2012年11月12日月曜日

フィリピンと燃える馬

もしかしたら   眠りの深い夜   雨が降る夜に


夢を見るのかもしれない



長い夢だった気がするのに   断片しか想い出せない




白黒の   世界地図が出てきて   フィリピンの辺りが映った


けれどそれは   もっと大きな形をしていて


オーストラリアのような   大陸のような島に見えた

   


フィリピンが   チョコレートを作って   それを輸出している


(チョコレートの産地ってアフリカじゃない?なぜフィリピン?という突っ込みが夢の中でも入る)


世界的に需要の高いチョコレート


それをフィリピンの人は   全く利益を度外視して


安く輸出をしているのが   なんだか国際的に問題になっているようだ


白黒の地図にあるフィリピンが   声を上げて


だってみんなが欲しいと想うから!


と   明るく無邪気に答えていた


誰もが手に入れられるように   世界中に届けたい


フィリピンの人には   そんな気持ちがあるのが見えた





夢の場面は変わって


緑のサバンナが見える   瑞々しいサバンナ   緑が濃い


そのサバンナを   馬が駆け抜けてくる


その馬の頭が   炎で燃えている


馬は首から上を失い   胴体だけ残った






カカオの木


中国捨てて日本取った? フィリピンがバナナ大量輸出

前日にこのニュースを見たせいだと想う。
バナナがチョコレートになったのは、フィリピンとアフリカに繋がりがあるせいか?


不思議なのは、フィリピンの馬が燃えるイメージ。とても鮮明に覚えている。
サバンナはアフリカだから、ここはアフリカ?フィリピン?と夢の中でもそのイメージがどこから来るのかわからなくて自問自答していたけど、何となくフィリピンの流れのままにいるような気がした。
でも今こうして書いていると、チョコレート繋がりでアフリカに飛んでいったのかもしれない。

馬の頭が火に包まれるのは何を意味しているのだろう。
馬がエネルギーを運ぶ器だとしたら、それが焼かれているというのは、どこかの器が爆発しているということ?

フィリピンの人は多くを与えたい、という気持ちで生産しているのがわかった。でもそれが国際的に決してよく見られない。フィリピンには善意の塊というか、そういう気持ちがすごく強くその地に残っている感じがした。

フィリピンとオーストラリアが被って見えたのは何でだろう。あそこが想念の世界ではとても大陸のように大きな地であることを意味しているのか。

世界地図を見ると、フィリピンは本当にいい場所にあるなーと想う。赤道に近く温暖で海に囲まれていながら孤立していなく、大陸の間にあって海の要所、交易の要となるような場所。海のターミナルが繁栄しないはずはないのに。

貧困を生み出す政治汚職や犯罪の多さで治安の悪い国という偏見が世界的に強いかもしれないが、フィリピンの女性は看護婦やメイドになる人が多く、ホスピタリティが強いという面もある。風俗系に多いのもそのせいか。あそこを牛耳っているアメリカだけはその国の本質を知っているのかもしれない.


女性にそういう性質が強く現れるということは、その土地にそういう力が宿っている、残されているということだ。夢がそれを教えてくれた。

現実の世界で、チョコレートが政治の武器にされたら、支配者層は黙っていないだろう。
まだバナナだからよかった。


カカオマス


チョコレートを作るカカオ豆は鉄分豊富でミネラルたっぷり。チョコレートはカカオ豆から抽出されるカカオマスから作られる。主生産国であるガーナなどのアフリカ大陸から出荷されたカカオ豆は加工地でカカオマスが作られ販売される。なので、生産している現地の人たちは一生チョコレートを口にすることがない。それがアフリカの生産物であるのに。

アフリカのパワーが、エネルギーが世界中にこうして流れている。資源が豊富なのも、それが海外へ安く調達されてしまうのも、現代の世界が、文明が進化しているのも、全てアフリカの富が世界中へダダ漏れしているだけに過ぎないのかも・・・。気は強い所から弱い所へ流れる。そのわかりやすい典型で、私たちが現代社会と呼ぶものは、ただ気の強い所から流れてきたもので作られた張りぼてなら、逆流したらどうなるのだろうか?


草原を駆ける馬の頭が炎に燃えている。馬の画像を検索していたら、夢で見た馬はやっぱりフィリピンのようだ。緑の色や湿度が近い。そういえば、アフリカ大陸で動物が焼死する夢を見たときも馬だった。焼け焦げて逆さまに倒れている馬の姿が強烈だった。

アフリカ大陸とフィリピンの馬が燃える夢。

この世界を支えている足が燃えている・・・。


馬は人間の足となって動いて来た生き物。村を繋ぎ町を繋ぎ国を繋いできた。
馬がもう耐え切れなくなっているのは、馬の上に築きあげられた文明がもう限界だということか。

私たちはもう、自分の足で歩かなければいけないのかもしれない。




フィリピンの馬


『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』-森林と野生馬
『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』-人間と家畜

馬繋がりで、こんな記事が
日本領・馬毛島の地主が政府と折り合わず「島を中国に売る」

馬の毛と書いて「まげ」と読むんだね。まげしま・・・曲島?

2012年11月11日日曜日

ドラマに見る夢の種

テレ東の深夜ドラマが   不思議なテイストになっている


勇者ヨシヒコの話は   指輪物語か?


ファンタジーのコメディという   ちょっと面倒くさい作りなのでw


ちゃんと観たことはなかったけど   ネット上では結構注目されている


たまたま観た話に   少し驚いた



勇者たちが幽霊が出る村にやって来ると   村長に収める年貢に苦しむ村民に出会う


悪徳村長なのに   村に出る幽霊を退治してくれる力があるので


誰も逆らえない


勇者たちが村に泊まると   幽霊とは


村長に寝首を掻かれて殺された者が   恨んで出ていることがわかった


なのにそれを死後も   村長が利用して私腹を肥やしている


どっかで聞いたことあるような話(笑


これは小さな村の話だけど


本当はこの世界の話   それがドラマになって放送されている


情報がみんなに   流れ始めていて


どんな情報も   最初はフィクションとして表現される


DAY AFTER TOMORROW 2012


フィクションが現実になったとき   それはもう決められていたことを知る





最後に勇者が村長に鏡を向けると   その顔には取りついた悪霊の姿が映り


勇者たちに退治される


村長に向けられた鏡は   潜在意識のような気がする


そこに映し出された姿は   本当の姿


それがバレタとき   その存在は消滅する




私はこのドラマを観ている間   ずっと


登場人物のファッションを   ずっと見ていた


彼らのファッションが   素敵すぐる



古代ヨーロッパか   その原住民をイメージしたような


ファンタジーに出てくる村人のような姿  (後でドラクエと知る)


この勇者たちのファッション


ドルマンやポンチョを着ている   今の流行に


かなり近くなっている


多分その内   違和感がなくなる





布を巻き付け   腰にベルトをかけ


ゆるいドレープに   ストールやマントをかけている


動きやすく  波の様なドレープは


服という枠に   身体を縛らないし


暑い時寒い時   布の巻き方一つで   しのぐことができる




ファンタジーの世界の登場人物がよく着ている


古代だか中世風の


肩に掛けたマントは


このコメティを観ていたら


ああ   これは実は   雨具であり寝具だったんだなと


気付いた



人が旅の道中   横になりたいとき   腰を掛けたいとき   寝たい時


マントは毛布や敷物代わりになり


雨に降られたときは   雨合羽にもなる


自然の中で生きていくのに   必要な知恵が詰まっている


地下足袋のように平らで   長いブーツも   足を守り


平らな道も   山の中の険しい道なき道も


地面に即して   吸い付くように   しがみつくことができる



今の社会が崩れたら   私たちは   否が応にも


こういう服装をするようになる


私たちが着ているものは   途上国と言われる国での   大量生産品


今の世界が   これまでのように行かなくなるとしたら


真っ先に手に入らなくなるもの


そして布を巻きつけたような   緩いファッションは


もうすでに   私たちの服に   ところどころ現れていて


自然の緩衝によって   服の形も崩れていくことを   


私たちはもう   受け入れ始めている




勇者ヨシヒコの後の番組も


気が付いたら流れていて   それは昔懐かしい


キョンシーを操る少女の   現代版コメディだった



想えば   大陸にキョンシーなんて存在が生まれたのは


あの地が   たくさんの戦争や殺戮にまみれた地だからで


キョンシーのような怨霊が   ウヨウヨしているんだろう


そしてキョンシーの話は   この日本版でも元ネタの中国映画にしても


怨霊となった想念を   どう自分の力にするか   


いかに自分の力にして   相手と戦わせるか


成仏できない怨霊を操って自分の力に変える


面白おかしく観ていた映画は


ただそれだけの話だったんだなと


改めて想った




幽霊や悪霊といった話を   深夜ドラマに立て続けに流すテレ東w


成仏できない怨霊を操って自分の力に変える手法を


何気に二度も見せるテレ東w


勇者ヨシヒコのロケ地は庄内のようだ 


やっぱり東北から始まるのかな


内容はキョンシーの方が全然面白いのに


私も   視聴者の想念も   勇者ヨシヒコの方に圧倒的に集まっていて


同じ幽霊モノ   ファンタジーモノでも


視聴者の心を掴むのは   内容の面白さ  出演者の人気


そんな今までの手法が通じなくなっていて


私たちはもっと広く   深い何かを知りたがっている


深く沈んでいる記憶   想いを   掬い上げるようなイメージを


求めているのかもしれない






勇者たち

2012年11月10日土曜日

ふと想う日々 2

雨の日   そういえば


学校が雨の日   女子生徒たちが決まって言う言葉は


髪の毛がまとまらない


雨の日は   髪の毛が広がる   うねる


そう言って   口々に愚痴をこぼしているのが


雨の日の   お約束   日常風景だった


だけど考えてみたら


不思議だよね


水分は髪をまとめるはず


なのに逆に広がって   まとまらなくなるのは


それは


水分が   髪の毛がまとっていた表面の気を


剥がしてしまうから


髪の毛が   本来の姿を現すんじゃない?


晴れの日には   見せかけの美しい気は


雨の日は   偽りの姿を保てない





震災後に   その理由を知りたくて


その理由を求め続けている魂と


それを諦めている人たちと


目覚める意識は全く違う


けれど   震災後しばらく経っても


その魂たちでさえも


答えを   見つけられないままだとしたら


日常の中に   埋没していくしかないのなら


夢を想い出せないままだとしたら



自然災害は   人間の意識の進化   深化を促すためのものでもあり


火山の爆発や   大きな自然災害が起こるたびに


人類は変化していった


それは科学的にも証明されつつある



自分は好き勝手に   ここで妄想を垂れ流しているけれど


なんとなく   もう妄想じゃないような気がしてくる


ただの妄想   幻想   イメージの遊び


その内の一つが   もしかして当たるかもしれない


そんな感じで   書いてきたけど


それが起こるような   予感は


やはり人間の意識の目覚めは


実際に体験しないと無理なのかもしれない


それは私たちの心の奥底で


もしかしたら望んでいるとしたら


やがてそれは   否が応にも   引き寄せられることになる



夢を想い出し始めたら


それが盗まれていたことがわかる


夢を想い出し始めたら


夢の種は   私たちの中にあったことがわかる


ただずっと   


忘れさせられていただけ





直感やイメージは   降りてくるもの   


声は   聞こえてくるものだから


それは   受け取る力がないと


受け止められない   受け入れられない



受け取るにも   力がいる


子供を抱きかかえるにも   力が要るように


格闘技も   まず受け身から学ぶように      


受け取ることも   ひとつの力


受け取る力がないと


砂は   水は   手から零れ落ちて行く







自分が愛した相手から   見返りがなくても   


その相手に付いている護りやコードは


愛した者に   ついてくる


誰かを愛して   たとえ報われなかったとしても


本当は絶望することはない


本人から愛が返って来なくても


相手の護りは   相手の想念体は


あなたがしたことを知っている


だからあなたを   護り続ける


あなたに力を   与え続ける




たとえ相手に裏切られても


別れることになっても


嫌な想いをさせられていても


相手がこの世から   居なくなっても


相手の想念体は   あなたが相手にしたことを


ちゃんと見ているから


だから   愛したことは   決して


無駄になったりはしない




愛の対象が広ければ広いほど   多くの護りが付き


その愛が深いほど   強い護りが付く







ケヤキの若葉

2012年11月9日金曜日

天城の声が伝えるもの

現在でも   箱根は


日本の東西を結ぶ   大動脈


東海新幹線や   東名高速を


その北と南に従えて


まるで腫物に触るかのように   陸の交通は


箱根山を迂回して   通っている


飛行機や船という手段があっても


この地域が


北方へ迂回するルートはあっても


東西の陸の流通の   要であることは


日本の地形が変わらない限り


有史以前から   変わっていない



古代の侵略者にとっても


ここは恐らく   伊豆箱根の険しい山並みは


壁のように立ちはだかっていた






天城越え


という名曲も   名作も   有名で


『天城越え』のテレビドラマを   昔偶然見たのを覚えている


そして   311の2か月前に   再放送されて


なぜかそれもまた   偶々観ることになって


普段   ドラマをほとんど観ない私が


松本清張にも   伊豆にも   特に興味のない私が


同じドラマを二度も見るハメになったとき


さすがに観たというより観させられた感じがして   


解せない気持ちが強く残った



遊女や流れ者の土方が   ストーリーのキーになっていて


当時の私にとって面白いものではなかった


それがなんとなく   フィリピン海プレート上にある   伊豆箱根が気になり出してから


この話を   想い出した





少年犯罪をテーマにしているけど  


ドラマの中で   呆け者の土方は   少年に殺され


遊女は   罪を着せられる


それは全て少年が招いたことなのに


少年は中年になって   初めて自分の罪を知る


私はなんとなく   少年時代の罪としながらも


遊女や流れ者という   キーワードが引っかかって


何か別のものが描かれているような


予感がした





今   原作の方を調べてみたら


私の違和感が   はっきりと表現されていて   


私は『天城越え』の正体を   改めて知った




天城越え/松本清張の読書感想文

・・・(2)に関しては、「私」は記録を読んではじめて、大塚ハナが「修善寺の売春婦」であることを知っていたくらいです。事件後、刑事が一度、家に事情を聴きに来ただけで、「少年」は事件のことにまったく関係していないようでした。

・・・原作は30数年たった現在の「私」の「いまの衝撃」を、覚めた視線で浮き彫りにしていたことが印象に残りました。また、浮き彫りにされていたのが、「良心の呵責」や「罪の意識」ではなかったことも心に残りました。おそらく、現在の「私」は、「刑事捜査参考資料」を読むまでは、土木作業員殺しのことはすっかり忘れていたのだと思います。女の素性を30数年後に初めて知っていたくらいですから、「良心の呵責」や「罪の意識」はある時点で消えて、裁判の行方にも関心はなかったのだろうと思います。

なので、原作「天城越え」で描かれていたのは、「いまの衝撃」だと思いました。また、よく考えてみると、「いまの衝撃」とは、あいまいな言葉だと思いました。40代後半から50歳ほどの「私」は、何に衝撃を受けたのか。自分が人を殺したということなのか、現在の田島老刑事がそれを知っているということなのか、人を殺した人間が何の罪にも問われずに今このように生きていることに対してなのか。・・・ 原作「天城越え」は、読み終えて、「私」という人間に対する疑問ばかりが浮かびました。




少年時代の淡い恋による   


若気の至りが   一生消えることはない


どこかロマンチックな   ドラマの作りとは全く違い


原作には   そこにはっきりと


征服者の魂の影を   見ることができる




罪を犯した者が   その罪をずっと背負って生きている


そんなことは全くない


この少年のように   人間は   獣のように


人を殺すことができる


そしてきれいに   忘れてしまうことができる


それは例え子供でも   いや子供だからこそ?


遊女や流れ者の土方といった   弱きものの人生を狂わした男が


終生全く   その罪を償うことなく


人生を謳歌していた


そして   その罪が明らかになったとき


訪れたのは   良心の呵責でもなんでもなく


ただ   自分が罪を犯していたという衝撃だった


これが   征服者たちの実体


その魂たちの   本心のように聞こえる



そしてこの衝撃は恐らく   これから現実に生きる彼らに


やって来るだろう






原作には   少年の動機の一つに


大男の土方に


「 他国の恐ろしさを象徴して感じていたのであった 」


と  中年となった少年に語らせている


きっと征服者たちは   この地に住む原住民を


もしかしたら   別の渡来人たちに対して


こんな恐れを感じたのかもしれない





少年と   彼を守り遊女を虐げた警察と


遊女や流れ者の土方という   報われない者たち


作者はさらりと   現代における


征服者と被征服者の存在を   その魂の行方を


炙り出している




たとえ子供であろうと   どんな理由があろうと


征服者の魂は   生まれ変わって宿っている


そして彼らが罪を自覚することは   きっとない





このストーリーは   この作品に宿ったものは


厳しい山間が続く   伊豆半島の地で


古代の因縁が   かつて繰り広げられた戦い


封印され忘却の彼方に消えた罪が


書かせたのかもしれない


そんなことを   ふと想うのだ



この地で多分   同じようなことがあった


遊女たちは   虐げられ


男たちは   殺された


そんな気がするのは


このドラマを観た違和感が   311直前に   


まるで私の記憶に   押し留めようとするかのように


訴えてくる何かが   伝えたがっているように


想えるから





陸に高い山々を頂き


海にせり出した半島は   きっと


西から東への覇権にかけて


かなりの激戦地になった気がする



言い伝え   神話   伝承


何も知らないし   存在しているのかもわからないけれど


地図を見れば   伊豆半島が


富士山箱根の頂きを冠に    伊豆諸島が点在する


太平洋沖のターミナルとして


海の戦いにおいても   陸の戦いにおいても


海の民にとっても   山の民にとっても


東西を繋ぐ要所として


互いの交易を通して   栄えていただろうとというのが


よくわかる




温暖で   温泉も湧き


海の幸に恵まれ


魚や   イルカまで食べれるほど   


高低差のある山々は   動物たちが多く棲み


きっと狩りにも事欠かない



海の民も   山の民も


何もしなくても   温泉に入りながら


穏やかに暮らすことが出来た


そんな地だったかもしれない






少しずつ   土地に沁みこんだ古代の記憶が   魂が


現代の創作物を通して   様々な出来事を通して


表現されているのが   わかり出してきた




忘れさせられていた記憶が   夢が


現実に表れ始めて   少しずつ


想い出しはじめる


彼らの声が   聞こえ始める




作品は   様々な記憶を辿って   忘れられた記憶を写し出している


作品は決して   個人の力だけでは作れない


そこには見えない魂からの   メッセージが



役柄と   演者との縁が   見え始める


イメージと現実が重なり合う時   


同じ魂が宿っているのが   透けて見える


彼らの正体が暴かれていく


映画版を観たことはない。今まで3度映像化されているが、誰が作っても名作になる不思議な作品。
原作と違い少年が決して悪者にならないように同情的に作られている。



2012年11月8日木曜日

箱根に秘められた古代の教えに目が眩む

箱根の由来は   何だろう


調べてみても   はっきとした語源がない


古くは   函根  筥根   だったこと


箱根カルデラが   四角い形をしているから


表層の意味では   多分そんな風に名づけられる


けれど   言葉には   とくに地名人名には


深層の意味が働いている


でなければ   名前は   名付けられない


記憶に残らなければ   潜在意識に   引っかかるものがなければ


やがて忘れられてしまうから





妄想をたくましくすると   この名前は   ちょっと恐ろしい


箱庭   箱は   囲いを示すもの


その根っこであるということ   


箱根は   箱根の活火山は


この世界の   囲われたこの世界の


根っこである


起爆装置・・・?





それが私の中で   ただの妄想にさせないのは


箱根山の噴火が   3000年前であるということ


ちょうど縄文時代から   弥生時代へと移る


人間が森から山から降りて   


木々を切り倒し   稲作を始めた時期


この地が少しずつ   侵され始めた時期




箱根の   根は   尾根の根


どうして山の峰に   根という字が使われるのか


峰が   根を意味するのか


それが空から見たら


木々の根のように   見えるせいかもしれない


高い山に登った時   古代の人には   


そう見えたのかもしれない


屋根という言葉もそうだけど


一番高い所にあるのものに


一番低い所にあるもので例えるのは


なぜだろう




もしかしたら   古代の人は


自分たちも   空に行くことが出来たり


鳥に意識を飛ばして   空を飛ぶ


鳥のように見ることが出来たのかもしれない





地名は   人の集合意識から生まれたもの


そして   姓は   その土地に由来することが多い




箱根の山々の尾根が   四角い屋根のように


見えたのだろう   古代の人も


箱根が見渡せるほど高い所に   居たんだね


何だか私には   将棋の駒のように見えるけど


根っこのようでもあり   家の屋根のようでもある


上なるものは   下の如く


下なるものは   上の如く・・・って


もしかして   これのこと?


もしかして   もしかして   あの古代の有名な真理が


ここに秘められていたとしたら


ああ箱根は   まさにそれを体現する場所だったのか





なんとなく   箱根は   箱舟が変化したようにも


想えていたから


まさかこの地に   そんなに深い意味があったとは


もしそうだとしたら


今の私の頭では   とても整理しきれない




箱根山
箱根山地図詳細へ


あらかじめ予測されていた小氷河期の到来(2) 「鎖国」と「富士山大噴火」を生み出した前回マウンダー極小期

それは地上から天へ昇り、また再び地へと戻り生まれ変わります。
そして、上のものと下のもの両方の力を身につけます。


In Deep のいくつかの記事などでは「上のほうから来るもの」についてはイヤというほど取り上げています。
宇宙から降りてくる、降ってくる、いろいろなもの。
では、下からは?

下から「来る」ものが上からのものと同じように存在しなければ、この世は成り立ちません。
下からのもの。つまり、地球内部から地上へ向けて物質が大放出される大きなイベントがあります。
それが噴火です。


箱根火山の形成史wiki
『箱根火山の特徴とプレートテクトニクス』
この複雑な箱根火山の火山活動は、箱根火山が乗っているフィリピン海プレート上の伊豆-小笠原弧と呼ばれる火山群が陸側のユーラシアプレートないし北アメリカプレートに衝突し、さらにその下部に太平洋プレートが潜り込むという4つのプレートがせめぎあう複雑な場所に箱根火山が存在することに関係していると考えられている。


箱根カルデラwiki

2012年11月7日水曜日

地球が生む夢を   月が宇宙に伝えていく

満月の日に放出された夢のエネルギーは


まだ戻っていない


夢はまだ   薄いまま




次の新月に向けて   夢の種を仕込み始めれば


また戻って来るのか


だんだん夢が   濃くなっていくのだろうか?


振り返ると   私が病院でイギリスの夢を見たのは


まさに新月の晩だった


そしてそれが   満月の夜に   月の光によって


潜在意識の海に映し出されて


私の元から   去って行った



私はまた   夢を想い出せるのか





植物が育つのは   新月の頃で


月のサイクルに従って   成長し収穫する


ヨーロッパの農民は   中世の時からずっと


月暦で植物を   育てていた





人の夢も同じ


本当にエネルギーが   地球上に満ちるのは


月の力が弱まった   新月の頃で


月の力が弱まると   地球の力が強くなる


月は地球を封印している?


地球に   生命のサイクルを   与えている




新月の頃に   夢の種が蒔かれ


夢が育つのは   夢を想い出すのは


地球のエネルギーが   この地に生きる生命の  


魂の記憶を呼び覚ますから





新月の夢は   地球が導く


そして満月の夜に   金色に輝く   月の光を浴びて


生き物たちの潜在意識に   


星々たちに   伝えられていく



月はどことなく   放送局のよう


地球の声を拾って   星々たちに伝えるために


宇宙に向かって   流しているよう





moonearth.jpg

2012年11月6日火曜日

また夢が戻るまで

NYのハリケーン   サンディの被害が


予想以上に   大きくなっていた


まるで   東北の震災と変わらない


そんな光景が   映し出される



NYに津波が来る   そんな映画があったっけな


サンディの進路方向は   不可思議に捻じ曲げられていて


HAARPの存在が   仄めかされている


NYが水没する   あの映画のように


なってしまったのではなく


あの映画は   やがてくる現実世界の


予告だったのだ



もっと驚いていいのかもしれないのに


映画の存在を知っていたせいか


その光景が   まるで映画のワンシーンのように


切り取られて   伝えられるから


まるで映画の宣伝と見まがうほど


現実とイメージの世界が   混在していく


そうやって


潜在意識の世界に   イメージを刷り込んで


やがて現実化することを


受け入れてしまう





sandy.png




去年の初夏   つまり2011年の   あの震災から数か月後


地震や津波の夢を見る人が   たくさんいた


そういう掲示板を   見ていたせいか


全く霊感もなく   災害の予知夢も見たことがない私が(笑   


いかにも影響された   夢を見たんだけど


それは日本ではなくて   アメリカだった


みんな日本の夢を見ていたのに





私が見た夢は   


フロリダ半島の付け根の辺りに居て


太平洋側と   メキシコ湾の両方から


黒い波が   覆いかぶさってくるというものだった


私は日本での津波の怖さを知っているから


アメリカ人たちに早く逃げるよう   言って回るんだけど


みななかなか避難してくれない


そんな夢だった




当時はまだ   メキシコ湾原油流出の被害が生々しかったから


黒い波は油のせいかもと   想ったけれど


津波やハリケーンの画像を見ると


海から押し寄せる波は  


黒い波をしているんだね



場所がフロリダではなく   NYなのは


何の予知も当たっていないけれど (- -;)


大西洋から   高い波が来るというイメージはあったので


ニアミスっていうことでw


人は案外   何かしら受け取っているんだな


予知夢のようなものを見るもんだなと


夢だからと言って   0感だからといって


バカにするもんじゃない


フロリダがNYになるように


巷にある数多の予言も   現実にそのまま起きるというより


エネルギーが向かう方向を   示している


そう想った





満月が欠け始めた夜   夢が戻ってきた


でもよく覚えていない   


少し夢が薄くなっている


夢のまた夢だったのか   それさえもわからない


ただそれは  ミサイルが落ちた夢だった


でもまだ   未来は決まっていないのか


2バージョンあって


ミサイルが落ちたバージョンと   回避したバージョン


まだどちらかを選べるようだった   


なんとなく   夢の中で


私はミサイルが落ちてくるのは


絶対に嫌!と


落ちない世界を選択した


そんな話だったような




実はこの   夢の中で   世界を選択するのは


災害が起きる夢で   現れたことがある


よく覚えていないけれど


なぜか災害の夢のとき


それを回避した世界を   夢の中で


選択し直している気がする




これまで見た夢のまた夢


海の夢と   山の夢


それは実際に   災害が起きるとは限らなくて


ただそのエネルギーが   集まり始めている


人の所に   集まり始めている


そんなことを示唆していて


そのエネルギーが


現実化するかしないかは   またいろんな要因が働いて


でも確実に   海のエネルギー   山のエネルギー


海のコード   山のコードが


人々の深層意識に   還り始めていて


それが   人間が自分自身で作った


バリアや結界   小賢しい仕組みと


対立したとき   それらを破壊する猛威となるし


逆に


それらのエネルギーは   私たちに


私たちの力だけでは成しえない


世界を築く   未来を築く


助けとなる






麻
麻wiki