2013年10月20日日曜日

伊豆海洋にゅ~す 15の1

台風26号による伊豆大島の土砂災害は
信じられない数の死者を生んだ
まさかあの台風で死者が50人近く出るなんて
一体誰が予想してただろうか
(予言者出て来い)


伊豆大島か・・・伊豆海洋にゅーすに書かなくちゃ・・・
なんて今更ニュースでもなんでもないし
いつものノリで書くのは気が重い・・・
と想っていたら


もく星号墜落事故という
伊豆大島に墜落した日航機の事故が
1958年にあったのを知った


伊豆大島の三原山噴火口の東側1Kmの御神火茶屋付近の山腹に墜落しているのが確認され、乗客・乗務員37名全員死亡という当時としては大規模な航空事故となった。



死者37名
墜落場所を確認してみると
今回の台風で土砂崩れ
山津波が起きた山腹に墜落したようなのだ・・・


御神火茶屋というのが下記画像の207号の目印がある辺りで
黄色いエリアが山肌が剥ぎ取られた所

伊豆大島災害事故現場



オカルト脳を炸裂させると
炸裂させなくても
飛行機事故で亡くなった魂が
呼び寄せたのかなと想ってもおかしくないよね
こういう場所は引き寄せるから
死者の数が近いのも呼んでしまったように想える
たくさんの人が亡くなった場所で
多くの人の命を奪った土砂崩れが
なんの意味もなく起きたとは想えない


同じ場所でたくさんの命が失われる
事故や災害が起きたのは
またこの地には古代から続く因縁があって
大昔に三原山の噴火でたくさんの死者が出たとか
縄文時代に栄えた伊豆海洋王国で
それが失われるなんらかの悲劇が起きたとか
癒されない魂が残っている
そんな因果を考えてしまふ

ヤマトタケルが上陸した房総で
虐殺が行われたなら
東征の途中にある大島でも
何もなかったとはいえないと想う
ヤマトタケルじゃなくてもそれ以前に

古代にこの地域で縄文文明が栄えた歴史を追っていただけに
現代で立て続けに起きた事件事故には
強い土地の怨念のようなものを感じてしまう






このもく星号墜落事件
追ってみると面白いことが


もく星号墜落事故(工事中)

松本清張は、「1952年日航機撃墜事件」で、この事件を詳しく調べている。 インターネットで調べても、当時の資料は松本清張の本以外は皆無であり、 政府や新聞などが残した詳細資料はないと思われる(当時の記事のみ)。

当時から、日本航空は、知ってか知らぬか分らぬが、アメリカの悪事の片棒を担いでいたようだ。 当時の米軍の情報操作に日本航空が加担した疑いもある。


どうやらこの事故は事故というより事件で
事故現場情報のかく乱や生存者の遺棄
搭乗者の暗殺に米軍の関与など
御巣鷹山に墜落した123便の事件の内容とひどく酷似している
というより、123便の事件は
この伊豆大島の事件をフォーマットにしているように想える

民間機撃墜にみられる類似性
もく星号の撃墜は1983年の大韓航空機墜落事件と
同じルートを辿っているとか

「もく星号」事件の考察

ご存じのとおり駿河湾沖で撃墜された123便も
羽田を出発したもく星号と同じ羽田発伊丹空港行のルート


松本清張のダイヤの話は実話に基づいていて

辻まこと(1)松本清張「もく星号」3部作

飛行機事故の乗客にいた唯一の女性で宝石商の小原院陽子

彼女の知り合いが辻まことという
少し政治色のある有名な作家さんらしくて
彼が亡くなった宝石商のために
事故現場に行って宝石をかき集めたそう

清張の小説では烏丸小路万里子として登場する
なんかすごい名前だけど
カラスっていうのが意味深
まるでお公家さんのような名前
小原院も珍しい名前
小原道。。。?


1974年に小説化されたこのもく星号墜落事件
その後に続いた国内の飛行機墜落事件で
自説の誤りに気づいたらしく
1992年に前作を覆すように再度小説化されたんだけど
なんとこれが清張の遺作になってしまった!


1992年の4月に出版され
同じ月に清張は脳梗塞で倒れ
8月に急逝した


アメリカ政府、日本国キリシタン政府による清張暗殺


82歳のご高齢とはいえ
どーみても暗殺・・・
キューブリックも秘密結社を描いた遺作公開時に亡くなってるよね

1974年当時とは違って
米軍の関与を疑わせるような墜落事故の小説は
1985年の123便の事件後では
かなり生々しいもので
小説として済ませられる状況じゃなかったと想われ


伊豆大島に墜落したもく星号事件を知ると
123便とほとんど同じ構図で
しかも大韓航空機墜落事件との類似も考えると
これは米国の暗殺手法の一つなんだとわかる


123便の事件では自衛隊が米軍の援助を断ったとか
自衛隊単独犯説があるけど
そんなのは冗談じゃない
三原山に墜落したときの米軍の行動は
明らかに御巣鷹山での自衛隊の不可解な行動と一致する
米軍による指示がなければ全く同じことができるはずもない
もく星号事件の後日米安保が結ばれ時代は変わった
米軍がやっていた役割を自衛隊が遂行した



もく星号が起きた1952年から61年目の2013年に
伊豆大島の同じ場所で悲劇が起きたのは
60年という一つの時の結界が切れたのと
311以降
地の結界が少しずつ崩れ始めているから
再び起きてしまったのかもしれない

123便の被害者たちと違って
もく星号の搭乗者たちは
当時お金持ちしか乗れなかった飛行機に乗れた人たちで
私が古代の征服者たちへの怨念を疑ってしまうのは
被害者たちがセレブだったということもある

たくさんの宝石を携えたセレブが
カラスの名を与えられた女が
黒曜石の産地である伊豆海洋圏で
宝石と一緒に墜落したのは
まるで太古の昔にこの地で
黒曜石を巡る争いがあったかもしれない
カラスのような者たちが
石を奪いにやって来たのかもしれない
そんなことを想ってしまう



神津島産の黒曜石分布


日本の青い太陽
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『日航機墜落事件での松本清張の推理』

占領下、一九五二年日航機「撃墜」事件





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