2012年8月31日金曜日

崖の上の奇跡 (前)

去年まではプレートといえばフォッサマグナぐらいしか知らなかったけど、今回世界のプレートとその構造について調べてみたら、プレートの構造や力学が世界の、その国に与えるエネルギーに関係している気がして、また違った視点から見ることができるんじゃないかと想った。

海底プレートの調査は困難を極めるから、まだまだ判明していないことも多いらしく、すでにわかっているプレートがさらに細分化される可能性もあるらしい。とくに太平洋プレートのような巨大な海底プレートにはまだその余地がたくさんあって、パズルのピースはこれからも増えていくだろう。未解明のことが多い分、それだけいろんな空想を楽しめることができる。


ふと、フォッサマグナとプレートの関係を調べようと想ったら、日本の成り立ちについての記述を発見。

日本列島
すなわち約1万3,000年から1万2,000年前であることから、ほぼこの時期に日本は、完全に大陸から離れて現在の姿と環境を整えた事になる。

あれ?縄文時代って1万年続いたっていうよね。日本が完全に大陸から離れて日本海が出来上がったのが1万2000年前だとすると、縄文時代に今の日本の形が出来たということになる。うーん、結構最近じゃない?海洋民族が渡って来たという本を以前読んだので、縄文時代はもう日本は完全に海に囲まれているかと想ったよ。


日本列島1日本列島2日本列島3

日本列島が大陸から離れ始めた頃、フォッサマグナのエリアは日本海と太平洋が繋がっていて、日本列島のド真ん中に海があった。
その後フィリピン海プレートが伊豆諸島を伴って北上したときに、フォッサマグナエリアの海底が隆起して、日本が繋がったとか。

北米プレートとユーラシアプレートの境界は今でも議論があるらしい。一応フォッサマグナよりも北が北米プレートということになっているけど、ユーラシア大陸から離れて出来た経過を見ると、一体いつから東日本が北米プレートになったんだろうかと想う。東日本が北米プレートだと発見されたのは、1983年に日本海で起きた地震のせいだというから、かなり最近のことだ。またどこかで違う地震が起きたらプレート境界は変わるかもしれん。

3Dplate.jpg

ととと、さらにぐぐっていたら、オホーツクプレートなるものが存在するようだ。厳密にいうと、東日本はオホーツクプレートに乗っかっているらしい。なんだかもー、次から次へといろいろ出てくる・・・。広義の意味では北米プレートの一部ということらしい。しかも、西日本も実はアムールプレート上にあるらしく、これもユーラシアプレートの一部だとか。

やっぱり巨大プレートというのは、単にプレート境界がまだ見つかっていない、ということだけかもしれないね。パズルのピースをあんまり細かくされても困るけどね。プレートテクトニクスだと、大きな地震が起きる場所は沈み込み帯だったり断層だったりということになるので、地震が起きるたびに、そこを境界として新たなプレートが作られていく。実証するのが困難だから、全てが仮説に過ぎなくなる。

沖縄トラフがある辺りも、トラフを境界として沖縄プレートと名付けられている。

オホーツクプレートアムールプレート

世界地図

自分がプレートの境界について想うのは、同じプレートなら同じ方向へ移動している、同じ方向へ動きがあるものは一つのプレートとして考えるとわかりやすいんじゃないかと想う。上の図にあるプレート速度と方向を示す矢印が同じ方へ向いていたら、それは同じプレートだと見なしてもいいんじゃないかと想う。エネルギーが同じように働いているわけだから。そうなると、地図を見ていると、ロシアにある北米プレートとユーラシアプレートの境界はもっと内陸にあるんじゃないかと。実際このエリアの境界はまだはっきりしていないらしい。グーグルアースを思いっきり引いて見ると、陸上の境界とされている場所は、アースでもなんとなく地形に変化が見られるのが面白い。ロシアには4本くらい縦に地形のズレが見えて、一番右が現在の所北米プレートとの境界線になっているけれども、上図の矢印の方向を考えると、2番目の線辺りが本当は境界かもしれないと想ったりする。2番目の線の先にはロシア最大の湖であるバイカル湖がちょうどあって、これがある理由にもなると想うのだ。


ユーラシアー北米プレート


プレートテクトニクス図

2012年8月30日木曜日

消えた大陸 3

話は戻るけど、下の2005年以降のM1以上の震源地では、きれいに九州を除いた静岡以西の西日本が空白となっている。フィリピン海プレートに裂け目があって、支えがないと言われているエリアだ。

2005年以降の震源地

空白エリアの海の方に南海トラフがあって、ここがユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込んでいく沈み込み帯となっていて、巨大地震を誘発する場所でもある。小さな地震が観測されないまま、大きな地震が起きる場所とされているのは、何だか力を溜め込んでいるように見えて空恐ろしい・・・。



大きな地図で見る

海底遺跡のある与論島がある琉球諸島は、ユーラシアプレート上にあって、でもすぐ側にフィリピン海プレートが沈み込む琉球海溝がある。ここら辺で遺跡や化石が海の中から見つかっているけれども、海溝の下に超太古の文明が飲み込まれていった可能性もあると考えてもいいのではないだろうか。例えば文明が衰退した原因はほかにあっても、その形跡が発見できないのは、この近辺のプレート移動の速さや、海溝の深さに依るものかもしれないと。

琉球諸島の西には沖縄トラフという海溝ほど深くはないけど沈んでいるエリアがある。このトラフは実は中央構造線地帯の構造と関わりがあるように思える。


沖縄トラフ
ユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込み、沈み込んだプレートが大陸棚の地底に溜まり、溜まった物質が冷えて更に地中深く落下する際に地表面を一緒に引き込んだ窪地が、東シナ海であると考えられている。沖縄トラフは、その中心的エリアであり、最も深い海域にあたる。琉球海溝がフィリピン海プレートの沈み込みで形成されたのとは、また異なるメカニズムによる地形である。

琉球諸島に連なる九州や四国などの太平洋の側も、前述のようにフィリピン海プレートに引きずられている。この側は、沖縄トラフの周辺に比べて地殻が厚いため、窪地でなくて正断層となり、長い中央構造線が形成されたものと考えられている。ただ、九州の付近における沖縄トラフと中央構造線との間の構造が、どのようになっているのか、未だ詳しく解明されていない。


まだ解明されていないので憶測レベルに過ぎないけれど、近畿エリアでフィリピン海プレートが裂けたり支えがなくなっている状態を考えると、ここら辺も沖縄トラフのように凹んでいるのだと想う。実際瀬戸内海はそうしてできたのかもしれない。近畿地方の形成は、フィリピン海プレートによって伊豆諸島が日本にドッキングしたように、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込むときに削られた削り節が溜まって出来たものだとか(カリフォルニアエリアも同じ原理)。そうやって積もり積もって形成された陸地に、瀬戸内海のうような内海が出来たのは、沖縄トラフが出来た仕組みと同じで、下が沈んだのではないだろうか。九州にも有明海や八千代海などの内海があり、これらや瀬戸内海は、フィリピン海プレートに沿って沖縄トラフから北上するとちょうど延長線上に位置している。おっと、琵琶湖もその先にあった。つまりこのライン上の土地が低いのは、沖縄トラフと同じ原理で沈んだんじゃないかと。


象さんの横顔の形をしたフィリピン海プレート。その頭から鼻の上に日本列島が乗っかっていて、象さんのお耳の部分に世界一深いマリアナ海溝がある。まだまだ探りたいことはたくさんありそうだけど、取り敢えず一旦この辺で。

(;-_-) =3 モウツカレマシタ・・


参考資料:大陸移動とプレートテクトニクスについて語るスレ

2012年8月29日水曜日

消えた大陸 2

プレートテクトニクスの図を見れば見るほど、日本列島の怪奇さに目を見張る。東日本は北アメリカ、西日本はユーラシアそれにフィリピン海プレートまで加わって出来た一つの列島。二つ以上のプレートが重なって一つの国を成しているのは日本だけ。そういう場所はあっても、国は分かれている。西日本と東日本が同じ国である方が奇跡だ。プレートテクトニクスを見ている限りでは、この島が真っ二つに割れて、割れなくても東西で二か国に分裂してもちっとも驚かない。むしろ自然なくらいだ。

話は逸れるけど、アメリカが東日本大震災で素早く援助しに来たのも、陰謀論的にはいろいろ言われているけれど、このプレートテクトニクス図を見ている限り、自然な気もするのね。東日本は北アメリカプレートの一部で海の下では地続きなんだよね。同じ皿の上に乗っかっていて同じエネルギーを供給されているというか。ある意味運命共同体で、影響が出やすい。
アメリカが原爆を西日本に落としたり、沖縄に米軍を駐在させてもどことなく他人事にような対応なのはプレートが違うからか?まあ妄想だけれども。

そういえば、関東平野にもう一つプレートがあるという情報が。

関東フラグメント


関東フラグメント

関東付近は、ユーラシアプレートの下に、西北西に向かうフィリピン海プレートが沈み込み、さらに北西に向かう太平洋プレートが沈み込んでいると考えられている。仮説によれば、関東フラグメントはおよそ200?300万年前に太平洋プレート上の海嶺がプレートの下に沈みこもうとした際に、抵抗が増大して太平洋プレートが破断して生じたプレートの断片とされる。関東直下の栃木県南部から神奈川県北部までの地域の深さ30?100km付近に、厚さ25km、100km四方にわたって存在している。現在は太平洋プレートがこの断片の下にさらに沈みこもうとしており、関東直下は4層のプレート構造を成していることになる。


4層って・・・    (-_-;)

関東平野って北アメリカプレートだけじゃなくて周囲のプレート全部沈み込んでいたのね・・・。

関東平野は上から順に


��.北アメリカプレート
2. フィリピン海プレート
3. 関東フラグメント
4. 北太平洋プレート


ってことか。

でもなんとなく、この関東フラグメント、本当かなあと想う。ちょうど関東平野ぐらいの大きさのプレート破片が挟まっているらしいけど、それなら何で関東平野は海抜が低いんだろう。少しは盛り上がってもよさそうなものだけど。

関東フラグメント発見の記事

実証することは不可能であくまでも仮説らしい。この記事の図だと、東日本がユーラシアプレートになっている!北米プレートはどこ行った?一体どっちなのよ~ん?!
一方、フィリピン海プレートが関東まで潜り込んでいるという記事が。


潜り込むフィリピン海プレート
フィリピン海プレートが地殻破壊の南下をストップさせた…。(読売新聞記事・3月24日)


フィリピン海プレートは伊豆で止まって関東まで来ていないという話をどこかで見たような。
実証ができない分専門家の間でもいろいろ錯綜しているんだな・・・。

関東フラグメントは仮説の域を出ていないけれど、プレートの破片というのが存在する可能性があるわけだ。例えば古代に大陸があったとしても、対立プレートの下に潜り込んで消えてしまった、ということもあるかもしれない。そうするとその大陸があった形跡などなくなるわけだ。

関東フラグメントが失われたムー大陸だった、というトンデモで終わらせようかな・・・www
関東に巨大地震が来て、ムー大陸再浮上w!?


フィリピン海プレート境界図

フィリピン海プレートの詳細。
青:海溝。沈み込み帯。
紫:衝突型境界(収束型)
赤:海嶺。拡張型境界でプレートが作られている所。
緑:横ずれ断層。境界が曖昧。
グレーエリア:造山運動によって隆起が盛んな所。
矢印:(アフリカ大陸への)移動方向と速度。年ミリ。

収束型・拡張型(発散型)境界については→プレートテクトニクス
この地図の詳細→プレート

フィリピン海プレートを見ていると、海溝が多く沈み込む力が強いことがわかる。移動速度も速い。
プレート移動の動力は、マントルの対流やホットスポットなどによるマグマの上昇によって生まれるとされているけれど、プレートの沈み込みによる引っ張る力の方が動力になっているという説もある。考えてみたら、地球の重力の方が上に上る力や横に動く力に比べて圧倒的に大きいだろうから、海溝が多い所、というか深い海溝がある所はそこに引っ張られるプレートの速度が自ずと速くなるだろう。滑車の原理。

これの世界地図が拡大図のリンクをクリックすると見れる。
拡大図

プレート境界図


この図では最も速度が速いのが北太平洋プレートで、その次がフィリピン海プレートのようだ。両方とも日本へ向けて沈み込んで来る。太平洋プレートが沈み込み先には、世界一深いマリワナ海溝がある。日本近海では他のどの地域よりも大きな海底の移動が起きていて、しかもそのプレートが日本の下に潜り込んでいる。消えた大陸、消えた文明は、実は日本や隣接するプレートの下に消えていったと考えてみるのも一興。

調べていくうちにムー大陸の場所よりも日本が、東京がいかに危ういバランスの上で成り立っているかを知って、そっちの方が恐ろしくなった私であった。そりゃあ学者が巨大地震確率90%って言う筈だわ。

2012年8月28日火曜日

消えた大陸 1

海洋底拡大説
中央海嶺で地球内部から物質が上昇し、新しく海底の岩盤を作るため、海底が中央海嶺の両側へ拡大するという学説。拡大する一方、海溝でその岩盤が沈みこみ、結果として大規模な物質循環が起こって大洋底が徐々に更新されているとするため、海洋更新説(かいようこうしんせつ)ともいう。

プレートテクトニクスの元となった説。中央海嶺というのは海底山脈で、それが活火山のように地球の内側から物質を吐き出しているので、山脈が両側に広がるように海底が拡大しているという。プレートテクトニクスでは、拡大しているのではなく、マントルの対流によって海嶺で生まれた岩盤は海溝へと沈み込んでいくので、それがプレート移動の力学となっている。

海嶺
【東太平洋海嶺(海膨)】 : 太平洋南極海嶺の続きでチリ沖のイースター島付近からカリフォルニア湾に繋がっている中央海嶺。ここで生まれた海洋底は誕生した約2億年後に日本海溝に沈む。


海洋底_age_1996
海洋底の生成された年代を示しており、赤いものほど若い。見にくいけれど、陸と海が反転している。


海嶺がある場所、上の図で赤いエリアの中心を走っている線は、プレート境界になります。

ちなみに、マントルの上昇はホットスポットと呼ばれ、海嶺生成とは直接関係ないことがわかっている。現在大西洋の中央海嶺にホットスポットがたくさんあって、大西洋を拡大させている。上の図で太平洋プレートの中央海嶺が大部分赤いけれども、だからと言って拡大しているわけではない。2億年後にはベルトコンベアーのように、日本海溝に沈むわけだ。


プルームテクトニクス


プレートの水平力学についてのプレートテクトニクスに対してマントル対流の上下運動を表した垂直力学についてプルームテクトニクスというのがあって、この二つの理論によって現在地球の地殻運動は説明されているらしい。だけど私のシンプルな頭では、そんなうまいこと説明できるんだろうかとどうしてもオカルト方向に持っていきたい誘惑に駆られるwここまでで大学の地学レベルのことをやっていたようで、久しぶりに使った頭に知恵熱が・・・


そしてホットスポットがある場所。

hotspot.png

上の赤いラインは、発散型境界といって、新しい岩盤を作り出す海嶺が出来る場所です。   
青いラインは、収束型境界といって、プレートが沈み込む海溝が出来る場所です。
斜線のエリアは、プレート境界が曖昧であるとされる所です。


ホットスポット
ホットスポットの地球科学上の意味は、マントル内部のプリュームテクトニクスが地表に顔を出したものであるほかに、プレート運動の証言者という意味がある。・・・それらのホットスポットの軌跡のある場所がプレートの動く方向と一致しているか検証したところ、ほぼ一致するという結果が得られたばかりか、太平洋プレート、ココスプレート、ナスカプレート、インドプレートの動きが他のプレートの動きよりも早いことまで判明した。

ホットスポットの発生は、大陸の移動には影響されないが、ホットスポットがプレート内部で多く発生することによって、大陸移動の契機になりうると考えられている。つまり、ホットスポットができるとプレートに放射状に3方向へ割れ目ができるが、そのようなホットスポットが多数あることによって割れ目同士がつながり、中央海嶺の成因になるということである。実際、現在の大西洋中央海嶺はホットスポットと重複している場所が多く確認されており、アフリカの大地溝帯もアフリカスーパープリュームの地表部分をなすホットスポットであり、巨大な割れ目となって大陸が分裂し、将来的に中央海嶺が形成されるだろうと考えられている。



私の知能レベルではここまでが限界っす・・・・。
ただ一つ気になって書いておきたかったのは、海洋底図の太平洋の日本寄りの所に大きな青いエリアがあること。
ここは太平洋プレートの西限で、フィリピン海プレートに隣接している。ここのエリアが青いというのは、ここの地底がとても古い年代に作られたことを表している。他に目立って見られるのは、北アメリカ大陸東側とアフリカ大陸の西側と東側である。北アメリカ大陸東とアフリカ大陸西側は、超大陸時代に地続きだった場所。原初の地形を留めているといえる。

プレートの動きが速いものとして、太平洋プレート、ココスプレート、ナスカプレート、インドプレートがある。海底プレートはどれも書いて海洋底図で赤いエリアで、新しい海嶺が生成されているのがわかる。つまりベルトコンベアの動きが速いという。インドプレートは、超大陸の時代に南から北へ上ってユーラシア大陸に衝突してくっついたぐらいだから、動きが速いのだろう。隣接するオーストラリアプレートと南極プレート境界の海嶺も広範囲で赤く、活動的なのがわかる。現在オーストラリアもかなり早いペースで北上しているらしく、フィリピンやインドネシアの地震は、オーストラリアプレートの北への圧迫が影響しているのかもしれない。

陸の世界では、インドやアラビア半島が北上してくっついてユーラシア大陸になったり、東日本がある北アメリカプレートと西日本のユーラシアプレートがくっついて日本列島が出来上がったり、フィリピン海プレート上の伊豆半島が北上して日本と合体したりして何事もなかったかのようにw一つの大陸、島を形成している。ならば、海底でも同じことが起きていた可能性もないのだろうか。


ハワイ―天皇海山群

中央の「くの字」に連なっているのは、ハワイー天皇海山群といって北のアリュージャン列島から南端のハワイまで連なる海山。くの字の上部分が天皇海山群で下がハワイ諸島に当たる。
ホットスポットであるハワイで生まれた海山がプレートの移動によって北へ動き、その後プレートが西へ動いたためにこのような形になったとされる。

不思議なのは、この海山群から日本までの海底エリアは海洋底の年代が最も古いエリアとして海洋底図では青く印されている。では、ハワイ―天皇海山群の形成はそれほど古い時代のものなのだろうか?一方で太平洋プレートは他のプレートよりも動きが速いことがわかっている。ベルトコンベアの動きが速いのに、最も古いエリアが、しかもかなり広範囲で存在している。どこか矛盾していないだろうか?

具体的な年代の計算から考えるのは私の頭では無理なので (^_-)
素人頭のイメージからみると、このハワイ―天皇海山群の右側に海溝のようなものが見える。


大きな地図で見る

これがもし古い時代の海溝の跡だとしたら、それとも海嶺の跡だとしたら、太平洋プレートの南米沖の活動による動きの活発化と、日本側に存在している古いエリアとが分断されていたことになり、太平洋プレートの両脇の性質の違いが説明されるような気がするのだが・・・。

「広がっていくベルトコンベアー」というイメージが掴み辛いので、誤解している部分も多いかもしれない。だけど日本側に近いこの青い部分が気になるんだよなあ~

どうしてもここら辺を古代大陸に結び付けたいんだろうなー私w

イースター島あたりは海底にどでかい活火山山脈があってホットスポットも近い。ここら辺が大昔に海底でも陸上でも大きな地形の変化に遭っていても不思議じゃないと想うんだが。モアイ像は何も言わずにじっとその流れを見つめていたのだろうか。


参考資料:
広島大学の地学講義
知恵袋

2012年8月27日月曜日

日本で発見される超古代

超古代文明より転載


日本で発見される古代文字

「中国から漢字が伝えられるまで日本には文字がなかった」と、日本人の大多数はそう信じ込んでいる。義務教育の小・中学校はいうまでもなく、高等教育の場でも繰り返し、そう教えられてきたからだ。

しかし、平成三年七月、佐賀県大和町の東山田一本杉遺跡から出土した弥生前期末の甕棺から、「古代南インドの象形文字」が発見された。
日本人考古学者が見逃していたものを、たまたま調査に訪れた、インド人考古学者ポンナムバラム・ラグパティ博士が発見したものだ。
意味は不明だが、甕棺の側面に、縦十五センチ、横十九センチの大きさで十字に引かれた線の先端が熊手状の文字が描かれていた。ラグパティ博士は「紀元前三世紀頃まで南インドの土器に描かれていたグラフィティという古代文字と同じだ」と語り、驚きの声をあげた。

しかし、この程度で驚いてはいけないのだ。紀元前二五〇〇年から紀元前三〇〇年頃に使われていたと思われる古代シュメール文字やバビロニア文字、ギリシャのピロス文字、中国の甲骨文字のルーツと思われる文字が、西日本一帯において、続々と発見されているのだ。(日本ペトログラフ協会調べ)

つまり、インドどころの騒ぎではなく、超古代の日本人が世界各地と交流していた形跡が見られるのである。ただし、それらの発掘物が、世界各地から古代文化を伝えた部族が集団で日本列島で渡来し、それぞれのルーツを伝える文字を岩に刻み込んだものなのか、逆に日本で発明された古代文字が世界各地に伝えられ、定着し完成するに至った形跡をしめすものなのか、この辺については今のところ定かではない。

いえることは、いずれの文字も、超古代文明の遺産とされる巨石文化遺跡の大岩に刻まれた状態で残っているところを見ると、紀元前二五〇〇年どころか、その起源はずっと古くまでさかのぼる可能性があるということだ。
そして、日本列島が、古代文字の発祥の地だった可能性があるということなのである。



日本の歴史は超古代にまでさかのぼる


王仁三郎の唱えた人種・民族論によれば、いわゆるセム族とは、日本人、ユダヤ人、満州人、蒙古人、コーカサス人などを含んでいる。とくに、日本人とユダヤ人は、同種の民族であるだけではなく、素盞鳴尊を祖神とするセム族の中核であるとした。

さらに王仁三郎は、セム族をイスラエル人種とも称し、日本人とユダヤ人は、世界経綸を担う重要な民族であると説いている。

泉田瑞顕氏は、『出口王仁三郎の大警告』の中で、王仁三郎のこの説を敷衍してこう述べている。

「今から約四千年前、中東パレスチナの地に集結して、イスラエル王国を建設した十二部族というのは、セム族である。このセム族というのは、太古の時代、世界経綸のため富士高天原から各地に降臨した天孫民族である。中東パレスチナの地にイスラエル王国を建設した十二部族こそ、富士高天原からアジア大陸を西に降った天孫民族の後裔と見るべきである」

もしこの説が正しいとすれば、旧約聖書にセム族として記されたイスラエル十二部族は、実はアジア人であったことになる。

これは、人類の歴史を根底から覆すものだ。そうするとモーゼも、イエスも、みなアジア人であったことになってしまうのである。

欧米社会の拠りどころであったキリスト教やユダヤ教は、アジア人が生み出した教えということになれば、白人主導型の古代世界史観、ふっとんでしまうだろう。これは、白人---というよりイシヤにとってみれば、断じて受け入れられないことに違いない。

しかし、最近のペトログラフ研究の観点からしても、この説が次第に立証されつつある。

さらに、興味をそそられることがある。

終戦後、マッカーサーが厚木基地に降り立つと、すぐに元海軍の水交社にフリーメーソン東京ロッジを設置したことは既に述べたし、よく知られていることでもあるが、マッカーサーは、これと相前後して、石川県の宝達山に向かった言われている。

いったい、そんなところに何があるのか。

実は、宝達山には、モーゼが晩年に日本にやって来て死去し、この地に葬られたという伝説があり、墓まで存在するのである。マッカーサーは、上陸直後、ここに参拝に来たというのだ。

モーゼにまつわるこの伝承は、竹内文書に記されているものである。

(中略)

前述したように、竹内文書など、偽書のレッテルを貼られた古史古伝はすべて英訳され、アメリカでは正規の研究対象になっているものもある。

マッカーサーがもし、上陸すると同時に、モーゼの墓に参拝に赴いたことが事実なら、彼は竹内文書のこの記述を、認めていたことになろう。




マッカーサーは確認しに行ったけど結局本当かどうかはわからなかった、という結末かも。人類の起源はアフリカ発祥で世界に散らばっていったという見方だけど、自分は日本から(もしくは日本に近い古代文明から)世界に広がっていったんじゃないかと想っているので、この古代文字の情報は貴重だ。

2012年8月26日日曜日

太平洋の古代文明

ムー帝国参考文献   超古代文明より転載



ムー帝国諸説

このロマンに満ちた彼の大胆な仮説は多くの人々を魅了し、ムー大陸の名は理想郷的古代文明の地として知られるに至った。なかでも日本人のムーへの傾倒ぶりは世界でも類のないものがある。
音楽家の宮下富実夫さんや、画家でもある俳優の中島淳一さん、漫画家の美内すずえさんのように、ムーを題材とする芸術家やムーからインスピレーションを受けたと主張する芸術家が増えているし、学研のミステリー雑誌「ムー」の名もこのムーからとられた名である。
このように、ムー伝説が世に与えた影響は、精神的にもはかりしれないものがあり、文化的意義が大きい。

しかし一方、ムーについての学問的研究においては、最近はチャーチワードの模写に近い文化が環太平洋一帯に見られることは事実だが、海洋地質学上から太平洋に大陸が沈んだとは考えられないという観点から、太平洋は大陸は存在しなかったが、ムー文化圏といったものが存在したというとらえ方が主流となっている。

日本での研究の主なものを拳げていこう。

【金子史郎氏の説】
ムー文明圏というべきものが太平洋諸島にあったとし、洪水伝説は後氷河期の海面上昇や付近の火山活動など島々が襲われたからとしている。「ムー大陸の謎」

【竹内均氏の説】
専門的知識と多方面に渡る教養を持つ、雑誌「ニュートン」の編集長・竹内均元東京大学教授は、金子氏と同様にムー大陸はなかったがムー文明は存在していたとしているが、金子氏と違ってムー文明の源流を大陸に含めている。「ムー大陸から来た日本人」

【木村政昭氏の説】
数々の地震を予知したことで知られる海洋地質学専攻の木村政昭・琉球大学教授は、基本的に竹内氏の路線を推し進め、環太平洋文化圏(ムー文明)の中で実際に陥没した陸地があり、その幻のムー大陸そのものにあてはまるのが琉球古陸だとしている。「ムー大陸は琉球にあった」

なお、木村教授はチャーチワードが指摘した場所には一万二千年前にはないとし、その前提の上に「では、いっそのこと、これまでの検証をもとに、その周辺に比定地を探し、それ自体がムーとなりうるかどうか検証してみてはどうだろう。海洋地質のことはひとまずおくとして、チャーチワードのムー文化、とくにシンボルについてはかなりの真理を含むとみられるところから、太平洋の国々のどこかにその源があるとしていいようである」とし、沖縄で発見されている線刻石版を、チャーチワードのムーのシンボルの考え方に当てはめて解読することができたことから、沖縄をその比定地とし、「しんかい2000」で調査した結果、水没した海岸を発見している。

さらにその後の研究で教授は、沖縄の海底に沈んでいる巨大な石造遺跡を発見しているが、現在はそれをムーの遺跡とはしていない。

日本がムー文化圏であることはすでにチャーチワード自身が語っているが、晩年、彼はムーの最も有力な証拠は日本にあるはずだと語っている。

最後のムー大陸「日本」 神衣志奉より



ムー大陸

近年発達した深海底の調査活動によると「ムー大陸沈没説」はともかくとして、その一部とも考えられる陸地が、一万数千年前まで九州と台湾との間の相当広い範囲に渡って存在しており、それが海底深く沈没し、その後に海面上に残ったものとして薩南諸島が現れているということが科学的に実証されているのである。

すなわち、近年、伊豆半島の三原山噴火を予言していたことで知られている琉球大学の木村政昭助教授らの海底調査によると、屋久島と奄美大島の間のトカラ列島の水域の海面下一二〇〇メートルの海底では珊瑚礁から変成した石灰岩が発見されているし、沖縄本島のすぐ南にーの慶良間列島の沖の六〇〇メートルの海底からは象と思われる陸上動物の骨も見つかっているし、地上の洞窟の奥には大洪水---それは陸地の沈没によって引き起こされる大津波---のために流されて溜まったと思われる動物の遺骸も多数発見されている。

こうしたことから、このあたりの水域はかつて陸地であって、それが深海に沈んだことは今や疑いのないものと判定されている。しかし、このような重大な事実が一般マスコミには大きく取り上げられていないことは遺憾なことと言うべきであろう。

なお、一九六七年に那須市に近い具志頭村で発見された港川人の人骨は今から一万八千年のものであるとされている。そして、沖縄各地には七〇〇〇箇所もの洞窟があるが、その一部からは、その地に現在はいない種類のものを含め多くの陸上動物の骨が塊って発見されている。これは、チャーチワードが言うような大陸の沈没がこの近海で起こり、その際に発生した大津波により一カ所に集められたものと推定される。


ともあれ、与那国島近海で発見されたこの神殿遺跡こそ日本列島の巨石文化の中でまさしく極めつけのものと言うべきであろう。もし、それが縄文時代に相当する時期のものであるとすれば、従来の歴史像は完全に否定されるだけでなく、この一帯にはチャーチワードの「ムー大陸沈没説」が唱えるような太古文明をもつ陸地があったことになり、今回の発見はそれに科学的な証明を与えたものと言わざるえない。こうして、これまで唱えられてきた日本列島の文化の形成論や世界の四大文明発祥説は根底から覆されたことになる。その意味で、この発見はまさに革命的なものとされなくてはならないだろう。

こういう事実が示されると、浦島伝説や海幸・山幸説話に現れる海底にある竜宮というのは、「その昔、大宮殿のある楽園が海の底に沈んだ」という先祖からの言い伝えから生まれたものではないかと思われてくるではないか。

「失われた大陸ムー」の著者のチャーチワードは、著書を出す五〇年も前のころ、インドで奇妙な文様を刻んだ粘土版を発見し、そこに記されたものを「ナーカル文字」と名付け、「そこには「輝かしい文化をもった大陸が海の底に沈んだ」ということが記されていると解読できたことが大陸沈没説に取り組むキッカケになったのであるという。彼が「ナーカル文字」すなわち「ムー大陸」の文字と呼ぶものは、川崎氏らが紹介している
古代西アジアの石刻文字にも似ているが、それよりもっと酷似しているものがあるのである。それは、沖縄の各地の洞窟の中の壁や石塊・石板に記されている石刻文様なのである。そのうちの一つについて、地震学者の木村政昭氏は、「太陽の子が支配する国が海の底に沈んだ」という記録であると解読している。その判読の真偽については、なんとも判定はできないが、もし、これが本当のペトログラフであり、木村氏の読み方が正しいとすれば、「ムー大陸沈没説」はますます現実性の高い仮説となってくるだけではなく、日本列島の住民こそムー大陸文明を支えた人たちの直接の子孫ということになってくるのではなかろうか。

「異端から学ぶ古代史」澤田洋太郎・著より



古代秘話

この話は、戸来出身の田村源一郎氏から、著者が直接聞いた話をまとめたものである。

俳人の高橋菊翁が、その孫に当たる高橋タカさんに語ったものを、田村氏がタカさん(もちろん個人)より聞いたものだというが、最初に七十過ぎのご老人の口から、“ムの国”と聞いた時、大いに驚かされた。

当然のことながら、チャーチワード氏の著作を知るはずもなく、著者自身も田村氏にムー大陸の話をしたこともないのに、戸来にこんな話が伝わっていたとは思いもよらなかった。

そこで、『古事記』同様、少々エロチックな部分もあるが、記録の意味を含めて、ここに記しておくことにする。

その昔、太平洋上に「ムの国」があり、五色の人種(白、黒、黄、青、赤)が人種差別もなく、仲良く住んでいた。そして年に一度、各人種が集まって来てお祭りを行っていた。

しかし、何万年前のことかわからぬが、「ムの国」は海中へ陥没してしまった。その「ムの国」より生き残った三人の男が日本に辿りつき、内、一人は現在の青森県の八戸港から“八太郎”という所に上陸したが、まだ日本の陸地はドロドロしていてよく固まっていなく、その男は安全な高い所を目指して奥地に入って行き、戸来にやって来たのであった。こうして最初の日本は男ばかりの世界となった。

一方、当時のシナは女ばかりで、そこから遊女たちが日本の長崎へやって来た。そこで、どこでどう会ったのかわからぬが、男ばかりの世界へ女が来たので、世の中がパーッと明るくなり、男たちは喜び、「アマ(女)が世を照らすようだ」---「アマ照らす」となり、言葉は神也で、これが天照大神となった。

そして遊女たちも、女ばかりの世界から男のいる世界へ来、男の性器を見て「珍しい棒---珍棒」と呼び、これで陰陽完全なる世界が完成したという。

そしてまた、先祖(ムの国)を偲び敬う心から、冠婚葬祭はすべて「五色の旗」を使用することになったという。


「異色古代史・イエス・キリスト日本で死す」絵守きよし 著



「戸来」は青森県にあり「ヘライ」と呼ぶ。そのためヘブライが訛ったものではと言われる。確かに普通なら「トライ」「コライ」と呼ぶだろうし・・・。青森は八戸のように「戸」を「ヘ」と読ませるのはなぜだろう。そういえば神戸も「コウヘ」が訛ったものかもしれない。「ヘ」と読ませる方が語源が古いのかもしれない。

2012年8月25日土曜日

卵を茹で過ぎたら

プレートというのは互いにせめぎ合って持ちつ持たれつかと想いきや、大陸一つ浮かび上がらせない太平洋プレートがただひたすら他のプレートに押され、その下に潜り込み深く深く沈み込んでいた。そしてプレートは太平洋という広大な海を湛え、その面積は地球の三分の一を占め、地球上の多くの生命の命運を握っている。

当たり前の事実なのに、なぜこんなことに気づかなかったんだろう。太平洋プレートがいじめられっ子の養分に見えてしまう私はきっとおかしいのだろう。だけど、深く沈み込んでいるからこそ、広大な海を擁し地球の気候を左右している。太平洋プレートが現在の地球を支えているように見えてしまう。

その太平洋が、大西洋の下の海底の活動によって狭められつつある。これも現在の文明のパワーバランスを如実に表しているような。人間の持っているエネルギー、地球のエネルギーは大地から来るのだから、プレートの持つ力というのは考えてみたら我々のパワー源であって、それがプレートテクトニクスによって変動するとしたら、その上で生きる人間のエネルギーに影響がないとは考えられない。


ボーッとしながら、太平洋プレートのことに想いを馳せていると、このプレートがもうこれ以上、このままずっと下へ下へと地殻を沈められたくないと反動を溜め込んでいたらどうなるだろうかと想った。


ムー大陸についてぐぐっていたら、検索キーワードに「ムー大陸再浮上」というのがある。
ってことは私が知らなかっただけでそんな話があるのかっ!ここまで来るとトンデモというよりSF・・・w


ムー大陸浮上

この浮上するムー大陸がダイヤモンド型をした「フィリピン海プレート」だと睨んでいる件は、以前の記事に書きましたね。フィリピン海プレートの先端が伊豆半島なのですが、伊豆半島は元々、遥か海洋の小島だったのが日本に近づいてきて衝突し、現在のような隆起した箱根峠を形成しています。その証拠が伊豆半島は本州と植生が異なるからです。地球膨張期におけるこのフィリピン海プレートの南から北への動きが、日本列島を半時計周りに90度回転させた原因かもしれない。

また、このプレートの圧迫が富士山直下のマグマ溜りを刺激し、定期的に富士山は噴火していたわけです。ですから、富士山噴火とフィリピン海プレートは密接な関係があり、今回、富士山噴火が合図ならば、当然、浮上するムー大陸はフィリピン海プレートのことだろうという洞察が充分成り立つ。

今、一番活動が著しいのが太平洋プレートですが、このプレートはフィリピン海プレートの下に潜り込んでいることから、地球膨張期が終了し縮小に転じた現在はプレートの大幅な潜り込みが今後起きる筈ですが、それは地球の「海溝」に集中する筈です。この海溝部を多く持つ日本は周辺のプレートが著しく隆起し、さらにその隆起に伴い上側に位置するフィリピン海プレートをも急激に隆起させる。ただし、この時、地球直径も縮小する為に海洋水位も急上昇するので、この隆起場所及びその周囲は沈没しないが、他の大陸、島...等は大方が沈没するかもしれない。


超古代文明
近年発達した深海底の調査活動によると「ムー大陸沈没説」はともかくとして、その一部とも考えられる陸地が、一万数千年前まで九州と台湾との間の相当広い範囲に渡って存在しており、それが海底深く沈没し、その後に海面上に残ったものとして薩南諸島が現れているということが科学的に実証されているのである。


ムー大陸はフィリピン海プレートにあるという話らしい。確かに与論島の海底遺跡がある場所だし、象や陸上の動物たちの骨が周辺の海底で見つかっているらしい。

パンゲア大陸に太平洋プレートを嵌めてみたとき、形がちょうどいいからフィリピン海プレートも一緒にくっつけたんだけど、今想うとそれも偶然じゃなかったのかも。ちなみにフィリピン海プレートは象さんのお鼻の形をしていて、なんかスピリチュアルな意味があるとかないとか。

ムー大陸=フィリピン海プレートが隆起したとして、その周囲は沈没しないけど他の大陸は水没するって随分都合がいいようなw
その時は地震で日本もバラバラになってそうだけど。プレートの移動は年数センチレベルだし、何万年もかけて今の陸地が形成されたのだから、突然そんなことが起きたりするとはとても想えない。

ただちょっと想い出したのは・・・・予言的な漫画「ヨコハマ買い出し紀行」の作者の現在の作品「カブのイサキ」は、大地や山脈が現在の何倍にも膨れ上がった世界を描いているんだよね・・・。これって海底プレートが隆起したら想定される世界なんじゃないだろうか。プレートが隆起したら地表は広がるだろう。地面全体に下から圧力がかかって上へ浮かび上がるとき、丸い地球の表面は膨張することになる。卵を茹でているとき、割れ目から白身が膨らむように。


東京塔
地表が10倍に膨れ上がった世界では東京タワーが3333mに


フィリピン海プレート

東縁や南縁は伊豆・小笠原海溝やマリアナ海溝・ヤップ海溝であり、南東方向から年間3 - 4cmの速度で太平洋プレートが沈み込んでいる。この沈み込み運動により火山帯であるマリアナ諸島や小笠原諸島、伊豆諸島が生じたと考えられており、現在も活発に活動している。

東京大学と防災科学技術研究所の研究グループは、2010年7月、フィリピン海プレートが、紀伊半島の西端から淡路島中部を通って鳥取市近辺へと至る地域の地下で、プレートが裂けている可能性が高いことを発表した。断裂の結果、近畿地方の下はプレートが深く沈み込み、支えのない状態になっている。


なんか怖い記述を発見したのだが、以下のサイトでフィリピン海プレートはぐるぐる回っているのかもと仮説を立てている。だとしたら、近畿地方の支えのない状態の説明がつくかもしれない。

フィリピン海プレート回転説?!

回るフィリピン海プレート


ちょうど中央構造線地帯・・・に支えのないプレートがぐるぐる回っているとしたら・・・(><)イヤ‐


ムー大陸がフィリピン海プレート上にあったとして、それが浮上するとしたら、その下に滑り込んでいる太平洋プレートの仕業になる。今でも年3㎝のペースで滑り込んでいるから、フィリピン海プレート上にある南海トラフが約4000mの深さなので、約13万年後には隆起することになる。でもこれはあくまで怪しい単純計算。去年の東日本震災のようなことがあったらどうなるのだろうか。


日本周辺の海溝地図・プレートはどうなっているの?
2011年3月11日に東北地方を襲った大地震は、太平洋プレートが、東北地方を乗せた北米プレートの下に潜り込むことによって起こる「海溝型地震」とされています。
太平洋プレートは年間約8~10センチの速度で陸側へ移動しています。
東日本大震災では、東北地方の乗った陸のプレートが20~30メートル東に移動し、陸地は最大約1メートル沈降したとする解析結果が出ています。



年数センチで移動しているプレートが巨大地震で数十メートル移動した。こうやって時として起こるプレートの大きな変動によって、陸地というのは形成されるものかもしれない。突如としてフィリピン海プレートが浮上するとは考えにくいが、太平洋プレートは全然大人しくなくて、これが現在でも絶え間なく フィリピン海プレートに働きかけていると想われる。しかも、フィリピンプレート、ぐるぐる回転しているかもしれない。もうほとんど太平洋プレートの上で皿回しのように回されていたりして~w


そういえば、地球が温暖化しているとしたら、それは卵を茹でている状態にならないか。大気圏の中で密閉された地球が温かくなったら、当然地底の温度も上がるんじゃないだろうか。そうすると、まさにゆで卵状態になって割れ目が生まれて地表が隆起して~~~なんて妄想妄想・・・   (-_-;)

少なくとも温暖化とともに火山活動は盛んになるだろう。黄身が飛び出すことはないようにマントルが飛び出したりはしないだろうけど、マグマの温度は上がるだろう。そうすっと、やはりプレート対する下からの圧力は高くなって地震が増えたりプレートの移動が活動的になったりするんじゃないだろうか。