものの 想いが
彼らに届いて 応援が 集まり始めている
これまでの物理的な法則では
エネルギーをたくさん集めれば集めるほど
それは現実の上でも パワーを奮った
アトランティスの末裔たちは エネルギーに執着し
ひたすら集めようとする
けれど 見えない世界のエネルギーが
確かな耳と 目を持つようになったら
彼らの想いに 響く想いにしか 集まらなくなる
石を使い 金を使い 鉄を使い
いろんな仕掛けで 呼び集めても
鳥のように 騙されたりはしない
想いがないのに エネルギーを掻き集めることは
もうできなくなる
巨大なネットの世界では
こんな小さなブログが発信していることは
蝶の羽ばたきよりも小さく
大海原にそよぐ 小さな波のようなもの
だけど
たとえどんな小さな想いでも
見えない世界の 大きな想いと 響きあうことができたなら
この世界のどこかで この宇宙のどこかで
大きな現象を生む 起点となっている
それが 蝶の羽の響き
海流を生む クジラの波
そんな風に考えると
ちょっとワクワクしてきて ((○(^▽^)○))
コツコツと 書いててよかったなと
少しだけ 報われた気持ちになる
蝶は 春先に 真っ先に
蜘蛛と一緒に 結界を編む生き物
結界の起点に どんどん力が戻りつつあるなら
結界が崩れるまで あと少し
術はばれたら オシマイ
気付かれたら オワリ
鳥から蝶へ 蝶から蜘蛛へ
ラスボスまで あと少し
蟲使いまで もう少し
どこかで小さな異変が起きたとき
それは別のどこかで 大きな現象として 響き合う
小さな願いが 大きな現象を呼んでくる
北極にいるクジラは 南極にいるクジラと
超音波で交信していて
北極のクジラの ひと掻きが
南極のクジラまで 大きな波となって 海流に影響を与える
そんな話を 聞いたことがある
鳥の時代が終わって 蝶の時代に入るなら
それは 鳥の付け替えで 現実が現象化されるのではなく
バタフライ効果で 現実化が起きるということ
どこで何が起こるか 何が引き金になるのか
わからない
何が原因なのか わからない
けれど それは確かに
多くの想いに支えられた
みんなの総意なの
波や風 温度などの気象状況は 水の動きが支配していて
道路の自動車の自然渋滞は 横に動くエネルギーが支配している
どちらも 重力よりも別の エネルギー軸の世界
縦の線が入り始めて
上から来るエネルギーが この世界のエネルギーに
緩衝し出したら
この世界のエネルギーは バタフライ効果が起こりやすい状態に
なるのかもしれない
それはもう 実は起きていて
各地で起きる地震は 誰かの小さな想いが
引き起こしているかもしれない
虫の小さな想いが 大きな呪いを発するように
小さきものの 強い想いに
賛同するエネルギーが 次から次へと 集まれば
邪魔するものがないなら
それは やがてどこかで
大きな事象として 現れる
自然のエネルギー緩衝が 進めば
宇宙からの 縦の線が 増えれば
私たちの 可視領域 可聴領域も
広がって来るだろう
分厚い 帯のような想念の層
霊界という 地球を覆って
閉ざしていた層が 無くなれば
私たちはもっと 見えない領域のエネルギーが見え
聞こえなかった音波が 聞こえるようになって
意思の疎通が 時間と空間に捉われずに
できるようになるかもしれない
イルカやクジラ 猫のように 距離を超えて交信する
超音波の音が 人にも聞こえるようになったら
人間だって同じように 交信することが
できるはず
人間のような 肉体を持たない想念体から
もっと聞こえるようになって もっと見えるようになる
だからピンポイントに 大月で事故や火災が起きたり
因縁の地で 動物たちが 白くなった
今まで見えなかった 届かなかった
小さきものの 想いが
彼らに届いて 応援が 集まり始めている
これまでの物理的な法則では
エネルギーをたくさん集めれば集めるほど
それは現実の上でも パワーを奮った
アトランティスの末裔たちは エネルギーに執着し
ひたすら集めようとする
けれど 見えない世界のエネルギーが
確かな耳と 目を持つようになったら
彼らの想いに 響く想いにしか 集まらなくなる
石を使い 金を使い 鉄を使い
いろんな仕掛けで 呼び集めても
鳥のように 騙されたりはしない
想いがないのに エネルギーを掻き集めることは
もうできなくなる
巨大なネットの世界では
こんな小さなブログが発信していることは
蝶の羽ばたきよりも小さく
大海原にそよぐ 小さな波のようなもの
だけど
たとえどんな小さな想いでも
見えない世界の 大きな想いと 響きあうことができたなら
この世界のどこかで この宇宙のどこかで
大きな現象を生む 起点となっている
それが 蝶の羽の響き
海流を生む クジラの波
そんな風に考えると
ちょっとワクワクしてきて ((○(^▽^)○))
コツコツと 書いててよかったなと
少しだけ 報われた気持ちになる
蝶は 春先に 真っ先に
蜘蛛と一緒に 結界を編む生き物
結界の起点に どんどん力が戻りつつあるなら
結界が崩れるまで あと少し
術はばれたら オシマイ
気付かれたら オワリ
鳥から蝶へ 蝶から蜘蛛へ
ラスボスまで あと少し
蟲使いまで もう少し
2012年12月24日月曜日
動物から始まる
空を飛ぶ鳥が 犬を動かしていた
鳥が犬を 使っていた
大陸から来た鳥使いが 犬と共に暮らしていた
原住民の熊襲を 仕えさせ
鳥が犬を 使い出した
鳥使いが 原住民を使役したように
鳥が 犬を 使役し始めた
鳥使いによって 熊襲は 隼人
鳥の名 ハヤブサと名付けられたけど
本当は 熊 森の力がある人
鳥使いの一族が 原住民の力を封じるために
彼らに忠実な 彼らのために動く 犬の力を封じた
鳥に使われる犬は 鳥の習性を帯びるようになり
犬の付け替えは 鳥の指示によって
鳥使いのために行われる
大陸の鳥使いが この島に来るまで
狼から生まれた犬は 縄文人の よきパートナーだった
今よりも 狼の習性に近かっただろう
鳥が犬を使って 縄文人を 森から誘いだし
縄文人を 囲い始めた
鳥が嫌いな人は
鳥に 別の意図を感じているからかもしれない
潜在的に 鳥が付け替えていることを 感じていて
鳥が自分たちから 取って行っていることを 知っている
コウノトリが運んでくるのは 鳥使いによって運ばれた
よその子の魂
鳥居は 神社がまさに 彼らのものである証
そんなことを想った
動物崇拝は エジプトで盛んだった
エジプトの動物崇拝は 他の地域の動物崇拝と違って
食糧や生活の糧としての 感謝や尊敬の念というよりも
動物たちを 神のように崇めることで
その力によって護りを付ける 動物的な力を得るために
崇拝している
人間は 崇めた対象と 同一化する
元はエネルギーだから 崇めることで
対象に 憑依し 憑依され 同一となる
力とはそうやって 身に付けるもの
エジプトでは 特に猫を崇拝していた
イエネコの原種は
中東の リビアヤマネコ
古代エジプトや中東の
動物崇拝によって 動物使いが生まれた
そんなことを 妄想してみる
そういえば 1カ月ほど前 四国犬のような犬が 脱走しているのを見た
人や車が 道行く道路を 猛スピードで 駆け抜けていく
路地に入ってはまた 大通りに飛び出していく
珍しい光景に出会った
鳥使いから 鳥の力が抜けたら
犬も変わるかもしれない
ああ 犬の脱走は 四国犬の脱走は
白いカラスが現れた時期
サインだったのかもしれない
邪馬台国と敵対していたのは狗奴国=犬の国は隼人族と言われている
邪馬台国と大和国?
内容は関係ないけど、このセリフに別の意味でドキっとした
自我境界が未発達な国民性1
「僕、犬になろうとしてたけど本当は鳥だったみたい」
猫の歴史がよくわかる
古代エジプトと猫
古代エジプト文明の中で、猫と言う動物は特異な地位を占めていました。それは現代で言う「愛玩動物」(あいがん=慈しみかわいがること)という概念を超え、ほとんど宗教の信仰対象と言ってもよいような強大なものだったようです。
・・・紀元前4000~5000年頃のエジプトでは、ネズミやヘビ(猛毒を持つコブラなど)などの害獣駆除の為に、猫が家畜化され始めたと考えられています。・・・また、当時のエジプト富裕層では、ヒヒ、ライオン、ガゼルなどの野生動物を飼いならすことが、一種のファッションだったようです。
・・・紀元前3100年頃、メネス王の下でエジプト帝国が建設されると、多元的なトーテミズム(崇拝主義)が確立し、ネコはもちろんトキ、タカなどの鳥やスカラベ(コガネムシ)などの昆虫なども含めて、崇拝の対象となりました。
ネコ、鳥、昆虫って、全部呪術じゃない・・・。
大型野生動物を飼い慣らしていくうちに、その力を知ったのか。
崇拝と使役は紙一重?
トーテムポールは、ネイティブアメリカンの文化だけれど、信仰や崇拝とは関係ない。言語を持たない彼らが部族や家系を示した単なる印。動物はよき友であり、神と崇めたり使役したりはしない。
動物礼典の型
2012年12月23日日曜日
青き衣の伝承 4 諏訪まで伸びる長い蛇
神武東征で 大和と戦った豪族
ナガスネヒコ 長髄彦は
登美能那賀須泥毘古と 記され
富の長髄彦
富族の長の国の者
そう読めてしまう
長の国は 阿波
那賀という地名も阿波にある
長は蛇(ナーガ)
ナガスネヒコは 阿波から流れてきた?
登美は 大阪の ナガスネヒコがいた地
鳥見 ともいう
トビでもある
ナガスネヒコとは 長髄邑の者という意味
登美能長髄彦 登美彦とも呼ばれる
鳥見 は 「 富 」
鳥を見ることで 富となる
鳥が 富を呼ぶことを
意味しているのかもしれないし
この一族は 鳥使い?
ナガスネヒコの存在が 富を呼ぶことも
暗に伝えているのかもしれない
謎が多いニギハヤヒ
出雲の国譲りを想わせる
まるで茶番のような 神武へのへりくだり
そういえば
ニギハヤヒが祭られている 三輪山よりも
その隣にある 龍王山が
本当のご神体なのでは
そんな話がある
龍王山?
あ
四国の夢で見た 巨大富士がある場所
葦原の中津国があったかもしれない場所が
竜王山だった
なんか似てる・・・・
竜王山や 龍王山は 日本各地にあるけれど
なんとなく 隣の山の連なり方も 似ているような
頭を冷やして 一晩眠って
二度寝したとき
ニギハヤヒは裏切り者
そんな直観がした
ニギハヤヒの力は ナガスネヒコの一族の付け替え
関東や東北までも 平和裏に 平定できたのも
ニギハヤヒは ナガスネヒコの妹を 娶っていて
ナガスネヒコを 仕えさせていた
ナガスネヒコが負けたのも ニギハヤヒに付け替えられたから
ナガスネヒコは 長髄彦 長の国の 髄の者
長の国の 真髄
それは四国 竜王山・・・
ニギハヤヒの末裔である 物部氏の血統は 鳥使い
白いカラスが現れたのは 島根県太田市
私はてっきり 出雲繋がりかと想っていた
もちろんそれもあるけれど
白いカラスは 太田市にずっと居るらしく
そこは ニギハヤヒの息子 宇摩志麻遅命を祭神とする
石見国一宮 物部神社がある
ここは 宇摩志麻遅命が 鶴に乗って降臨したという言い伝えから
鶴を神紋としている
物部は鳥使い
物部の祖となった 宇摩志麻遅命を祭る 石上神宮と同じく
新嘗祭の前日 かつては旧暦の11月の寅の日に
鎮魂祭を行う
魂を鎮める儀式を 怨霊の日に
大地の怨霊さんが高まる季節に行うのは
彼らが裏切った魂を なだめているように見える
そんな物部神社がある太田市に 白いカラスが現れたのは
鳥使いから 鳥のコードが抜ける 力が消える
彼らが施した封印が 解ける印かもしれない
昔 天つ神の子が 天の磐船に乗って降臨した
名を櫛玉饒速日命という
私の妹の三炊屋媛を娶わせて 可美真手(宇摩志麻遅命)という子も生まれた
ゆえに私は饒速日命を君として仕えている
天つ神の子が どうして二人いようか
どうして天つ神の子であると称して 人の土地を奪おうとしているのか
時の権力者に委ねられる 改竄や創作が多い 古代の歴史書の中で
東征神話を真っ向から批判した ナガスネヒコの 生生しい言葉が残っているのは
不思議な気がする
そんな言葉を 残して ドラマチックに 演出したのは
彼を原住民のモデルに したいから?
ナガスネヒコの言葉の 最後の一文を読んだとき
私の中で何かが 反応したようだ
神武との戦いで ニギハヤヒは後ろに隠れて出てこない
ニギハヤヒと神武が 同族なのは
同じ道具を持っていたことが 示している
渡来人は神の名を名乗って 土地を奪いに来る
神武の弓に止まった 八咫烏
鳥使いは 他にもいる
それは 大陸から来た証
ナガスネヒコは 嵌められた
ニギハヤヒが娶った ナガスネヒコの妹
三炊屋媛は
三度の飯を炊く女
そんな当たり前の 名前とも言えないような名は
なんとなく 四国の料理人 オオゲツヒメに近いものを 想わせる
奪うことでしか 征服できなかった神武の集団が
賢かったとは想えない
自分の力だけで ナガスネヒコを倒せたはずもなく
何度も負けて 裏から攻め
最後も誰かに助けてもらったことを 八咫烏の存在が示唆している
入れ知恵したブレーンが
きっといたはず
ナガスネヒコは ナガスネヒコの血筋は 阿波から来た
その直観がずっと消えない
ナガスネヒコの子孫が 長の国を作ったことは わかっている
諏訪大社の祭神 建御名方神と ナガスネヒコが被ることも 近いことも
ナガスネヒコは 出雲の神 大国主の血筋
大国主の和魂は 大物主で 蛇の神
海を渡ってやって来たという
同じ神に二つのキャラを与える このトリッキーなキャラ設定は
何かを隠しているに違いない (-_☆)キラーン
長は 蛇(ナーガ)から来ているとしたら
大物主が 四国の神であっても
おかしくはない
ナガスネヒコを辿っていると
どうにも 出雲と四国の距離が とても近い感覚に襲われる
出雲も四国も 同じ文化圏だったのか
わからない
そういえば
ユダヤ人が 中国大陸からの脅威に対抗するために
自分たちの王を 天皇にしたという
記述があった
なんとなくそんなことを想い出してから
天皇はユダヤの王
その言葉が思い浮んで 頭の中でなり続けて止まない
なんどもなんども 頭の中で鳴り続ける
まるで何かを ダウンロードしようとしているよう
ナガスネヒコの子孫たち 阿波忌部たちが
中央構造線の断層伝いに 諏訪に赴き
諏訪大社を建立した
断層には 温泉が湧く
鉱物がむき出しになる 活断層沿いに歩けば
そこには鉱物資源だけでなく 数々の 温泉が出ているのに気づく
ユダヤのユは 温泉の湯
温泉がある場所は 活断層のある エネルギーライン
それが彼らの力の源泉であることを 意味しているし
夢を見た印象では
下町の銭湯の夢から 縄文時代の天然サウナに飛んだのは
夢殿の根底にあるのは
湯の釜炊きをしているのは
古代から続く 温泉に集まる集落
そのエネルギーがずっと 夢殿の湯を沸かし続けていた
恐らく 断層沿いには 集落があったはず
その道を行き 諏訪に自分たちの神を祭る過程は
どんな風に進んだのだろう
諏訪大社の起源が 外来の神であることは わかっている
上社と下社の 二つの社があるのは
平和的に 共存していったと考えても いいのだろうか
それとも・・・
諏訪大社を建てた 諏訪の文字
取りに訪れる
鳥が訪れる 鳥が取りに来た
温泉に入ってくつろぐ強者たちを襲う
なんとなく 嫌な光景が 目に浮かぶのは
妄想が過ぎるかもしれない
知らなかったー
千と千尋の 湯屋に集まる客は
全国から集まっている 八百万の神々だったのか
ただの化け物 妖怪だと想っていたのに
日本を治める神様を 真っ向否定しているようなもの・・・
八百万の神々 なぜ八百万なのか
それは いかに多くの渡来人がやって来て
この地を支配しようとした
この国は それらの集合体
そうやって出来た国
そんな意味に想える
この監督は 四国の温泉地で
あの城のような 夢殿のイメージ
この映画のインスピレーションを受けている
四国が作り出した映画
神話が語る古代の世界は すべて四国にあったという説
私がなぜかずっと 四国を敵視するのは
もしかしたら 日本という国の裏も表も
四国で 作られたかもしれない
そんな直感が ずっとどこかにあるのかもしれない
ヤマトタケルのの東征を辿っても
ナガスネヒコを辿っても
神武の東征を辿っても
出雲の大国主を辿っても
いつも必ず 四国の存在が見えて
いつも必ず そこで行き止まり
私の想いこみもあるだろうけど
四国が死国として 隠れようとすればするほど
その存在が どんどん大きくなって行くのだ
島根県大田市 ~白いカラス~
ナガスネヒコ 長髄彦は
登美能那賀須泥毘古と 記され
富の長髄彦
富族の長の国の者
そう読めてしまう
長の国は 阿波
那賀という地名も阿波にある
長は蛇(ナーガ)
ナガスネヒコは 阿波から流れてきた?
登美は 大阪の ナガスネヒコがいた地
鳥見 ともいう
トビでもある
ナガスネヒコとは 長髄邑の者という意味
登美能長髄彦 登美彦とも呼ばれる
鳥見 は 「 富 」
鳥を見ることで 富となる
鳥が 富を呼ぶことを
意味しているのかもしれないし
この一族は 鳥使い?
ナガスネヒコの存在が 富を呼ぶことも
暗に伝えているのかもしれない
謎が多いニギハヤヒ
出雲の国譲りを想わせる
まるで茶番のような 神武へのへりくだり
そういえば
ニギハヤヒが祭られている 三輪山よりも
その隣にある 龍王山が
本当のご神体なのでは
そんな話がある
龍王山?
あ
四国の夢で見た 巨大富士がある場所
葦原の中津国があったかもしれない場所が
竜王山だった
なんか似てる・・・・
竜王山や 龍王山は 日本各地にあるけれど
なんとなく 隣の山の連なり方も 似ているような
頭を冷やして 一晩眠って
二度寝したとき
ニギハヤヒは裏切り者
そんな直観がした
ニギハヤヒの力は ナガスネヒコの一族の付け替え
関東や東北までも 平和裏に 平定できたのも
ニギハヤヒは ナガスネヒコの妹を 娶っていて
ナガスネヒコを 仕えさせていた
ナガスネヒコが負けたのも ニギハヤヒに付け替えられたから
ナガスネヒコは 長髄彦 長の国の 髄の者
長の国の 真髄
それは四国 竜王山・・・
ニギハヤヒの末裔である 物部氏の血統は 鳥使い
白いカラスが現れたのは 島根県太田市
私はてっきり 出雲繋がりかと想っていた
もちろんそれもあるけれど
白いカラスは 太田市にずっと居るらしく
そこは ニギハヤヒの息子 宇摩志麻遅命を祭神とする
石見国一宮 物部神社がある
ここは 宇摩志麻遅命が 鶴に乗って降臨したという言い伝えから
鶴を神紋としている
物部は鳥使い
物部の祖となった 宇摩志麻遅命を祭る 石上神宮と同じく
新嘗祭の前日 かつては旧暦の11月の寅の日に
鎮魂祭を行う
魂を鎮める儀式を 怨霊の日に
大地の怨霊さんが高まる季節に行うのは
彼らが裏切った魂を なだめているように見える
そんな物部神社がある太田市に 白いカラスが現れたのは
鳥使いから 鳥のコードが抜ける 力が消える
彼らが施した封印が 解ける印かもしれない
昔 天つ神の子が 天の磐船に乗って降臨した
名を櫛玉饒速日命という
私の妹の三炊屋媛を娶わせて 可美真手(宇摩志麻遅命)という子も生まれた
ゆえに私は饒速日命を君として仕えている
天つ神の子が どうして二人いようか
どうして天つ神の子であると称して 人の土地を奪おうとしているのか
時の権力者に委ねられる 改竄や創作が多い 古代の歴史書の中で
東征神話を真っ向から批判した ナガスネヒコの 生生しい言葉が残っているのは
不思議な気がする
そんな言葉を 残して ドラマチックに 演出したのは
彼を原住民のモデルに したいから?
ナガスネヒコの言葉の 最後の一文を読んだとき
私の中で何かが 反応したようだ
神武との戦いで ニギハヤヒは後ろに隠れて出てこない
ニギハヤヒと神武が 同族なのは
同じ道具を持っていたことが 示している
渡来人は神の名を名乗って 土地を奪いに来る
神武の弓に止まった 八咫烏
鳥使いは 他にもいる
それは 大陸から来た証
ナガスネヒコは 嵌められた
ニギハヤヒが娶った ナガスネヒコの妹
三炊屋媛は
三度の飯を炊く女
そんな当たり前の 名前とも言えないような名は
なんとなく 四国の料理人 オオゲツヒメに近いものを 想わせる
奪うことでしか 征服できなかった神武の集団が
賢かったとは想えない
自分の力だけで ナガスネヒコを倒せたはずもなく
何度も負けて 裏から攻め
最後も誰かに助けてもらったことを 八咫烏の存在が示唆している
入れ知恵したブレーンが
きっといたはず
ナガスネヒコは ナガスネヒコの血筋は 阿波から来た
その直観がずっと消えない
ナガスネヒコの子孫が 長の国を作ったことは わかっている
諏訪大社の祭神 建御名方神と ナガスネヒコが被ることも 近いことも
ナガスネヒコは 出雲の神 大国主の血筋
大国主の和魂は 大物主で 蛇の神
海を渡ってやって来たという
同じ神に二つのキャラを与える このトリッキーなキャラ設定は
何かを隠しているに違いない (-_☆)キラーン
長は 蛇(ナーガ)から来ているとしたら
大物主が 四国の神であっても
おかしくはない
ナガスネヒコを辿っていると
どうにも 出雲と四国の距離が とても近い感覚に襲われる
出雲も四国も 同じ文化圏だったのか
わからない
そういえば
ユダヤ人が 中国大陸からの脅威に対抗するために
自分たちの王を 天皇にしたという
記述があった
なんとなくそんなことを想い出してから
天皇はユダヤの王
その言葉が思い浮んで 頭の中でなり続けて止まない
なんどもなんども 頭の中で鳴り続ける
まるで何かを ダウンロードしようとしているよう
ナガスネヒコの子孫たち 阿波忌部たちが
中央構造線の断層伝いに 諏訪に赴き
諏訪大社を建立した
断層には 温泉が湧く
鉱物がむき出しになる 活断層沿いに歩けば
そこには鉱物資源だけでなく 数々の 温泉が出ているのに気づく
ユダヤのユは 温泉の湯
温泉がある場所は 活断層のある エネルギーライン
それが彼らの力の源泉であることを 意味しているし
夢を見た印象では
下町の銭湯の夢から 縄文時代の天然サウナに飛んだのは
夢殿の根底にあるのは
湯の釜炊きをしているのは
古代から続く 温泉に集まる集落
そのエネルギーがずっと 夢殿の湯を沸かし続けていた
恐らく 断層沿いには 集落があったはず
その道を行き 諏訪に自分たちの神を祭る過程は
どんな風に進んだのだろう
諏訪大社の起源が 外来の神であることは わかっている
上社と下社の 二つの社があるのは
平和的に 共存していったと考えても いいのだろうか
それとも・・・
諏訪大社を建てた 諏訪の文字
取りに訪れる
鳥が訪れる 鳥が取りに来た
温泉に入ってくつろぐ強者たちを襲う
なんとなく 嫌な光景が 目に浮かぶのは
妄想が過ぎるかもしれない
知らなかったー
千と千尋の 湯屋に集まる客は
全国から集まっている 八百万の神々だったのか
ただの化け物 妖怪だと想っていたのに
日本を治める神様を 真っ向否定しているようなもの・・・
八百万の神々 なぜ八百万なのか
それは いかに多くの渡来人がやって来て
この地を支配しようとした
この国は それらの集合体
そうやって出来た国
そんな意味に想える
この監督は 四国の温泉地で
あの城のような 夢殿のイメージ
この映画のインスピレーションを受けている
四国が作り出した映画
神話が語る古代の世界は すべて四国にあったという説
私がなぜかずっと 四国を敵視するのは
もしかしたら 日本という国の裏も表も
四国で 作られたかもしれない
そんな直感が ずっとどこかにあるのかもしれない
ヤマトタケルのの東征を辿っても
ナガスネヒコを辿っても
神武の東征を辿っても
出雲の大国主を辿っても
いつも必ず 四国の存在が見えて
いつも必ず そこで行き止まり
私の想いこみもあるだろうけど
四国が死国として 隠れようとすればするほど
その存在が どんどん大きくなって行くのだ
島根県大田市 ~白いカラス~
2012年12月22日土曜日
紅葉が終わるまで秋と想いたい
政教分離は 実は 現実の執政に携わらないことで
より神格化を促している
深い所で 国民の無意識に 浸透している
実際の政治から切り離され 象徴として存在するのは
イメージに近くなっているということ
イメージに近くなればなるほど 潜在意識に入り込む
夢にときどき 二次元が出てくるのは
空間を超越した意識は 空間がないのも同じだから
天皇の存在は常に その神秘性を確保できる地位に
さりげなく移動している
いや 昭和天皇の襲撃事件が示すように 本当は気付かれていた
人口が少なく 情報伝達が遅い時代には
政に携わり
外国との接触や 干渉が増えた時代には
武士を台頭させて 後ろに回り
開国によって夢殿が崩れかけると
現人神として表に出てきて 天皇陛下万歳
まるで十字軍の遠征のように
宗教的な熱狂によって 人々を死に導く
それは新たな夢殿を作り上げるには 充分すぎるほどだった
柔和で心優しい日本人が 天皇のことになると
一変して
残酷な行為も 命を投げ出す行為も
等しく行えることに その国民性に
海外から理解しがたい 謎のように想われるのも
それが宗教の教徒のものだと考えれば
わかりやすい
そして私たちの 内に秘めた狂気を
私たち自身も 理解できないでいるのは
まさか 教祖を心棒しているとは
想ってはいないからだ
夢殿が出来上がると 戦争は終結した
戦後 国の象徴として 政務から離れたのは
象徴である方が 人の意識に 抵抗がないから
そこには 政の失敗も責任もなく
出来上がった夢殿の上に 座っていればいい
今また 夢殿が壊れかかっているなら
それを修復するために
東征という名の 戦いと 人身供養を必要としているんだろう
国の保守化が進み 外国は脅威となり
下準備は整って
賽は投げられた
ああ 賽は サイコロ 賽子の 賽
賽の河原の 小石
現実世界での命運は 賽の河原の賽で決まっている
偶然など 存在しない
��Yを襲ったハリケーンで 大統領が再選したように
大月市のトンネル事故がなければ 与党の圧倒的な勝利は
なかったはず
大衆の不安感を煽る お決まりの構図は
事故でさえも 偶然ではないことを教えてくれる
それは 見えない世界での勝敗が もうその時点で 決まっていたからで
サイコロの目は 事故や災害は その結果として現れた
現象に過ぎなくなる
昔から 絵を描いたり 写真を撮ったりするとき
なぜか対象ではなくて その隙間の 空間に焦点を合わせていたのは
もしかしたら 見えない想念体に向けて
見えない想念体を被写体に 写していたのかもしれない
学校の廊下の 気の遠くなるような奥行とか
建物の隙間 上から見た螺旋階段
屋内の空間に指す 光と影
空と大地の間 樹木の梢
対象そのものより 偏ったアングルや
ずれた構図 対象よりも空間に
気持ちが行って
自分でも何を描きたいのか 写したいのか わからないような
作品としての インパクトもテーマも
ぼやけて 曖昧になる
どうしても 対象に切り込めない
対象を中心に 捉えることができない
結局構図を気にして撮っているだけの
伝わらないものになってしまう
そんなジレンマがあって 写真は向いていないと想った
写真に写すことで その本質を暴く
それはとても 失礼な気がして
いつも気持ちが遠慮してしまう
写真家は 鳥の目線を持っている
その眼力で 美しいものを 見つけ出し
対象を捕らえる
カメラは鳥の目
優れた写真家は 間が大事なことも知っている
対象を活かすも殺すも 写真の間 次第
あくまでも対象を捉えながら
想念に向けて 想念を写しているのを 知っているんだね
その比重が崩れて 想念の世界が
現実と同じか それ以上に 感じ始めると
想念の世界の方を 写すようになって
被写体は置いてけぼり
絵画なら 抽象画だったり キュビズムだったり フォービズムだったり
写真としては 成り立たなくなる
でもそれも その人にとって 真実の世界
その人には 世界がそう見える
キュビズムは 画家から見た一つの視点だけではなく
様々な視点から描く 絵画様式
御大層な主張だけど これは想念体の存在
対象の周囲にある想念体から見える視点も
存在することを
絵画に描きこんだ結果
ピカソやその時代の画家たちは 同じくその時代に生まれたフロイトやユングの
精神分析の世界の影響を 強く受けていて
精神病院の患者が描く絵に とても強い関心と
インスピレーションを得ていた
テレビを見ていたら シェールガス発掘に反対する
オ○ヨーコとその息子が 声明を出している姿が
また何かやっとんな
この人が反対することは それを実行せよとの命
芸人がよくやる 押すなよ、な、押すなよ! って言って
水風呂に入るのと同じw
アーティストは 巫女のようなもの
気になって調べてみたら なんと
シェールガスは イリノイ盆地や 東部で発掘されている
最近地盤の強固な アメリカ東部で増えている 珍しい地震は
このせいだとか
そして以前記事にした インディアナ州インディアナポリスでの
原因不明の大爆発は
このイリノイ盆地の地域にある
扱っているのがガスだから 深い所でそれを刺激しているなら
その近辺の 地盤のバランスが傾いて ガス爆発が起きても
不思議じゃない
と想ってしまうけど
誰かが爆弾を作っている
そんな夢を見たような
もしかしたら 夢の意味は
シェールガスの削掘は 爆弾を作っているようなもの
そんな意味なのかもしれない
黒い線がイリノイ盆地。爆発事故があったのはインディアナ州の真ん中、盆地の端。
黄色は亜鉛発掘エリア。
ピンクはシェールガス生産エリア。
オレンジ色は地震が起きる可能性があるエリア。
インディアナ州爆発事故と「誰かが爆弾を作っている」という夢の言葉
http://suishounohibiki.blog.fc2.com/blog-entry-289.html
同じエリアで起きている異変
ニューマドリッド地震帯で次々と起きる謎の現象: 11月にはアメリカ中西部の大地の広域で「謎の振動」が記録される
果たして地球の変化なのか、それとも人為的な原因によるものなのか。
今年は秋が長かったな~
2012年12月21日金曜日
青き衣の伝承 3
その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし
金色の野 といえば
誰でも 麦畑や稲穂のことだと 思うだろう
けれど 古代に民族の移動を促したのは
金鉱山や鉄を求めてのことだった
古代の民族の由来を調べると
製鉄が盛んな地に降り立ったり 侵攻したり
丹といわれる 水銀の一種などが発掘される地に 集まっている
危険を冒して 苦労して
冒険するのは
見知らぬ土地へ 命を賭けて
移動するのは
稲穂を求めて 稲穂が豊かな地だから 侵略していったのではなく
その地に金があったから
血で血を洗う 争いさえも
厭わなかった
稲穂ごときで 命を賭けたり 奪い合ったりはしない
稲穂なら 争わなくとも 十分に分かち合うことができるから
命がけで海を渡るのに そんな生易しい動機ではない
金や銀 鉄 鉱山資源には 限りがある
だから争いが起きた 殺し合いになった
命がけて 海を越え 山を越え
探しに行った
そして 他の者に盗られないよう
呪術のような 結界を張り
子孫を呼び
その地を制した
日本はジパング それは金山のこと
私には 青き衣の伝承は
古代のそんな一面が 時を超えて
ファンタジーの中に 現れたように想える
鉱物が武器の資源になり 鉱物資源が争いを生むのは
現代も同じ
その流れは 古代よりずっと 続いている
文明を作ったのは 鉄の技術
イギリスが産業革命で 大英帝国を築いたように
鉄を制した者が 世界を制す
それは古代も 同じだった
だから 鉄鋼物が豊かな産地には
容赦ない戦いと支配が 繰り広げられた
産業革命後に 世界中に戦火の火が 飛び火したように
鉄は 争いを呼ぶ
失われし大地との絆を結び
鉱山資源の発掘が 大地との絆とも読める
かつて失ってしまった 金鉱山を見つけ
再び その恵みを頂く
ついに人々を青き清浄の地にみちびかん
青き清浄の地 青い青銅器
ダジャレのように 読めてしまうw
青銅器の文化が 発達した地域は
ヨーロッパと 中東
青き清浄の地とは 青銅器が産出される
青銅器文明の地 ということかもしれない
文明は 鉱物が取れるところで その鉱物によって 発展した
ユダヤ教の帽子を被った 青き衣の人の伝承は
青銅器文明が栄えた 中東の民族の 記憶かもしれない
この映画の監督は 若い時ほど ヨーロッパや中央アジアをモデルにした映画を 作っている
核兵器戦争後の世界という 未来の設定だとしても
本当は 未来ではなくて
過去に核戦争で消滅した 超古代文明の記憶かもしれない
ナウシカの舞台が 中央アジアなのも
現存する一番古い文明が あの辺りだから
インドのマハーバーラタには 古代核戦争の記述があり
シュメール文明があった ユーフラテス川流域では
核爆発の痕跡とみられる地層が 発見されている
この監督が あれだけ壮大な世界観の映画を作っていながら
ラピュタ以降 その作風が ぱったりと消えてしまい
日本を舞台にした話が多くなり
過去の作品の二作目を 決して作ることなく
テーマは深くなったかもしれないが スケールが小さくなったことに
私は残念に想っていたけど
もしかしたら 監督の作品の来歴は
魂の変遷の記憶なのかもしれない
核兵器後の世界の 未来少年や青き衣の人の超古代文明
飛行石が繰り広げる 古代文明
日本に上陸して 縄文時代のタタラから
夢殿を作った 湯場阿波まで
そして 時間軸が現代と交わったとき
津波の映画を作った
そこには 時を超えて 支配し続ける
同胞たちへの メッセージが
古代から続く 金銀 鉄を求める争い
紙幣による支配の時代が崩れつつあり
世界が原初の時代へと 回帰するなら
金を求める姿に 平和に暮らす人々を 征服して行った魂たちが
見えてくるようだ
石は 鉱物は 人の理性を狂わせる
隠されていた本性を 暴き出す
冶金技術の伝播。濃い茶色ほど古く伝わった地域。
青銅器時代wiki
日本では弥生時代に鉄器と青銅器がほぼ同時に伝わったと言われており、青銅器は祭器としてのみ利用され、青銅器時代を経ずにそのまま鉄器時代に移行したと考えられている。
また中・南アメリカにおいては、鉄を発見する事なく文明・文化を発展させ、歴史時代に入った事から、青銅器時代という区分は存在しない。鉱業・冶金技術の発展とともに青銅のみならず金や銀、あるいは金・銀・銅の合金が使われるようになる一方、石器も実用品として長く使われた。
鉄がなくても文明を築いた中南米。よく知らないけど、他の文明よりも平和的だったのでは。
スペインが侵入してくるときも、「トウモロコシの収穫があるから帰る」って兵隊たちがいなくなったとかw
日本も稲作ではなく鉄器や製鉄が伝搬してから争いが始まっていると想う。
文明の発祥の地はプレートとプレートの端境
エーゲ海文明(青銅器文明)の発祥には、錫(スズ)の存在が不可欠です。スズと銅の合金が青銅器なのですから。
エーゲ海プレートとユーラシアプレートのぶつかり合いは褶曲運動を起こします。
この褶曲運動により、地下資源のスズが手に入りやすくなりました。そしてトロイア文明、ミュケナイ文明、ミノス文明などのエーゲ海の青銅器文明が花開いていくのです。
鉄器と青銅器
実は青銅器というのは、黄金色に輝く金ピカの製品なのです。私たちは歴史の資料集などで、たとえば銅鏡、銅鐸、青銅の剣などをみますと、どれも青さびが出ていてボロっちいものばかりですが、実は銅鏡も銅鐸も銅の剣も、すべて当時は黄金の輝きを放っていたのです。
ブロンズって青銅のことだから、青銅器は黄金色だったはず。
青銅器時代ってBronz ageって言うらしい。青い色はスズのせいで、スズが多いほど青くなるらしい。
十円玉がたまに青くなっているヤツ。あれがスズ。
うーmm。誤解を招く教え方をしとるなー。
青銅wiki
青銅色の名からも分かるように青銅といえば緑色と思われがちである。しかし、本来の青銅は前述の通り黄金色や白銀色の金属光沢を呈する。その見た目から古代において金銀に準じる金属として利用された面があると考えられる。例えば先述のように銅鏡の反射面は白銀色に輝いていたし、弥生時代の国産鏡には錫の含有量を下げて黄金色に鋳造して、太陽を模したのではないかと考えられるものがある。
世界に残る古代核戦争の痕跡 - 人類はかつて滅びたか
金色の野 といえば
誰でも 麦畑や稲穂のことだと 思うだろう
けれど 古代に民族の移動を促したのは
金鉱山や鉄を求めてのことだった
古代の民族の由来を調べると
製鉄が盛んな地に降り立ったり 侵攻したり
丹といわれる 水銀の一種などが発掘される地に 集まっている
危険を冒して 苦労して
冒険するのは
見知らぬ土地へ 命を賭けて
移動するのは
稲穂を求めて 稲穂が豊かな地だから 侵略していったのではなく
その地に金があったから
血で血を洗う 争いさえも
厭わなかった
稲穂ごときで 命を賭けたり 奪い合ったりはしない
稲穂なら 争わなくとも 十分に分かち合うことができるから
命がけで海を渡るのに そんな生易しい動機ではない
金や銀 鉄 鉱山資源には 限りがある
だから争いが起きた 殺し合いになった
命がけて 海を越え 山を越え
探しに行った
そして 他の者に盗られないよう
呪術のような 結界を張り
子孫を呼び
その地を制した
日本はジパング それは金山のこと
私には 青き衣の伝承は
古代のそんな一面が 時を超えて
ファンタジーの中に 現れたように想える
鉱物が武器の資源になり 鉱物資源が争いを生むのは
現代も同じ
その流れは 古代よりずっと 続いている
文明を作ったのは 鉄の技術
イギリスが産業革命で 大英帝国を築いたように
鉄を制した者が 世界を制す
それは古代も 同じだった
だから 鉄鋼物が豊かな産地には
容赦ない戦いと支配が 繰り広げられた
産業革命後に 世界中に戦火の火が 飛び火したように
鉄は 争いを呼ぶ
失われし大地との絆を結び
鉱山資源の発掘が 大地との絆とも読める
かつて失ってしまった 金鉱山を見つけ
再び その恵みを頂く
ついに人々を青き清浄の地にみちびかん
青き清浄の地 青い青銅器
ダジャレのように 読めてしまうw
青銅器の文化が 発達した地域は
ヨーロッパと 中東
青き清浄の地とは 青銅器が産出される
青銅器文明の地 ということかもしれない
文明は 鉱物が取れるところで その鉱物によって 発展した
ユダヤ教の帽子を被った 青き衣の人の伝承は
青銅器文明が栄えた 中東の民族の 記憶かもしれない
この映画の監督は 若い時ほど ヨーロッパや中央アジアをモデルにした映画を 作っている
核兵器戦争後の世界という 未来の設定だとしても
本当は 未来ではなくて
過去に核戦争で消滅した 超古代文明の記憶かもしれない
ナウシカの舞台が 中央アジアなのも
現存する一番古い文明が あの辺りだから
インドのマハーバーラタには 古代核戦争の記述があり
シュメール文明があった ユーフラテス川流域では
核爆発の痕跡とみられる地層が 発見されている
この監督が あれだけ壮大な世界観の映画を作っていながら
ラピュタ以降 その作風が ぱったりと消えてしまい
日本を舞台にした話が多くなり
過去の作品の二作目を 決して作ることなく
テーマは深くなったかもしれないが スケールが小さくなったことに
私は残念に想っていたけど
もしかしたら 監督の作品の来歴は
魂の変遷の記憶なのかもしれない
核兵器後の世界の 未来少年や青き衣の人の超古代文明
飛行石が繰り広げる 古代文明
日本に上陸して 縄文時代のタタラから
夢殿を作った 湯場阿波まで
そして 時間軸が現代と交わったとき
津波の映画を作った
そこには 時を超えて 支配し続ける
同胞たちへの メッセージが
古代から続く 金銀 鉄を求める争い
紙幣による支配の時代が崩れつつあり
世界が原初の時代へと 回帰するなら
金を求める姿に 平和に暮らす人々を 征服して行った魂たちが
見えてくるようだ
石は 鉱物は 人の理性を狂わせる
隠されていた本性を 暴き出す
冶金技術の伝播。濃い茶色ほど古く伝わった地域。
青銅器時代wiki
日本では弥生時代に鉄器と青銅器がほぼ同時に伝わったと言われており、青銅器は祭器としてのみ利用され、青銅器時代を経ずにそのまま鉄器時代に移行したと考えられている。
また中・南アメリカにおいては、鉄を発見する事なく文明・文化を発展させ、歴史時代に入った事から、青銅器時代という区分は存在しない。鉱業・冶金技術の発展とともに青銅のみならず金や銀、あるいは金・銀・銅の合金が使われるようになる一方、石器も実用品として長く使われた。
鉄がなくても文明を築いた中南米。よく知らないけど、他の文明よりも平和的だったのでは。
スペインが侵入してくるときも、「トウモロコシの収穫があるから帰る」って兵隊たちがいなくなったとかw
日本も稲作ではなく鉄器や製鉄が伝搬してから争いが始まっていると想う。
文明の発祥の地はプレートとプレートの端境
エーゲ海文明(青銅器文明)の発祥には、錫(スズ)の存在が不可欠です。スズと銅の合金が青銅器なのですから。
エーゲ海プレートとユーラシアプレートのぶつかり合いは褶曲運動を起こします。
この褶曲運動により、地下資源のスズが手に入りやすくなりました。そしてトロイア文明、ミュケナイ文明、ミノス文明などのエーゲ海の青銅器文明が花開いていくのです。
鉄器と青銅器
実は青銅器というのは、黄金色に輝く金ピカの製品なのです。私たちは歴史の資料集などで、たとえば銅鏡、銅鐸、青銅の剣などをみますと、どれも青さびが出ていてボロっちいものばかりですが、実は銅鏡も銅鐸も銅の剣も、すべて当時は黄金の輝きを放っていたのです。
ブロンズって青銅のことだから、青銅器は黄金色だったはず。
青銅器時代ってBronz ageって言うらしい。青い色はスズのせいで、スズが多いほど青くなるらしい。
十円玉がたまに青くなっているヤツ。あれがスズ。
うーmm。誤解を招く教え方をしとるなー。
青銅wiki
青銅色の名からも分かるように青銅といえば緑色と思われがちである。しかし、本来の青銅は前述の通り黄金色や白銀色の金属光沢を呈する。その見た目から古代において金銀に準じる金属として利用された面があると考えられる。例えば先述のように銅鏡の反射面は白銀色に輝いていたし、弥生時代の国産鏡には錫の含有量を下げて黄金色に鋳造して、太陽を模したのではないかと考えられるものがある。
世界に残る古代核戦争の痕跡 - 人類はかつて滅びたか
2012年12月20日木曜日
縄文サウナ
古代を調べていたせいだろう
タタラ という言葉に反応したせいだろうか
久しぶりに黒曜石のブレスを 身に着けたまま寝たせいだろうか
新月の晩に 夢を見た
古代への夢の入り口は 銭湯だった
友達に誘われて 下町の先頭へ行く
そこは 御代は30円
30円!?
驚いていると
銭湯代は30円だけど いろいろ条件があるらしい
早く払ってきなよと言われて 行った先には
おばばがいる
湯婆婆
ブレスを付けて寝たせいだろう
ニヤリと笑って 黒炭を詰めた白い袋を
壁のススで真っ黒になった 炭のような棚に
並べさせて 矢印のような 形を作らせる
銭湯は 木造の焦げ茶色の 古いものだった
雑魚寝ができる 座敷があって
そこで昔の友達だったり 亡くなったおばあちゃんが
布団に入って 寝転んでいた
そして 雑魚寝をしている側には
ばあさまたちが 部屋の中から外へ
ぐるぐると 和になって 踊りを踊っていた
それは古代の 縄文の踊りのようで
こうして踊っていることで 健康なのだという
古代の老人は 踊りを踊ることで
明るさと 若さを保っていた
リズムと躍動感が 生きる力となる
だから踊りを忘れてはだめだ
そう言われたような
シーンは変わって
藁で出来た土嚢を積み上げた 三角形の
縄文時代の 竪穴式住居のような造りが 現れた
それは三階建てぐらいある高さの 大きなもので
黄色い藁に覆われて
どうも昔のサウナのようだった
温泉が湧き出る場所に 高く高く土嚢を積み上げて
藁を被せて 中を蒸して
サウナにしたようだ
これなら冬場も温かい
大きな造りにして 夏は知らないけど 冬は乾燥しているから
カビないようだ
中は暗いけど 恐らく一番上は 煙突のように空いていて
湯気が出ていたんだと想う
銭湯はいつの間にか 古代のサウナに移っていた
ピラミッドのような 黄色いサウナは 表面は藁で出来ている
そしてそのサウナの前は
低くなっていて 恐らく土嚢に詰めた土を 掘ったせいだろう
だからサウナは 少し高い所にあった
後ろには 林か 森が見える
低くなっているエリアは 土埃が立つ 広場みたいになっていて
子供たちが大勢 遊んでいた
子供たちの姿はみんな 現代の子供たちで 洋服を着ていたけど
子供の足が 足元が ホビットのように 太くなっていた
前の日に 映画ホビットの宣伝で ホビットの足?の特殊効果を見せていて
なんでもそれを履くと ホビットの足のように 太く大きな足になるそうな
��映画も本も見たことないんでよくわからない)
夢の中では 子供たちは 足と言うよりも
膝から下の 脛が丈夫で (ナガスネヒコを調べていたせいか?)
この時代の子供たちは 足の骨付きが違う
足や脛が丈夫
そんなことを 想った
縄文?時代は 子供がたくさんいて
広場から見えるのは 子供だらけ
大人の姿は 見えなくて
恐らく老人は ほとんどいない
サウナの中にいるのは 体の弱い人や 冷えやすい女の人
湯治をしているのかもしれない
もっといろいろ見たような気がするけど
覚えているのは これだけ
藁や麻などで作った土嚢を高い所まで積み重ねて、そこに藁を被せたような感じ。
とにかく大きかったのを覚えている。大きさでピラミッドのような構造にしたのかもしれない。
温泉が出るスポットの上に建てていたようだ。
自然派の家造りで、海外では自分たちで土嚢で家や小屋を作ったりしている。コストがかからないし、地震がなく温暖な地域ではそれで家が出来てしまう。
亜熱帯の地域では、窓もなかった・・・。
湯婆婆に言われて黒炭を壁の棚に並べていたのは、千と千尋で釜じいの仕事とよく似ていた。
黒炭を運ぶススワタリというのがいる。
お借りしましたm(_ _)m
こんな感じで黒炭の入った手のひらサイズの白い袋を壁にセットしていた。
黒い炭のボードだったけど。
いろいろごっちゃになっているけど、30円で風呂に入る代わりに釜場で働かされていたってことだろうか。
で、暗い風呂場の湯気が縄文サウナに繋がったのか。
黒炭が入った白い袋の札→土嚢、か。
夢殿に行ったってことかな・・・
石を付けて寝たせいだろうな。しかも安いからって四国のネットショップで買ったやつだった・・・
壁の棚に黒炭入りの白い袋をセットして矢印を作らせていたのもなんか呪術っぽい (-"- )
それにしてもこの監督は本当になんというか、うーむ・・・ (- -;)
湯婆婆の声って今やっているホームレスドラマのおばば役の人なんだね。
もうそのイメージが付いちゃったせい?つまりあのドラマでも同じ役割・・・。
湯婆婆の手下の頭(かしら)という緑色の頭をした妖怪も、私が以前夢で見た緑の化け物を想わせる。
地球に降ってきた悪のイメージであり、おばばの手下はこんな感じということか。
湯婆婆を変換しようとしたら、湯葉阿波ってなった。え?!阿波ってアバとも読むんだ?
じゃあ、ばあばは、場阿波?
つまりおばばはどこに居るかっていうと・・・・!
ばあさまたちの踊りは、阿波踊りか?
あんなポイポイする感じじゃなくて、屈んで踊っていたから違う。地面に向けて踊る感じ。
人ではなく大地に対して踊っているんだろう。よくある原住民の踊りで、輪になって下を向いて踊っていたような。あれは大地に向けて祈願しているんだな。
阿波踊りというけれど、あれは手の動きだけを見せているような。手で手繰っている感じ。
縄文の踊りは、人の想念ではなく、下を向いて大地と交信している感じだった。
それを輪になってやると、ストーンサークルのような大きな力が生まれるのかも?
エネルギーの対流。渦を生んでいるような。
夢殿に行くことで、今度は逆に古い情報が流れてきているのかもしれない。
エネルギーを奪われるだけだったのが、帰ってきている?逆流し始めている?
黒炭の袋が厄じゃなければね・・・><
日本の歴史は弥生時代から始まっていることになっている。
驚いたのだが、ゆとり教育では縄文時代を教えなかったらしい!!!
それが象徴しているけれど、弥生=3月、春、と考えれば、時の結界はこの時代から始まっているのがわかる。まあ日本の始まりという意味なんだろうけど。なので例え弥生時代の話でも、カテは縄文のままにしておりますm(_ _)m
ああ、湯といえば、ユダヤのユ。彼らは温泉やお風呂を通して夢殿へ誘うのでは?
箱根の湯では血筋が厄を落とし、下町の銭湯では釜で働く人間を調達する・・・
作り方がわかる
土嚢壁の家
追記:
この記事がupされた日に続けて2件のニュースを見たので「スス」繋がりでメモ。
たたいてスッキリ、京都・本願寺で恒例すす払い
栃木・日光 世界遺産の陽明門ですす払い
寺院などで出るススは、ロウソクなどによるもの。ススワタリ君はトトロにも出ていたっけ。
タタラ という言葉に反応したせいだろうか
久しぶりに黒曜石のブレスを 身に着けたまま寝たせいだろうか
新月の晩に 夢を見た
古代への夢の入り口は 銭湯だった
友達に誘われて 下町の先頭へ行く
そこは 御代は30円
30円!?
驚いていると
銭湯代は30円だけど いろいろ条件があるらしい
早く払ってきなよと言われて 行った先には
おばばがいる
湯婆婆
ブレスを付けて寝たせいだろう
ニヤリと笑って 黒炭を詰めた白い袋を
壁のススで真っ黒になった 炭のような棚に
並べさせて 矢印のような 形を作らせる
銭湯は 木造の焦げ茶色の 古いものだった
雑魚寝ができる 座敷があって
そこで昔の友達だったり 亡くなったおばあちゃんが
布団に入って 寝転んでいた
そして 雑魚寝をしている側には
ばあさまたちが 部屋の中から外へ
ぐるぐると 和になって 踊りを踊っていた
それは古代の 縄文の踊りのようで
こうして踊っていることで 健康なのだという
古代の老人は 踊りを踊ることで
明るさと 若さを保っていた
リズムと躍動感が 生きる力となる
だから踊りを忘れてはだめだ
そう言われたような
シーンは変わって
藁で出来た土嚢を積み上げた 三角形の
縄文時代の 竪穴式住居のような造りが 現れた
それは三階建てぐらいある高さの 大きなもので
黄色い藁に覆われて
どうも昔のサウナのようだった
温泉が湧き出る場所に 高く高く土嚢を積み上げて
藁を被せて 中を蒸して
サウナにしたようだ
これなら冬場も温かい
大きな造りにして 夏は知らないけど 冬は乾燥しているから
カビないようだ
中は暗いけど 恐らく一番上は 煙突のように空いていて
湯気が出ていたんだと想う
銭湯はいつの間にか 古代のサウナに移っていた
ピラミッドのような 黄色いサウナは 表面は藁で出来ている
そしてそのサウナの前は
低くなっていて 恐らく土嚢に詰めた土を 掘ったせいだろう
だからサウナは 少し高い所にあった
後ろには 林か 森が見える
低くなっているエリアは 土埃が立つ 広場みたいになっていて
子供たちが大勢 遊んでいた
子供たちの姿はみんな 現代の子供たちで 洋服を着ていたけど
子供の足が 足元が ホビットのように 太くなっていた
前の日に 映画ホビットの宣伝で ホビットの足?の特殊効果を見せていて
なんでもそれを履くと ホビットの足のように 太く大きな足になるそうな
��映画も本も見たことないんでよくわからない)
夢の中では 子供たちは 足と言うよりも
膝から下の 脛が丈夫で (ナガスネヒコを調べていたせいか?)
この時代の子供たちは 足の骨付きが違う
足や脛が丈夫
そんなことを 想った
縄文?時代は 子供がたくさんいて
広場から見えるのは 子供だらけ
大人の姿は 見えなくて
恐らく老人は ほとんどいない
サウナの中にいるのは 体の弱い人や 冷えやすい女の人
湯治をしているのかもしれない
もっといろいろ見たような気がするけど
覚えているのは これだけ
藁や麻などで作った土嚢を高い所まで積み重ねて、そこに藁を被せたような感じ。
とにかく大きかったのを覚えている。大きさでピラミッドのような構造にしたのかもしれない。
温泉が出るスポットの上に建てていたようだ。
自然派の家造りで、海外では自分たちで土嚢で家や小屋を作ったりしている。コストがかからないし、地震がなく温暖な地域ではそれで家が出来てしまう。
亜熱帯の地域では、窓もなかった・・・。
湯婆婆に言われて黒炭を壁の棚に並べていたのは、千と千尋で釜じいの仕事とよく似ていた。
黒炭を運ぶススワタリというのがいる。
お借りしましたm(_ _)m
こんな感じで黒炭の入った手のひらサイズの白い袋を壁にセットしていた。
黒い炭のボードだったけど。
いろいろごっちゃになっているけど、30円で風呂に入る代わりに釜場で働かされていたってことだろうか。
で、暗い風呂場の湯気が縄文サウナに繋がったのか。
黒炭が入った白い袋の札→土嚢、か。
夢殿に行ったってことかな・・・
石を付けて寝たせいだろうな。しかも安いからって四国のネットショップで買ったやつだった・・・
壁の棚に黒炭入りの白い袋をセットして矢印を作らせていたのもなんか呪術っぽい (-"- )
それにしてもこの監督は本当になんというか、うーむ・・・ (- -;)
湯婆婆の声って今やっているホームレスドラマのおばば役の人なんだね。
もうそのイメージが付いちゃったせい?つまりあのドラマでも同じ役割・・・。
湯婆婆の手下の頭(かしら)という緑色の頭をした妖怪も、私が以前夢で見た緑の化け物を想わせる。
地球に降ってきた悪のイメージであり、おばばの手下はこんな感じということか。
湯婆婆を変換しようとしたら、湯葉阿波ってなった。え?!阿波ってアバとも読むんだ?
じゃあ、ばあばは、場阿波?
つまりおばばはどこに居るかっていうと・・・・!
ばあさまたちの踊りは、阿波踊りか?
あんなポイポイする感じじゃなくて、屈んで踊っていたから違う。地面に向けて踊る感じ。
人ではなく大地に対して踊っているんだろう。よくある原住民の踊りで、輪になって下を向いて踊っていたような。あれは大地に向けて祈願しているんだな。
阿波踊りというけれど、あれは手の動きだけを見せているような。手で手繰っている感じ。
縄文の踊りは、人の想念ではなく、下を向いて大地と交信している感じだった。
それを輪になってやると、ストーンサークルのような大きな力が生まれるのかも?
エネルギーの対流。渦を生んでいるような。
夢殿に行くことで、今度は逆に古い情報が流れてきているのかもしれない。
エネルギーを奪われるだけだったのが、帰ってきている?逆流し始めている?
黒炭の袋が厄じゃなければね・・・><
日本の歴史は弥生時代から始まっていることになっている。
驚いたのだが、ゆとり教育では縄文時代を教えなかったらしい!!!
それが象徴しているけれど、弥生=3月、春、と考えれば、時の結界はこの時代から始まっているのがわかる。まあ日本の始まりという意味なんだろうけど。なので例え弥生時代の話でも、カテは縄文のままにしておりますm(_ _)m
ああ、湯といえば、ユダヤのユ。彼らは温泉やお風呂を通して夢殿へ誘うのでは?
箱根の湯では血筋が厄を落とし、下町の銭湯では釜で働く人間を調達する・・・
作り方がわかる
土嚢壁の家
追記:
この記事がupされた日に続けて2件のニュースを見たので「スス」繋がりでメモ。
たたいてスッキリ、京都・本願寺で恒例すす払い
栃木・日光 世界遺産の陽明門ですす払い
寺院などで出るススは、ロウソクなどによるもの。ススワタリ君はトトロにも出ていたっけ。
2012年12月19日水曜日
縦の線
横の線と 縦の線が
繋がり始めた 交わり始めた
これまで 横の線しか 見えて来なかった
横の線は 肉体の線 現実と呼ばれるもの
縦の線は 記憶の線 歴史の線 潜在意識の世界
縦の線は 宇宙線
地球を覆う 膜が薄くなると 宇宙線がたくさん入ってきて
横の線しかなかった世界に
縦の線が 入り始める
縦の線は DNAの螺旋階段を
滑り落ちるように下って行き
古代の記憶と 現代の世界 未来の世界を
繋ぎ始める
縦と横の線が交わった所に 今の私がいる
交わった現在は 横に広がる力で
縦にも広がって行き
時間は常に現在
縦の線が通らなければ 横の線でいくら時代考証をして
古代の声を聞くことはできない
謎が解けないのは 縦の線が塞がれているから
異なる線は 繋がらない
古の声が聞こえるのは
古の線と繋がるから それと同じもの 派生したもの
横の線は 肉 筋肉や贅肉
縦の線は 骨 棒のような骨の線
恋愛は肉 相手の肉を求める
結婚は骨 相手の記憶 個人を超えた記憶と繋がる
恋愛は横の線
快楽や遊び 楽しみを求め 魂の器を見ている
結婚は縦の線
家系という縦に続く線に入る 自分がどこから来たのか 魂の由来を見ている
骨まで愛して
饅頭怖い
頭に残るフレーズは それが縦の線の記憶から来ているから
饅頭って 頭という字を書くんだと 今更ながら気づいたけど
これが本当に 生贄の 人の頭を表しているなら そりゃあ
饅頭怖い
イザナギが 桃を投げつける
なぜお盆に 平家の血筋が 桃を食べると言っていたのか わからなかったけれど
桃の形は 首を切るとき 髪の毛を上に引っ張っている様 その色は・・・
桃尻のイメージの方が強かったから わからなかった・・・ (- - )
骨まで愛して
私の記憶 私の前世 私の魂 私が生きた全ての人生
それを全部愛してほしい
骨は縦の線 そこにその人が属する 家系や血筋 民族の線
時代を超えて 時空を超えて繋がる
過去世の記憶に繋がる相手は 過去に 自分と同じ民族だったなら
相手の骨に惹かれる
民族の違いは 骨や骨格の違い
骨と骨が 響き合うから
強い縁が生まれる
それが結ばれて 響き合って 一つの線 糸を織りなしていく
そうして子孫が生まれて 続いていく
肉よりも 骨に引かれる
本当は そうやって 結ばれるのが
縦に伸びる 切れない縁
時空を超えて 出会う相手
結婚は 縦の線の交わり
記憶をリセットされて 生まれてくると
縦の線の情報が 遮断されて 人生が始まる
だから縁のない人とも 骨が響かない人とも
縁を繋いでいた
骨は音を発している 骨は音を反響するから
一人ひとり 違う音を発している
古代に 骨を楽器にしていたように
妖○人間ベムが 骨の杖を叩いて その音で透視しているように
骨は 時空を超えた データバンクで
潜在意識の世界
骨の音は それを教えてくれる
目に見えない世界があるように
耳に聞こえない音がある
人は耳に聞こえない音を発している
骨が響かせる音 骨の中で響いている音と
骨に反響する音
肉の時代にはわからなかった
骨の音の響き 骨が返す音 反響は
縦の線が繋がり始めて 修復されていくと
頭に入って来る 伝わってくる情報量が 増えてくるから
物の見方 感じ方 考え方
少しずつ 変わって来るだろう
自然に対して 音を響かせる
調和していく
調和が生まれと 美が生まれる
美とは調和
音の調和 ハーモニー
機織りが 縦の糸に横の糸を 編んでいくように
縦の線に 横の線が 編まれて
調和のとれた 美しい世界が 作り上げられる
不思議なことに、私たちが食べる桃はイラストで描かれる桃のように尖がっていない。
調べてみると、今出回っている桃と品種が違うようだ。
私たちが食べているのは甘味の強い上海水蜜桃で、よくある桃のイメージは天津水蜜桃。
こちらはいかにもイラスト通りの桃で、しかも人の頭に見える。。。><キャー
赤みも強くて、血の気にみえるし。生々しい・・・
繋がり始めた 交わり始めた
これまで 横の線しか 見えて来なかった
横の線は 肉体の線 現実と呼ばれるもの
縦の線は 記憶の線 歴史の線 潜在意識の世界
縦の線は 宇宙線
地球を覆う 膜が薄くなると 宇宙線がたくさん入ってきて
横の線しかなかった世界に
縦の線が 入り始める
縦の線は DNAの螺旋階段を
滑り落ちるように下って行き
古代の記憶と 現代の世界 未来の世界を
繋ぎ始める
縦と横の線が交わった所に 今の私がいる
交わった現在は 横に広がる力で
縦にも広がって行き
時間は常に現在
縦の線が通らなければ 横の線でいくら時代考証をして
古代の声を聞くことはできない
謎が解けないのは 縦の線が塞がれているから
異なる線は 繋がらない
古の声が聞こえるのは
古の線と繋がるから それと同じもの 派生したもの
横の線は 肉 筋肉や贅肉
縦の線は 骨 棒のような骨の線
恋愛は肉 相手の肉を求める
結婚は骨 相手の記憶 個人を超えた記憶と繋がる
恋愛は横の線
快楽や遊び 楽しみを求め 魂の器を見ている
結婚は縦の線
家系という縦に続く線に入る 自分がどこから来たのか 魂の由来を見ている
骨まで愛して
饅頭怖い
頭に残るフレーズは それが縦の線の記憶から来ているから
饅頭って 頭という字を書くんだと 今更ながら気づいたけど
これが本当に 生贄の 人の頭を表しているなら そりゃあ
饅頭怖い
イザナギが 桃を投げつける
なぜお盆に 平家の血筋が 桃を食べると言っていたのか わからなかったけれど
桃の形は 首を切るとき 髪の毛を上に引っ張っている様 その色は・・・
桃尻のイメージの方が強かったから わからなかった・・・ (- - )
骨まで愛して
私の記憶 私の前世 私の魂 私が生きた全ての人生
それを全部愛してほしい
骨は縦の線 そこにその人が属する 家系や血筋 民族の線
時代を超えて 時空を超えて繋がる
過去世の記憶に繋がる相手は 過去に 自分と同じ民族だったなら
相手の骨に惹かれる
民族の違いは 骨や骨格の違い
骨と骨が 響き合うから
強い縁が生まれる
それが結ばれて 響き合って 一つの線 糸を織りなしていく
そうして子孫が生まれて 続いていく
肉よりも 骨に引かれる
本当は そうやって 結ばれるのが
縦に伸びる 切れない縁
時空を超えて 出会う相手
結婚は 縦の線の交わり
記憶をリセットされて 生まれてくると
縦の線の情報が 遮断されて 人生が始まる
だから縁のない人とも 骨が響かない人とも
縁を繋いでいた
骨は音を発している 骨は音を反響するから
一人ひとり 違う音を発している
古代に 骨を楽器にしていたように
妖○人間ベムが 骨の杖を叩いて その音で透視しているように
骨は 時空を超えた データバンクで
潜在意識の世界
骨の音は それを教えてくれる
目に見えない世界があるように
耳に聞こえない音がある
人は耳に聞こえない音を発している
骨が響かせる音 骨の中で響いている音と
骨に反響する音
肉の時代にはわからなかった
骨の音の響き 骨が返す音 反響は
縦の線が繋がり始めて 修復されていくと
頭に入って来る 伝わってくる情報量が 増えてくるから
物の見方 感じ方 考え方
少しずつ 変わって来るだろう
自然に対して 音を響かせる
調和していく
調和が生まれと 美が生まれる
美とは調和
音の調和 ハーモニー
機織りが 縦の糸に横の糸を 編んでいくように
縦の線に 横の線が 編まれて
調和のとれた 美しい世界が 作り上げられる
不思議なことに、私たちが食べる桃はイラストで描かれる桃のように尖がっていない。
調べてみると、今出回っている桃と品種が違うようだ。
私たちが食べているのは甘味の強い上海水蜜桃で、よくある桃のイメージは天津水蜜桃。
こちらはいかにもイラスト通りの桃で、しかも人の頭に見える。。。><キャー
赤みも強くて、血の気にみえるし。生々しい・・・
2012年12月18日火曜日
青き衣の伝承 雲の柱
磐船神社は ニギハヤヒが降臨したとされる場所
つまり 上陸したわけだ
関西に縁のない私が 古代阿波人の流れを追っていくうちに
ニギハヤヒとナガスネヒコに辿りつき
この二人のせいでw
奈良大阪の 彼らの所縁のある場所を
調べまくっている・・・(-_-;;) ヤリスギコージー
土地勘が全くない上に 古代はここら辺海だったはず・・・
グーグルと 洪水マップを見比べて
二つの地図に振り回されながら ぐるぐるぐるぐる
南の奈良桜井市周辺を行ったかと想えば
北の生駒山周辺に戻り
山はどこだ 川はどこだ
起伏に飛んだ地形に翻弄されながら
南北で たかが3,40㎞圏内に
古代の歴史が ぎゅぎゅぎゅっと凝縮されていて
つくづく すごい土地があるもんだと
一体どんな気分で住んでいるんだろうと
東女の田舎者は 感心するばかり
さてさて そんなこんなで地図とにらめっこしていると
��Cに向かっている私の後ろから
カチッ
音がした
私しかいない 静かな部屋
振り向くと テレビのリモコンがあるだけ
でも機械音が鳴るとしたら 他には何もなく
ん・・・? (゜_゜;)???
確かに聞こえたぞ?!
気を取り直して
��Cに向かって ぐぐっていると
磐船神社の地図画像に
見慣れないものが・・・・ !Σ( ̄□ ̄;) ヒョオオオッッ
なんだこりゃ~~~!?
雲じゃないよね!?
よくある画像処理の不具合とかじゃないよね!?
光の柱は
磐船神社の下にある墓地から出ているようだった
光の柱を追っていくと
大阪府枚方市招提田近 という辺りで終わっていた
最近光の柱の目撃情報があったから
立体的にならないだけで 光の行く先に意味はないかもしれない
距離を測るとおよそ10㎞で 10㎞の高さの光柱が立っていたのかもしれない
高度10㎞までは 対流圏というそうな
前日に西日本でも雪が降ったようで 衛星画像でも雪の跡が見れたけど
それとは違う感じ 雲でもないようだ
さてはて 光の柱が立っている場所は
サークル状に区切られている墓地
つまりストーンサークル・・・・??? (-O-;)
アースダイバーによると 墓地がある場所は 古代からずっと墓地だったことが多い
しかも 円環状に並べられた墓石は
古代にそのように 石が組まれていたからかもしれない
なんとなく ここはナガスネヒコの時代からから墓地だったような気がする
今 古代の魂が 光を放ち始めた
もしかして ニギハヤヒかナガスネヒコが埋められていたりして?
そんなことはわかりようもない
誰か見た人いないだろうか???
磐船神社の麓に墓地があるのは 私にはとても意味深に想える
まるでそれがこの地を 封印しているように見えるから
ニギハヤヒの降臨が この地の封印 悲劇の始まり
私の下に訪れた 見えない何かが
伝えようとしている
ととと・・・!
磐船神社下の飯盛霊園から出ていたと想っていた光は
よく見ると 南の方にも光が見えて
飯盛霊園ほど強い光ではないけれど オーラのようなものが被っていて
生駒郡平群町辺りでは 負けないほど濃くなっていて
それはどんどん南に下って行って
雲がかかっているような薄さだけど アースで確認しても雲はかかっていないし
やはり薄いオーラというか オブラートのようなもので 他の地域と分け隔てられてて
吉野川辺りでよくわからなくなり
高野山周辺を過ぎたところで 完全に消えてしまっっていた・・・
熊野には 相当な数の血が流れたという
そしてもうここは 去年の台風で
結界は機能していないかもしれない
うーむ・・・ (-_-;;)
光の柱というより もっとくぐもった想念の粒 気の流れのようにも見える
どうも 生駒山地と矢田丘丘陵の間の盆地に
濃いオーラがかかっているようだ
ここら辺がかつて 主戦場だったのかもしれない
近くには 神武と戦った石切神社が 生駒山地の向こうにある
いつまで見れるかわかりませんが、加工しているんじゃね?という私に対する疑いを晴らすためにも(笑、よかったら見てみてください m(_ _)m
え?消えてたって?過去記事みれば私のお絵かきレベルがわかるはず・・・ (^ ^:)
それにしても、飯盛墓地というのはかなり大きな墓地だけど、名前が飯盛って ><
こういう名付も、ここにエネルギーがたくさんあるよ♪っていう印だったりするんだろうな・・・
つまり結構重要な場所なんじゃないだろうか。
白いオーラが出ていたエリア↓
速日命(ニギハヤヒノミコト)の墳墓と長髄彦(ナガスネヒコ)の本拠を訪ねる
雲の柱
古代へタイムスリップ♪
[高画質で再生]
タモリ倶楽部 「三浦半島断層群を行く!!」
[高画質で再生]
タモリ倶楽部 グレートネイチャーシリーズ 三浦半島断層群を行く!!(後編)
つまり 上陸したわけだ
関西に縁のない私が 古代阿波人の流れを追っていくうちに
ニギハヤヒとナガスネヒコに辿りつき
この二人のせいでw
奈良大阪の 彼らの所縁のある場所を
調べまくっている・・・(-_-;;) ヤリスギコージー
土地勘が全くない上に 古代はここら辺海だったはず・・・
グーグルと 洪水マップを見比べて
二つの地図に振り回されながら ぐるぐるぐるぐる
南の奈良桜井市周辺を行ったかと想えば
北の生駒山周辺に戻り
山はどこだ 川はどこだ
起伏に飛んだ地形に翻弄されながら
南北で たかが3,40㎞圏内に
古代の歴史が ぎゅぎゅぎゅっと凝縮されていて
つくづく すごい土地があるもんだと
一体どんな気分で住んでいるんだろうと
東女の田舎者は 感心するばかり
さてさて そんなこんなで地図とにらめっこしていると
��Cに向かっている私の後ろから
カチッ
音がした
私しかいない 静かな部屋
振り向くと テレビのリモコンがあるだけ
でも機械音が鳴るとしたら 他には何もなく
ん・・・? (゜_゜;)???
確かに聞こえたぞ?!
気を取り直して
��Cに向かって ぐぐっていると
磐船神社の地図画像に
見慣れないものが・・・・ !Σ( ̄□ ̄;) ヒョオオオッッ
なんだこりゃ~~~!?
雲じゃないよね!?
よくある画像処理の不具合とかじゃないよね!?
光の柱は
磐船神社の下にある墓地から出ているようだった
光の柱を追っていくと
大阪府枚方市招提田近 という辺りで終わっていた
最近光の柱の目撃情報があったから
立体的にならないだけで 光の行く先に意味はないかもしれない
距離を測るとおよそ10㎞で 10㎞の高さの光柱が立っていたのかもしれない
高度10㎞までは 対流圏というそうな
前日に西日本でも雪が降ったようで 衛星画像でも雪の跡が見れたけど
それとは違う感じ 雲でもないようだ
さてはて 光の柱が立っている場所は
サークル状に区切られている墓地
つまりストーンサークル・・・・??? (-O-;)
アースダイバーによると 墓地がある場所は 古代からずっと墓地だったことが多い
しかも 円環状に並べられた墓石は
古代にそのように 石が組まれていたからかもしれない
なんとなく ここはナガスネヒコの時代からから墓地だったような気がする
今 古代の魂が 光を放ち始めた
もしかして ニギハヤヒかナガスネヒコが埋められていたりして?
そんなことはわかりようもない
誰か見た人いないだろうか???
磐船神社の麓に墓地があるのは 私にはとても意味深に想える
まるでそれがこの地を 封印しているように見えるから
ニギハヤヒの降臨が この地の封印 悲劇の始まり
私の下に訪れた 見えない何かが
伝えようとしている
ととと・・・!
磐船神社下の飯盛霊園から出ていたと想っていた光は
よく見ると 南の方にも光が見えて
飯盛霊園ほど強い光ではないけれど オーラのようなものが被っていて
生駒郡平群町辺りでは 負けないほど濃くなっていて
それはどんどん南に下って行って
雲がかかっているような薄さだけど アースで確認しても雲はかかっていないし
やはり薄いオーラというか オブラートのようなもので 他の地域と分け隔てられてて
吉野川辺りでよくわからなくなり
高野山周辺を過ぎたところで 完全に消えてしまっっていた・・・
熊野には 相当な数の血が流れたという
そしてもうここは 去年の台風で
結界は機能していないかもしれない
うーむ・・・ (-_-;;)
光の柱というより もっとくぐもった想念の粒 気の流れのようにも見える
どうも 生駒山地と矢田丘丘陵の間の盆地に
濃いオーラがかかっているようだ
ここら辺がかつて 主戦場だったのかもしれない
近くには 神武と戦った石切神社が 生駒山地の向こうにある
いつまで見れるかわかりませんが、加工しているんじゃね?という私に対する疑いを晴らすためにも(笑、よかったら見てみてください m(_ _)m
え?消えてたって?過去記事みれば私のお絵かきレベルがわかるはず・・・ (^ ^:)
それにしても、飯盛墓地というのはかなり大きな墓地だけど、名前が飯盛って ><
こういう名付も、ここにエネルギーがたくさんあるよ♪っていう印だったりするんだろうな・・・
つまり結構重要な場所なんじゃないだろうか。
白いオーラが出ていたエリア↓
速日命(ニギハヤヒノミコト)の墳墓と長髄彦(ナガスネヒコ)の本拠を訪ねる
雲の柱
古代へタイムスリップ♪
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タモリ倶楽部 「三浦半島断層群を行く!!」
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タモリ倶楽部 グレートネイチャーシリーズ 三浦半島断層群を行く!!(後編)
2012年12月17日月曜日
青き衣の伝承 2
王蟲のこの青すぎる目はかなり違和感があったのを覚えている。青い目の夢を何度か見ている。そーいや王蟲ってあのオウムか・・・?本当はあの時期に日本人の霊性が目覚めるはずだったのか。
――『風の谷のナウシカ』の構造――
アニメ版のラストシーンで、ナウシカは、黄金にかがやく無数の王蟲の触手によって天高くささげられ、復活する。この復活は、「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」という、救世主の降臨を予言する伝説の成就とされるのだが、ナウシカの姿とオーバーラップして現れる伝説の「青き衣の人」の姿は、神武天皇をおもわせる、肩に鳥をのせた壮年の男の姿であった。日本神話における「天つ神々」は、芦原中津国の王として高天ケ原より降り立ち、先住民の象徴と考えられる「荒らぶる神々」を平定したとされている。「荒らぶる神」王蟲も、ナウシカによって怒りを解かれ、ナウシカのもとにひれ伏すのであり、ナウシカを、荒らぶる神を「事向(ことむ)け平定(やわ)し」た天孫族と重ね合わせることは、少なくともアニメ版に関しては不自然なことではない。 このように、アニメ版『ナウシカ』は、作者の意図がどうあれ、「王」の誕生を描いたドラマとして解釈せざる得ないようなものであった。そのことが、ある人々には感動を与え、ある人々には反発を覚えさせることになった。
宗教団体として現れたオウムは、王蟲がナウシカの平定にひれ伏したように国を支配する権力にひれ伏した。
映画は予言していたのだろうか。
青き衣のイシス
イシスは青き衣をまとった大地の女神であって、宮崎映画のメインテーマとなっている、大魔術師でもある
ナウシカはそのエンディングにおいて、キリストのようにその身を投げ打ち、皆を救う女救世主であり、ペルセポネなどと同じく、死にさらわれる大地の女神である。 (だが大地の女神は必ず復活する、ナウシカのように)
私も、若いころはこのナウシカのエンディングになると、涙があふれ出したものである。
ある意味宗教よりも、アニメの哲学的、精神的な影響力は大きいのである。
これを見ることで、人によっては私のように純粋な気持ちとなり、「もし、事が起これば私もナウシカのように・・・」 などとついつい心に決めてしまうものだ。
この映画の、とくに映画の少女たちに与えた影響は、どんな宗教よりも親のしつけよりも、絶大なものがあったと想う。
その影響の大きさは計り知れなく、多感な少女たちを生贄作りのお人形にするには十分であった。
この映画が公開された1984年は、ノストラダムスの予言の1999年のちょうど15年前。それまで、ジャンヌダルク的な少女のヒロイズムを描いたアニメは存在しなかった。この映画によって多くのお人形が誕生し、世界は維持され崩壊は引き伸ばされた。今また魔法少女まどかがヒットし、少女の犠牲によって世界が維持される、という構図は繰り返し唱えられている。
見えない世界から、選ばれし者、目覚めし者として、夢を通してきゅうべえを通してw「地球を救え」「世界を救え」と伝えられる。誰かを助けたいという純粋な想いが利用される。
これはナウシカの映画と同じメッセージ。
誰もが弱き者を、地球を救いたいと想っている。
けれどその想いは常にこの世界を維持するために利用される。
想えば残酷な映画。たとえ生き返るにしても、人間の争いによって少女を犠牲に導くストーリー。
この監督は左翼なのに発しているメッセージは右と変わらない。
そうやって戦争は続き世界は維持されていく・・・。
子供向け映画を作っているというより、子供を洗脳する映画を作っているような。
��11が起きる前は、私も同じように想っていた。
東京は危ない、と想った直観は拭えないまま、自然に携わる仕事は楽しかった。
ところが、311が起きたとき、私はその偽りに気づいた。それは罠だったのだ。
やはり東京は危険だったし、都市緑化など、結界を維持するためのものでしかなかった。
地球を救いたいなら、人間が居なくなればいい。
人間に地球が救えるはずもないのだ。
689:本当にあった怖い名無し:2012/11/28(水) 08:03:25 PM.81 ID:pZNXbB580
神武天皇は、多分、今の十津川村辺りを通るときに、八咫烏の案内を得たんだろう。
一応、参考まで書いておくと、鳥の導きという事で連想するのは紀元前の航海術。
古代日本の航海術は、基本は陸標頼りの沿岸航海が主だったんだろう。
でも、船の上からでは視程の効かない島の間を渡らなければならないような時は、船に鳥を乗せて行ったらしい。
方向が解らなくなった時は、船の上から鳥を放ったとか。
鳥が飛び上がり高度が上がると、船からでは見えない陸地が見える。
鳥は陸地の方向に飛び帰るから、船はその後を追えば陸地の方向が解る・・・
これって、ノアの箱舟に乗っていた鳩とオリーブの葉の話を思い出すよね。
あと、「七夕の国」で鍵になってるカササギは、本来、日本にはいない鳥で朝鮮出兵の時に
北九州、佐賀あたりに持ち込まれたものって、wikiには書いてあるね。
カササギはカラス科なんだよな。
皇室のルーツと関わる八咫烏を連想しておいて、無理は無い気が。
作者的に何か意図的に選んだ感もある。本来はカラスなのか。
日本で一番最初に宗教が始まったのは どこからだと想う?
それは 神話から
神話とは 神の話
人間の侵略戦争を 強奪と争いを 神格化し
神の話にしたときから宗教は始まる
神話は人を騙すツール それが宗教の始まり
日本の始まりを 神様の話にして
この国を カルト国家にしてしまった
だからこの国の人は 穏やかな国民性の一方で
天皇を侮辱されると
豹変して 理性を失う
まるで宗教の信者のように
現人神を 長として 神の座に置き
教祖のために 国のために 命を捨てる
海の向こうのかの地では 叶わなかった
失われた 神の王国
それを実現したのが この島国
万世一系
果たしてそれは 呪いだろうか 祈りだろうか
地球を救え
この世界を守れ
この国を守れ
呪いの言葉で 捧げさせる
自然は教えてくれる
地球と共にあれ
心優しい星々たちよ どうか騙されないで