2014年7月9日水曜日

豚の子供たち



続・千と千尋の神隠しの謎②~翁と謎の掲示板の意味~
この謎の掲示板、何処となく、五芒星と六芒星と現れた画像とトーンも似ていて、
なんとなく、関係がありそうな気がするのです。。。












リンク先のブログで
映画の中に出てくる掲示板について書かれている


私はこの同じ掲示板っぽいものが出てくる夢を見ている
白黒で色は違うんだけれども




縄文サウナ
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2012/12/317.html

古代への夢の入り口は   銭湯だった
友達に誘われて   下町の銭湯へ行く
そこは   御代は30円
30円!?  
驚いていると
銭湯代は30円だけど   いろいろ条件があるらしい
早く払ってきなよと言われて   行った先には
おばばがいる
湯婆婆
ブレスを付けて寝たせいだろう
ニヤリと笑って   黒炭を詰めた白い袋を  
壁のススで真っ黒になった   炭のような棚に
並べさせて   矢印のような   形を作らせる





湯婆婆に言われて黒炭を壁の棚に並べていたのは、千と千尋で釜じいの仕事とよく似ていた。
黒炭を運ぶススワタリというのがいる。




お借りしましたm(_ _)m

こんな感じで黒炭の入った手のひらサイズの白い袋を壁にセットしていた。
黒い炭のボードだったけど。

いろいろごっちゃになっているけど、30円で風呂に入る代わりに釜場で働かされていたってことだろうか。
で、暗い風呂場の湯気が縄文サウナに繋がったのか。
黒炭が入った白い袋の札→土嚢、か。






現実社会で   この国で


人々が勤勉で   それをいいことに


奴隷のように働かされているのは


想念の世界でも   そうなるような


なにかがあるからこそ   現実化しているはず


夢殿で   集合無意識で


釜じいのように   真っ黒になって働かされていたり


千尋のように   名前を奪われて


奉公させられているからこそ


現実の世界で   魂が殺されるまで


働く人々がいるのだと想う





夢の中で私は   子供のおままごとのように


掲示板のような   ボードのようなもので


遊んでいたから   働いているという意識はなかったけれど


夢を読み返すと   30円で銭湯に入る代わりに


その役目を請け負わされていた





想念の世界では   多分こんな感じなんだと想う


抵抗感を持たせないように   気楽な感じで


従事させる


それが現実の世界で   現実を生む基点になると


想念の世界ですでに指示され   指示を承諾しているのだから


現実世界では   どんな要求にも逆らえず


働くことになってしまう


なぜ日本で   ブラック企業から逃れられない人たちが


まるで振り込め詐欺の被害者のように   後を絶たないのは


想念の世界ですでに   現実を生む取引を


いつの間にかさせられているからで


だから現実に   明らかにおかしなことが身に起きていても


そう認識することができない   抵抗することができない


逃げることができない








続・千と千尋の神隠しの謎②~翁と謎の掲示板の意味~
糸がバラバラになる!? 
こういう、延々とぐるぐる回る、、、という意識があるせいでしょうか?
掲示板のTOPの文字も、"2字熟語の下の漢字=沓(くつ)"を取って、回っているんです。


勤勉
勉強
強要
要請
請求
求人
人民
民、蛙(帰る)

なお、セリフ面でも、糸の循環が意識された言葉があります。
ハク:私も思いだした。千尋が私の中に落ちたときのこと。靴を拾おうとしたんだね。





掲示板に掲げられている文字はどれも
ブラック会社に当てはまるものばかりwww

つまり  これが契約内容
夢の世界でいつのまにかサインさせられている
洗脳させられている



しかもこの掲示板の縦の列には
伍六七 散
という番号が記されてあって
リンク先の記事の解説では
伍+六+七=18=6+6+6  

この6を繋げると
永遠を意味する一本の糸になるという

それが伍六七 散の最後
八であるはずの場所に  散という数字ではなく
漢字が書かれているのは
糸を意味する伍六七 が  バラバラになる
糸がバラバラになるということは
コードがバラバラになるということ


掲示板のお札は  契約の札で
ここで名前を奪われる
代わりに遊女の源氏名のように
別の名前を付けられる


ブラックな内容の下に
自分のコードが  護りがバラバラにされ
名前を奪われる
それがこの掲示板の持つ契約の意味
 

しかも契約内容は回文のようになっていて
出口がない
一度契約を結ぶと  その輪から出ることができない

このお札をかえしてしまえば
契約を了承したことになる


私にはこの札が  ブラック会社のタイムカードのような
一人一人の  魂に見える


想念の世界で   人格を預け
護りを放棄する契約をしてしまったら
現実社会では簡単に洗脳され  どんなに過酷な労働を強いられても
遊郭の遊女のように  ブラック会社から逃れることができない




社会の養分になっている人たちは
夢の世界で  いつの間にかこんな契約を結ばされて
千尋のように釜じいのように
囲われて働かされているのよね


一方で仕事が楽しくて高収入が得られる人がいるのに
もう一方で奴隷のような労働を強いられる人がいるのは
その潜在意識の違い


潜在意識で  夢殿で囲われて
釜じい状態にさせられている人は
現実でも仕事に就くと  あんな風に
精神的に24時間労働状態になって
肉体的にも  奴隷状態になる

同じようにハードに働いている人でも
病気になる人とそうじゃない人がいるのは
潜在意識で囲われているかどうか
夢殿で釜じいにされているかどうか


潜在意識でそのような縛りがない人たちは  
労働に従事してもそんな風にはならない
もともと潜在意識で囲われていないのだから
そんな現実が生まれることもない






労働が喜びにならないのは
無意識の世界で  自由じゃないから


私の夢のように露骨じゃなくても
夢の中で起きたなにかの出来事が
契約にサインしている可能性がある
その小さな何かが種となって  現実を生むトリガーになっている

よく夢を観察していると
なんでこんなことをしているんだろう?っていうのがある
たとえそれが過去世の記憶でも  夢の世界にあるならば
現実にプリントされてもおかしくない
自分が自由なら  したいことじゃないことを
夢の中でしているはずがないのよね








パヤオ監督の作品は予言のような所があるから
予言なのか指令なのかわかんないけど
千と千尋は2001年の公開で
数年後にコイズミ政権が誕生して派遣解禁
ブラック企業があからさまにはびこるようになった
果たして予言なのか指令なのか


権力者にとってあまりにも都合のいいイメージが
映画の中に入っている
この映画が映画史上最高の動員数を記録したのも
こんな気持ち悪い呪術のようなアニメが大ウケしたのも
映画の中に入っているシグナルに反応した人がいて
だいたい動員数を記録するときはリピーターが多いから
この映画でたくさんの血筋を覚醒させたのかもね










怠惰”“甘え”が原因ではない! 「働けない」若者の実態とは
15~39歳の「若年無業者」は、潜在数で日本に483万人ともいわれているが、彼らに対する風当たりはとてつもなく強い。
若年無業者の75.5%が何らかの就業経験があると言い、一度就職できたからとはいえ、若年無業者になる可能性はあるのだ。



だいたい氷河期世代から無業者がたくさんいて
千と千尋が公開されたのって
ちょうど就職氷河期なんですよね


景気後退とともにベビーブーマーの就職で
超買い手市場になってからブラック化が進んだとすれば
この映画はその前兆とも指令ともいえる
あまりにも都合のいいタイミング



そういえば千尋の両親は豚の呪いをかけられて
食べ物にがっついているシーンがあった
あれは豚=養分の子供=千尋を捕えろっていう意味なのね


「神社で豚に変わる」というイメージは
神社でエネルギー補給している血筋ならピンとくるもの


穿った見方をすれば
超買い手市場なのをいいことに
氷河期世代を養分とみなして
この映画のようなブラックな労働のイメージを
集合無意識に刷り込んだ
日本全国に入れたのね






神社のお供え物に手を出して  豚の呪いをかけられた両親
その呪いを解くために働くのがこの映画のテーマ





78 名前:投稿日:2011/05/09(月) 00:15:22.72 ID:Xz4ZhHtH0

>>75
異界から現実に戻るための試練なわけだから、
「どの豚が両親か」なんて問いをまともに当てるんじゃなくて、
「人が豚に変えられる」というような幻想を否定しなきゃいけないという試練

その前段が根拠になっていないと感じるのは、
そのくだりで描かれているのが豚を見分ける根拠とかではなく、
ここは自分がいるべき世界ではないと確信するシークエンスだから




「千と千尋の神隠し」の最後で、なぜ千尋は豚達の中に父母がいないことがわかったのか

「だって、お父さんもお母さんも豚じゃなくて人間でしょ。だからわかったんじゃないの?」

つまりこういうことか。


油屋の世界は実は「洗脳」された世界、つまり世の中が曲がって見えてしまう世界、だからその洗脳下では千尋も豚の中に両親がいると思い込んでいた。
しかし、今は違う、その洗脳が解けたがゆえに千尋は、ただ、当たり前のことをあたり前に言っただけということではないのか、ということである。



















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