2014年11月25日火曜日

東征の嘘



ヤマトの征服が最初に始まったのは九州と言われている
九州男児というか九州人の深い所の屈折というのは
物凄く根深いものがある

九州男児!と肩を張るのは
それだけ強いコンプレックスがあるからで
長淵ですよ


それはもう民族レベルで根深い所に  強い屈折や挫折があるから
弱さを押し殺しているから  その反動が表面に出てくる  
必要以上に強調されてしまうのです


民族の意識の芽生えに  屈辱的な何かがあったから
肩を張れずにはいられないのかも


呪われた被征服民の屈辱や屈折が  原初の意識にある
生まれたての意識を捻じ曲げられたような
その屈折の深さは  多分他の地域とは比べ物にならない


東北の征服は九州に比べるとわりと最近だと想うのですね
最近っていっても二千年以上前ですけど

東北よりももっと深い時代に虐げられた記憶があるから
九州人は吠えるんじゃないかと想う

東北が十代の学校のいじめだとしたら
九州は三歳児の時に虐待を受けたような感じ


だから東北のトラウマは辿りやすいし
いじめっこの姿もわかりやすい
たとえ虐げられたままでいても  敵として認識できる

だけど九州の場合はもうトラウマ自体が人格の一部になっているから
虐待を受けた三歳児が成長していじめっこになってしまうような
九州人が上京するとまるで東征のようになる
トラウマさえ見えづらくなっている


心理学的には対象を認識できない方が症状は深刻
東北のようにヤマトは敵だと線引きされている方が
アイデンティテイは無事なのです
現実は大変でしょうが




ふう
記事を書いて考察していたらすっかり気を取り戻しました
気づいてほしかったということでしょうね
出雲の時と同じだわ



アカホヤの噴火で九州の縄文人が全滅したけど
私の妄想リーディングだと  そんな巨大噴火が起きる前に
ウイルスの侵略のような  何かの侵略があったような気がする

それが噴火を引き起こして  民俗滅亡を招いた



富士山が噴火活動を始めたのは
弥生人が上陸してきた頃からなのですよ


火山の大噴火にはその島の意識が反映されている


よくわからないけど
邪馬台国や神武ヤマト  歴史の始まり  
征服の始まりは常に九州からで
まるで赤子の意識に傷をつけるような残酷さがそこにはあるわけで
九州の集合意識には  そんな頸木がずっと刺さっている気がする



古事記とか日本書紀とか
神話の語りになると  国生みは淡路島や四国  関西なのに
日本の歴史=侵略の歴史はいつも
九州からなんですよね


この違い  不思議だと想いませんか?


九州だけじゃなく四国や関西
いろんな所にいろんな所から来た人たちが住み着いていたのに
日本の歴史が九州から始まるのは
人類の歴史がアフリカから始まるのと同じで

歴史というのは事件事故トラブルの羅列だから
侵略や征服  戦争のような不幸や災難を記しているわけで
何事もなく平和な時代は記述が減るんですよね
だって書くことないですから(笑


支配者をアゲて盛る記紀神話が淡路島や関西から始まるのに
侵略や征服の歴史が九州から始まるのは
冷静に見て

四国や関西の支配者たちが
九州から侵略を始めたと見ることもできるのですよ


だって考えてみたら土地勘がないと征服なんてできないですからね
大陸のような大平原ならともかく  日本のような険しい山国で
海を渡っていきなり征服を始めるなんてまず無理なんですよ


海を渡るだけでも命がけで遣唐使だって何度も遭難してるのに
辿り着くだけでもやっとなのに征服なんて


九州という場所柄  半島や大陸に近いから
渡来人がやって来て征服したように見えるけど

私の妄想リーディングだと
渡来人が列島にやって来た後
日本に住みついていろいろ見聞して  ある程度詳しくなってから
いい場所から奪い始めたと想うのですよ


私の空想縄文人は  共感覚の持ち主だから
エネルギースポットに住みついていた
鉱物が出る所だったり  火山のようなエネルギー満載な所だったり
縄文遺跡は火山地帯に多い



四国や関西って活火山がないですよね?そういえば

活火山の近くに住んでいたり  
エネルギーのある土地に住んでいた原住民の気が欲しくなって
九州で略奪を開始したのが歴史の始まりではないかと想ったり


私たちが想うよりずっと噴火や地震はスピリチュアルな理由で起きていて
人心が荒れると天災が起こるとよく言うけれど
この前の御嶽山噴火の前に想念の世界でクーデターた起きてたように
噴火は何かに対して起きていて  何かに怒って噴火している


四国の研究者は卑弥呼も邪馬台国も神武も
日本の古代史は全部四国にあると言ってますが

四国の血筋が九州に侵略したのなら
四国にその原型があったとしても不思議じゃないんですよね

邪馬台国論争の無意味さはここにあって
いつまでも渡来人を外敵だと考えているからわからなくなる
侵略は常に内側から蝕まれるように起きている
邪馬台国が二つあってもおかしくないのですよ


日本中のすべての神社があると言われる四国
ならば東征も侵略もここから始まっていると考えるのが自然では?


神武の東征ルートが四国を華麗にスルーしていたり
逆に四国に七年もいたという説があるのは
そこがホームグラウンドだからでは?と想う


古事記よりも古いと言われる阿波の書が明治時代に行方不明になったり
四国がいつも歴史の表舞台から姿を隠すように行動するのも
その痕跡を消そうとするのも
四国が侵略者のホームだとバレるのを
隠したがっているようにしか見えない


寺のお遍路の結界を張って  ガードして
寺の前の歴史の存在を  ガードしているように見えてしまう



大陸から来た騎馬民族が征服した  弥生人が縄文人を取り込んだ
そう想っている内が花というか  渡来人や天孫降臨
外によって征服されたとした方が
単一民族としての  日本人の民族意識が傷つかない






記事を書いた次の日
朝目が覚めた途端  あるイメージが降ってきた



それは神武東征の  あのルートが嘘であるということ





たっちゃんの古代史とか。 下巻の内容
東征ルート


九州から中国地方  関西へ
これが一般的な神武東征ルート

でもこれってただ点を線で結んだだけだと想うのね

四国がきれいにスルーされている不自然さ



私が見たビジョンは




東征ルート夢



こんな風に
四国から西日本の周辺部沿岸へ  遠征していた



ワンピースですよ
征服地は沿岸部ばかり


東征ルートで四国がスルーされているのは
そこを征服する必要がないからで
侵略者たちのアジトだということ


宮崎の天孫降臨が神武東征ルートのスタートになってるけど
それは後から作られた神話のような気がする
四国と切り離すために




マラソンじゃないんだから  高速もない時代に
南九州から沿岸部を順繰りに東征して行くって
そんな面倒なことすると想います?

征服地はほとんど沿岸部で  沿岸部を海沿いに蛇行して
征服したりします?


そんな長いルートを行軍して  どうやって戦力を維持するんでしょう?
戦に負けても征服した場所に退避したら挟み打ちですよ



それよりも四国をベースに周辺国の沿岸に
放射状に奇襲をかけていたと見る方が自然じゃないですか?

うまく行かなかったらすぐホームに戻れるし
西日本のど真ん中にあるという  その立地のよさが
四国の西日本征服(東征)を成功させたと想うのですよ



神武東征の痕跡がある場所は全部太平洋側から
アクセスしやすいエリア

四国という西日本の真ん中にある島をホームベースにしているから
何かあってもすぐ退避できるし  また攻撃をかけやすいと想うのですよ

西日本を征服するとして  四国以上に有利な場所ってない
それが四国に力が集まった理由だと想う


神武東征のルートも神武という存在も虚構のような気がする
実在していないというより  東征=神武と称している感じ

神武=ルフィじゃなくて  神武=ワンピース  っていう古代の征服集団


徳島は阿波といわれる一方  美馬市という地名があって
海賊集団も騎馬民族もここに来たと想うのです
同じ集団なのか別々の民族なのかよくわからないけど
四国が周辺部を侵略して行ったのは間違いないと私は想ってる


そしてそれが日本の原型になっている


ちなみにヤタガラスの紀氏も  ナガスネヒコも
辿って行くとみんな四国から来た豪族なんですよね


そうなると神武東征のクライマックスの戦いは  

四国の豪族同士の権力闘争を描いたのかもしれなく

大和朝廷は四国の豪族が関西に作った国
西日本の一番東に国を置けば  瀬戸内海を見下ろして
西日本全体を眼下に置ける  
だから都を関西に置いたのかな






青き衣の伝承 4  諏訪まで伸びる長い蛇
http://kokuyouseki.blogspot.jp/2012/12/313.html















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