2014年12月4日木曜日

蚕の糸



蟲師』いろいろ観てます
想念体を飛ばされていると記事に書いた後
大分収まりました


やっぱりね
盗む人は気づかれていないから盗むのですよ
バレると跳ね返るから




不思議なことに『蟲師』を観ても
前ほど眠気がひどくないです

相変わらず眠くはなるんですけど
倒れ込むほどの強い眠気や  おでこの辺りが痛くなるような
強いストレスはなくなりました


そして飛ばしていた相手
盗んでいた相手も大体わかりました
ご心配された方ご安心を


やったことはかえる




『蟲師』の蟲は結界を張ったことによる
地の呪いではないかという読みは
観れば観るほど当たっているような気がします

蟲の音が  火山の溶岩が流れる音と表現していたり
虹の姿をした蟲が  地面から出てきて
虹が地面から空へかかる描写があったり

また漁もできない隔絶された孤島で
蟲が取りついた者を神様扱いして
生き神様をダシに人を島に呼び寄せていたり

まるで落人となった平家の一族を描いているようで
私の想い込みにますます拍車がかかるのですw


主人公の蟲師も  蟲師の伝承を書き記して記録する
筆記者という存在も  平家の強い血のつながりのような
一族の結束と協力があってこそ
伝承を記録して体系化できるのでは




ウロ繭
ウロという空間に穴をあける蟲と、2匹の蚕が作った1つの繭(玉繭)の性質を利用し手紙を届ける通信方法。代々、兎澤一族によって管理されてきた。全国を流れ歩く蟲師同士の連絡手段。ウロが穴を広げてしまうため、数年おきに新しいものと取り替える必要がある。



錦織は養蚕と関係あるかも?と前に書いたけど
岩国の平家の落人村は錦村


兎澤といえばウサギなわけで
ウサギといえば因幡の白兎

因幡の白兎の「淤岐嶋」は島根の隠岐島ならば
岩国と出雲や島根との繋がりが  ここでも見えてくる




『蟲師』の面白い所は
見える人しか見えない現象がそのまま描かれている
山にぽっかり穴が開いてたり  錆に犯された村や人の姿が
そのまま描かれていたり(錆は普通の人には見えない)

ウロという蟲も普通の人には見えない
千と千尋のカオナシの化け物バージョンみたいな蚕の蟲
兎澤一族からウロが見える子供が生まれたとき
代々その子がウロを扱う仕事を受け継いでいる


もしかしたらね  兎=島根だと考えたら
この一族は島根か  錦を扱う岩国の近くにいる一族かもしれない

特殊能力者が生まれる一族というのがあるのです
生まれない家はまったく生まれないのにね(笑
覚醒は遺伝なのね


まあ作者がこの山陽の生まれで
『蟲師』の伝承は山陽山陰地方の民間伝承もあるのかなと想う
岡山とかもね  横溝先生の金田一シリーズとか
ぼっけぇきょうてぇとか  この地域はホラーな伝承が多いと想うんですよ


関係ないけど同じ岩国出身の漫画家に
弘兼憲史がいるそうです

いろいろ調べていると『蟲師』の作者は
山口県美祢市の秋吉台が地元だとご本人が話していて
ここは日本一のカルスト台地だとか

カルストというのは石灰質で鍾乳洞とかできるやつ
金田一シリーズの『八墓村』でも鍾乳洞が出てきた
中国地方は鍾乳洞が多いのかな
秋吉台にも秋吉洞という鍾乳洞がある

ウロ繭の話では洞窟がウロが移動する異空間として現れるんだけど
鍾乳洞のことかもしれない


そしてなんとこの秋吉台の南の山口県宇部市は
エヴァの監督の出身地だった

エヴァの監督山口の人だったんだー知らなかった
岩国から大分離れるけどここら辺は古代の血筋
霊感溢れるクリエイターをたくさん輩出している
クリエイターって霊的世界の最高峰  神官たちが集う

ちなみにエヴァで有名なアニメーターの方も山口


明治維新以降
いまだに日本は薩長の末裔に仕切られてるのかもね

関係ないけどパヤオ監督の出生地は
東京都文京区だった
なんか気になる
ペンネームが秋津なのも気になる


山口県出身の有名人

ちなみに山口県は作家が多いみたい
政治家も多いと想うけど
ぽぽぽぽーんした時に流れていた金子みすずのCM
この人も山口出身・・・
菅元首相もエヴァの監督と同じ山口県宇部市
次のアベサンの家系も金子みすずと同じ
山口県長門市。。。

なんか全部山口のプロレスのように見えてきた


他にも引っかかる名前がぞろぞろ出てくる
一時的に住んでたとかでも気になる名前がたくさん

集合意識のコードを引っ張るような
成功するようなツボがこの地域にあるのかも?
蚕の糸を引っ張って紡ぐような



み~っけ

蚕種渡来之地  忌宮神社
場所:山口県下関市長府宮の内町
「蚕種渡来之地」記念碑
いまから約1800年のむかし中国より秦の始 皇11世の子孫功満(こま)王が来朝帰化しここ豊浦宮 にご滞在の仲哀天皇に蚕種(カイコの卵)を 献上したのが, わが国養蚕の始まりと伝えられる。生糸の輸出の最も盛んであった昭和8年に 養蚕関係者によってこの碑が建立された。



忌宮ですか
忌部氏ではないですか?


そういえばモームスを脱退したアイドルが
卒業宣言を地元の山口県周南市でやって
なぜか氷室ックもここで引退宣言してた

国道2号線
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2014/07/818.html




これはオマケ
赤岩 (群馬県)
群馬県吾妻郡中之条町南西部にある大字。その中心部である山村・養蚕集落は重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)として選定されている


小渕さんの出身地であり
『眠れる森』の舞台
蚕の糸が紡いでたのね
だからここは集合意識の拠点になってたのね


蟲の力  蚕には蜘蛛の巣のように
集合意識を形成する力があって
だから養蚕が盛んな地域は集合意識を動かす力があるのね
それで山口には有名人が多いわけね

グンマーの氷室が
同じ養蚕に所縁のある山口で引退宣言をしたのは
蚕が紡ぐ集合意識の拠点がここにあるせいなのね



六合村って2010年に廃止されたんだ
中之条町に合併されてる
なぜか長嶋○茂の名前が
中学時代を過ごしたらしい



でも忌宮神社が養蚕の始まりということは
四国の忌部氏が養蚕の祖
集合意識を紡いだ祖でもあっても不思議でないような







『蟲師』は観終わった後もしばらく頭がクラクラする
非常に濃厚な何かに触れている

なんかね
結界が調伏している地のエネルギーそのものに
触れているような気がする


空海や役行者がねじ伏せていたものに触れているような
それが一体どんなものか  このアニメはそれを具体的に教えてくれる
まるで日本昔話みたいに


私の体験からすると
このアニメは自分の状態を計るリトマス試験紙になりそう

自分自身が誰かに想念体を飛ばされるような
呪いをかけられているとき
厄を祓われているとき

このアニメを観ると何か反応がでるかもしれない


このアニメ自体が呪いのような気もするんですけどね

子供の役に実際に子供を使っていたり
特に音に対して  製作側はかなり本気で作っている
鈴を鳴らしたような音がよく入るんだけど
お寺のお経みたいにトランスさせる  独特の周波数のような気がする
多分これで眠くなってる


別の呪いにあえてかかることで
その反応で自分が呪いにかかっていたことを知るみたいな

どっかの術にあるのかな?
そういう使い方が出来るかもしれない
毒を持って毒を制すみたいな



平家とか豪族の名前出してますけど
あくまでも集合体の動きであって  その集合体の核のことを言っている
集合体に属していてもほとんどの人はその手足足先で
情報は末端まで行っているかどうか

秘密結社とか工作機関とか軍隊のような組織のように
下の者は上が何をやっているかわからないようにされている

なので関係者の方はあまり気を悪くされないように
といっても気を悪くしますよね。。。
家系のことですから。。。

まあ物語とかゲームとかのキャラ的な感じで
夢やイメージは二次元だから  所詮物語やゲームとも変わらないわけで
現実にはまたいろんな緩衝がある
いろんなフィルターがあって
フィルターによって見え方も現実も違ってくる






最近おどろおどろしくなって評判の悪いこのブログ(笑

見ているものがね
以前はもっと植物のことを見ていたから
想念の世界を見るようになったら
植物の気が消えて行った

情報が交換こされてしまっている


多分想念の世界を見るのを止めたら
また元に戻るだろう

でもそのとき  過去の記憶の旅も
あきらめることになるのだろう


過去の歴史はおどろおどろしい世界なわけで
その因縁が今天災を引き起こしているわけで

その世界を覗いて探ろうとするほど
植物と戯れていた無邪気な時間は消えて行く


その想いを知るほどに  物事が見えていく
静かに情報が入ってくる  


植物を通してでも  歴史や想念を通してでも
声はあらゆるところから伝えに来る


おどろおどろしくなっているならば
それだけかつてよりいろんなものが蘇っている
そう想うしかない


山が火を噴くように  マグマが流れ出すように
地中にあるものはおどろおどろしいエネルギー
地上に溢れれば
植物も樹木も  呑み込んでいく



自然が変わってきているのかもしれない
自然が人間に刃を向け始めた
山ガールが噴火に呑み込まれる時代
野生の動物が降りてきて  人を襲い始めている
魚や鳥が大量死している

山も海も  これまでと違う顔をしている
大地が割れる



役行者が封印した場所で災害が起きていたり
征服者が福の島と言った所で原発が壊れたり
一見自然現象で起きた災害も
全部過去に人がやったこと  骨に対して起きていると
私は今では想っている

誰が何をやったか  私たちにその記憶がないだけで
忘れさせられているだけで
忘れていることに対して  自然が想い出させようとしている
















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