2011年9月14日水曜日

滅び行くのか共に生きるのか

この世を生きるため、時にβはαを護りとした。


そしてαはβをエネルギー源にした。  それは互いに交わした契約。


意識下で手繰り寄せられたコード  誰も気付かない。


けれど、これからはαが護りにならない。  護りにならないどころかαに取り込まれてしまう。


自然はαがβの血を交え、人質に取って好き放題やってきたのをもう許せない。


だから、血族よりも自然の方に生きる者でなければもうβに力は貸さない。


囲われているβを切ることになる。


いつまでも囲われているβに自然が味方をしていたら、αがのさばるだけだから。


地球はいい加減業を煮やした。  当然といえば当然なのだ。


たとえ縄文の血が濃かったとしても、本人の選択次第ということ。  何の保証もない。


これまでβに乗っていた自然の想念が


地球のために動くものに移っている。


シンスケサンに護られたカミヂクンから、シゼンのオウエンがキエテイル。


恐らくβが持っていた念の強さが消え、ある種の強運や魅力、パワーがなくなる。


ただの人になる。


そして、ただ自然の意志に添う者に  無駄なものを持たない者に 


自然の想念が味方につく。


ニート、ワープワ、ナチュラリスト。。。。?



本当にそんなことが起きるんだろうか。


βは多分自分のエネルギーの変化には気付くだろうし、もう気付いているかもしれない。


だとしたら苦悩が始まる。嘘に気付く。


味方なのか敵なのか。共に滅び行くのか共に生きるのか。





自然のエネルギーが戻ってきたら、硬い鎧をまとっていたことに気付くだろう。


鎧が剥がれ落ちて、生身の体の頃の記憶が蘇るだろう。


まとっていた偽りの気が消える。


全ての嘘がばれる時代。あの顔から。この土地から。その山から。


振り返った時、もうそこに同じ顔はない。偽りの気にすがるなら、エネルギー奪われ共に消えていく。


存在さえも。記憶さえも。


そのとき選択するかもしれない。選択しなければ生き残れないと気付いたら。


早くしないと記憶と共に存在も消える。


受け入れることができたとき、失われた記憶が蘇る。


初めて安らぎが与えられる  魂が癒される。


真の絆が見えてくる。


離れ離れになった魂が、再び出会う。


新しい絆が結ばれる。

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